第7話 主婦マリヱに息子イサヲをめぐるライバルが現れる
「あれスットン・ヘンジンって言うのかしら?」
「お母さん、ストーンヘンジだよ」
「お母さん、お馬鹿でごめんなさい」
「そんなことないよ。誰よりも優しいよ。大好きだよ」
いつも無口なくせに、口を開くと殺し文句ばかりです。ドキドキします。
大草原の丘の上に、大きな細長い石が丸く並んでいます。二頭のグリフォンは、その真ん中に舞い降りました。私たちを降ろすと、グリフォンたちは名残惜しそうにしています。ヰチヱ様に甘えています。やがてグリフォンたちは、ヰチヱ様を振り返りながら飛び去って行きました。
「あの~ヰチヱ様、これからどうするのでしょう?」
「しばらく歩きましょう」
ヰチヱ様に付いて歩きました。「しばらく」って何時間だったのね。イサヲは黙々と歩いています。休み休み歩いても、私は息が上がります。やがて私はイサヲに負ぶわれました。あー、私って情けない。でも、みんな優しい。誰も責めません。
やがて清らかなせせらぎに辿り着きました。その畔で一休みです。なんて美味しい水かしら。清流で喉を潤しながら、昼食を取りました。桃源郷ヱデンから持ってきたドライフルーツです。
「ヰチヱ様っ!……ここの魚は獲っても好いのですか?」
イサヲは恐る恐る尋ねます。
「好いわよ。食べる分だけね。……せせらぎの女神よ、この者たちに川の恵みを与えたまえ。魚を糧とすることを許したまえ」
お墨付きを得ると、イサヲは水を得た魚のように魚を捕まえました。手づかみで器用に捕まえます。魔法も使わず火を起こします。久々の焼き魚とっても美味しいです。ヰチヱ様は召し上がりませんでした。鳥だろうと、獣だろうと、魚だろうと、殺生はお嫌なのです。
魚を焼く匂いに釣られたのかしら?
そんな訳ないわね。馬のいななきが聴こえました。馬蹄の響きが近づいてきます。馬に乗った女性が見えます。長い赤毛を靡かせています。その後には誰も載ってない馬がついてきます。見事な白馬です。
あの女性が
毛皮のマントに盾、槍や弓や剣を帯びています。顔も体も灰色です。青い模様が描かれています。すっぽんぽんにボディーペインティングしてるのかしら?
「魔王母さまっ、お初にお目にかかります。ご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます。恐れながら、わたくしめはエポナの娘サラと申します。
「サラちゃん、はじめまして、ご苦労様です。エポナさんは息災ですか?」
「はい、息災でございます。これも魔王母さまと犬魔王様の御恵みの御蔭でございます」
「ところで、馬は二頭だけ。どう乗りましょうか?」
「そこの婢女は、わたくしめの後ろに。男なぞは歩かせれば宜しいでしょう」
婢女って私のことね。酷いけど、ヰチヱ様の婢女って言うのは事実ね。初めて会った人から婢女呼ばわりされるのは心外ですが、文句も言えません。私を見下すのは好いです。我慢します。でも、イサヲを見る目が不愉快で堪りません。
「じゃあイサヲ君を私の後ろで……」
「魔王母さま、いけません。男の分際で馬に乗るなどとはっ、言語道断です!」
「ヰチヱ様、僕は徒歩で構いません。走ってついていきます」
「それだと、イサヲ君が幾ら丈夫でも体がもたないわよ……そうだサラちゃん」
「はい、魔王母さま」
「あなたとイサヲ君で決闘してみない。イサヲ君が勝ったら、馬に乗せてあげてよ」
「かしこまりました。……魔王母さま、お言葉ながら、オトコ風情が
「もしも、負けちゃったらどうするの?」
「万が一にも、負けるようなことがありましたら、わたしはイサヲとやらの婢女、家畜、メスイヌになりましょう」
「もしも、勝ったら?」
「ならわしにより、その男は、わたくしめの奴隷にしてあげましょう」
「それでは、大怪我しないように、素手で相撲にしましょうね。……それでは始め!」
さすがは
サラさんは必死になって掴みかかります。でも、イサヲに上手くあしらわれています。互角じゃなくて、イサヲの方が少し優勢みたいね。これもヰチヱ様の稽古の御蔭ね。いけいけ、がんばれイサヲ~!!
次の瞬間に勝負は決まりました。サラさんが伸ばした手をイサヲは捉えました。サラさんは投げ飛ばされ、すかさずイサヲは抑え込みました。勝負ありです。
「うぁあぁぁぁ~ん!!」
サラさんは絶叫を上げて泣きました。イサヲは手を取って起こします。サラさんはすぐに泣き止み、跪きます。ナニか覚悟を決めたようです。正座をして首を伸ばします。ええっー!?
イサヲの股間に顔を近づけています。それって、ヰチヱ様がこっそり魔王ちゃまにしてたことよね。私だって、未だイサヲにしたことないのに。どうしよ、どうしよ。私も実の息子にソレをする覚悟できてない。イサヲは固まってます。どうしたら好いのか判らないのでしょう。私は二人の間に割り込みました。
「サラさん、あなたはもっと自分を大切にしなさい」
サラさんは、しくしくと泣き崩れました。
「サラちゃん、その御方は
「御母君さま、弟君さま、数々の御無礼お許しください」
とりあえず、イサヲの操を守ることが出来ました。
サラさんはボディーペインティングを流し落しました。そうして現れたのは、赤毛の美少女でした。人が変わったように、しおらしくなりました。毛皮のマントに黄金の首飾りや腕輪、様々な武器に馬をイサヲに捧げました。全裸で犬の様な首輪をつけています。もう完全に婢女のつもりです。年の頃なら、イサヲと吊り合います。母親として、二人の仲を取り持つべきよね。でも、私の中には、もう一人の私がいます。とち狂った私です。もう一度息子との過ちを望んでいます。母親失格ですわ。
いくらなんでも、美少女を全裸のままにしてはいけないわ。本人は全裸のメスイヌに満足しているみたいです。この世界の女性は、ヰチヱ様のように全裸晒して平気みたいです。いくら習慣とは言え、イサヲの目に毒です。母親として我慢なりません。
「あの~サラさん、裸のまま拙いわよね。ナニか服とかお召しにならないと……」
「いえ、わたくしめはイサヲ様の婢女、家畜、メスイヌです。裸で十分です」
「サラちゃん、私も、魔王ちゃまも、お堅いしきたりなんて決めた覚えは有りませんよ。とりあえず、これでも着てね」
「はは、魔王母さまの仰せにままに」
サラさんが着たのは、丈の短い服です。この世界では男装だそうです。それでも、ミニのワンピース姿の女の子にしか見えません。イサヲを狙うライバルだわ。
「イサヲ様、こちらにお乗りください」
なんとサラさんは馬の脇で四つん這いになっています。イサヲちゃん、女の子を踏み台にしちゃダメよ!
「サラさん立ち上がってください」
イサヲは優しく声をかけ手を取ります。そしてサラさんをお姫様抱っこしました。さっきまでの威勢の良さは完全になりを顰めています。乙女らしく顔を赤らめています。あの娘に先を越されてしまったわ。イサヲに恋心抱いているわ。若い頃、彼氏とタンデムしたわ。イサヲとサラさんが二人乗りしたら、カップル誕生しちゃうわ。いま私の中には二人の私がいます。新しい恋人同士を温かく見まもりた善い私、そしてもう一人は嫉妬に心乱れる悪い私です。
誰と誰がどの馬に乗るか?
ナニか運命の分かれ道な気がします。女の勘です。
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