第8話:桃瀬の誕生日パーティ
ある日の夜。
ボクは鬼頭さんの部屋を訪れた。
「こんばんは、鬼頭さん」
「うん。こんばんは。さ、入って」
「はい。お邪魔します……あ、日本酒買ってきました」
「いいね。私もビール買ってきた」
部屋に上がる。
最初にお邪魔した頃より整理整頓されている。ボクが来るから綺麗にしてくれてるのかな。
「桃瀬くん」
「は、はい」
鬼頭は相変わらずの目付きの悪さでボクを見ながら。静かにこう言った。
「お誕生日おめでとう。もう立派な大人だね」
「ありがとうございます……てれてれ」
この日はボクの誕生日だ。
今夜は鬼頭さんの部屋を借りてパーティーが開かれるのだ。去年は誰も祝ってくれなかったから今日はとても嬉しい。
リビングに向かうと。
豪勢な料理の数々がテーブルに並べられていた。鶏肉の唐揚げにエビフライ。ポテトサラダもある。全部鬼頭さんが作ってくれたようだ。
「わー、美味しそう……ありがとうございます!」
「ちょっと張り切りすぎちゃったかな」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
美味しそうな料理に目を奪われていると。
ピンポーーン♪
インターフォンが鳴った。
玄関に向かい、扉を開けると。
「こんばんは、桃瀬君」
「鶴羽先輩! こんばんは!」
鶴羽京先輩も誕生日パーティーに来てくれた。何故か今日が誕生日なことを知っていて、鬼頭さんの部屋でお祝いパーティーをすることを話したら「ぐぬぬ……鬼頭さんったら……私の桃瀬クンを独り占めしちゃって……」とよく分からない独り言を言っていたのでボクのほうからお誘いしたのだ。もちろん鬼頭さんの部屋を使わせてもらうので彼女の許可を取ってからだけど。
鶴羽先輩はニコリと微笑みながら。
右手に持っている紙袋をボクに差し出す。
「はい。これ……良かったら飲んで」
「これって……」
「スパークリングワインって知ってるかしら。やっぱりお祝いにはこれよね」
「ありがとうございます!」
これで人は揃った。
ボクの誕生日を祝うパーティーが始まった。
ああ、なんかこういうのいいな。大人になったらつまらない人生をずっと進むと思っていたけど、そうじゃないんだな。
鶴羽先輩が鬼頭さんに言う。
「今日は招いてくれてありがとう。鬼頭さんも悪いわね、こんなオバサンが家上がりこんじゃって……」
自虐的な笑みを浮かべる鶴羽さん。
すると鬼頭さんは静かに。
「気を使わなくていいですよ」
「……え?」
「お酒、注ぎますね」
「……私、ここにいてもいいのかしら」
「いいんじゃないですか。彼が、桃瀬くんが連れてきた人なんですから……悪い人ではないでしょう」
「……ありがとう。鬼頭さん……」
鬼頭さんが鶴羽先輩のグラスにお酒を注ぐ。ボク達は乾杯した。ここには年の差も社会的地位も関係ない。こんなこと言ってもいいのか分からないし、こういう考えは大人としてどうなのかと自分でも思うけど。ボクは鬼頭さんも鶴羽先輩も、年上ではあるけど大事な友達だと思っている。少なくともこの場では。
「美味しいわ。鬼頭さんは料理上手なのね」
「まあ、昔旦那に作ってたので」
「あー、私もそうだったわ……でもウチの元旦那ったら食器も洗わないのよ? 酷いと思わない?」
「男なんてそういうもんですよね」
「鬼頭さん、アナタ話が分かるわね……」
何だかバツイチ同士で話が盛り上がってるな。
この二人は仲良くなれる気がする。
何となくだけどね。
と、その時鬼頭さんが席を立ち。
「ちょっと席立つね」
「あ、はい」
鬼頭さんがリビングを離れ。
ボクと鶴羽先輩だけになった。
すると鶴羽先輩はクスリと笑い。
「なんか、桃瀬君の誕生日なのに私のほうが楽しんじゃってるわね。ごめんなさい」
「そんな……むしろ嬉しいです。今日は来てくれてありがとうございます」
「いいのよ。可愛い後輩のお誕生日だもの……」
