第48話
翌朝、コミネは辞表を提出した。
これからどうするかなど考えていない。
ただ、ここに居る事はできない。
そう思っただけ。
後から研究所の裏庭で起こったことをコミネは知る。
学生の頃から優秀だと言われてきた外科医が、国立感染性微生物研究所の裏庭の大きな木に、首に縄を掛けてぶら下がっていた事を。
暫くして、ある製薬会社が腫瘍に有効な遺伝子を開発したと発表した。
現在のところ導入方法に問題があり、人体への使用には踏み切っていないが、動物を利用しての実験に入っていると。
これも後で聞いた事だが、オオサワの妻は精神不安定になり、入院、加療中、その後離婚。
ちょうどバーベキューパーティが開かれたあの時期くらいに精神状態が悪くなってきたそうだ。
オオサワの娘、ケイは末期の腫瘍であったことがわかり、即入院、それと時期を前後して、妻のトキコも入院となったらしい。
ケイは治療できず、他施設にて療養後絶命、だそうだ。
ケイの愛して手放さなかった白い小犬は、何処へ行ったのか誰も知らない。
コミネは引っ越した安いワンルームマンションの扉を開けて深呼吸をする。
そのマンションにはモトキの以前の彼女が住んでいることは知らない。
扉をゆっくりと閉めて、鍵をかけると重いバックパックを担ぎ直す。
もう何十年ぶりになるのだろうか、学生時代にバックパックひとつで旅に出たことがある。
バックパッカー達と少し違うところは、コミネの場合、バックパックの中には簡易式の一人用テントとコンパクトに折りたためる自炊セットが放り込まれている。
街を避けて野山を旅するバックパッカー、昔と違って体力は相当に落ちているが、時間は余るほどにある。
ゆっくりと知らない世界を回ろう、知らなかった自然と出会いたい、そして最後に行き着く場所は、そう、既に決めている。
一年くらいは働かなくても大丈夫なくらいに貯金はしてある。
コミネはマンションを出ると、再び空を見上げる。
「無くしちまったな、何もかも」
終
マッド・サイエンス 織風 羊 @orikaze
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