第7話怒れる森1

 どおおおん……


「え、なに!?」


 ティカと森を歩いて一日目を終えて寝袋で就寝。明け方に地響きで起こされて、目を擦った。私と同じように驚いたティカがクルクルと近くを回っていた。


「森が……怒ってるね」


 不穏な気配を感じる。ティカも感じているから慌てて回っているのだろう。彼女を落ち着けるために手を伸ばすと、すがるように私の指を抱きしめてきた。ざわざわと草木も揺れている。


 寝袋をポシェットにしまって、立ち上がると他の妖精たちも私の周りに集まってきた。


「なにか、あった?」


 妖精たちは私の腕を必死に引いて来る。ちょっとつんのめりながら私は誘導されるまま移動した。すこし草が茂った場所に連れていかれて、足がぬるっとしたもので滑った。


「おっと……へっ……」


 上から見下ろすとその先に倒れている人がいる。待って、体の下から流れる液体……血? まさか、死んでる? キョロキョロと見渡して落ちていた枝を掴んだ。森が怒っているんだからまともな人物ではないかもしれない。枝でマントをめくると背中がかすかに上下するのが見てとれた。


 体は思ったよりも大きくない。私と同じくらいかも。黒い髪に頭に耳がついていた。猫……獣人かな?

 これだけ出血していては動けないだろう。危険はないと判断してしゃがんでもっと観察する。


 顔は伏せているからわからないけど女の子のようだ……。これ、かなり重症じゃない。顔をあげて見るとティカと他の妖精たちもこちらを窺っている。


「悪い人?」


 私が尋ねると妖精たちは皆首を振った。悪い意思は伝わらないらしい。でも、森は怒っているのだから何かあったに違いない。もしかして、この子にこんなことをした悪い奴に森が怒ったのかな……。


 私は魔法はちっとも使えないけど、実は治癒能力がある。これは多分パパから受け継がれている妖精族の特性で、村の住人以外には絶対口外してはいけないと約束させられている。


 妖精たちが悪い意思を感じないと言うのを信じて、私は獣人の子の顔を横に向けた。


「本当は薄めて少しづつの方がいいだろうけど、瀕死なんだから仕方ないね。痛いだろうけど、頑張って」


 聞こえているかはわからないけど声を掛けてから、指先をナイフで傷つけてから口に突っ込んだ。私の血液には治癒能力がある。けれどそれは効果が大きいほど体が悲鳴を上げるので、少量を水で薄めて飲むのがおススメである。要は急に濃いものを飲むと効果があるだけ、体が焼けるよな感覚になるらしい。骨を折ったクラウスにも同じように飲ませたことがあるが、あの頑丈なクラウスでさえ、もう二度と飲まないと言ったくらいだ。


「ぐ、ぐあああああっ、ああっ! あああああっ!」


 目を見開いて胸を押え、悶え苦しみ出すけれど、私にはどうしてあげることもできない。『生きること』を選ぶなら、耐えるしかないのだから。


「くうっ、ぐうううっ」


 なにもできないので少し距離を取って妖精たちと落ち着くのを待った。かなり深く胸を刺されていたようで、急激に修復されていく痛みでそのうち気絶してしまった。


「うーん……どっかに運ぶ?」


 相談すると妖精たちが誘導してくれる。血がつかないようにマントでくるんで持ち上げて運ぶと洞窟に着いたので、中に寝かした。仰向けにすると整った顔が見て取れた。艶やかな黒い髪は紺色にもみえる。やっぱり猫獣人かな? しかし……胸が大きい……。剣で裂かれた服の間から胸の谷間が覗いていた。まだ傷口は塞がっている最中のようでブクブクと動いていた。


「獣族ってこのあたりに住んでるのかな? 聞いたことないけど」


 だいたいのことは村の爺婆に教えてもらっているけど、確か、獣族はもっと遠いところに国を作っていたはずで……確認するために腕の魔法具の地図を出して見た。


「やっぱり、獣族の国は果てしなく遠いな。はぐれ獣人かな……。しかも、まだ森の機嫌が悪い」


 洞窟の外を見ると雨が降ってきていた。雨音は大きくなってきていて、雷までなっている。これは相当機嫌が悪い。ブルブルと震えた妖精たちが私の体にくっついてきていた。


「どうしてこんなに怒ってるのかな……」


 じっと獣人の女の子を眺める。この子を助けたからさらに怒ってるのかな。でも、そうならきっとここに雷が落ちてもおかしくないんだけど。色々考えても答えは出ないし、外は大雨。妖精たちも怯えているので、焚火を始めた。かき集めた枝は水分を含んでいたのかパチパチと音を鳴らしていた。


「ん……」


 ようやく目覚めたのか女の子から声が聞こえた。無事に体は修復できたようだ。


「お水飲む?」


 声を掛けるとこちらを向いた女の子が私を見て……


「きゃああああああっ……」


 叫んだ。


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