定番の美人先生

「じゃあ、和葉と雫は今日からここが家だから」

「ええっ。ちょ、何言ってるのお母さん!」

「結婚するんだし、もう私たちの家はここよ。あそこは売るわ」

「じゃ、じゃあ、私たちはこの家に?」


 確かに結婚するからには一緒に住むんだろう。だが、今日からって急すぎないか……。俺たちは年頃の男女だし、まだ兄妹になるって言う実感も心構えもないし。


「父さん。流石に急すぎないか」

「いいじゃないか。よく知った仲だし、隣なんだから、すぐに荷物だって持ってこれる」


 確かに、隣だから手作業でも荷物を運びこめるし、うちは部屋が沢山ある。元々母さんの部屋だった場所や、将来のためにと用意されていた空き部屋はいくつかある。今は物置となってるが。


「っと、積もる話は食事でもしながらにしないか?」

「そうですね。和葉、雫、慎吾くん。外に食べに行きましょう」


 まあ、仕方ないか。とりあえず考えたって何にもならない。まずは家族になるところから始めるか。


「はい……。でも、慎吾くんはやめましょう。もう俺は息子ですから」

「っ!……そ、そうね。慎吾」


 幸子さんは嬉しそうな顔をして、立ち上がっていく準備を始めた。

 ま、母さんってのもいいかもしれないな。産んでくれた母さんの顔は写真でしか見たことないし、母親って存在は自分とは違う世界にしかないと思ってたから、ちょっとワクワクもしてる。


「オニちゃん。どうする?」

「行くしかない。一応プレゼントを持って行こう」

「お兄ちゃんって、呼んだ方がいい?」

「……やめろ」


 和葉からお兄ちゃんって呼ばれるの、それはそれでいいかもな。何か新しい扉が俺の中で顔を出した気がした。

 いやいや。それはダメだろ。


 ◇◇◇


 父さんの運転で近所で有名なレストランに向かっている。運転席に父さん。助手席に幸子さん。そして後部座席に俺たち三人が俺が挟まれる形になって座っている。そして俺たち三人は、スマホを触っていた。


『緊急会議』


 車の中で突然作られたグループで、父さんと幸子さんについて、突然すぎる展開に、こうして秘密裏に会議をすることになった。父さんと幸子さんは俺たちは気にせず談笑している。あの雰囲気、本当に二人は愛し合ってるんだな。そういうオーラが流れてくる。


『これからどうするんだ……』

『とりあえず結婚して、私たちはオニちゃんの義妹になるんだよね』

『妹か。言うこと聞けよ』

『姉がよかった……』

『俺は十一月で二人は十二月だからな。たった一月だけど』

『やっぱり、お兄ちゃんって呼んだ方がいい?』

『やめてくれ。これまで通りでいい』

『これからどうするの?私たち家族になっちゃったけど』


 家族か。ほんとは別の関係で家族になりたかったんだが。……と、そんなことは今いいか。


『まあ、父さんと幸子さんの幸せのためだし、二人と一緒に生活できるのも嬉しいからな』

『そうだね。私たちは見守ろう』


 こうして、俺たちの緊急会議は終了した。




「お母さん。これ、誕生日だから」

「わ、私からもこれ」


 二人はレストランの席に着いてすぐに、幸子さんにプレゼントを渡した。よし。俺も今のうちに渡そう。なんか、誕生日のプレゼントのはずが、違ったプレゼントみたいになっちゃったな。


「幸子さん。俺からもこれ」

「あらあら、みんなありがとう。慎吾くんまで」

「俺からは、これを」


 そう言って父さんはコートのポケットから四角い箱を取り出した。あの大きさと醸し出す独特のオーラ、あれは指輪だな。父さん。ちゃっかりしてる。


「あら、もしかしてこれ……」

「受け取って欲しい」

「ありがとう……嬉しいわ」


 っち。息子の前で一体何してるんだ。ていうか、父さんが完全に美味しいところ全部持って行ったし。一人だけプレゼントの重みが違い過ぎるだろ。


「そ、そろそろ頼もうか。今日は祝いの席だ。自由に頼んでくれ」


 誕生日と結婚。二つの意味で祝いの席となった夕食は、楽しく進んだ。まあ、元から家族みたいに仲良かったし、これから一緒に生活するとしても、楽しくできるだろう。


「そうだ。三人には一つ、言わないといけないことがあるんだ」


 全員夕飯を食べ終わって、そろそろ帰るかくらいの時になって、父さんが急に真剣な口調で言ってきた。急なことだったが、今日一日が全部急展開だ。これくらいじゃもう驚かなくなってきたぞ。


「なに?父さん」

「俺たちは明後日から出張で九州に行くことになった。幸子さんも仕事をやめてついて来てくれることになったんだ」

「「「…………え?」」」


 いや、これは俺の予想以上だわ。

 なんか今日一日、展開が早すぎじゃないですかね?



