第3話 幸せに死ぬって

 そうして、二十年が経つ。八尾比丘尼の伝説はいつの間にか聞こえなくなり、あれから誰の口から聞くこともなかった。

 当然のことながら、ヤオさんは行方知れず。

 俺はあの翌日気が付くと、自分の部屋のベッドで腹を出して寝ていた。親には夜中の外出を知られておらず、眠気眼をこすりながら学校に行って居眠りをして先生に怒られた。


「どうしたの、今日は?」

「珍しいな。透夜が居眠りなんて」


 昼休み、安藤と竜人が俺を心配して声をかけて来た。だけど俺は「ゲームやり過ぎたんだ」と嘘をついた。優しい友人である彼らにも、昨晩のことは言いたくない。言えば、本当に夢になってしまう気がした。


 それからの俺は、多分今までの俺とは違ったと思う。学校の勉強をもっと頑張ってテストで満点を取り続け、中学でも高校でもそれを続けた。大学も難関を突破して、学科で最高点を取って卒業した。

 だけどヤオさんとの約束を守れているのかわからない。わからなかった。


「透夜くん、どうしたの?」

「和奏……何でもない。これからのこと考えてた」

「そっか。そろそろ寝よう。明日も早いし、ね」

「ああ」


 大学を出て社会人になって、俺は和奏と偶然再会した。高校を出てから会っていなかったけれど、彼女は本当にきれいになっていた。

 何度か会い、いつしか惹かれて告白したのは俺だ。和奏も応じてくれて、今一緒に住んでいる。

 そして明日、結婚式を迎えるんだ。


(ヤオさん、俺は幸せになって死ねるかな?)


 ベッドで目を閉じて、見えない彼女に問いかける。

 あの人が初恋の相手だと気付いたのは、中学生になってからだ。随分と遅くに気付く愚かな俺だけど、無意識にはあの夜に気付いていたんだと思う。でも、告げなくてよかった。

 告げていれば、ヤオさんはきっと困っただろう。優しい人だから、自ら傷付いて俺を突き放したに違いない。

 ふと眠気が襲って来た。隣から聞こえて来る規則正しい寝息が、俺を夢の世界にいざなおうとしている。


 ――きっと、大丈夫。楽しんで生きて。


 聞こえるはずもない人の声が聞こえた気がして、俺は心の中で頷いた。

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閉じた箱は満月に開く ~俺の初恋相手は“アヤカシ?”でした~ 長月そら葉 @so25r-a

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