第2話 波間にたゆたう夏
降り注ぐ太陽の光を柔らかく縫いながら、潮風が髪をなびかせる。
個人の所有にしては大型の白いクルーザーが、涼しげな飛沫を上げながら、海上を走っている。
私は今、夏休みの始まりと共に、演劇部の仲間達と、とある無人島へと向かっている。普段は無人の島へ、私達が向かう理由を語るには、時を約1ヶ月前に戻す必要がある。
「ねぇ、夏の特別合宿って、何なの?」
そう切り出したのは、演劇部3年の
7月の初め、初夏を感じさせる日差しが段々と強くなりつつある、放課後だった。
夏の特別合宿とは、私達、青陵高校演劇部のグループラインに回ってきた内容だ。発信者は、演劇部部長の
「合宿って、どこでするんすか?まさか、この狭苦しい部室……」
「そんな訳ないでしょう……」
西条部長は、大げさにため息をついた後、続けた。
「せっかくの夏休み、貴方達の演技力を向上させるために、部長の私自らがスペシャル企画を用意したの」
「スペシャル……っ!響きからして、期待大!」
小学生のようなワクワク感いっぱいに、
「そんなに大きくはないのだけど、西条が持つ島があって、お父様にお願いしたら、夏の間、自由に使っても構わないと言われたわ。だから、島の別荘を合宿所にして、部員の演技力強化を図ろうと思うのよ。どうかしら?」
「さすが、西条先輩ですぅ!!反対意見なんて、あり得ませんよっ。ですよね、先輩方?」
小柄ながら、肉感的な体つきに、男子受けしそうな童顔の1年、
「そりゃ、100パー行くでしょ!愛美ちゃんや、麗華先輩と、一つ屋根の下で、夏を過ごせるとか、俺得すぎる!!」
錦野君が、ますます興奮気味に、歓声をあげる。
「いや、一つ屋根の下にいることになるのは、お前だけじゃないだろう……」
異様な熱気の錦野君に冷静に言い放ったのは、私の隣にいる、同じく2年の
すらりとした背に、さらりとした黒髪、フレームの細い眼鏡の向こうには、涼しげな瞳。派手ではないけれど、落ち着いた物腰の彼。
すると、錦野勇太は愁二君の肩に、馴れ馴れしく腕を回しながら言った。
「ま~たまたぁ、吾妻だって、内心は愛美ちゃんや先輩を狙って……」
「お前の邪な妄想に、巻き込まないでくれ」
愁二君は、呆れまじりのため息をついた。
「やだ、吾妻先輩てば、クール。そういうとこが、くすぐられちゃう」
そう言うと、小野愛美は、蠱惑的な視線で、吾妻愁二を見つめた。
もし、私が男だったら、簡単に落ちてしまいそうな微熱のこもった瞳。
(……)
私は、何の魅力もない自分と比較し、心の内に、ため息をついた。
実は、校内では秘密にしているが……私は、吾妻愁二と付き合っている。
生まれて初めての彼氏。初めて自覚した恋愛感情。
愁二君が、ちらりと、私にだけ分かる程の微かな視線を向けてきた。そこには、私の心配を見透かしたような色が滲んでいる。彼は、眼鏡越しの瞳を柔らかく細めた。
大丈夫、心配しないで。
その視線は、私には、そう受け取れる。
私は、彼の静かな優しさに惹かれている。
そう、例えるなら、彼は照りつける太陽というよりは、夜空をそっと照らす月。
私自身、決して目立つ方じゃなく、当初演劇部に入部したことを家族に伝えた時は、かなり驚かれた。
「姉貴が、一番選ばない部だと思ってた」
弟の
もちろん、最初から演劇部に入ろうと考えていた訳じゃない。
そんな私を演劇の世界に引き入れたのは……当時2年生の西条先輩の見せた演技だ。
新入生歓迎会の中で、演劇部は体育館の舞台で、短い劇を演じた。それは、少し変わっていて、太陽と月に扮した演者が互いに語り合うというものだった。
「私は、太陽。世界の光の根源を司る。闇夜に幕を下ろし、新たな光で朝を迎える」
西条先輩は、金色に煌めく古代ギリシャを思わせる作りの衣装を纏っていたが、舞台には、先輩を含めた演者以外のセットは、何もなかった。
台詞があまりなく、そもそもが、太陽と月という、人間ではない自然のもの。それを手振りや、ちょっとした動作、視線により、不思議な世界観で、観客を引き込んでいた。
それは、まるで西条先輩が、太陽そのものであり、彼女自身が、神聖な光そのものに見えたのを今でも、はっきりと覚えている。
演劇そのものにも、西条先輩という一人の役者にも、すっかり魅了されてしまった私は、演劇部に仮入部し、そのまま迷いなく、本入部した。
自分の中の何かが変わる、今まで閉じられていた扉が開かれるという、漠然とした予感も抱きながら。
(……でも、あの歓迎会の時の、月の役は)
淡い回想に、一筋の影が差しかけた時。
「なぁ、結月。あれが西条先輩のとこの島じゃないか?」
そう話しかけてきたのは、同じく2年の
ペルソナ狂奏曲 月花 @tsukihana1209
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