第2話

「あのぉ、書いてもらって、非常に申し訳ないんだけれど」


 牧村はA4ペライチに書かれた私の小説から視線を上げると、言いにくそうにこちらを見た。窓から差す朝日に目を細めているようだ。

 私は彼に、「子どもたちが朝読書の時間を楽しめるように、みんなで話題を共有できるようなオリジナルの話を書いてほしい」と依頼され、仕事の合間を縫ってわざわざ一作こしらえてやったのだ。

「何?」


「こんなもん読ませられんて」

「どうして?」


 そこから牧村は饒舌に私を否定していった。

 一つ。登場人物の内のひとりが明らかにネガティブに書かれている。Cのことだ。これは後々「ABCDをだれにしたか」という話になった時、いじめに発展しかねない。

 一つ。スマホの持ち込みを助長しかねない。作中で責めてるとはいえ、当たり前に持ち込ませるな。

 一つ。最近の子どもを下に見すぎている。このフランクな文体は一方では全く合わない子もいる。

 一つ。そのうえで言っても、この話は分かりづらい。


「一緒になぞ解きをしようっていうコンセプトは悪くないと思うよ。子どもはこういうの好きだから。でも、結局これ、犯人が明記されてないだろ? この部分も、当てはめ方によっていじめになる。お前は子どものことを全然わかってない」


 私は指を振って否定する。

「わかってないのはお前のほうだ、牧村」

「なんだよ」

「僕はこの話に『犯人』は用意していない」

「でも『犯人』『犯人』って何度も書かれてるじゃないか」

「書いているだけだよ。『探偵』がそう言っているだけ。しかし物語は『解決』という結末しか迎えない」

「でも怒られて泣いているだれかがいるじゃないか。この子が犯人だろ」


「わかってないな。そんなものは当たり前に、スマホを持ち込んだ男の子に決まってるじゃないか。お前は教師をやってるのにそんなこともわからないのか。持ち込み禁止のスマホを持ち込んでたら、当然怒られる。まずそれは大前提だろう。つまり何か。もしこの事件に『犯人』がいるなら、『男の子』と『犯人』の二人が怒られるはずなんだ。でも僕は怒られた子どもを示すカッコを一つしか用意していない。カッコとカッコ、じゃあない。すなわち『犯人』なんてものは存在しない、ということになるんだ。仮に用意するならば、そうだな、この物語には登場しないまま、一番重要な役割を持つ人物『スマホを回収した先生』が犯人とでも言っておこう」


 牧村は私の言いたいことを何とかといった風体で飲み込んでから、続いて苦い表情で論点をずらす。


「じゃあ、この物語はそういう、どうだ、お前らの思考の隙を差したぞ、ってだけの話ってことか?」


「違うよ牧村。お前は本当にわかってない。この物語に該当するAからDを、僕はわざわざ国語のノートに書かせるんだ。お前の担当科目だろう。つまりお前は、そのノートを回収できる立場にいる。そこで、すべての回答を回収できるとは言わないが、一定数は少なからずその痕跡を見れる。そこでわかることはなにか? そう、お前の言った通りのことさ。この物語でCに該当するよう書かれたクラスメイトの名前。その量によって、クラスでの『立場が悪い子』『いじめられている子』を推測することができる。だからお前は教師として、Cになってしまった子どもたちを注視し、守ってやるんだ」


「なるほど、わかった……」


 牧村はそう言うと、改めて小説に視線を落とす。もう一度読み返しているのだろうか。しばらく黙ったまま、そうやって私の生み出した活字を見ている。どうだ、私の意図を理解した上で読んだ感想は。


 それからゆっくりとこちらに向き直ると、満面の笑みを見せ、


「言いたいことはわかった。でもこれはダメ、無理、リスクしかない」


 A4をきれいにA5にして見せたのだった。


 ■


 やあ。二度と会わないはずだった僕だよ。まだ覚えてる?


 優秀な君たちならわかっただろう、こんな結末も。

 でも「私」を許してやってはくれないか? 彼も頑張ったんだ。仕事の合間に、友人だからと牧村からの無理難題に応えてやった。その結果なんだから。そう、頑張った、頑張った——


 ■


 そこまで書いて、空しくなってやめた。

「もう少し締め切りを延ばしてもらってもいいですか」

 悔しい気持ちで私は牧村に頭を下げたが、

「いや良いよ、俺が悪かったよ。もう頼まない」

 あっけなく却下されてしまった。


 ふむ。私こそ、Cより可哀想なんじゃなかろうか。


 なにより、不規則な生活を送る私に、朝は毒なのだ。なんともそう、白々しい。そして清々しい。そんな中せっせと読書なんて、やめちまえ。


 ひとり、忸怩たる思いでそんなことを思った。

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朝毒 枕木きのこ @orange344

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