6.真実の愛を大切に育んでくださいませ

「私っ、公爵令嬢の皆様に虐められて……怖かった。レオ」


 涙ながらに冤罪を口にし、王太子の愛称を口にする元平民の伯爵令嬢。真実の愛を叫び、婚約者候補に名前のない平民同然の女性を伴った王太子。


 他国の目がある状況で、国王陛下が取れる対応は限られていました。これを許せば、王国の貴族は一斉に反旗を翻すでしょう。王家は何でも自由にできるわけではございません。貴族社会の頂点に立つからこそ、もっとも規則や礼儀作法に縛られる一族なのですから。


 王家の付けた影も、私達の護衛も、異口同音の報告を上げたはずです。王太子殿下の愚かさと公然の浮気、貴族社会の崩壊を招く不道徳な行い……国王という地位を守るなら、切り捨てるべき相手を理解しておられるでしょう。


「レオポルド! お前は何の権限があって、公爵家に対し暴言を吐くのか! 勉学も実技もすべて疎かにしたお前が、王族を名乗る不遜を詫びるべきであろう。立場を弁えよ。レオポルド・デ・ボルボンから王太子の地位を剥奪する。誑かした小娘も投獄せよ」


 国王陛下の命令に慌てふためく元王太子殿下は、騎士に両脇を抱えられて退場となりました。もちろんフランカもご一緒に。正式名称はフランチェスカ嬢ですが、私が元王太子殿下からご紹介を受けたのは、フランカという平民女性ですものね。


 卒業を祝う夜会を騒がせたことを詫び、私達への謝罪を口になさった国王陛下ですが……父はまだ怒りが収まらないご様子。ならばと新たな策を耳打ちいたしました。


 目を見開いて「女は怖い」と余計な発言をなさったようですが、にっこり微笑んで見せたら「何でもない」と前言撤回いたしましたわ。これは私の策ではございませんの。巷で流行る小説の断罪風景の一端ですわ。


「国王陛下、今回の騒動を起こした二人ですが……愛し合っている様子でしたな。心優しい公爵家の薔薇達が、ぜひともを貫いて欲しいと切望しております」


 国王陛下の顔色が悪くなりました。あら、気づいてしまわれたのですか? もしかして陛下も巷の恋愛小説をお読みになっていたりして。ふふっ、アンがこっそり呟いた一言に、扇の影で口元を緩めます。やめてくださいませ、大切な場面で変な声が漏れたら台無しですのよ。


「結婚させ、塔に幽閉……いや、それも気の毒でしょうか。かねてから自由になりたいと仰っていたレオポルド殿を、王家の重責から解き放って差し上げればよいのでは?」


 結婚させて平民として放り出せ。言い方を変えるだけでこんなに短くなるのに、貴族のお上品なやり取りは時間がかかりますわね。


「素敵ですわ、お父様。幸いにして、王家には優秀な第二王子殿下がおられます」


「伯父様、私も賛成いたします。レオポルド様はお勉強も責務も放り出したいと、常日頃嘆いておられましたし」


「愛する女性と一緒に自由になれるなんて、まるで物語のようですわね」


 アンとクレアがダメ押ししたことで、国王陛下の反論を事前に塞ぐ。ここまでする予定ではありませんでしたが、綺麗に纏まったのではないでしょうか。国王陛下は「ぐっ」と呻いた後、脱力して玉座に腰を落としました。少しの間の沈黙、夜会の音楽も人のざわめきも消えた広間に、父であることを諦めた国王陛下の下知が響きます。


「そのようにいたせ」


 積極的に支持はしないが、助ける道はない。事実上の降伏宣言ですわね、伯父様。私にとっては幸福宣言でした。ほっとして肩の力を抜き、友人達を勝利を喜び合います。たった今起きた事件を肴に、夜会は盛り上がりました。音楽に合わせて、お父様とお母様もフロアでステップを踏みます。いつもより軽やかに見えますわ。


「失礼する。エヴァンジェリスタ王家のヴァレリオだ。ラ・フェルリータ公爵令嬢とお見受けする。美しいあなた様と踊る栄誉を頂きたい」


 鮮やかな真紅の髪の青年が会釈の角度で誘いをかけます。この方は海を挟んだ島国の王族ですわね。あの国の方は燃えるような髪色をしていると伺っています。従兄弟レオポルドが嫌ったお勉強が、このように役立ちました。


「ヴァレリオ第二王子殿下でいらっしゃいますね。ぜひお願いいたします」


 今まで王太子の婚約者候補という肩書で、誰も声をかけて来なかった。その戒めが解かれ、クレアもわが国で一番商才があるオルランディ侯爵令息の誘いに手を預ける。アンはエスコート相手のシルヴェリオ様とフロアに滑り出た。


 この夜会から一週間後、第二王子のアルジリオ殿下が王太子となりました。第一王子であったレオポルドは地位を剥奪され、スキーパ伯爵家から縁切りされたフランカと結婚が決まっています。今後平民として生きていくことになるでしょう。


 私は夜会で踊ったエヴァンジェリスタ王国の第二王子ヴァレリオ様と婚約し、来年には結婚予定です。アンはプラテッラ公爵家嫡男シルヴェリオ様との結婚が半年後に迫り、私達は大急ぎで婚礼の衣装に刺繍を施しておりますわ。隣国では花嫁衣裳の刺繍は、親友や家族が行う習わしだそうです。


 クレアのお母様が刺繍を得意だった理由がわかりました。隣国の貴族令嬢は幼い頃から刺繍を当たり前に嗜むのでしょう。クレアは国内に残り、オルランディ侯爵家のフィルミーノ様と婚約なさるとか。


「離れてしまいますが、友情は変わりませんわ」


「もちろんです」


「時々は顔を合わせましょうね」


 約束を胸に、私は婚約者の待つ島へ海を渡ります。あと数ヵ月、その短い時間を充実させられるように。たくさんの思い出をつくりましょうね。現実は物語とは違います。けれど素晴らしい未来を築くことは出来ますわ。


 ――真実の愛を大切に育んでくださいませ、元王太子殿下。ごきげんよう、お元気で。義務を放棄する者は、権利を失い相応の対価を支払うのが道理ですの。だって貴族に生まれたのなら、そのくらい知っていて当然ですわ。


 微笑んだ私達は扇で顔を半分隠す。その影で浮かべた笑みを誰にも見せぬまま。物語はここで終わりといたしましょう。私にとって、ここは現実ですもの。公爵令嬢として他国の王族に嫁ぎ、国同士の縁を繋いで御覧に入れましょう。真実の愛を育てる片手間ですけれど。








      The END or……?







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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ

全話書き上げてからの掲載は初めての経験です。書きたいシーンだけを書いてみた挑戦ですが、何かしら皆様のお気に召す場面があれば幸いです。またお会いできますように祈りつつ。

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【完結】愛してないなら触れないで

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