第9話 主婦マリヱ、馬の背に揺られ凰丹国に至る

 荒野を突き進んで行くと、やがて木々のまばらな森の中に入りました。そうして小山のような大きな岩陰で、馬から降りました。まだ午後過ぎから夕前頃です。ここでキャンプをするそうです。

 いつの間にか、ヰチヱ様は大きな岩の上に立ってます。登るの早くて忍者みたいです。裸のくノ一かしら?


「サラちゃん、あそこに村が見えるけど?」

「あの村は、まつろわぬ村です。貧しい上に、女は弱く、男は愚かです。魔王母さまの御稜威も知らず、我々を歓迎しないでしょう。我々を襲わないまでも、恐れて逃げるでしょう」


 大きな岩は険しいですが、鈍臭い私でも登れそうです。岩のごつごつ具合が天然の階段みたいです。登ってみたら、簡単に登れました。

 村の方を見て見ました。確かに貧しそうな村です。石壁に草ぶき屋根の家々が連なっています。家々から煙が上がっています。人影が羊の群れを村の中に追い立てています。周りを囲む疎らな草叢が畑みたいね。見渡す限り、人里らしいのは、その村だけでした。

 桃源郷は青い海に白い砂浜、緑の絨毯のような芝生、世界樹の枝には咲き乱れる花のように色鮮やかな果物がたわわに実っていました。それに比べると、ここの風景は、空は青いですが、灰色と茶色と疎らな緑だけです。


「マリヱさん、ここの世界はどうかしら?」

「あの……なんだか殺風景ですね」

「そうね。だから私も魔王ちゃまも引き籠っているのよね」

「もしかして、凰丹国フェムドムも、こんな感じなのですか?」

「私が行った時は、まだ人は少なかったけど、自然豊かな所よ。いまはどう変わってるか楽しみだわ」

「桃源郷みたいに豊かなところでしょうか?」

「ある意味豊かかもね。桃源郷にはない麦とか米、肉が食べられるますもの。マリヱさんも、桃源郷では果物ばかりで飽きたでしょ?」

「そんなことありません。甘くて濃厚で、とっても美味しかったです。食べる度に血がサラサラになって体が清らかになるような気がしました」

「やはり、あなた魔女に向いてるのかもね。でも、イサヲ君は飽き飽きしてたみたいな。魔王ちゃまと一緒に、こっそりお魚食べてたわね。あなたもさっき、お魚食べながら涙流してたわね」

「お魚、久々でしたのでつい……でも、桃源郷の果物が美味しかったのは本当です」

「そうね。桃源郷の果物は美味しいわね。凰丹国フェムドムでも、種を植えたはずだけど、桃源郷ほど甘いかどうかは判らないわ」


 そうしていると下から好い匂いが漂ってきます。お肉だわ!

 イサヲとサラさんが、ウサギさんを狩って裁いて焼いていたのです。ちょっと可哀相だけど仕方ないわ。余すことなく頂きましょう。久々のお肉、そんなに美味しくは有りませんが、思わず涙がこぼれます。イサヲなんかは猛獣のようにムシャムシャ齧りついています。

 サラさんはヰチヱ様の前に跪き、盃に白い飲み物を注いでいます。牛乳かしら?

 桃源郷には牛乳は無く、母乳しかありませんでした。そういえば思い出しました。ヰチヱ様に母乳吸われました。私もヰチヱ様の御乳を吸わせていただきました。とても甘く、恥ずかしい思い出です。


「マリヱさん、あなたも飲んでみる」

「はい、いただきます」

 酸っぱい!

 プレーンのヨーグルトみたい。でも何か違う。酔っぱらってきたみたい。お乳のお酒なのね。私の学生時代、異性関係以外は真面目だったんです。お酒も煙草も二十歳まで未経験でした。お酒は一口飲んだだけでダウンです。タバコは喉がむせって二度と御免です。


 小鳥のさえずりで目を覚ましました。イサヲの腕の中にいました。ナニかされてないわよね?

 ナニかすると、心筋梗塞起こしてしまうんだわ。でもこれって、恋人同士が迎える朝だわ。


 この日は、イサヲの後ろで馬に揺られました。背中が広くて頼りがいがある。息子に捨てられたら、わたし生きて行けるかしら?

「ねぇイサヲ、私たちこれからどうする?」

「僕は何時までも、お母さんと一緒にいるよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもね、実の母と……」

「実のお母さんのことは放って置けないよ。トウゲンキョウでも、フェムドムでも、地獄でも、火のなか水のなかでも一緒だよ」

 清々しく言ってのけます。わたしが聞きたいことと噛み合ってません。でも、聞きたいことを本当に聞くのは、やはり怖い。


 イサヲの背中に掴まりながら、周りを見回してみました。切り立った崖に囲まれています。とっても高くそびえたっています。小さな木や草が疎らに生えてるだけで、殆ど岩だらけです。でも、ここは殺風景ではありません。とても壮観です。行ったことは有りませんが、まるでグランドキャニオンみたいです。

 やがて馬は歩みを止めました。目の前には険しい崖が立ちはだかり、行き止まりです。よく見ると、行き止まりではないみたいです。岩肌に溶け込んでいて見え難いですが、大きな門がありました。門は崖を削って造った小さなお城みたいです。砦って言うのかしら?


「我はエポナの娘サラ、魔王母さま御一行をお連れ致した。門番どもよ、門を開けよ!」

 サラさんの声が凛凛と木霊します。

 軋むような音を立てながら、岩の門が少しづつ開いていきます。あれが凰丹国フェムドムの入り口なんだわ。


 今までのことが頭の中をグルグル回ります。走馬灯みたい。

 これから、長らく生き別れとなった娘のシモンと夫のヨシヲさんに会うのね。私は二人のことを詰るつもりは有りません。怒りも恨みも有りません。むしろ私の方が悪いと思っています。だからシモンからは詰られそう。あの娘は結構気性が激しいのよね。それを考えると、怖いけど体がムズムズします。


 私とイサヲ、そしてシモンとヨシヲさん、果たして、どうなるのかしら?


—— 完 ——

 


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主婦マリヱの異世界性遍歴💕 Peeping Dom @peeping_dom

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