だが大人には酒がいる。


 踊り疲れた学者は、差し出された酒を受けとった。


「おや」


 思わず声が出た。酒を差し出してきたのは、通称『やかん頭』、蒸気人形だったからだ。学者は眉を動かすことも忘れて、ぢっとやかん頭を眺めた。


 本当にやかんのような、シュウシュウと音のする頭は、おそらく湯を沸かして動力にしている。身体は金属が剥き出しになっていて、目をひくのは手首や肘など関節についている球体だった。そのお陰で人間のような可動域を得ているのだろうが、あれで崩れ落ちないのは驚きだ。なお驚くべきことにこの人形は二足歩行を実現していた。前掛けだけしているのが、なんだか人臭くて妙だった。


「おねえさん、やかん頭を初めて見るのかね」


近くで新聞を読んでいた、学者よりいくらか若そうな男が話しかけてきた。顔がうっすら赤い。


「うん。これは何なんだい」


「こいつはね、蒸気人形っていうんだ。この通り頭が湯沸かしみたいだろう。だから『やかん頭』と呼ばれているのさ」


「私の知っている蒸気人形は軍用だったんだが」


 学者の知っている蒸気人形はこんなに人間のようではなかったし、兵士の数を誤魔化したり、囮に使うためのものだった。それを聞いた男はゲラゲラと笑った。


「いつの時代の話だい? そりゃあ蒸気技術は元はほとんど軍用さ。機関車だって自動車だって、それこそ蒸気機関そのものだって。だけど今じゃ、すっかり民間用が主流になってるよ。特にこういう店じゃな」


 そもそもこの国に蒸気機関が来る前から、いや技術と名のつくものは須く、軍用と民間用をキッパリと分かつことは困難だ。軍用も民間も、蒸気機関が支配していろのだと思うと、学者は薄気味悪いものを感じる。


「ふむ」


 意見の表明こそしなかったが、なんとなくこちらの思っていることは男に伝わったのかもしれない。男はやかん頭に酒を二杯頼んだ、やかん頭は口をきかないが、音声の指示は伝わるらしい。


「まあいいや、一杯どうだね」


「じゃあお言葉に甘えて」


 男と学者は乾杯をした。これまた異人が広めたという琥珀色の酒は、苦いがなかなか香ばしく、学者はこれが気に入った。


「私はね、この辺りには長いこと住んでいるんだよ。ただずっと山にこもっていて町におりてこなかったもので」


男は冗談だと思ったらしく、曖昧な微笑みを浮かべた。


「へえ、そうかい。あの子はあんたの子どもかい?  」


男は、今では踊りに夢中になっている少年を指差した。


「いいや。あの子は案内人さ。私が子どもをこういう場に連れてくる母親に見えるのかね? 」


男はヘラヘラと笑った。どうもこの男は何事にも笑顔を浮かべる性分らしい。単なる笑い上戸かもしれないが。


「ああ、悪いな。悪気はないんだ」


学者は首を振って答えた。


「気にしてないよ。君はよくこの店に? 」


「そうだよ。いっとくが無職じゃないぞ。小さな新聞社だが新聞記者をしている」


「ほう」


「この町は面白いぞ。仕事があるから労働者がいて、子どもも老人もそこそこ暮らしていて、基地が近いから軍人もいる。そして何よりいいのが、この町には個性がない。極めて平均的なこの国の町なんだ」


「なるほどね。変わった奴もいるものだな」


男は目を丸くした。


「僕にはあんたの方が変わって見えるけどね。やっぱり山の方が好きかい? 」


学者は肩をすくめただけだった。


 踊り、騒ぎ、酒を飲んで、久方ぶりに学者は酔った。酔っても道路は汚かったし、突き刺さる妙な視線は不快だったが、酔うことは楽しかった。少年を送り届け、山の家に帰る道すがら、たまには人間と話してみるのも悪くないな、と学者は思った。

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あるスチームパンク的東洋風異世界探訪 刻露清秀 @kokuro-seisyu

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