朝毒
枕木きのこ
第1話
皆さん、初めまして。
たった五分の付き合いだから名乗りはしないけれど、そうだな、僕のことは「探偵」という記号だと思ってくれればそれで十分だよ。
朝の読書の時間だ。教室は静かになっているかな。どうだろう、一度見回してみようか。クラスのみんなの顔、ゆっくり確認していこう。みんなちゃんと読書してるかな。——集中しなさい! なんて怒られちゃったらごめんね。でも大丈夫。ここから君はいかにも真面目そうな態度を取るからね。
さあ、なんでも構わないから、ノートを取り出そうか。そうだな、読書の時間だし国語のノートにしよう。それから筆記用具も忘れずにね。
君はこれからこの五分で、僕と一緒に事件を解決するよ。そのための記録を付けよう。
主要な登場人物は君を含めて六人だ。被害者の男の子が一人。
残りの四人は、そうだなあ。せっかくだからクラスメイトから選んでいこうか。
君に紹介してもらおう。
次のことをノートに書いて僕に教えてくれ。
A……活発で誰からも好かれている子=
B……クラスで一番賢い子=
C……大人しくて、授業で当てられるといつも黙っちゃうあの子=
D……君の好きな子=
どう? 書けたかな?
そうしたら、物語を始めよう。
これから、君のクラスで事件が起こるよ。
だからここから先は、君は彼らを思い浮かべて読むといい。
■
君が登校して教室に到着すると、どうも騒がしい。普段のような、それぞれが輪を作ってがやがやとしていると言うよりは、みんなで言い争っているように思える。
「どうしたの?」
君は近くにいたクラスメイトにそう声を掛けた。
「盗まれたんだって」
「何が?」
「スマホ」
君はそう聞いて驚いた。だって、盗まれたこともそうだけれど、そもそも学校にスマートフォンを持ち込んじゃいけないルールだったからね。それを平然と破っちゃう人がクラスにいること自体が、びっくりだ。
「お前か!」
盗まれた男の子がそうやっていろいろな子に声を掛けてる。君はそれを見ながら、「こんなに騒いでいたら先生が来てルール違反していたことがバレちゃうのに」なんて思う。もっともだ。でもね、ルールを破る人って言うのは、いつも大声を出すんだ。あれ? 別の子を思い浮かべちゃだめだからね。この男の子だけは架空の人物だよ。
そうやって騒いでいると、Aが彼に近づいていく。
「わかった。わかったから、慎重になってちゃんと状況を整理しよう?」
さすがのAだ、そうやってうまくまとめる力があるね。だから友達が多いんだろう。君も見習うんだよ、なーんてね。
それから男の子が状況を説明してくれる。ざっとこんな感じだった。
男の子は部活動の朝練があって今日は一番にクラスにやって来ていた。昨日の夜にダウンロードしたゲームのアプリが面白すぎて、でもお母さんに怒られるし早起きの自信もなかったから、代わりに早寝をして、こうして一瞬だけでも、ひとりの時間でゲームをしてやろうと考えていた。ちょうどボス戦を控えていたんだね。気持ちがわかるよ。でも部活の先生は学校で一番厳しいひと。ポケットに隠し持ってひそひそとプレイするのはあまりにも怖かったから、カバンにしまって朝練に向かった。不運だったのは、この時カバンを開けっぱなしにしてしまっていた、ということだね。
それで朝練から帰ってきたらごらんのとおり、スマホがなくなっていた、ということだ。
「そしたら単純に考えて、次に学校に来た人が怪しいんじゃないの?」
Bは賢いね。当たり前だと思うかもしれないけれど、こういった当たり前のことをきちんと据え置ける人は、物事の理解力が高かったりするんだよ。
でもそんなことを言っちゃうと、
「今日はだれが早かった?」
こんな言葉が飛び交うようになってきちゃう。いよいよ本当に犯人探しが始まってくるわけだ。
男の子の目も猫みたいにギラギラして、みんなのことを見てる。「お前か?」「お前か?」そうやってぼそぼそと呟いているのも聞こえてくる。みんなも、違う違うと返してる。
そんな時、Cのところで言葉が詰まった。
「お前か?」
「……」
周りの目も冷ややかになってくる。
可哀想に。Cが犯人だって空気が教室中に充満していくのを、君は肌で感じてる。でも一方で、「疑われなくてよかったな」って気持ちもあったりなんかしてね。もちろん、君はねぼすけさんで、全然何が起こったかもわかっていなかったんだから、犯人のわけもないんだけれど。
「違うよ、Cじゃないよ。(僕/私)が犯人だよ」
みんなでCを取り囲もうか、というところで、そんな声が聞こえた。
Dだ。
みんな、え? って顔をしているね。君もそうだ。Dがそんなことをするはずないって、君は強く思ってる。そうだよ。Dは犯人じゃないから、安心してね。こうやって少しでも時間を稼ごうって言う魂胆だった。
「お前なのか」
でも男の子からしたらそんなことは関係ない。自分の大事なスマホを取られて、すごく怒ってる。怒らないほうがおかしい。君が男の子の立場でも同じ状態になってるかもしれない。
「やめなよ」Aが場を鎮めようとしてくれている。
「まだ何も証拠がないよ」Bもいったん整理しようとしてくれている。
「……」Cはやっぱり何にも言えなくて黙ったままだ。
「(僕/私)だから。ごめん」Dはそれしか言わなくなっちゃった。
いよいよ男の子も我慢の限界だ。取り押さえてでもスマホを回収してやろうって気持ちになってきた。机をどかして、椅子を蹴っ飛ばして、どんどんDに近づいていく。
君は「止めなくちゃ!」と思った。当たり前だ。大好きなDが襲われたら気が気じゃない。勇気を出せ! 振り絞れ! 動け! そうやって念じて、男の子とDの距離が近づいていくのを見てる。
「 」
——どう? ちゃんと止められた? なんて声を掛けた?
でもうまくいったよ、ありがとう。おかげさまで物語は終盤を迎えられそうだ。
君が仲裁に入ったおかげで争いは起きなかった。そうこうしているうちにチャイムが鳴って先生が入ってきた。
「どうしたの」クラスの状況を見て先生もびっくりしてる。「なんかあった?」
ちょっと素っ頓狂なことを言ってるけれど、先生が来てくれたことで君もちょっと安心した。
よかった、よかった。
先生が来た途端、あっという間に事件が解決した。
( )は怒られて、すっごく泣いてしまっていたけれど、いけないことをしたんだから仕方ない。
こうして事件は終わった。
■
さて、どうだろう?
君にはこの結末がちゃんとわかったかな?
そうしたらこの物語の( )のところに思い当たることを書いておこう。それで、君がこの物語を完成させるといいよ。
——おっと、そろそろ朝読の時間は終わりだね。
「探偵」はここらで去るとしよう。
二度と会わないことを願うよ。じゃあね。
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