第2話:鬼頭さんは尽くす女

(はぁ、疲れたぁ)


 今日も仕事で遅くなったボク、桃瀬ももせ丹護たんご

 時刻は夜の7時時過ぎ。すっかり辺りも暗くなった。まだ着慣れないスーツは顔が童顔なので合ってないように感じる。いつまでも高校生みたいな自分の顔が嫌いだ。


 フラフラと歩きながら辿り着いたアパート。ボクの家はここにある。中に入ろうとすると、通路からスーツ姿の女性が歩いてくる。


「あら、桃瀬ももせくん。今帰ったの?」

鬼頭きとうさん……こんにちは」


 鬼頭きとう凛華りんかさん。ボクの部屋のお隣に住むお姉さんだ。仕事帰りなのかスーツを着ており、下はスカートではなくパンツスーツ姿だ。いかにも仕事のできる社会人のお姉さんといった感じで憧れてしまう。


「鬼頭さんも今お帰りですか?」

「ん? うん。そうだね」

「あ、手に持ってるのって……」


 鬼頭さんが手に持っていたのはビニール袋。中には野菜や肉などの食材が入っている。やっぱり料理、好きなんだなぁ。


「今日の夕飯はなんです?」

「あーっと……まだ決めてないかな」

「そうなんですか……」


 そう言えばこの前食べた肉じゃが美味しかったな。ホクホクのジャガイモに、味の染みたお肉。あまじょっぱい汁。……ああ、また食べたいな。

 そんなことを思っていると。


「ねぇ、桃瀬くん」

「は、はい」

「部屋、寄ってかない?」

「え、いいんですか?」

「……うん。いいよ、君なら」


 そう言う鬼頭さんの表情は。

 どこか陰があった。

 なんだろう。お腹でも痛いのかな。

 不思議に思ったがさほど気にしないようにするボクだった。


※※※


「待ってて、今作るから」


 鬼頭さんの部屋に行き。

 リビングに向かうと、彼女がボクに言う。

 もしかしてボクの為に夕飯作ってくれるのかな。だったら手伝わないと。家に招いてもらったのに夕飯まで作らせるのは失礼すぎる。


「ボクも手伝いますよ」

「え、でも……」

「一人暮らしはずっとしてたんで。だから料理は結構出来るんですよ? だから手伝わせてください」

「……いいの?」

「? 何がですか」


 まるでボクの言っていることが信じられないといった表情をする鬼頭さん。どうしたんだろう。やっぱりお腹痛いのかな。


「あの、鬼頭さん……?」

「……優しいんだね、桃瀬くん」

「普通だと思いますけど」

「いや、素敵なことだと思うよ。アイツと違って……」

「アイツ?」

「何でもない。じゃあ手伝ってもらおうかな」

「は、はいっ」


 鬼頭さんは切り替えたように明るい口調で。ボクおに料理を手伝うようにお願いする。

 どうしたのかな。やっぱりお腹痛いのかな。


 ボクは鬼頭さんに頼まれて人参の皮をピーラーで剥く。何かこれクセになるんだよなぁ。気持ちがいいっていうか。

 隣でジャガイモの皮を包丁で剥いている鬼頭さん。慣れているようでその動きはテキパキしている。ボクは素直に褒めるのだった。


「鬼頭さんジャガイモ剥くスピード早いですね。すごいなぁ」

「え? ああ、まあね」

「料理人だったんですか?」

「違うけど……まあ、人に料理を作ったことなら」

「家族にとかですか?」

「いや……旦那に」

「……ああ」


 鬼頭さんは目付きこそ悪いが。

 スラッとした長身だし、肌もキメ細やかで綺麗だし、大人びた美しい中華系の顔立ちをしている。だから結婚していてもおかしくない。

 ……あれ、でも今は確か一人暮らしだよな。


 ボクが不思議がっていると。

 鬼頭さんは少し間を置いてから。


「まあ、今は別れたんだけどね」

「そう、なんですね……」

「ごめんね、変な話しちゃって。あ、人参の皮は燃えるゴミの日にまとめて捨てるから三角コーナーに捨てといてくれる? 」

「あ、はい……」


 あまり突っ込んじゃダメな話だったかな。

 何となくそう思い、これ以上詮索することを避けるボクだった。

 

※※※


「よし、食べよっか」

「はい……頂きます」


 完成したのはカレーライス。

 そういえば学生時代はよく作って食べてたっけ。

 一口食べる。ボクが剥いて、その後切った人参はちゃんと火が通っているし、鬼頭さんが剥いて、その後切ったジャガイモは食べやすいサイズにカットされており、柔らかくて美味しかった。


「はふはふ、おいひぃれす」

「こら、食べながら喋らないの」

「はふ……すみません」

「もぉ。バカね」

「鬼頭さんが切ったジャガイモ、食べやすいですね。なんて言うか、誰かに食べさせることを考えてる感じっていうか……」

「……そう感じる?」

「はい。違いました?」


 鬼頭さんは少し驚いた顔をしたのち。

 微かに首を横に振り。


「ううん、違わない……んだと思う」

「鬼頭さん?」

「……私ね、男には尽くすタイプなの」

「? はぁ」


 鬼頭さんは「はぁ」とため息をつき。

 アンニュイな表情でこう言った。


「今どき古いのかしらね。そういう女って」

「そんなことないと思いますけど……」

「重い女って君は思わないの?」


 何でそんなこと言うんだろう。

 ボクはキッパリと否定した。


「思わないです。尽くしてくれる女性……最高じゃないですか。自分のために一生懸命になってくれるなんて、とっても素敵です」

「……そう、かな」

「少なくともボクはそう思いますよ」

「……そっか。ありがとね」


 鬼頭さんが何を思ってこんな質問したのか分からないけど。ボクは思ったことをそのまま言った。お世辞や上っ面の言葉なんかじゃない、ありのままの本音を。すると鬼頭さんはニコリと微笑み。


「桃瀬くんはいつまでもそのままでいてね」

「はい……分かりました」

「君のそういうお上品なところ好きだから」

「す、すきっ?!」

「フフ、なにその反応。なんか可愛いかも」

「からかわないでくださいよ……」


 大人のお姉さんに『可愛い』だなんて言われて。

 ボクは困惑してしまった。まあこの童顔のせいで散々そうやってからかわれたから今さら怒ったりはしないけど。


「どうせボクは童顔のガキですよ」

「なんで? 童顔いいじゃん。若く見られるのはいいことよ。私なんてまだ28歳なのに30代半ばだって思われたことあるし」

「えー、いいなぁ。でも鬼頭さんは大人の女性って感じだし、確かに実年齢より上に見えるかも」

「あ、言ったな? 女にそういうこと言っちゃダメなんだよ?」

「す、すみませんっっ」

「いーよ。気にしてないから……フフ。あ、そうだ。ビールあるんだけど飲む? お酒無いと夕飯もつまらないでしょ」

「いや、そんなことは……頂きます」

「頂くんかい。じゃあ持ってくるね」


 その後ボク達は一緒に晩酌をして。

 夜を過ごすのだった。




 

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