第2話しぶしぶなった婚約者
この村に結婚していない若者はクラウスと私しかいない。クラウスが十七歳で私は三つ下の十四歳である。因みにクラウスに一番近い年上は私の両親である。
私とクラウスとは閉鎖された空間で幼馴染として育ち、そりゃあもう、兄妹のような、家族のような関係だ。クラウスは私を嫁にしたいと事あるごとに言うが視野が狭すぎる。一生の伴侶なのだからもっと外に目を向けて、様々な選択肢から慎重に選ぶべきだと私は思う。
爺婆連中は『もう、あきらめて夫婦になんな。』などと人のことだと思って、いい加減なことを言うがそれは村に互いに年頃の異性が一人しかいないからである。失礼極まりない。現に私はクラウス以外の異性の対象者(と言っても随分年上だろうけれど。)を今日初めて見たのだ。――うん、騎士団長さんとほかの団員さんね。他の人なんか甲冑被ったまんまで顔も見てないけど。騎士団長さんは綺麗な顔かな? と言っても造形的には私の父さんの方が整っているかも。じっと眺めていたらその視界をクラウスに遮られた。
「俺以外の男なんて見ちゃダメ。アンバーのお目目が腐っちゃうからね」
「腐るか、馬鹿め」
「可愛いお口で馬鹿なんて言っちゃダメ!」
言いながらクラウスが私の唇を両手で閉じるようにつまんだ。親指と人差し指をフニフニ動かして私の唇の柔らかさを楽しむのがキモい! バタバタ手でクラウスをはらうと残念そうな顔になるのもまたキモい。
「ああ、もう、なにをしても凶悪にかわいい……」
クラウスの言葉にその場が生ぬるい雰囲気になった……くうう。
「……クラウス様、では、明日一緒に王都に向かいましょう。いくら魔力量が多くても王都で修業をしてもらうことになります。旅仕度はその身一つで大丈夫です。必要な物はこちらで用意させていただきますから」
「分かった。さっさと魔王を倒してアンバーを嫁にするからな」
ウインクしてくるクラウスがやっぱり気持ち悪い。さっさと王都で綺麗なお姉さんとフォーリンラブしてくるがいい。
明日の朝の出発に向けてにわかに慌ただしくなった。村長や両親にクラウスが明日発ってしまうのだから、別れを惜しんできなさいと家を放り出される。暗にやる気を出させて旅立たせろということだと思う。まあこれから体を張って戦うことになるのだろうから労ってやらなくもない。……やっぱりあんなに強いクラウスでも危険なのかな。少しだけ心配になってきた。
「クラウス?」
クラウスの家のドアを開けて梯子を上る。クラウスのベッドは上に有るのだ。クラウスの両親は彼が小さい頃に病で亡くなったらしい。そんなクラウスを代わりに育ててきたのは私の両親だ。何度も一緒に住むように両親が説得したらしいが、ご両親の思い出が残るこの家を離れたくなかった彼はずっとこの家に住んでいる。
「アンバー……」
寝転んでいたクラウスがこっちを見た。いつものアホ面ではなく、ちょっと不安げな顔だった。
黙っていればクラウスはまあまあイケメンである。まあ、私の基準は両親だから王都にはもっと上には上がいるんだろうけれど、少なくても普通よりは上だろう。黒い髪はすそがシルバー色で願掛けに一部だけ伸ばして三つ編みにしている。髪先に括り付けているのは私が小さいころにクラウスにねだられて作った不格好な組みひも飾り。
綺麗だと素直に褒めてあげられる瞳の色は新緑の色。瞳の色はひそかに素敵だと思っている。あくまでもそれだけだ。
その瞳が不安げに揺れて私を見ていた。心配になった私はその隣に寝転んだ。
「やっぱり、怖い……よね……」
そりゃあ、魔王を倒せだなんて想像もつかないことを押し付けられたのだ。いくら能天気なクラウスだって不安になるだろう。一度王都で王様と契約してから、準備をして、ほかに選ばれた四人と一緒に魔王を倒しにいく算段らしい。昼間見た騎士団長もそのうちの一人らしい。
