定番中の定番

「俺は、ずっと言わなくていいと思うけどな」

「ま、普通はそうだよね」


 沈黙に耐えられなくなったのは、俺だった。これ以上ここにいたくなかったというのもあるし、別にそんなに悩むことでもない。


「兄妹だってことも、基本的には隠しておけばいいだろ。隠しておけば、学校では今まで通りの生活ができるし、二人だって友達からあれこれと聞かれるのは嫌だろ?」

「そ、そうだね……。それに、ほ、他の人たちもどっちで呼べばいいのか戸惑うと思う」


 結論は案外早く決まった。まあ、元からそう決めていたことだったし、ほとんど確認みたいなものだった。

 ……だが、まさか俺が裏でゴミムシとか言われてたとはな。この分じゃ、高校生活は二人以外関わる人のいないボッチ生活になりそうだ。まあ二人がいるからボッチじゃないんだけど。


「じゃ、先生呼ぶか。もう授業始まっちゃってるけど、今から行けば半分は出れるだろ」

「そうだね。オニちゃん行ってくれる?」

「ああ」


 生徒指導室の扉を開けて、職員室に向かう。はずだったが、俺が生徒指導室から出て数歩歩くと、突然後ろの襟を掴まれて前に進めなくなった。


「く、首が……。い、痛い痛い!」

「おっとすまんな。無視するからだぞ」

「って、飯田先生。扉の横で待ってたんですか?」


 また飯田先生が俺の後ろから声をかけてきた。この人は人の背後を取るのが得意なんだろうか。

 てか、普通に心臓に悪いからやめて欲しい。急に首絞められるし。


「話が終わりました」

「そうか。どうなった?」

「学校では兄妹、再婚のことは全部隠して、これまで通りに生活することにします」

「……まあ。だろうな。人事にはそう報告しておこう。今は授業中だ。今すぐ戻っていいぞ」


 飯田先生は面倒くさそうにしてどこかへ行ってしまった。呼んでくるとは言ったけど、結局その必要なくなったな。


「二人とも。先生には報告したから、もういいって。教室戻るか」


 すぐに扉を開けて戻ると、どうやら外での会話は丸聞こえだったようで、二人はもう立ち上がっていた。


「わかったー。ゆっくり戻ろっか」

「そ、それはダメですよ……。ちゃんと授業には行かないと」

「そうだぞ。サボるんならちゃんとサボれ」

「じょ、冗談だよ冗談!サボらないし!」


 すぐに教室に戻って、授業を受けた。

 放送で一緒に呼ばれたのと、一緒に戻ってきたせいで、次の休み時間に教室中で俺たちに関する話題が聞こえてきたが。


「……しまった」


 四時間目が終わり、昼休みになった。

 昨日は二人と一つ屋根の下って考えたらドキドキして、ほとんど眠れなかった。

 そのせいで今日の休み時間はずっと寝ていた。本当なら三時間目が終わった後に購買に行く予定だったんだが。しまったな。混んでいる購買なんて俺みたいなぼっちには難易度が高すぎる。あそこは並ぶってことを知らないからな。みんな野獣のようにパンに群がる。あんな所人が行くところじゃない。