そう言うと鶴羽先輩はおちょこをクルクル回しながら話し始める。
「ね、桃瀬くんはさ……年上の女性って、どう思う?」
「どうって、素敵だと思いますよ」
「素敵って、どういう意味で……?」
「え……」
見ると。鶴羽先輩頬は赤らんでいた。
明らかに酔っていた。瞳の奥がそぼ濡れ、どこか色っぽい。ボクは困惑した。どう返していいか分からなかったから。
「桃瀬くんは……鬼頭さんのこと、好き?」
「えっと……はい。好きです。仲良くしたいです」
「……ふぅん。そっか」
「あの、鶴羽さん?」
鶴羽先輩がボクに手を伸ばす。
ビックリして目をつぶる。すると先輩はボクの頭を撫でてきて。
「かぁわいいのね……ふふ」
「あの……な、なんですか、イキナリ」
「あんまり可愛いと、悪い女に狙われちゃうわよ。案外近くにいるかも」
「……ボクの周りにはそんな人いないですよ……な、撫でるの止めてください……」
「ダメよ。もうちょっとだけ……もうちょっとだけ、楽しませて」
「ぅ……ぁ」
鶴羽先輩に撫でられながら。
どこか妖艶な声で囁かれる。
は、はずかしい……そう思っていると。
「なぁに人の部屋でイチャついてんの」
「……あら、帰ってきたの、鬼頭さん」
鬼頭さんが鬼のような目付きで鶴羽先輩を睨み付けていた。ボクは情けない声でこう言う。
「鬼頭さぁん……助けてぇ……」
「はいはい、助けるよ。無自覚系女たらしクン」
「タレがなんですか〜〜〜?」
「……こんにゃろ、いつか犯したろか……」
何かブツブツ言ってる鬼頭さん。
よく分からないけど顔が鬼みたいに怖い。
なんか悪いことしちゃったかな。
そんな時。
ピンポーーーン♪
インターフォンが鳴った。
誰だろう。鶴羽先輩はもういるし、大家さん? いや、でも何の用だろう。
「っと、誰だろう。ちょっと出てくるね」
「ボクも行きますっ」
鬼頭さんと一緒に玄関に行き。
扉を開けると。そこには黒髪の女性が立っていた。
「あ、夜分遅くに失礼します。わたし、今日から2つ隣に越してきた
犬養美琴と名乗ったその女性は。
一言で言えば『清楚』という言葉が良く似合う見た目だった。古風でお淑やかな印象を受けるくせっ毛の黒髪ボブカットに、身長は鬼頭さんより低い160センチ後半くらいか。
鬼頭さんは相変わらずの目付きの悪さで。
彼女を睨み付けながらこう言った。
「ご丁寧にどうも。私はここの住民の鬼頭です。で、この男の子が左隣に住んでる桃瀬丹護くん」
「なるほど! よろしくお願いしますね、鬼頭さん♡桃瀬さん♡」
コワモテの鬼頭さんに対しても臆することなく。
ニコニコと明るく対応する犬養さん。
仲良くなれるといいな。そう思っていると。
ぎゅ。
「桃瀬さん♡お隣さん同士仲良くしましょうね♡」
「へ?」
「?!?!」
なんと犬養さんはボクの手を握ってきたのだ。
鬼頭さんは信じられないものを見るかのような顔で目を開き。驚いている様子だ。メチャクチャ顔怖いよ! いつものコワモテが可愛らしいと思えるほどだ。
「それじゃ……あ、これ大したものではないですけど……洋菓子です♡」
「っ……ああ、どうも」
「うふふ、では失礼致します♡」
そう言って犬養さんは去っていった。
鬼頭さんは今にも人を殺めそうな勢いのコワモテフェイスでブツブツ何か言っている。
「厄介な女……」
「あの、鬼頭さん?」
「……何でもないわ。さ、部屋に戻りましょ」
「あ、はい」
鬼頭さん。怒ってる?
ボクにはそう見えた。どうしたんだろう。
部屋に戻ると。完全に鶴羽先輩が出来上がっていた。
「ヒック……ねぇ〜〜、わたひのお酒もぉないの〜〜?」
「……厄介な女がここにも……」
鬼頭はブツブツ何か言いながら。
鶴羽先輩にお水を渡すのだった。
……犬養美琴さんか。ボクは仲良くなれるかな。
不安を抱えながらパーティーの続きをするボク達だった。
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