第三話 すべてはここにあった。

 何を隠そう、俺は絶賛失業中だ。惰性で勤めていたブラック企業が倒産しやがった。社長も専務もバックレて夜逃げ。部長はメンタルでダウンした。

 債権者は取り立てに来るし、お客は納品しろと文句を言う。結局課長と俺が責め立てられて怒鳴られる。

 もう会社なんか無いのに。給料も出ないのに。


「課長、もうこんな会社どうなってもいいじゃないですか?」

「うん。十五年も務めた職場だから、最後くらい綺麗に終わらせたかったんだが……」

「金庫も銀行口座も、製品倉庫まで空っぽなんですから、どうしようもないですよ」

「そうだな、村上君。キミもよく頑張ってくれたよ。もう家に帰ろう」

「課長にはお世話になりました。新しい仕事が決まったら連絡しますよ」

「キミはまだ若い。良い仕事が見つかるように祈ってるよ」

「じゃあ」


 会社の最後なんてあっさりしたもんだな。なんの感慨も湧かないや。

 とにかく仕事探さなくちゃ。貯金も少ないからな。この足でハロワに行ってみよう。


 ――ここか。意外と綺麗で立派な建物だな。さすが大都会。まずは窓口で登録しなきゃ。

「こちらへどうぞ。今日はどういうご相談ですか?」

「すみません。働いていた会社がつぶれちゃって……」

 俺は失業した事情を説明した。話しているとだんだん情けない気分になっていくな。「失業者」って言葉が、どんどん実感を伴ってくる。

 窓口のお姉さんは、淡々と必要手続を教えてくれる。あー。写真とか通帳とか、マイナンバーカードとかいるんですね。実はこんなこともあろうかと、ぜんぶ揃えてあります。はい。登録お願いします。――ありがとうございました。

 初回の手続きが終わって、俺は窓口を離れた。


「しかし、人が多いね。これみんな失業者か……」

 老人ばかりかと思っていたら、結構若い人もいるね。老若男女ってやつ?

「雰囲気はちょっとピリピリしてるかな?」

 そりゃそうだ。収入がない状態で和気あいあいもないもんだ。

 パソコンに向かって何やら真剣に操作している人。求人情報を検索しているのかな?

 あっちの窓口では、具体的な求人情報について説明を受けているらしい。ありゃ、こっちの窓口では爺さんがもめ事を起こしているな。おとなしく相談しろってのに……。


「みんなみんな、仕事を求めて窓口に殺到するって、これじゃまるで――」

 その時、おれは脳天から雷に打たれた。

「――まるで『冒険者ギルド』じゃねえか」


 現実の風景は突然色を失い、セピア色の写真のように現実感を喪失した。そこら中での会話も意味を失い、何かのエンジンが低く唸っているような音になって遠ざかる。

 ふと傍らのポスターが目に入る。「職業訓練受講者募集中!」、「依頼会社による面接会実施情報!」……。

 そこだけ色を伴って光っている。


「ギルドの訓練に、指名依頼の引き合わせ……」


 このパソコンは、「依頼掲示板」ってことか。空いているブースに近づこうとすると――。

「おっと」

 誰かの足に引っかかって、危うく転びそうになる。えっ? わざとか?

 クスクスと、笑い声が聞こえるような気がする。振り向いてもこっちを見ている人はいなかった。気を取り直して、パソコンの前に座る。


「どんな求人クエストがあるんだ?」


 ・急募:蚊の駆除。外来種の可能性あり。

 ・急募:ベビーシッター。人形遊びが好きな女の子のお世話。


「何だこの求人? 内容がしょぼいな。でも、俺、何の特殊技能スキルも経験もないからなあ。こんなのでもないよりマシか? 受けてみようか」

 応募のボタンを、クリックした。すると――。


「何だこれ?」

 俺の体は金色の光に包まれ、身体の奥底から正体不明の力が爆発的にみなぎってきた。

「いったいどうしたんだ、俺は?」

 ふと画面を見ると、「プロフィール」というアイコンが点滅している。

「今度は何だ?」

 クリックすると、新たなウインドウが開いた。「ステータス」とタイトルがある。


 名前:村上冬樹

 種族:人族

 年齢:二十三歳

 職業:冒険者

 レベル:1

 HP:100

 MP:50

 スキル:―

 称号:覚醒者 勇者 ハロワの加護


「何だこりゃ? これは世にいうステータス画面じゃない?」

 いつの間にか、職業が冒険者になり変な称号まで付いている。

「異世界転生もしてないのに?」


 そういうことなのか?

 ハロワとは冒険者ギルドで、この世界は冒険の世界だったのか?

 求職者ってのは冒険者のことで。

 クエストってのは求人情報のことで。


「俺はその真実に目覚めた『覚醒者』ということ?」


 だとしたら、だとすれば――。俺は『勇者』としてこの世界を救う使命がある。

 吸血鬼を退治し、傀儡師おんなのこを調伏しなければ。それが俺の使命――。


 俺は色を取り戻したハロワのロビーを出ると、近くのコンビニで一冊のノートとサインペンを買った。コンビニを出るなりノートを取り出し、サインペンのキャップを外す。

 真っさらなノートの表紙。その真ん中に俺はサインペンのペン先を落とす。


「冒険の書」


 そう書き込んだノート、いや冒険の書を片手に、俺は歩き出した。

 富と栄光を求めて――。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者の覚醒――すべてはここにあった。 藍染 迅(超時空伝説研究所改め) @hyper_space_lab

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