「まあ行くしかないか。和葉でも連れてけば、道を開けてくれるだろう」


 女神の力で人混みを真っ二つにして通ろうかなーなんて考えていると、丁度昼休みになったからと和葉が俺の横の席に座った。


「私がなんだって?」

「おう和葉。購買行き忘れてたから今から行くんだけど、ついて来てくれないか?」

「ふっふーん」


 俺が頼むと、何故か和葉は自慢げに胸を張った。強調された双丘が見れるのは嬉しいが、一体なんだ。

 早く買いに行きたいんだが。


「そんなオニちゃんに~これ!」


 妙に芝居がかった言い方で、俺の前に四角い箱を出してきた。

 これは……。弁当箱か。色的に男ものだけど。


「ほら、私たちのお弁当ってお母さんが作ってたんだけど、お母さんはもういないから、私と雫で作ろうってなって、それなら一緒に住むことになったオニちゃんの分もって」

「い、いいのか……?」


 だ、大天使二人が作ったお弁当を……。俺も食べれるのか?二人が作った料理を食べたことはないが、天使の作る料理だ。絶対に美味しいだろう。


「うん!オニちゃんのために頑張ったんだから!」

「そうか。あ、ありがとう」


 異性の作ってくれる飯……。幸子さんのくらいしか食べたことないぞ俺。なんだかワクワクしてきたな。


「じゃあ雫呼んでくるね!」

「和葉と雫の……。お弁当。マジか」

「ん?何か言った?」

「なんでもない」


 というか、二人ともそんなに早起きしてたのか。一体何時から起きてたんだ……。少なくとも、俺が起きた時には作っている様子も形跡もなかった。

 驚かせたかった。とかなのか。ちょっと頑張りすぎなんじゃないかと思うが。


「お待たせ~」

「わ、私も作るの、手伝ったよ」

「二人ともありがとう。楽しみだよ」

「そ、そんなに期待しないで。お弁当作るの初めてだったから……」


 和葉と雫が俺の席の近くの空いてる席を近くまで持ってきて、そこに座った。勝手に使ってるが、この席に元々座ってる奴は毎日喜んでる。というか周りから羨ましいとまで言われてる。この学校変態しか居ないだろ。


