第5話 主婦マリヱが息子イサヲを育て上げるまで

 息子のイサヲはイケメンで素直で好い子です。でも無口です。前世のことを覚えてるかどうか判りません。前世の出生の秘密も、怖くて話せません。ある時、ヰチヱ様は仰りました。

「話したくないことは黙ってても好いのよ。でもね、嘘はダメよ。それは、嘘が現実になるかもしれないからよ。それが吉となるか凶となるかは誰にも判りませんけどね」

 決めました。イサヲから正面から問いただされるまで黙っていよう。ウジウジと煮え切らない決断でごめんなさい。


 桃源郷ヱデンでの生活は、あっという間に過ぎています。ナニも無いけど、退屈はしてません。十年が一年で過ぎ去ったかの様な気がします。

 この世界の男装は膝丈くらいのワンピースです。ショートカットからセミロングが一般らしいです。未だ桃源郷ヱデン以外の普通の人々に有ったことは有りませんが。

 そんな格好していると、息子のイサヲはボーイッシュな女の子のように見えます。未だ思春期を迎えておらず、オチンチンも可愛らしいです。

 一方、魔王ちゃまはオチンチンだけ早熟です。ヰチヱ様は涼しい顔してお世話してます。これイサヲちゃんには絶対見せられない。一応、私とイサヲからは隠れて、なされています。しかし、小さな狭い島で隠しようが有りません。

 もっと困ったことがあります。魔王ちゃまは、私だけじゃなく、イサヲを見て大変お喜びです。私にも女子がミニスカの裾ヒラヒラさせてるようにしか見えません。私の体に替えても息子を守らなくてはいけないかしら?

 シモンとヨシヲさんは、どう乗り越えたのかしら?

 これが問題で、ここを出たんじゃないかしら?

 悩んでいると、ヰチヱ様が察してくれます。

「シモンちゃんはね。魔王ちゃまのこと御仕置きしてたわよ」

「えぇーっ、そんな御無礼を?……娘に替わってお詫び申し上げます」

「好いのよ。魔王ちゃまだって女の子に叩かれたり、蹴られたり、踏まれたり、罵られて喜んでたわ」

「私、魔王ちゃまに手を挙げたりとかは、ちょっと……」

「安心してね。魔王ちゃまが私以外にオイタしたら、縛って木から吊るしちゃうからね」


 ヰチヱ様からなら、私も縛られて吊るされて罵られたい!

 私ってマゾだったのね。若い頃の私は奔放でした。それに比べ、小さい頃の娘はお転婆だったわね。男の子と平気で喧嘩してたわ。ヨシヲさんも他人と争うタイプじゃありません。あの気性の激しさは誰に似たのかしら?


 また息子自慢をします。イサヲは無口だけど賢い。自分の立場を弁えています。ヰチヱ様と魔王ちゃまを敬っています。いつも態度は慎み深いです。大人しい子供のようで、どこか大人なのよね。私のことも母として敬ってくれます。それでも、桃源郷ヱデンの中では、私が最底辺な気がします。だって、私は出来の良い息子ほど役に立ってないんですもの。

 でも一番の役立たずと言えば、魔王ちゃまです。怠惰でナニもしません。ナニしかしません。それでいて一番偉そうです。私やイサヲのことは呼び捨てです。とは言っても、ここの頂点はヰチヱ様です。魔王ちゃまも、ヰチヱ様には頭が上がらず、いつも尻に敷かれています。金魚の糞のように尻から離れません。よく吠えるブサカワ犬だと思えば、カワイイものです。


 イサヲの見た目はボーイッシュな女の子みたいです。でも、やはり男の子です。魔王ちゃまとチャンバラごっこして遊びます。ある時のことです。魔王ちゃまをボコボコニしちゃいました。気の小さい私はハラハラします。魔王ちゃまはヰチヱ様に泣きつきました。

 ヰチヱ様は木の棒を持ってイサヲの方に向かいます。背筋がピンとしていて滅茶苦茶格好好い。まるで女剣士よね。惚れ惚れしちゃう。でも、子供の喧嘩に親が出るなんて、大人げない真似はしないわよね?