「……うんうん。アンバー、怖いから抱きしめて」
「……ああ、うん」
昔はここで一緒に寝ていたこともあったが、やたらクラウスが体を触ってくるようになってからは来ていない。なんだか、その、どう言ったらいいのか分からないけど、それはちょっと駄目だと思ったからだ。
寝ころんだままクラウスに近づいて背中に手を回した。少しでも落ち着けばいいとクラウスの背中をポンポンと優しくたたいた。
「もし、身の危険を感じたら逃げかえってきていいから。その時は匿うよ」
「でも、そうしたらアンバーは俺のお嫁さんにはなってくれないんだろ?」
「その時はその時に考える」
「アンバー。俺が居なくなってから他の村との若者の交流会は行かないで」
「ええ!? なんで? 十五歳になったら行けるやつだよね? 来月誕生日だよ? まだ一回も行ったことないのに! 楽しみにしていたんだよ! クラウスなんて何回も行ってるくせに、ずるいよ!」
「俺は、情報収集に行ってただけだよ。そのおかげでアンバーは都の雑誌とか本とか定期的に手にいれられてるんじゃない」
「それなら、なおさら行かないと雑誌が手に入らないじゃない!」
「それは、もうおじさんたちに頼んでるから、毎月届けてもらえる。それより、アンバーが交流会に行ってほかの男に目を向けるのが嫌なんだ。俺は命を張って魔王を倒しに行くんだよ? そのくらいアンバーも我慢できるよね?」
「う……わかった」
クラウスが王都で嫁を見つけてくるまでは我慢する。同じくらいの年の子たちと会えるのは交流会しかないから楽しみにしていたけど、クラウスが大変なことを請け負ったのだから私も我慢する。
「ああ、心配だなぁ」
クラウスの声が震える。魔王って凄いのかな。――凄いんだろうな。今更ながらなんて声をかけていいのかわからなくて、クラウスの腕の中でじっとしていた。
「ねえ、アンバー。俺たち婚約したんだよね?」
「ええ? あー。まあ……そうなるのかな」
「じゃあさ、待ってるって約束にキスして」
「え……」
そう言ってクラウスが目を閉じた。長いまつげが震えていた。うーん、コレ、キスしないとダメなのかな。考えていると唇が前に伸びてきた。気持ち悪い。こういうところが嫌なのに。なんで待ってられないのだろう。はあ。
ちゅっと突き出た唇にキスをしたらパチリとクラウスの目が開いた。
「んん、うっ」
次の瞬間クラウスの大きな手が髪をかき分けて私の後頭部に差し込まれた。ぐっと体をくっつけられて唇が密着して離れられなくなる。息が苦しくなるから嫌なのに! 変態!!
触れるだけのキスなら小さなころから数えきれないほどしていた。けれど、最近は長くて苦しいのに止めてくれない。ぽかぽかと無駄に厚い胸板を叩いて抗議するとやっとクラウスの顔が離れて行った。
「うう……潤んだ目が、ああ! やっぱり、俺行くの辞めようかな……」
「ここまでさせといて、行かないとかありえない!!」
ほんと、ありえない! 酸素足りなくて死んじゃうじゃんか! ハアハアと息を切らしてクラウスのご機嫌取りに来た私は腕で口を乱暴にぬぐった。さっさと明日の朝王都に行くんだ! この変態め!
「ああ……アンバーが可愛すぎてつらい……」
「寂しそうだったら一緒に寝てあげようかと思ってきたのに!」
「えっ! 嘘! 寂しい! 寂しいから一緒に!」
「変なことされたらヤだから、帰る!」
「そんな! アンバー! 待って!」
結局、私が家に帰った(隣だけど)のを追ってきたクラウスに懇願されて、絶対にクラウスから触らないと誓わせて一緒に寝てあげることにした。
最初から何もしなかったらいいのに!
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