第7話:鬼頭さんの手作りお弁当
ピピピピッと。
スマホのアラームが鳴る。
寝ぼけ眼で時刻を確認するボク。
──8時15分。……え?
「うわっ、寝坊したっ!」
あと10分くらいで家を出なきゃいけない。慌てて着替えをする。
朝食はテーブルに雑に放置されたバナナを1本食べて。アイロンなんて一度もかけてないヨレヨレのワイシャツに。ホコリが付着したスーツを着て。外に出るボク。すると丁度右隣の部屋から鬼頭さんが出てくる。
「あ、おはよう。桃瀬くん」
「あっ、おはようございます……」
「すごいバタバタ音したけど大丈夫?」
「いや、寝坊しちゃって……って、あ……」
鬼頭さんはボクの前に立ち。
スーツのホコリを取ってくれる。
曲がったネクタイも直してくれて。
何だかまるで奥さんみたいだ。……って、何考えてるんだボクはっ。
「身だしなみはキチンとね。女にモテないよ」
「す、すみません……」
「スーツはクリーニングに出すとして、ワイシャツは今度アイロンかけてあげるね」
「いいんですかっ?」
「いいよ、そのくらい。いつもお世話になってるしね」
「お世話だなんて……ボクは何も……」
照れて頭を搔く仕草をすると。
鬼頭さんはピッと細い人差し指をボクに向けて指さし。
「それ。そういう仕草、むやみに母性くすぐられるから止めな」
「ぼ、母性?」
「無自覚かよ、はぁ……ほんっと、罪な男」
「あ、あの……鬼頭さん?」
何だろう。何か気に触ることしちゃったかな。不安になってぽけーっと彼女を見ていると。
ぐぅぅ。
お腹が鳴った。そんなボクに対して鬼頭さんは。
「お腹空いてるでしょ」
「えっと……」
「はい か いいえで答えて」
「あ、はい……空いてます」
「そか、なら……1分待ってて」
「? はい」
鬼頭さんは部屋に戻り。
少ししてからボクにあるものを渡してくれた。
「はい、お昼用のお弁当。昨日の余りだから」
「え、いいんですか?」
「うん。どうせ渡そうと思って作っておいたから。まあ、丁度タイミングが良かったよね」
「? タイミング」
「何でもない。ほら、行きなよ。仕事遅れちゃうから」
「あ、そうですね……ありがとうございます!」
鬼頭さんにお弁当をもらって。
ボクは出勤するのだった。
それにしても、どうせ渡すタイミングだったってどういうことだろう。そんなにお弁当作りたかったのかな。
※※※
「ふぅぅ……お昼だぁ」
何とか午前の仕事を乗りきった。
お腹空いた……鬼頭さんからもらったお弁当を食べよう。ボクはお弁当箱を持って休憩室に向かう。適当な席を見つけて座る。お弁当箱をテーブルに置く。フタが閉められていて中身は見えない。その時隣にいた同僚の田中さんが言う。
「あれ、桃瀬くんお弁当なの? いいね!」
「うん。お隣さんがくれたんだ」
「お隣さん? へぇ、仲良いんだ」
「うん。色々と良くしてくれるんだ」
田中さんはお弁当を見ながら。
「中開けて見なよ」
「ん? いいよ」
お弁当箱の中を開ける。
黄金色の卵焼きが3つに、一口サイズのミートボールが5つほど入っている。炊き込みご飯も入ってるじゃないか。メチャクチャ豪華なやつだ! すごいぞ! その時。田中さんが言いづらそうに。
「ね、ちなみにさ。そのお隣さんって、女の人……?」
「え、なんで分かったの。そうだよ。めっちゃ家庭的だよねー」
「……へぇ、なるほど」
ニヤニヤと笑う田中さん。
なんだ? どうしたんだろう。
「そのお隣さん、大事にしてあげてね」
「? うん。最近は一緒に夕飯食べてるよ」
「oh……かんっぜんに惚れてるわ……」
「ほれ? なに……?」
「いや、何でもないよ。ほら、お弁当早く食べなよ。美味しいのが逃げちゃうよ」
「え、逃げるの?」
「いや、知らんけど…フタ開けたし」
「まじか。じゃあ早く食べなきゃなー」
早速鬼頭さんのお弁当を食べるボク。
卵焼きの中にはピリ辛明太子が入っていた。
美味しい……! ほどよく辛くて最高だ。
炊きごみご飯も食食をそそられる。
一口サイズのミートボールはあまじょっぱいくてクセになる味だ。本当に鬼頭さんは料理が上手なんだなぁ。
「美味しい!」
「そっかー。良かったね」
「田中さんも食べる?」
ボクがそう言うと。
田中さんは首を横に振り。
「いや、止めとくよ。そのお弁当は桃瀬くんのモノでしょ」
「そうだけど……」
「せっかくお隣さんが愛情込めて作ってくれたんだから。私がもらったらダメだよ」
「愛情?! そ、そんな……愛情とかじゃないよ」
「……無自覚系女たらしかぁ……今度オリキャラで出してみようかな」
「え、なに?」
「何でもないよ。じゃ、私は行くから」
「? うん。じゃあね」
田中さんの『愛情』という言葉が。