「イサヲ君、あなた筋が好いわね。私と手合わせしてみない?」「はい。お手合わせお願いします」

「どこからでも打ち込んでね。私に一本でも取れたら御褒美上げるわね」


 イサヲも本気みたい。今までと雰囲気が違います。美少年対絶世の美女の対決ね。それにしても「御褒美」ってナニかしら?

 心がざわつくわ。イサヲを取られそうで嫉妬しちゃったのね。

 剣道とか剣術なんて、私にはさっぱりです。それでも、イサヲの基本が出来てるのは判ります。イサヲは物凄い勢いで突っ込みます。それをヰチヱ様はひらりと躱します。当たりそうで全然当たりません。その日は一本も取れないままイサヲは息切れして果てました。ヰチヱ様は全く息をあげてません。ヰチヱ様の完勝です。

「ママ強いだろ?」

 魔王ちゃまは私を膝枕にして、まるで自分が勝ったかのようにドヤ顔です。本当にお調子者ね。


 その日以来、ヰチヱ様はイサヲに稽古をつけて下さります。イサヲは、ヰチヱ様の言いつけ通り黙々と鍛錬を続けます。ある時は海を延々と泳いだり、ある時は木の上の上の方まで登らされました。体は鍛えられ、腕も上がっているのは目に見えて判ります。それでも、未だヰチヱ様から一本も取れません。ヰチヱ様が目隠しされても敵いません。その間、私は魔王ちゃまの膝枕役です。

 やがて年月を経てイサヲは逞しくなりました。水も滴るような好い男です。一方、魔王ちゃまは相変わらずです。ヰチヱ様のお尻を追いかけまわしています。イサヲに稽古をつけて下さる間、魔王ちゃまは私の膝枕で怠惰に過ごしています。犬魔王様と言うだけあって、生意気だけどカワイイわんちゃんみたいです。

 イサヲの腕前はメキメキ上がっています。腕を上げれば上げるほど、ヰチヱ様の打ち込みも容赦がなくなってきました。ある時、イサヲは手傷を負って痛みに耐えています。どうしよ、どうしよう?

「そんなの唾でもぬっとけば治るわよ」

「ヰチヱ様、それはあまりにもお冷たい」

「僕は大丈夫です」

「ごめんなさい。言い方冷たかったわね」


 するとヰチヱ様はイサヲに近寄りました。

 えっナニなさってるの?

 なんとヰチヱ様は傷口をぺろぺろ舐めまわしています。

 イサヲは赤面しています。そこまでは好い。スカートがテントを勃てているのです。どうしよ、どうしよう?

 でも傷口はきれいに治っていました。凄い。けど、いやらちい。思春期の男の子には毒よ!


「マリヱさん。あなたもやってみる?」

「私がですか?」

「心の底から治したい。心から願えば出来るわよ」

「舐め舐めしないとダメなんでしょうか?」

「手をかざして祈るだけでも十分よ」

「はい……痛いの痛いの飛んでいけっ!」

 私は傷口に手をかざしてみました。私の手からオーラが流れて来るように感じます。そして、みるみるうちにイサヲの傷は治りました。

 私凄い!