「そ、そんな。お母さん。行っちゃうの?」

「うん。和葉たちには突然で申し訳ないけど、でも、私がついて行きたいって思ったの。浩二さんが一人じゃ不安だし、あなたたちは学校があるでしょ」


 確かに、結婚してすぐに父さん一人行かせるなんて不安だし、俺たちも高校生だ。そう簡単に転校なんてできない。仕方ないんだろう。


「俺はいいと思うよ。もう高校生だし、三人もいるんだ。ちゃんとやっていけるさ」

「そ、そうだね……。し、シンちゃんと一緒に……チャンス……」

「そうだよ。私たちのことは気にしないで、二人で楽しんできてよ。で、大体どれくらいの出張なの?」

「それはまだわからない。だが、月に一度は帰ってくるよ。その時に幸子さんたちの家の手続きもする予定だ」

「和葉と雫と、三人で暮らすのか……」


 父さんと離れる不安半分。でも三人で暮らすということへの期待半分ってとこか。



 翌日。一日かけて俺たちは幸子さんの家にある荷物を運びこんだ。逆に、いらないものは幸子さんの家に置いておくことにした。一月後に一気に処分するらしい。


「じゃ、慎吾は二人と仲良くするんだぞ」


 翌朝。出張に行く二人を、玄関で見届けた。


「ああ」

「和葉。雫。ちょっとこっちに」


 幸子さんに呼ばれて、二人が玄関の隅に寄った。どうやら何か耳打ちしているらしい。盗み聞くつもりは無いし、ちょっと離れるか。


「二人とも、こんなことになってごめんね」

「なんでお母さんが謝るの?」

「二人とも、慎吾のことが好き……大好きなんでしょ?」

「な、なんでそれを!」

「そ、それは……」

「バレバレよ。大丈夫。義理なら結婚できるから。その時は兄妹じゃなく、ただの男女として物事を考えなさい」


 三人は何を話してるんだろうか……。

 気になる。だがここで盗み聞いてしまったら、二人からの信頼が揺らぐことになる。それは一緒に暮らす上で避けたい。

 そんなことを考えていると、突然父さんに肩を叩かれた。


「俺はいてやれないが、二人を頼むぞ」

「当たり前だろ」

「義妹としてじゃなくて、二人の女の子としてな。しっかり責任を取り、その時は俺に言えよ」

「は、はあ……」


 責任とか女の子とか、突然どうしたんだ父さんは。そんなこと突然言われても意味が分からない。


「二人ともわかった?毎月の報告、楽しみにしてるわね」

「「うん!」」

「それじゃ、俺たちは行くから」

「ああ。元気で」


 こうして、俺と天使二人は、三人で一つ屋根の下、暮らすことになってしまった。


 ◇◇◇


「行っちゃったね」

「ああ。嵐のような数日間だった。とりあえず俺たちも学校に行こう。今日から二人は、鬼塚和葉と鬼塚雫なんだからな」

「別に、学校じゃ天野川のままなんだから、そんなに意識しなくても大丈夫でしょ」


 今日は金曜日。今日の授業を乗り切りさえすれば、放課後。土日と休みになる。考えなくちゃいけないことが山ほどあるけど、それはこの土日でのんびりと考えよう。


 ……と、思っていたんだけど。


『一年一組鬼塚慎吾、天野川和葉。三組天野川雫。至急職員室飯田まで』


 はい。呼び出しくらいました。まあそうですよね。そりゃあ親から学校に連絡するだろうし、学校側からしたら突然のこと過ぎてわけがわからないだろう。そりゃあ呼び出される。


「だってよ和葉。行こうぜ」

「要件はわかるけど……。行かないとだよね」

「し、シンちゃん。お姉ちゃん」


 すぐに三組から雫が来てくれた。行くしかないか。


「飯田先生って知ってるか?」

「確か生徒指導の若い先生で、ちょっとでも校則を破ったりすると、雷が落ちるって噂だよ」

「わ。私も知ってる。ちょっとした着崩しも絶対に許さないらしいよ」


 若くて怖い……。俺の頭の中には、スキンヘッドマッチョグラサンが校内でチャラけてるやつらに鉄拳制裁を加えている光景が浮かんできた。え、やだ急に行きたくなくなっちゃった。