「おお。これは……」


 弁当箱を開けると、そこには天国が広がっていた。

 弁当箱の内の半分は、ご飯が敷き詰められていた。その上には、のりたまが少しかかってる。

 のりたまっていいよな。お弁当っぽい感じがする。

 そしてその横には、一口で食べられそうな総菜が何品か入っていて、真ん中に、主役のハンバーグが鎮座していた。


「美味しそうだな。二人とも本当にありがとう」

「このハンバーグ、私が作ったんだー!」

「わ、私も一緒にこねたり、ご飯炊いたりしたよ!」


 二人が自慢げに言ってきた。二人とも張り切って作ってくれたんだな……。


「いただきます」


 一番最初に、ハンバーグを食べる。口に入れると、朝に作ったせいで冷めてはいたが、噛んだ瞬間に肉汁があふれてきた。


「お、美味しいっ!凄いな二人とも。料理できたんだ」

「~っ!ま、まあねっ!安心して。これから毎日作るから」

「ほ、ほんとかっ!嬉しいよ。ありがとう」

「まあ、二人分も三人分も変わらないからね」

「わ、私も頑張って作るよ……」

「ああ。雫もありがとう。世話になるよ」


 まさか……毎日二人のお弁当を食べられるようになるとはな。購買に行くのも一々面倒くさいし、ありがたい。この分の浮いたお金で何か二人に買うか。




「ごちそうさまでした。本当に美味しかったよ。ありがとう」

「そんなに何度も言わなくていいよ。照れるなー」

「って、お、お弁当ゆっくり食べてたらこんな時間に。私はもう戻りますね」


 お喋りしながらゆっくりと食べていたせいで、食べ終わったときには昼休みは残り五分くらいになっていた。


「悪かったな時間かかって。俺もちょっとトイレ行ってくるわ」


 俺が教室から出ると、廊下で先に教室に戻っていたはずの雫が待っていた。


「ん、どうしたんだ?忘れ物でもしたか?」

「い、いや……。その、し、シンちゃんが立ち上がるのが見えたから、どこか行くのかなって」

「ああ。ちょっとトイレにな」

「そうなんだ。き、今日のお弁当、美味しかった?」

「ああ。最高だったよ。雫だって一生懸命作ったんだろ。嬉しいよ」

「わ、私も、し、シンちゃんがあんなに美味しそうに食べてくれて、う、嬉しかったよ……」


 和葉は自分から作ったとか頑張ったとか言えるけど、雫はそういうことを言うのが苦手だ。こうやってこっちから言った方がいいだろう。


「毎日作るって言ってたけど、大丈夫なのか?」

「う、うん。き、今日は二人で作ったけど月曜日から二人で交代しながら作ることにしたんだ」

「悪いな。俺も作ろうか?料理ならそれなりにはできるし」

「え、し、シンちゃんの作るお弁当は食べてみたいけど……わ、私たちがやりたいって言って始めたことだし」


 二人に朝早くから負担をかけさせたくないんだが……。和葉にも相談してみるか。それとなく。


「っと。戻るところだったのに呼び止めて悪かった。もう昼休み終っちゃうな」

「だ、大丈夫。それじゃあ、戻るね」

「ああ。また後でな」


 ちょっと話過ぎたな。急いで行ってくるか。授業中に我慢はしたくない。


 ◇◇◇前日◇◇◇



「雫。後で話があるから、私の部屋に来てくれる?」

「え、う、うん……わかった」


 夕飯後。私は一人で部屋に何を置くか考えていた。お母さんと雫と三人だった時はわざわざ分ける必要もないと思って雫と一緒の部屋だったけど、せっかく引っ越したんだし、お互い別々の部屋になった。

 まあ、私は自由が増えるから嬉しいんだけどね。


「お、お姉ちゃん。来たよ」

「入っていいよー」


 突然の引っ越し。お母さんと浩二さんの出張。大きな出来事の衝撃は強かったけど、私たち双子の本当に大事な問題はまだ解決してない。


 私たち二人が好きな人が、義兄になってしまった。


「ど、どうしたのお姉ちゃん」

「わかってるでしょ?私たちとオニちゃんについてよ」

「っ!……そ、そうだよね」


 どっちが先かなんて分からない。でも私たちは気づいたらオニちゃんのことが好きになってた。双子だから男の趣味も一緒なのかな。


「それじゃあ、第一回オニちゃん会議を始めます」

「ひ、一つだけ、先にいい?」

「どうしたの?」

「お、オニちゃん会議じゃなくて、シンちゃん会議にして」

「えー。オニちゃんはオニちゃんなんだから、オニちゃん会議でしょ!」


 私たちは、会議の名前を決めるだけで、三十分かかった。

 最終的に『義兄攻略会議』に落ち着いたけど……、やっぱりオニちゃんがいいよ!


「まず。大前提として私たちはオニちゃんが好き。付き合いたいし、結婚だってしたい。子供だって……」

「そ、そうだね……。譲る気は、ない」

「ふふっ」


 雫は普段大人しくて全然自分を前に出さないのに、オニちゃんのことになると一歩も譲らない。そこが可愛いんだけどね。


「でも、私たちの大好きなオニちゃんはお兄ちゃんになっちゃった。義兄だけど、家族なの」

「で、でも、義理なら、付き合ったり、結婚できるよ」

「私たちはそのつもりでも、オニちゃんはどうかな?そういうところ真面目だから、オニちゃん気にすると思うの」


 というか、オニちゃんは義理ならそう言う関係になれるって知らなさそうだし。世間体とか気にしそうだし。


「だから私たちは、二人で力を合わせて全力でオニちゃんを振り向かせないといけないの。だから抜け駆けは禁止。協力しよう」

「お、お姉ちゃんがそう言うならいいけど……。具体的にはどうするの?」


 具体的……具体的……。そう言われると特に何も思い浮かんでこないな……。

 とりあえず、三人で自由にできるんだから、ゆっくりとやって行った方がいいよね。


「簡単なことからやろっか。まずはお弁当!これからは私たちで作るんだから、一緒にオニちゃんの分も作って、胃袋も掴むの!」

「し、シンちゃんに……。ど、どうしようシンちゃんに、まずいって言われたら……」

「オニちゃんはそんなこと言わないし、私たち、こういう時のためにお母さんから料理教わってたんでしょ。あと、私たち学校ある日に喋ったり放課後に出かけるくらいで、休みの日に私たちだけで出かけるってことはしたことないでしょ。そういうこともしたいし」