 ついに魔法使えるようになったんだわ。

 幾ら手傷を負っても、簡単に治せる。剣術の稽古は益々厳しくなりました。イサヲの治療は私の役目です。息子の傷を治すなんて、母親冥利に尽きます。


 イサヲの腕前は日に日に上がっていきます。動きも益々素早くて私の目で追い切れません。もうヰチヱ様を追い詰めるまでになりました。それでも後一歩のところで躱されます。紙一重の差で未だ一本取れません。


 そのうち魔王ちゃまは御隠れになられました。ヰチヱ様の蜜壺の中に籠られたのです。なんの躊躇も無く、実の息子とチュッチュしちゃうのね。もう一度イサヲと交わる。いくら永遠の若さの条件とは言え、私には躊躇われるわ。ヰチヱ様は、当惑する気持ちを察して下さいます。イサヲを泳ぎに出してる間、言葉を掛けて下さいました。

「太陽は母なる大地から産まれ、母なる大地の中に沈む。また母なる大地より産まれる。草花は春に芽吹き、夏に生い茂り、秋に稔り、冬に枯れる。そしてまた春に芽吹く。魔王ちゃまは、私から産まれて私の中に帰る。この世の理そのものなのよ」

「もしも、それを止めたらどうなるのでしょうか?」

「世界の時の流れが乱れます。生命の循環が停まります。どのような天変地異が起こるか想像がつきません」

「あの……私とイサヲの関係はその……」

「私たちと同じことをすれば、永遠の若さを保ち、やがて新たな理となるでしょう。再び禁断の果実を実らせ、私と魔王ちゃまに近づくか、それをやめ人に戻るか、あなたとイサヲ君が選ぶのよ!」

「シモンとヨシヲさんは、ナニを選んだのでしょう?」

「ヨシヲさんは躊躇ってました。でもシモンちゃんの意志は堅かったわ。永遠にヨシヲさんへの貞節を誓うって」

「えぇー、つまり、またヨシヲさんと……」

「そうよ、永遠の愛を誓ったのね。ヨシヲさんはシモンちゃんに引き摺られちゃったけどね」

「でもでも、実の娘が実の父親の子供を産んで、また実の父親の子供と結婚するなんて……どうして、どうして……えぇぇぇ」

「それはね、シモンちゃんには魔女の血が流れ、その血に目覚めたからよ」

「ええ……どういうことですか?」

「シモンちゃんの魔女の血は、あなたから受け継いだのよ。マリヱさん。あなたにも魔女の血が流れてるのよ。あなたのお母様やお婆様について思い当たること無いかしら?」

「母はクロヱで、お婆様はタナバ、普通の人だったと思います。でもタナバお婆様から聞かされました。……ご先祖様は昔は歩き巫女をしていたそうです。そういえば、私も母もお婆様も母子家庭でした」

「確かに魔女らしい経歴ね。因みにね歩き巫女のことはイチコとも言うの。英語のウィッチと語源は同じ。日本の魔女ね。そして私の名前ヰチヱのヰチは、ウィッチやイチコから来てるのよ。……話は換わるけど、今までのオトコの人との経験どうだったかしら?……特にヨシヲさんとか」

「ヨシヲさんは私と結婚するまで女の人を知りませんでした。Hが巧い訳じゃないかったです。それでも凄く満たされていました。裏切って浮気しようなんてことは思いませんでした」

「それではイサヲ君は?」

「夫を裏切るつもりも……実の息子だなんて知らなかったの……」

「責めてる訳じゃないわよ。Hのこと」

「今までで一番良かったかも……」

「そうでしょ。童貞、特に自分で産んだ息子の童貞って魔女にはたまらないのよ。それが魔女の性なのよ」

「それでは、やはり私も……」

「ここは自由の世、誰からもナニからも束縛されないわ。建前に囚われず、自分の心と体に素直に従えば好のよ」


 私なりに自分の心と体に向き合ってみました。それでもまだ迷っています。そういう時はイサヲの目を盗んで、ヰチヱ様に慰めて貰うのが一番だわ。


 そんな、ある日のことです。一羽の鳥が舞い降りてきます。遥か木の真上からです。

 とても美しい。鷲かしら?

 尻尾が長くて、清らかなオーラに包まれている。如何にも神聖な鳥、霊鳥って感じです。

 その霊鳥はヰチヱ様の手に停まりました。こういうお姿って正に神話の女神さまよね。私は無意識に跪いていました。


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