家族
『明後日は幸子さんの誕生日だから、放課後はそのまま帰ろうと思ってるけど』
『ならいい。明後日はどこかには寄らずに、そのまま帰ってくるんだ』
どういうことだ……。父さんから突然来た連絡に、どういう意図があるのか一切分からない。なんというか、主語が無いというか、それがわざとなのかたまたまなのか分からないが、なんだか本能が気を付けろよと言ってきているような気がした。
「「ん?」」
俺がスマホを見るのをやめて二人の方を見ると、二人も食べる手を止めてスマホを見ていた。二人とも何か食べてるときにスマホを触ったりはしないんだが……。
「何かあったのか?」
「お母さんがね、こんなの送ってきたの」
そう言って俺にスマホの画面を見せてきた。そこには、天野川家という名前のグループに、幸子さんから父さんが俺に送ってきたメッセージと同じようなものが来ていた。二人にわざわざ帰る前に俺の家に寄れって、一体どういうことなんだろうか。
「何か心当たりあるか?」
「わからない。オニちゃんは何か心当たりあるの?」
「父さんから俺に同じようなことがついさっき来たんだが……。俺たちの知らないところで二人して何か計画してるのか?」
「二人って、そういうサプライズとかあんまりしないタイプだよね」
「まあ、何かしらサプライズでも計画してるんじゃないか?暖かく見守ろう」
父さんが何をしようとしているのか、俺には全く分からないが、無い知恵絞っても答えなんか出てこない。待つしかないだろう。
「……そういえば、もう十年だな」
あの後家の前で二人と別れてから、俺は誰もいない家の、自分の部屋でスマホをいじっていると、ふと思い出した。
幸子さんの夫が死んでから、明後日で十年。聞いた話によると、誕生日ケーキを買った帰りに、急いでいたところに居眠り運転していたトラックに後ろからだったらしい。
だから二人と幸子さんにとって、幸子さんの誕生日はただの誕生日じゃなくて、命日でもある。
「だから父さんも、張りきってるのか」
◇◇◇
「なあ慎吾」
「ん?」
父さんの作った夕飯を食べていると、突然話しかけてきた。父さんはどちらかというと無口な方だ。二人で食べているときなんて、美味しいくらいしか話すことが無いのに。一体何なんだ。
さっきのメッセージのこともあるから、変に身構えてしまう。
「お前……好きな奴いるのか?」
「ぶっ!ゴホッゴホッ……。ど、どうしたんだよ急に!」
父さんの口から急に好きな奴とかいう言葉が出てきたせいで、思わず飲んでいた味噌汁を噴き出してしまった。
女という言葉と一切関わりのないような性格の父さんから、そんな言葉を聞くなんて。
「天野川さんはどうだ?昔からの仲じゃないか」
「いや。別に……」
「そうか。ならいい」
それだけで、俺たちの会話は終わった。短いが、いつもに比べたらよく話した方だ。
「で、特に何もなく今日が来たな」
「うーん……お母さんにそれとなく聞いてみても、ちゃんと答えてくれないんだよね」
幸子さんの誕生日当日、俺たちはいつも通りの毎日を過ごしながら、学校に向かっていた。念のためそれぞれが渡すプレゼントは、持ってきている。俺だけバックなせいで大きな紙袋を持って学校に行くことになったが。
「わ、私は……。そ、そんなに気にしなくていいと思う」
「そうか?まあ、それもそうだな」
あと数時間後には、俺たちがなぜ家で待つように言われたのかわかる。今日の授業があんまり頭に入らなそうだが。
「購買行くか……」
三時間目が終わり、俺は一人で購買に向かった。四時間目に行くと混みすぎていてすぐに買えない。二時間目か三時間目に買いに行くのが一番買いやすくて便利だ。
「オニちゃん購買?」
「ああ。何か欲しいパンでもあるのか?」
「無いけどついてく~」
財布をポケットに入れて、教室から出る。階段まで行くとちょうどこちらに向かってくる雫と会った。偶然か、それとも和葉に会いに来たのか。恐らく後者だろうが。
「わ、私もついて行く……」
「でも二人ともお弁当だろ。そんなに食べると太るぞ」
「なっ。お、オニちゃん失礼!太ってないし!」
「し、シンちゃん。デリカシーない……」
若干二人から痛い視線を向けられたが、事実だし、ここまで言われたら二人とも追加でパンを買ったりしないだろう。もう俺の財布には自分の昼飯分くらいしかないんだ。
「オニちゃん!ドーナツ食べたい!」
「……はぁ」
和葉は購買に並ぶパンの中で、四種類のドーナツが入ったパックを指さしてはしゃいでいた。
「ほんとに太るぞ……」
「べ、別にその分運動すればいいし!」
「まあいいけど」
「ほんと!ありがとオニちゃん!」
「その代わり、ちゃんと二人で食べろよ」
元から買うつもりだったパンに加えて、和葉が指さしていたパンを買って、教室に戻った。
和葉はすぐに食べようとしていたが、自分のカバンに隠した。早弁は良くないからな。
「……よし。行くか」
放課後。俺は学校が終わってすぐに帰路についた。勿論二人もついて来ている。
家に向かって歩いている途中、それなりに会話したが、いつもの半分くらいしか会話が進まなかった。この後何が起こるのか一切分からないせいで、全員緊張していて和葉の元気もいつもより三割ぐらい落ちていた。
