第8話怒れる森2

「あ……忘れてた」


 ごつい粉塵マスクをしていた私はそれを外した。お椀をポシェットから出すと妖精が水を入れてきてくれた。


「水飲む?」


 もう一度言うと女の子は私を呆けた顔をして見つめてお椀を受け取った。体を起こしてコクコクと水を飲むと慌てて自分の胸を探って驚いた顔をしていた。


「き、切られたはずなのに……」


 あ、不味い。私の血を飲ませたって知られたらダメだ。そう思って適当に嘘をついた。


「たまたま治癒薬をもっていたの」


 そう言うと私にくっついていた妖精たちが一斉に首を振ったが、目力で黙らせた。


「あの傷が綺麗に修復されるなんて、相当高価なものですね……」


 どうやら女の子は信じたようだ。うん。いい感じだ。


「高価? もらいものだから気にしなくていいよ」


「そういうわけには……あっ」


 手からお椀が零れそうになってその手を押えると女の子は真っ赤になった。傷が修復されたとしてもあんなに大量に血を失っているのだ、手が震えている。


「まだ動かない方がいいよ。おかゆを作ってあげるから待ってて。んで、どうしてあそこで倒れていたか教えてくれない? 森が猛烈に怒っているんだけど」


 私が洞窟の外に顔を向けると女の子もそっちを見た。外は相変わらず土砂降りで雷が鳴っていた。


「あ、あの、私はクロハっていいます。この森にしか生えていないと言う毒消し草を貰いに来たんです」


「私はアンバーだよ。毒消し? ああ、泉の周りに生えてる草か。そんなの採っても怒らないよね?」


 そう聞いて妖精に問うと妖精たちも頷いている。森の恵みは感謝して摘めば怒られたりなんかしない。あれ? でも刺されてたよね?


「実は、私はさるお方に頼まれてその毒消し草を採りに来たんです。どうしても必要で。でもそれを阻止したい人たちがいるんです。その人たちは毒消し草を採らせないために……この森を焼くつもりです」


「へっ、じゃあ、森が怒ってるのは、その人たちが森を焼こうとしているからなんだ」


 ひいいっ、と妖精たちも怯える。自分たちの住処がどこかの輩に焼かれる計画があるなんて、そりゃあ、恐ろしくて震えるよ。クロハが壁を伝ってよろよろと立ち上がろうとする。


「ちょ、まだ無理だよ」


「でも、あの人たちを止めないと、大変なことに……。私が森の場所を知らせたせいで……」


「私が様子を見てくるよ。クロハはもうちょっと寝てて」


「でも、私の追手は訓練された暗殺者たちです。それに、この森も危ない」


「こんな土砂降りで森を焼ける人なんていないでしょ」


「毒消し草は旅のでかけに沢山持たされたから、乾燥させたのでよければいっぱい持ってるし……」


「え……? い、いやいやいや、ここにしかない、幻の薬草ですよ?」


「え、幻のなんてあんの!? じゃあ、もってないかも。てか、そんなの森にあるなんて聞いたことないけど……」


「ハートの形の赤色の特別な草です。どんな毒薬も解毒ができるんです」


「ハートの形の赤色……それなら、やっぱり? ちょと待ってて」


 クロハが言っているのが泉に生えてる草なら爺ちゃんが張り切ってたんまり入った袋を持たせてくれていた。でも、確かに妖精たちがいっぱい集まる泉の周りにしか生えていないけど、どんなに摘んでもポンポン次から次へと生えるのでそんなに貴重に感じたことはない。なので幻ではない。 ポシェットを探って布袋を出して中を見せるとクロハがそれをみて固まった。


「……」


「あれ、やっぱり違った? 村では毎日使ってる毒消し草だけど。まったく張り切ってこんなに持たせてさぁ」


「こ、これ……ま、まさか、こんなに……ほ、本物?」


 これじゃないのかな? と思ったけどよく見えるように一つつまんでクロハの手のひらの上にのせた。魔獣は毒があるので食べる時はこの草と調味料と一緒に付け込む。だから村では普通に皆各家庭に常備している。


「……サーチ」


 クロハはブツブツと呪文を唱えて小さな魔法陣を呼び出している。あれ、頭がよくないとできないヤツだ。私は魔法は使えないから習わなかったけど、クラウスはしごかれて覚えさせられていた。ああやって成分や品物を見定める時に使う魔法。クロハは魔力持ちなんだな。


「本物です」


「クロハが欲しかったのであってるの? じゃあ、あげるよ。何枚くらいいる? たくさん必要なら取ってくればいいし。魔獣食べる時にいるから持ってないと困るけど」


 私が袋ごと渡そうとするとクロハが両掌を見せて私を止めた。


「そ、そんなにいただけません! 一枚あれば十分ですが……あの、今、魔獣を食べるって言いました?」


「うん。毒消ししないと食べられないでしょ?」


「……」


 そんな話をしている時、ドゴン、と地響きがした。


「なに?」


 すると妖精たちが騒ぎ出す。私が立ち上がって洞窟の外を窺うと、雨の向こうからびしょ濡れの妖精がヨロヨロとやってきて、私の手の平にのった。かわいそうに、羽がボロボロになっている。


「どうして、こんな……」


 泉のある方角から来た妖精はホッとしたのかそのまま手の平の上でぱたりと倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る