隣の部屋の鬼頭さんはちょっと怖いけど優しいお姉さんだ。
まちだ きい(旧神邪エリス)
第1話:疲れ果てたボクの前に現れたお隣のお姉さん
桜も既に散った5月の半ば。
今年から新社会人のボク、
「コラ
「ひえ、ごめんなさい……」
一生懸命頑張っているのだけど。
どうしてもミスを連発してしまうボクだ。
仕事辛い……一生アニメ観たり漫画読んで生活したい……。
そんなことを毎日考えている。冗談とかではなく。マジで。
「ガミガミ、ガミガミ、あーだーこーだー」
上司が何か言っている。
言葉というよりは、雑音として耳に入る。
ボクは社会不適合者だと思う。仕事の覚えも悪いし、容姿だってパッとしないから。
「──ってことだから。さっさと席戻れっ」
「……はい」
とぼとぼと席に戻るボク。
なんでこんなことに……ボクが何の悪いことをしたのだろうか。ただ真面目に生きていただけなのに。信号だって守るほうだし、高校の修学旅行の時に出た豪勢な料理も残さず食べたんだ。他の子は残したのに。
その日は青ざめた顔で仕事をするボクだった。
※※※
ボクが住むアパート。
大学生の頃から住んでいる。
実家を離れ1人で暮らしてから4年以上経ったけど、慣れればそんなに寂しくない。
(はぁ、今日も疲れた)
本当に疲れた。週に5日働いただけなのに。普通の人はもっと働いているんだ。だからボクなんてまだ社畜とは言えない。
なのに……すごく疲れた。
自分の部屋がある扉の前に立つ。
時刻は夜の9時過ぎ。もうすっかり夜もふけた。明日は休みだ。そう思ったら力が抜ける。
家の中に入ることができない。
家の中に入ったら、また出なきゃいけないから。
会社に行くのが怖い。もう止めたい。
そんなことを思って扉の前でぼーっとしていると。
「……」
家の扉を開けて右隣の部屋から人が出てきた。
確か名前は
「……」
「あ、あの……」
扉の前で突っ立っているボクに対し。
ギロリと睨み付けてくる鬼頭さん。
怖い……殺されるっ。
……そう思っていると。
「……
「え、は、はいっ」
「家ん中入らないの?」
「あ……えっと」
個人的な話なので。
鬼頭さんに話していいか分からなかった。
それに、話したところで『甘ったれてる』とか『情けない』とか言われるかもしれない。
(……まあ、それでもいいか)
もう何でも良かった。
どうせボクは人に好かれるような男じゃないんだ。今さらご近所のひとりにバカにされても痛くも痒くもないし。だからボクは鬼頭さんにこう話した。
「いやぁ。実は……仕事が辛くて」
「……」
「と言っても基本的に週5日しか働いてないんですけどね。だから普通の人よりは楽してるっていうか……だから甘えなんですよね。はは……」
「……」
「でもなんか辛くて……もう仕事辞めようかなーなんて思って。まあ仕事辞めたら生きていけないですけどね。なぁんて……いっそボクなんて死んだほうが──」
勢いに任せて言おうとした言葉。
それを鬼頭さんは鋭い声で制止する。
「それ以上言っちゃダメだよ」
「っ」
「死んだほうがいい人なんて、いないよ」
「……でも」
「いないよ。そんな人、いるわけない」
鬼頭さんの強い口調の中にある優しい言葉。言い返す言葉は沢山あるのに、鬼頭さんの
「ねぇ、桃瀬くん」
「は、はい」
「明日はお休み?」
「は、はいっ」
「そう」と静かに言い。
鬼頭さんはフッと優しく微笑み。
「今日は愚痴に付き合ったげるからさ。てかお酒飲める?」
「飲めますっ。めっちゃ好きです……」
「そか。なら、お姉さんの
「はい……お供します」
怖いと思っていたお隣のお姉さんは。
めちゃくちゃ優しい人だった。
ボクは鬼頭さんの部屋に招かれた。
小綺麗な室内に漂う、大人のお姉さんの甘い香り。リビングに座りキョロキョロしていると。
「はい、ビール。それと……これ、良かったら食べて?」
「え、肉じゃが? 鬼頭さんが作ったんですか?」
「うん……料理好きだから」
意外と家庭的……!
ギャップ萌えに思わずキュンとしてしまう。
肉じゃがをひとつまみする。ホロホロのジャガイモに、柔らかくて味の染みたお肉。温かい汁。ああ、幸せだなぁ。
鬼頭さんは鋭い目付きのまま。
ボクにこう訊いた。
「おいしい、かな」
「はい。すごく美味しいですっ」
ボクがそう言うと。
鬼頭さんは鋭かった表情を少し緩ませ。
静かにこう言った。
「良かった……フフ」
その様子はまるで。
好きな相手に料理を褒められた少女のようで。思わずボクは心を奪われた。
だってギャップ萌え過ぎて。可愛すぎて。
「どしたの、桃瀬くん」
小首を傾げて不思議がる鬼頭さんに。
ボクは何気なくこう返した。
「いや、可愛い顔するんだなって思って……」
「っ……」
「あ……」
って、何言ってんのボクーー!!!
自分より年上のお姉さんに『可愛い』とか。失礼すぎる……ボクは焦ってこう言う。
「いや、違うんです……いや、違わないけどっ。何て言うかっ、さっきまでクールで大人っぽかったのに今はなんか可愛いって感じで……いや、これ全然フォローになってないな……あれ、あれっ?」
言葉はスラスラ出てくるのに。
そのどれもが鬼頭さんを恥ずかしがらせる。
オタク特有の早口が止まらない。
やってしまったと青ざめるボク。
すると鬼頭さんは──頬を微かに朱色に染め。
「もぉ……バカ」
と、一言そう言って。
おちょこに日本酒をそそいで飲むのだった。
……あ、照れてる。やっぱ可愛い。
思わず見惚れるボクだった。
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