「つ、着きましたね。まだママも浩二さんも帰ってないみたいですけど」
家に着いたが、どちらの家にも電気はついてないし、車も停まってない。
「とりあえず家で待つか」
とりあえず、家でゆっくりとお茶でも飲んでいれば帰ってくるか。そうすれば多少落ち着いて、二人から何があるのかの心構えもできるだろうし。
「ミルクティーでいいか?」
◇◇◇
『もう帰ってるか?』
一時間ほど暇を持て余してソシャゲをしていると、画面の上に父さんから連絡が来た。もうすぐ帰ってくるんだろうか。
『うん。二人とも今目の前にいる。もう帰ってくるの?』
『ああ。幸子さんとすぐ行く。五分くらいかかる』
ん?幸子さんと一緒に……?二人で一緒にいるってことか。やっぱり二人で何かしてるんだな。なんかあと五分って言われると緊張するな……。
「二人とも、幸子さんから何か来てるか?」
「え、来てないけど……」
「これを」
父さんとの会話履歴を、二人に見せる。最初は何これといった様子で俺のスマホを見たが、その内容を見て、目を見開いていた。
「あと五分で来るらしい。今のうちにお湯を沸かしとくか。すぐに何か飲めるように」
連絡が来てから丁度五分後。外から車の止まる音が聞こえてきた。帰ってきたんだろう。だが、聞こえてきた車の音が一つだけなのは少しだけ気になるが。
「帰ってきたみたいね……」
「は、はい……」
ピンポーン
「はーい!今行く」
今行くと言ったが、俺はもう玄関で待っていた。すぐに鍵を開けて扉を開けると、父さんと、そのすぐ横に幸子さんがいた。
「おかえり父さん。幸子さんも、誕生日おめでとうございます」
「あらあらありがとう慎吾君。和葉と雫は?」
「リビングにいます。すぐに暖かい飲み物を入れますね」
「いいよ慎吾。大事な話があるんだ」
「え、ああ……」
大事な話と言われ、俺たちはソファーに並んで座らされた。その向かいのソファーには、父さんと幸子さんが並んで座った。
「お母さん。大事な話って?」
「今日……私の誕生日でしょ」
「うん。おめでとう」
「で、あの人の命日でもあって、そしてそれは今年で十年」
これは……。俺は下手に喋らない方がよさそうだな。人の家でそんなシリアスな話をし始めるなとも言いたいが。今は二人と幸子さんたちだけでの時間だ。
「私ね、決めたの」
幸子さんが、立ち上がりながら、俺たち三人の方をじっと見つめてきた。そしてすぐに、父さんも立ち上がった。幸子さんが不安を一切感じない、まっすぐな目で、父さんのことを見ると、すぐに父さんも普段見せないような熱のこもった顔で幸子さんのことを見た。
「俺たち、結婚することになった」
「…………」
「……」
「…」
俺のショートした頭には、沸騰して耳障りな音を上げるやかんの音だけが響いていた。
◇◇◇
「け、結婚!?お母さんと、浩二さんが?」
「うん。実は浩二さんとは昔からお付き合いをしていたの。もう十年だし、二人と慎吾君が高校生になったからって」
昔からお付き合いって……。全く気付かなかった。てか、それなら言ってくれればよかったのに。二人がそういう関係だったんなら和葉と雫と適当なところに出かけて家開けたり二人を一緒にしてたんだけどな……。
って……。幸子さんが俺の母親になるってことは、それって。
「和葉と雫が、義妹になるってこと!?」
思わず声に出てしまった。だって、二人が妹になるんだぞ。これまで幼馴染だった二人が。
「そういうことになるな」
「え、わ、私とシンちゃんが……」
「オニちゃんが、お兄ちゃんになるの?」
妹……。いやいやいや。二人が妹って、そんな馬鹿な。だって俺は二人のことが。でも妹になったらそういう関係にはなれないし。
一体俺はどうすればいいんだ……。ここで俺が反対すれば二人は妹じゃなくなるのか?でも、それじゃ父さんと幸子さんが……。
「勿論。三人が嫌だと言えば今回の話はなかったことにする」
俺の心を読んだかのようなことを父さんが言ってきた。父さんはわかってるんだろう。俺と二人が義兄妹になることの意味を。俺が二人のことをどう思ってるかも、薄々気づいてるんだろうな。
「わ、私は、いいと思う。お母さん、ずっと一人で大変だったし、シンちゃんとも、そ、その……家族になれるし」
「私はお母さんに任せるよ。お母さんの幸せが一番だし」
え?いつの間にか後言うの俺だけになってる?
雫は賛成で和葉はどちらでもない。俺が嫌だと言えば意見は割れる。いや、一人でも反対がいたら二人は遠慮してしまうだろう。
妹になれば、付き合ったりは出来なくなる。今まで通りの関係ってわけにもいかない。二人からも男として見られるんじゃなくて、家族として見られるようになる。正直俺は二人と幼馴染のままでいたい。
……いや。母さんは俺を産んですぐ死んだ。それから十五年間。ずっと男手一つで、慣れない家事しながら、毎日仕事をして……。やっとの幸せ、俺一人の都合で考えちゃだめだよな。
「父さんが、幸せになれるなら」
「慎吾……」
こうして俺たちは、義兄妹になった。
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