 好き好き言ってるのに、私たちはヘタレすぎてオニちゃんを遊びに誘ったりができない。放課後なら上手く誘えるんだけど、休みの日ってなると、どうしても決断しきれなくなっちゃう。

 それに、行ったとしても買い物とか実用的なことばっかりで、すいぞっかんとか、そういう遊びに行く……デートみたいなことはしたことない。


「で、でも。お弁当作ったことない……」

「ふっふーん!安心して。こんなこともあろうかと買っておいたの!」


 私は部屋にある机の引き出しから、『彼氏のための美味しいお弁当の作り方』って書かれたちょっと恥ずかしい本と、まだ使ってない包装されたままの男用の黒いお弁当箱を取り出した。

 引っ越しの準備をしているときに、隙を盗んで買っておいてよかった……。自分の鋭さに感謝しないとね。


「こ、これは……。元からシンちゃんのお弁当作る気だったの?」

「うん。お母さんがいなくなるって聞いて、必要なんじゃないかなって思って」

「わ、わかった。作ったことないけど、がんばる」


 第一回義兄攻略会議。胃袋掴む編は、明日作るメニューと来週以降の当番制を決めて、お開きになった。


「あれ?オニちゃんどうしたの?」


 話も終わったし、飲み物を取りに行こうとリビングに行ったら、オニちゃんがソファーに座ってスマホをいじってた。もう日付が変わるくらいの時間なのに。何してるんだろう。


「ああ。和葉か。何だか眠れなくてな。部屋だと落ち着かなかったから、ここでゴロゴロしてるんだ。邪魔か?」

「そんなことないよ。隣、座ってもいい?」


 冷蔵庫に大量に入ってる缶ジュースを一本取って、オニちゃんの隣。結構近い距離に座った。

 さりげなくオニちゃんの隣に座ったけど、これ、結構ドキドキしちゃう……。


「座ってから聞くな。まあいいけど」

「眠れないの?」

「ふぁ~。眠いのに眠れない。不思議なもんだな」

「ちゃんと寝ないと明日起きれないよ?明日はお母さんたち朝早くには家出ちゃうんだから」

「そうだな。無理にでも寝ないと。明日に響く。和葉はいつもは何時くらいに寝てるんだ?」

「私は十一時くらいかな。日によってはもう少し起きてることもあるけど」


 本当は一時過ぎくらいまで色々してるんだけど……。オニちゃんの前だし、真面目っぽい時間にしておこう。夜中まで起きてる不良娘とは思われたくないからね!


「早いんだな」

「早寝早起きは大事だよ。オニちゃん。どうせ毎日遅寝遅起きなんでしょ」

「遅寝ではあるけど早起きだとは思う」

「それ一番ダメじゃん……」

「いいんだよ。休み時間に寝れるし、最悪限界を感じたら授業中にも寝られる」

「ダメだよ授業はちゃんと受けなくちゃ……」

「なんだ?お兄ちゃんに逆らうのか妹よ」

「っぷ。何それ。おっかしー!」


 お、オニちゃんに妹って言われた……。妹って呼ばれるのも、それはそれでありかも……。

 ってダメダメ。私は妹じゃなくて……。


「じゃ、お利口な妹はもう寝まーす」

「おやすみ和葉。あんまり夜更かしするなよ」


 私は缶ジュースを持って、足早に部屋に戻った。オニちゃんの隣に座っていたっていうドキドキと、妹って呼ばれたのが意外と嬉しくて、これ以上オニちゃんの隣にいたら、顔が真っ赤なのがバレちゃいそうだったから。


 ◇◇◇


「美味しいご飯食べたら、眠たくなっちゃうよな……」


 五時間目の授業も後半に差し掛かった現在。俺は今から夢の世界に旅立つところだ。

 ただでさえ今日一日ずっと眠いのに、お腹が満たされて、暖かい日差しが窓から顔を出している。もう俺の隣の席の奴は隠す気一切なく寝ていた。


「よし。寝るか……」


 先生、頼むから気づいてもおこさないでくれよ。

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