第4話浮気したって?

「ステーキ、美味し―っ!」


 焼きたてのお肉を頬張って、その肉汁を味わいながら噛みしめる。アー美味しい! 私が食べるごとに口の端をぬぐってくるような、うっとおしいクラウスもいない!


 なんだろう、この自由な感じ。


 いちいち私の後を引っ付いてきて世話を焼かれたりしない。


 自由。


 なんか、自由だ―!!


 夕食を食べて、お風呂に入ってベッドに寝転ぶ。窓から見えるのは星空! いつもの生活がこんなに違ってくるなんて……。 清々しい気持ちで目を閉じる。この気分のいいまま眠りたい。


 バサ、バサッ


 ……。


「クエーッ、クエーッ!」


 ガツン、ガツンと窓が叩かれて私は気分よく閉じていた目を開ける。せっかくいい気分だったのに。


「黙れ、魔鳥。ついでにそのまま帰れ」


 窓枠に近づいてガラスの向こうの魔鳥に言うが、言葉を理解しない鳥は窓を叩く。


「はあ」


 仕方なく窓を開けると入ってきた鳥は、バサバサと勝手知ったる私の部屋のベッドの枠にとまった。この見た目可愛らしい小さな鳥はクラウスに完全調教された伝書魔鳥である。焼き鳥にしようとしてもすばしっこく逃げるし、その嘴の攻撃も侮れない。何よりこの鳥はクラウスのことが大好きで他の誰にも懐かない。そして奴の言うことしか聞かない。


「私が嫌いな癖にご苦労なことだよね。さっさと伝言を伝えてクラウスの元に戻りなさいよ」


 私がベッドに座るのを見てからやっと魔鳥はその口を開いた。ちなみにこの鳥、名前は『アーちゃん』という。私がその呼び方を拒否したのをクラウスが根に持って、鳥につけて呼んで可愛がっているのだ。ほんと、あいつキモい。絶対呼ばせてなんぞやるものか。


『アンバー、俺は王都に向かう宿にいるよ。もう君の体温が恋しい。寂しくなって辛い俺に『お休み』して。あ、ちゃんとリップ音もつけて! そうしたら今日はもう連絡しない』


 クラウスの声真似で魔鳥がそう告げる。くそ、無視したら一晩中しつこく強請ってくるパターンだ。余計な事をすると、構った分だけ喜んだ奴が何度も魔鳥をよこすだろう。なにより引き返して帰ってきたら面倒だ。


「おやすみ、クラウス……チュッ」


 魔鳥に向かってそう言って手の甲に音が出るようにキスをした。


「さあさ、行った、行った」


 好物の木の実を魔鳥にやってから、さっさとクラウスの元に帰すために窓を開ける。もう用はないと夜空に魔鳥も消えて行った。


「……まさか、毎日よこすつもりじゃないだろうな」


 その様子を窺いながら私は嫌な予感しかしなかった。もちろん魔鳥は毎日やってきて、逐一クラウスのことを報告してきた。



 ***



 あれからクラウスは王都に無事ついたようで対魔王の勉強をしてから旅に出るようだ。初めのうち、いちいち報告してくるクラウスを面倒に思って適当に返事を返していたが、クラウスが夕食のメニューを付け足すようになってからは熱心に聞くようになった。 なんちゃらのパイ包みとか、何とか蟹のスープとか、ステーキに果物の入ったソースがかかるとか……よだれがでる。


 そうして二カ月ほど経って、一通の豪華な金縁の手紙が私の元に届いた。届けに来たのも、なんか白くて立派な伝書魔鳥だったらしい。困惑した両親と一旦手紙をテーブルの上にのせて一緒に見つめた。


「今朝届いたんだが、アンバー宛てなんだ。開けてみるか? 本人が開けないといけない契約印が押してある」


 契約印が付いたロウ付けの正式な手紙なんて初めて見た。


「いったい誰が?」


「差出人が偽りで無ければ、王女のエルニエラ様だ」


「はああ!? お、王女様だぁ?」


 恐る恐る裏を向けて見ると、なんたらかんたらと長い差出人の名の最期に確かに『エルニエラ』と書かれていた。


「確か、現王妃の様はエルフ族で、その娘のエルニエラ様もとても素晴らしい治癒魔法士だと聞いたことがある。多分、魔王討伐の際にはクラウスと一緒のメンバーに入って旅をするんじゃないかな?」


「へー……。これって開けたら呪われるとか、なんとかないよね?」


「本人しか開けられないようになっているだけで、それはないと思うよ」


「……」


 ママが固唾を飲んで私を見ていた。パパの言葉を信じて私は手紙の封を切った。中には手紙が二枚と金色のカードが入っていた。


「な、なんて書いてあるの?」


 手紙を両親にも読めるように広げたけど、こちらにも何やら魔法がかけられているようで私しか読めないようだった。なんか難しい言い回しが多いから困るんだけど……ちらりと見ると心配そうな両親。仕方がないので読み上げることにした。


「ええと…… アンバー様 私は連合国の本部か置かれていますテジラ国の第一王女エルニエラと申します。突然のお手紙、失礼いたします。単刀直入に申し上げますと、貴方とクラウス様の婚約を破棄していただきたいのです。今、私とクラウス様は恋仲になっております。けれど、故郷に残した貴方が可哀そうでクラウス様が婚約破棄を言い出せないでいるのです。どうか、王都に来ていただき、婚約解消の手続きをしてもらえないでしょうか。道中のお金は十分こちらで用意させていただきます。同封しているカードは私に請求が来るようになっておりますので安心して使用してください。また、私たちはあと一か月後には魔王退治へと旅立つ予定です。それまでにお越しいただけると助かります……だって」


 ん? なんだ、この内容。読み終わってから両親と目が合うと向こうも変な顔をしていた。


「アンバー、毎日クラウスから連絡が来るんだよね? 心変わりしたって言ったのかい?」


 パパが聞いたこともないような低い声で聞いて来た。クラウスからの連絡は相変わらず毎日うざい感じだったんだけど。何アイツ、浮気したの? 王女様と? やるねーっ!


「最近は夕飯のメニューの報告がメインだったけど、相変わらず『愛してる』だの『帰りたい』だの言ってたよ?」


「……二股?」


 ぼそり、と今度は暗雲立ち込めるママから聞こえる。


「ふたりとも落ち着いて。確かにクラウスと婚約したけど、口約束みたいなもんだし」


「え、口約束? 何言ってるの、アンバー……」


「ん?」


「クラウスが口約束だけしてアンバーから離れるわけがないじゃない。ちゃんと契約書まで作って行ったわよ。だから、王女様が『婚約解消の手続きをしてくれ』って言っているんじゃない」


「んん? 私はそんなことをした覚えはないよ?」


「それは、アンバーがまだ成人していないからよ。ママとパパが保護者だからサインしたもの」


 ママの説明に驚いてしまった。嘘、私はクラウスの正式な婚約者だったの?


「ちゃんと魔力を込めて契約したから、破棄しないと他の人とは婚約できないわ」


「用意周到な癖にすぐ浮気して、王女様にこんな手紙を書かすとは……」


 とにかくクラウスからも話を聞かないと、と両親と話をした。二股かけるつもりなんだったら許さないと、ママが持っていたスプーンをグニャグニャにしているのが怖い。こんな事になるなら最初から婚約の契約なんてしないでくれたら、ややこしくなくて良かったのに。


 そうして夜、私の部屋で両親がクラウスからの伝書魔鳥を待ち構えた。


 しかし、その日からクラウスの魔鳥は姿を見せなくなったのだった。

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