第3話しぶしぶなった婚約者2
「いい? アンバー。約束というものは守るためにあるんだからね」
次の朝、さっそく出発するクラウスは何度も何度も繰り返して確認してきた。騎士団の皆さんを待たせているのだからさっさと行けばいいのに鬱陶しい。
「わかったって……」
「アンバーは俺の婚約者で、交流会には行かない。俺だけを待ってるんだからね」
「うるさい。これ以上言ったら、勝手に行くからね」
「……アンバー、信じてるから」
ギュッと握る手が強い。
「痛い!痛いから! もう! 行かないって!」
「じゃあ、約束のしるしに頬にキスして」
「えーっ!」
「唇でもいいよ?」
「……頬でいい」
なんとか回避しようとしても周りの「さっさと早くしてクラウスに行動させろ」という目が冷たい。調子にのったクラウスがさっきから何かにつけてキスさせようとするのがキモいし。ちゅっ、とすべてを諦めて頬にキスを贈るとクラウスの顔がデレッと緩む。その顔にまたイラっとしてしまう。
「ああっ! もう! 食べちゃいたい! アンバーを連れていけたらいいのに! 毎日、魔鳥を飛ばして手紙を届けるからね」
「しつこくしたら焼き鳥にするからね」
「アンバー! 食いしん坊の君も可愛いよ! せめて伝言を聞いてからにして!」
そのままぎゅうぎゅう抱きしめられて、頬や頭にキスが降ってくる。もういい! 私は十分サービスしたから! しかし「早く行け」と言うと一連動作(行きたくないとごねる→キスねだる→抱きしめる→キスねだる)がまた繰り返すことになることを学習した私は、その言葉が口から出そうになるのを我慢してこぶしを握った。
「じゃあ、行ってきます。アンバー待っててね。魔王を倒したら結婚しようね」
だから結婚するとは言ってない。が、もう黙って手を振った。やっとのことでクラウスが私から離れて一行は王都へと出発した。
はあ、ヤレヤレと家に帰った私は、お気に入りの下着がなくなっていることに気づいて、クラウスのことが嫌いになった。
***
「はああああっ」
ドゴン!
「相変わらずアンバーは豪快だなぁ」
「クラウスと一緒だと私に倒させてくれないからね」
魔物になってでっかくなってしまったイノシシを、拳一撃で仕留めた私を見てパパが感心している。私はクラウスみたいに魔法を使っていろんなことはできないけれど、腕力だけはちょっとある。まあ、獲物を倒す能力は何ひとつクラウスには適わないけど。あれは規格外だから。
ちなみにこの腕力はママの遺伝である。パパは顔はいいが正直力仕事には向いていない。パパがママの腕っぷしの強さに惚れて、頼み込んで結婚したと聞いていた。家族の前以外ではパパはいつも覆面をしている。ママ曰く、パパの素顔を晒すとあっちこっちでいざこざが起きるので外では覆面が一番いいとのことだ。
倒したイノシシの魔物の足をまとめて縛って担ぐと山を下りる。鼻歌を歌いながら行く私に、心配だからとついて来たパパがハアハアと息をあげてついて来ていた。ただでさえ体力ないのに、他の人に会うといけないと覆面してるからね……。いつも狩りはクラウスとしていたのだが、彼は王都へ旅立っていない。私が一人で行くとい言うと心配したパパがついてきたのだ。
「だから私が行くって言ったのに……」
「……っつ、ハアハア。お……女の子が、ハアハア……山に行くなんて……ハアハア……あ、危ないから……」
家に就くと心配そうにしたママが待っていた。死にそうになっているパパにママが何とも言えない顔だ。そもそも山で危ない目にあうとしたら助けるのはきっと私の方である。しかし、この現実をレディーファーストをモットーとするパパが受け入れることはないだろうと私もママもわかっていた。
「今日はステーキにする?」
「そうね。ご近所にお裾分けするから解体しましょうか」
「はーい。パパは失神しちゃうからお肉になったら持って行くから」
「……ハアハア……う、うん」
肉の解体を見ると卒倒してしまう儚いパパに水を与えて家に残し、私は今日の獲物を入れておいた納屋にママと向かう。今日の魔物はいい毛並みだったから、毛皮で何か作ろうかな。
バシュッ。
手際よく魔物の皮をはぎながら作業をするママにふと聞いてみる。
「どうしてママはパパと結婚したの?」
「あら、アンバーがそんなこと聞くのは初めてじゃない?」
「いつもは聞かなくてもパパに惚気られてたけど、考えてみたらパパがママのことを好きなの理由は分かるけど、ママがパパを選んだ理由がわからない」
「そう? パパは優しいし、アンバーだって大好きでしょ?」
「うん。でもよく考えたら病弱だし、体力ないし、多少頭がよくて治癒魔法は使えるけど、ぶっちゃけどこがいいかって言われたら……顔?」
「うーん……ママはパパが特別顔がいいとは思ってないのよね。でも、パパは妖精族の中でもカゲロウ族っていって弱弱しいけどすべてが絶世の美男美女っていう種族だったからね。何にもしなくてもなんだか構いたくなるフェロモンが出てたらしいの」
「え、そうなの?」
「ママはあんまりそういうのは感じないからわからなかったんだけど、結婚して家庭を持ったらフェロモンは出なくなるから今は大丈夫だよ」
「ちょ、待って、私がクラウスにべたべたされるのってパパの血が流れてるから?」
「種族はどちらかが強く出るからアンバーは私の方でしょ。力持ちだしね。クラウス限定で何か出ててもおかしくないけど」
「こ、怖いこと言わないで」
「クラウスと婚約したことをちゃんと考える気になったの? あんなに仲良しなんだし、アンバーもクラウスを嫌がったりはしないでしょう?」
「嫌じゃないけど、結婚とかって想像できない。村で私たち二人しか年が近い子供はいなかったし、クラウスがいろんな人と出会って私と結婚したいって言うなら考えるけど、視野が狭いんだもん」
「なるほど、アンバーはクラウスにきちんと選ばれて花嫁になりたいのね」
「そ、そんなんじゃないけど、私もクラウスも安易に決めてしまわなくていいってこと」
「クラウスはこの先どんな人に出会ってもアンバーを選ぶと思うけどな」
「……で、結局ママはどうしてパパを選んだのさ」
「ママのことを世界中で一番好きでいてくれるからかな」
満面の笑みでママにそう言われると、もう次の言葉は出なかった。
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