第5話:鬼頭さんに膝枕される

桃瀬ももせ! ちょっとこっち来い!」


 ある日。上司に叱られるボク。

 この日はいつもよりたっぷりと怒られてしまった。些細なミスを連発しまくったから。


「桃瀬君……顔青いけど大丈夫……?」


 鶴羽つるはね先輩が声をかけてくれる。

 心配をかけまいとボクはこう言う。


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます……」

「無理しなくていいのよ。私に出来ることがあったら何でも言って頂戴ね。……あのクソ部長め……桃瀬クンを傷付けるなんて……ブツブツ」


 鶴羽先輩の好意も受け取れる余裕がなくて。ようやく仕事が終わり帰ってきた頃にはもうフラフラだった。


(はぁ、今日も疲れたなぁ)


 心がズキズキする。

 心臓の鼓動が激しく鳴り、息が切れる。

 家に帰ると着替えもせずにベッドに横になる。

 風呂も入ってないし夕飯も食べてないけど、とりあえず寝たい。はだけたワイシャツもそのままに目をつぶると。


 ピンポーーーン♪


 インターフォンが鳴った。

 こんな時間に来る人と言えば、1人くらいしかいない。鬼頭さんだ。彼女が来てくれたんだ。

 フラフラと立ち上がりながら玄関に行き。扉を開ける。すると相変わらず目付きの悪い鬼頭さんが立っていた。


「桃瀬くん、おかえり。あの、煮物作ったんだけど……」

「鬼頭さん……」


 鬼頭さんの落ち着いた声を聞いた瞬間。

 身体が安心してしまって、ふっと肩の力が抜けた。だからふらついて彼女の肩に頭を倒してしまう。


「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないかもです……」

「そっか。いいよ、大丈夫じゃなくても」

「すみません……ちょっと肩借ります」


 鬼頭さんの身体はほんのり温かくて。

 お風呂上がりなのかいい香りがした。

 首筋のしっとりとした白い肌は吸い付くような触り心地で。頭を寄せているとすごく落ち着く。


「よしよし、今日も頑張ったね」

「……はい」

「いいよ。このままもうちょっとぎゅーしてるね」

「ありがとうございます……」


 鬼頭さんの落ち着いた低音ボイス。

 背中をなでなでされながらぎゅーと抱きしめられると、どこにでも行ける気がする。

 

「う、ぁ、……ぁ」


 鬼頭さんが優しすぎて。

 ボクはみっともなくその場で泣いてしまった。こんなの恥ずかしすぎる。絶対引かれた。


「ずみまぜん……引かないで」

「引かないよ。大丈夫」

「ぜったい引いてる……強い男になりたい……」

「桃瀬くんは強いよ。頑張ってる。だから、涙拭いて……」

「うん……」


 しばらく鬼頭さんに慰めてもらうボクだった。


※※※


「煮物美味しいでふ……はふはふ 」

「そ? フフ、良かった」


 鬼頭さんの部屋に上がらせてもらって。

 彼女の手料理を食べるボク。

 やっぱり鬼頭さんの作る料理は最高だな。

 そう思っていると。


「ふぁ……」

「アクビ」

「す、すみません……眠くなっちゃって」

「食べたあとだからね。いいよ、ちょっと寝る?」

「え、でもここで寝るのは悪いですよ……」


 鬼頭さんは何でもないといった顔で。


「なんで? 別にいいけど。もちろん桃瀬くんがいいならだけど……」


 鬼頭さんがいいって言うなら、別にいいのかな。

 ボクは床に寝ようとする。

 すると鬼頭さんはボクの前で正座をして。


「床固くて眠れないでしょ。だから……ほら」


 鬼頭さんは自身の太ももをぽんぽんと触る。

 これってもしかして……膝枕してくれようとしているのか? いやいや、そんなの申し訳無さすぎるっ。


「だ、大丈夫ですっ。申し訳ないですし」

「嫌だったかな」

「いやっ、嫌ではないですしむしろメッチャされたいですけど……鬼頭さんもボクみたいな男に膝枕するのは嫌かなって思って……」


 鬼頭さんは表情ひとつ崩さずに。

 首を傾げ、何でもないことのようにこう言った。


「なんで? 別に大丈夫だよ」

「……へ?」

「疲れてるみたいだし、少しは落ち着くかなって思って……ダメ、かな」

「いいんですか……?」

「うん、いいよ。キて……」


 ドキドキしながらボクは鬼頭さんの膝に頭を寄せる。程よく柔らかくて、丁度頭にフィットする太もも。寝心地が良すぎてすぐに眠くなってしまう。


「ふぁ……鬼頭さん」

「眠いね……いいよ、このまま寝てて……」

「はい……少し寝ます」


 鬼頭さんに膝枕をされながら。

 頭をなでなでされて。

 時計が静かにコチコチ鳴る音が聞こえる。

 鬼頭さんの低音バブみボイスもいい感じにアクセントになり。5分と経たずにボクは夢の世界に落ちていった。


「よしよし……今日もお疲れ様……」


 鬼頭さんの優しい声が夢の中にまで響く。

 その日はいつもよりよく眠れたボクだった。




 




 


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