「ま、行きたくなくても職員室には着いちゃうもんな」

「私が先生呼ぶ?」

「いんや。俺だって男だ。任せろ」


 コンコンコン


「失礼します。一年一組鬼塚慎吾です。飯田先生に呼ばれたんですけど」

「ああ。わざわざすまないな」


 職員室の扉の前で、扉の一番近くにいた先生に話しかけると、その返事は俺の後ろから聞こえてきた。


「あ、飯田先生」

「えっと……。あなたが飯田先生なんですか?」


 後ろを向くと、そこには予想通りのスキンヘッドマッチョグラサン……。ではなく、凛とした雰囲気を出す大人な美女が立っていた。


「そうだぞ。おいおい、生徒指導の私を知らないとはな」

「す、すみません……」


 一見優しそうな先生だが……。そんなに怖いんだろうか。


「ま、こんなところじゃなんだ。生徒指導室に行くぞ。安心しろ。一組と三組の一時間目担当の先生には話は通してある。じっくりと話そうじゃないか」

「あっ、はい」


 前言撤回。この先生、全然目が笑ってない。こりゃあ生徒から恐れられるわけだ。もう存在が怖いもん。何もしてなくても怖いって、そっちの仕事みたいだな。


「そんじゃ、単刀直入に。両親の再婚ってことだが、正しいか?」


 生徒指導室。あまり華のない武骨な部屋にあるソファーに、俺たちは横並びに座らされた。

 テーブルをはさんでその向かいのパイプ椅子には、飯田先生が足を組んで座っている。


「そうですけど……」

「……ま、他人の家庭環境にどうこう言うつもりは無いが、これからどうしていくのかは、学校側として確認する必要がある。親御さんからも頼まれているからな」

「どうしていく?」

「色々とあるだろう。再婚したことを隠すのか。高校にいる間はずっと苗字はそのままなのか。義兄妹であることを隠すのか。ましてや三人は一年生……いや。学校中の有名人だからな」

「私たちが有名人ですか?」


 有名になった覚えはない。いや、二人は大天使だからその美しさから有名なのはわかるし、実際二人に関する噂とかも聞いたり、何度か告白されてるのも見たことがある。

 でも、今飯田先生は三人って言った。ってことは俺もその有名の中に入ってるんだろう。


「ああ。双子天使。聖女の和葉と、令嬢の雫って呼ばれてて、生徒の間だけじゃなくて教師の中でも話題に上がるくらいよ」

「三人って言いましたよね?」

「……天使に纏わりつくゴミムシ、鬼塚。君の場合は悪意百パーセントの有名だな」

「な、なんだよそれ……」


 ゴミムシって。いやまあ自分でも思うけど。二人は大天使なのに、なんで俺みたいな全てが普通みたいな男に構ってくれてるんだろうって。

 まさかそれが有名になってるなんてな……。普通に悲しいわ。

 最近露骨にいろんな人から避けられてるなーって思ってたけど、これのせいか?


「し、シンちゃんがゴミムシ……。言った人、許さない」

「雫さんや。落ち着いて。目が怖いから」


 右隣に座っていた雫から、殺気のようなものを感じて見てみると、冷たい目をした雫が先生のことを睨んでいた。一気に室温が5℃くらい下がったようなその目を向けられて、先生も若干顔が青くなっていた、

 いやいや。言ったの先生じゃないから、怒られたくないからやめてくれ。


「わ、私も教師としてそう言った生徒の噂は快く思っていないさ。だが、そういった噂が出てしまうほどに、君たちはこの学校では有名なんだ」

「仕方ないですよ。で、先生の言いたいことはわかりました。俺たちの選択一つで、この学校の男子生徒のテンションが変わるってことですよね?」

「ま、簡単に言えばそうだ。お前たちが兄妹だなんてことが学校中に広まれば、軽い騒ぎじゃすまないかもしれない。人の噂は凶悪だ。最初は両親が再婚して苗字が一緒になったという噂が、最終的には二人が結婚して苗字が変わったっていう風になる可能性だってあるわ」


 いやいや。第一俺たち三人まだ結婚できる年齢じゃないし、流石にそれは言い過ぎだろ……。え、言い過ぎだよな?


「ま、ここまで色々言ったが、決めるのはお前たちだ。しっかりと話し合って決めろよ。私は席を外そう」


 そう言って飯田先生は生徒指導室から出て行った。静かになった部屋で、しばらく何を離せばいいのか分からず沈黙が続いた……。

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