仕事中も胸の奥にずっと引っかかるのだった。
※※※
「ふぅ、今日も疲れたな」
時刻は6時過ぎ。今日は少し早く帰ってこれたぞ。ボクは自宅のアパートに帰ってきた。
ちなみにボクの部屋の左隣は誰も住んでいないだ。大学時代からそうだった。もし引っ越して来る人がいたら、仲良くできるかな。
そんなことを考えるながら。
ボクはお弁当箱を返そうと鬼頭さんの部屋を訪ねる。インターフォンを鳴らす。しかし誰も出てこない。まだ帰ってきてないのかな。
その時、向こうから鬼頭さんが歩いてくる。どうやらいま仕事が終わって帰ってきたようだ。
「あ、桃瀬くん」
「鬼頭さん。ああ良かった」
「おかえりなさい。どしたの?」
ボクはカバンからお弁当箱を取り出し。
「これ……ありがとうございました。美味しかったです」
「……食べてくれたんだ」
「そりゃあもちろん。卵焼きが1番美味しかったです。ピリ辛明太子が入ってて……」
「そう。良かった」
ボクからお弁当箱を受け取ると。
フタを開けて中身を見ると幸せそうに笑う鬼頭さん。そんなにお弁当食べてくれたのが嬉しかったのかな。
「あの、鬼頭さん……」
「ん、どうしたの?」
「もし良かったらなんですけど、またお弁当作ってくれませんか……? その、とても美味しかったので……」
「……桃瀬くん」
鬼頭さんは一瞬驚いたような顔をしたあと。ぱあっと花が咲いたかのような笑顔になって。こう言った。
「うん……作るね。君の為に……」
「やった。嬉しいな」
「ね、桃瀬くん。せっかくだし部屋寄ってかない? ケーキ買ってきたんだ。甘いのは嫌いだったかな」
「ケーキ?! いいんですか。食べます食べます!」
「うん。じゃあ部屋行こっか」
ボクは鬼頭さんに連れられて。
彼女の部屋に行くのだった。
※※※
鬼頭さんが買ってきてくれたケーキ。
チョコケーキやイチゴのタルトなど様々な種類があった。その中でも注目すべきなのは……。
「わっ、モンブランだ。美味しそう……」
「有名なお店みたいだよ。チョコケーキよりこっちのほうが好きなんだ」
「はいっ。モンブラン好きなので……えへへ」
「じゃあそれにしなよ。いま紅茶入れるね」
ボク達は夕飯前のおやつを楽しむ。
鬼頭さんが注いでくれた紅茶を飲みながら、モンブランを一口。……美味しい! 栗の甘さと食感が楽しいな。こんなの病みつきになっちゃう。
モンブランをもぐもぐ食べていると。
鬼頭さんは鷹のように鋭い目をユルリと緩ませながらこう言う。
「フフ……桃瀬くんは美味しそうに食べるね」
「そ、そうですかね」
「料理も美味しそうに食べてくれるし。それ、君のいい所だよ」
「あ、ありがとうございます……てれてれ」
恥ずかしさを紛らわすために頭を搔く仕草をすると。鬼頭さんはふふっと笑い。
「まぁたそうやって可愛い仕草してる」
「あ……すみません。ついクセで。やらないようにします……」
鬼頭さんが嫌ならなるべくしないようにしなきゃ。そう思っていると。
「止めちゃダメ。せっかく可愛いんだから」
「……え?」
「あ、顔赤くなった」
「か、からかわないでくださいよ……」
「フフ。だって桃瀬くんの反応面白いんだもん」
鬼頭さんは大人っぽくて色気のある低音ボイスでそうボクをからかう。余裕そうな笑みも浮かべて。完全に遊ばれてる……お隣のお姉さんに。ボクみたいなガキには興味ないんだろうな。色々と経験豊富みたいだし……。
話題を変えようとボクは鬼頭さんが食べているチョコケーキを指さしてこう言う。
「そ、そのチョコケーキ美味しそうですねっ」
「ん? ああこれ? んー……うん。美味しいよ」
「微妙な反応ですけど、チョコお嫌いでした?」
「いや、好きでも嫌いでもないんだけどさ。でも、なんか今日は美味しく感じるみたい」
「えー、やっぱり有名店のケーキは違いますね……」
確かにボクが食べているモンブランも美味しい。同じお店のものではないだろうけど、学生時代によくバイトで稼いだお金でモンブランを買って食べていた。それこそコンビニのものから、少し高いお店のものまで。でも……過去のどれよりも今日のモンブランは美味しく感じる。何でだろう。
鬼頭さんは頬杖をつきながら。
ボクの顔をまじまじと見て。こう言った。
「もしかしたら、君と一緒に食べるからかも……」
「えっ?」
「なぁんて。ドキドキした?」
「からかわないでくださいよ……もぉ」
「フフ、ごめんね。……ん、やっぱおいし」
「はむはむ。モンブランおいひーです」
今日の鬼頭さんは何だかご機嫌だ。
あとちょっぴりイジワル!
この日はドキドキさせられっぱなしのボクだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます