第5話よし、婚約破棄だ!

「結局、クラウスから連絡は来なかったわね。昨日まで毎日来てたのに」


「王女様にバレたのか?」


「バレたって二股?」


 パパとママと私は睡眠の足りない顔を見合わせて押し黙った。クラウスの魔鳥を待って、三人で夜を明かし……いや、私はがっつり寝てたけど。


「クラウスが浮気なんかするかな」


「浮気はしなくても二股は……」


「……」


 息子同然として育ったはずなのに、まあまあうちの両親に酷いことを言われている。きっと私がお風呂に入っている時に偶然を装い入ろうとしたことや、洗濯物から下着をくすねていたことが原因だろう。


「クラウスが二股をかける気なら、私、交流会に行ってもいいよね!」


 いい案を思いついたと私は声をあげた。婚約者の私を裏切るなら、あんなに禁止されていた交流会に私が参加したっていいじゃないか。すると、その言葉にはパパが首を振った。


「クラウスとかわした婚約の誓約書に『出会い目的の場』には参加しないとあった。誓約書は約束を破るとアンバーの許可なく即結婚になると締めくくられている」


「なんて、横暴な! 私には『行かないで』って言ってただけなのに」


「一方的ではないんだよ。クラウスはアンバーを世界一大切にするって誓っているから。それに、『行かないで』と言ったのはアンバーが約束を守ったら嬉しいし、破ったら即嫁だし、でクラウスのいいように操作されているというか……」


「……昔からアンバー一筋だったから油断していたけど、大切にしたって、二股はかけれるよね」


 ママの強烈な一言に私は心を決めた。


「自分は『大切に』って言葉で誤魔化してずるい……よし、婚約破棄しよう」


「え?」


「二股なんて冗談じゃない! 王都に行って、婚約破棄してくる!」


 こうして、私は王都に向かい、クラウスとの婚約を破棄することに決めたのだった。




 ***



「クラウスを追ってアンバーが王都へ行くとは思わなんだ」


「ちがう、長老、違うから。聞こえてる? あのね、クラウスが王女様と浮気したから私が王都に行って婚約解消してくるの! あと一カ月は王都で修業してるらしいから」


 聞こえているか聞こえていないかわからない長老の耳に向かって大声で言うけど、聞き取れているとは思えなかった。もう三百歳超えてるらしいから耳も遠い。ちなみに長老は獣族のうちの『亀』である。私のお腹ほどの高さしかないが、体重は私の五倍はありそうだ。大きいのか小さいのか謎な体をロッキングチェアに沈めて、いつもユラユラしている。髪は昔は緑だったらしいけど、今は一本残らず白くなっていた。ちなみに目も悪くなっていて、ちょっと白濁している。


 長老には未来を占う不思議な力がある。もうお年なので滅多に占ってもらうことはないが、両親が頼み込んでお願いしてくれた。


「アンバー一人では不安です。私たちもついて行こうと思います」


 パパがそう言うと長老が首をニューッと上に上げた。


「リュートが都に行くのは不味かろう。結婚してフェロモンを無くしていても、必ずトラブルが起きる。なんせ、カゲロウ族はそういう一族だからな。本人にその気がなくとも人を惑わせ、人を破滅させてしまう。この辺鄙な村でライに守られて暮らして、そのことを忘れたか?」


「……でも、妻と子二人だけで旅に出すわけには」


 長老に言われてパパが言い淀んだ。ちなみにパパの名がリュートでママがライである。


「ライと離れて不味いのはリュートの方だろう……アンバーは、いくつになった?」


「来月で十五です!」


「そうか。そうか。それなら一人で何とか行けるじゃろう」


「でも、アンバーだって、僕の血が流れているから!」


「アンバーの特性はライから多く引き継がれている。まあ、容姿は仕方ないが、フェロモンは感じないから大丈夫だし、何より体が丈夫じゃないか。リュートよりもよっぽど自分で対処できるはずだ」


「……たしかにリュートが人の多い場所に行けば危険が増えるかもしれない。それに、私がいない間に病気になったりしたらと思うと心配だわ」


 両親と長老の話を交互に聞いて私はパパが割とヤバい種族だったことを知る。体が弱い一族だと聞いていたが人を惑わす種族だったとは。家の外に出る時にパパが覆面をするのはそのせいだったのか。


「やっぱり、アンバー、王都に行くなんて止めないか?」


 パパが心配そうに言うけれど、早く行かないとクラウスと婚約解消できない。


「浮気されて契約に縛られるなんて許せないよ。それに、もしも、もしも、これが何かの間違いで、クラウスがなにかトラブルに巻き込まれているなら、幼馴染としてちょっとは協力してあげないと。王都にクラウスの味方はいないかもしれないし……」


 そう、私が言うと皆が黙った。二股疑惑はあっても、一方的な王女様の手紙だけを信じるのもなんだか違うと思うのだ。単に後ろめたくてそうしているのかもしれないが、急に魔鳥をよこさなくなったのも気にかかる。


「え、なに? 私、変なこと言った?」


「ううん、やっぱりアンバーはクラウスのことを心配していたんだなって……」


「ママ、パパ。確かにクラウスはウザいけど、家族だよ。そりゃ心配もするよ」


「そうだな。クラウスから急に連絡が途絶えたんだ。何かあったかもしれない」


「アンバーの星は北を差している。北には王都がある」


 長老が水晶玉から顔をあげてそう、言った。

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