終章
「覚悟は良いかえ?」
大卓の向こう、身の毛もよだつほど美しい青年は無感動な
自分がただ、人ではない、ということだけを教わり、真実をひた隠しにされてきた彼は知りたいと思っている。己が存在している意味、何をすべき為に生まれ落ちたのかを。同時にひどく怖れている。
厳然たる事実から目を逸らし、割り切れず自分自身の存在そのものに傷ついている。心を守る為にも決して隙を見せはしないという表れなのか冷たい表情を崩さない。
親を敬い友を愛するよう、人と全く同じく育った異端の彼は葛斎の予想以上に『普通の人間』としての自我が強かった。
(はたして正解だったのか)
天命を教えず今日まで飼い殺した。これは、もしや裏目に出たのでは。
何梅は楓氏に真理を授く役目を葛斎に丸投げした。おそらくそれは泉民だからという理由もあったかもしれない。
母と慕わせ、洗脳するのは
しかし、――――あまりに
賢明で柔順で、他人に対する愛が深すぎる。
自分たちにとって初めての楓氏、どう成長するのかは手探りで何も分からない状態から何梅は彼をとにかく人として育ててみたわけだが、皆と同じように生きたい、幸せになりたいという欲求を抑えてどれだけ母たちに従ってくれるのか、懸念を拭えない気性の男になった。
彼に成すべき天命を訓戒することは犠牲になるよう強要するのと同じだ。
それを、
明かした後、当人は肌をいっそう青白くさせて問うた。
「……もしも万一、失敗すれば私は命を落とすでしょうか」
「前例はないゆえ、それは分からぬ。しかし楓氏は
しばらく黙りこくる姿に、密かに背に汗を流した。何梅め、重い荷を押しつけてくれた。私に無知の楓氏を説得できる気はしないぞ。
「ですが、今までの二度の叩扉から考えて『開ける』力を持つ天啓者は、もし失敗しても
「ああ。それは柳仙様が試してみたからの」
「それならいいです」
即答に思わず腰を浮かせた。青年はひとり頷く。
「当主の命を天秤に架けろというなら私もお断りしますが、そうでないなら成功に
「…………受け容れる、と?」
「はい。それこそが私が人でないものとして生まれた意味で意義ならここまできてもはや拒絶はできません」
なんてことだ、と胸が痛んだ。なぜそれほど素直なのか。思わず訊いてしまった。
「おぬし、母や
「それでも良いです。水のない焦りと苦しみから一族が救われるのなら。…………今まで殺めてきた同胞は数知れず、そのほとんどが狭い領地における利権を巡った戦いでした。我ら一族はもう限界が近いのです。同盟が結ばれ二十有余年、少しはましになりましたがそれでも問題は次から次へと出てきては山積していきます。疲弊して弱っていくのを見たくはない。打開するために私が少しでも役に立てるのなら本望です。だって、母上さまはその目的で私を庇護し養育してくださったのでしょう?騙されていたとしても、少なくともその恩義には
……と、偉そうに語りましたが、とほんの少し口端だけで微笑んだ。
「私は当主が――
「…………いたく愛しておるのじゃな」
「ええ。私の宝です。ですから、あの子に危機が及ぶ要求なら即却下です。母上さまとて許しはしませんよ」
彼は何梅よりも、その次男に依り
「近いうち、
「ご心配なく。『選定』で死ぬような子ではありません」
よく言う。その性格なら身を切るくらい案じるだろうに、と葛斎は扇を手に打ちつけた。
「そういうわけで、
「必ずやお役に立ってみせましょう」
こうして新たな楓氏は天命を
人は天門へ立ち入ることを許されない。
監門の――閽神の力を
(一番現実味なく生きているのは私かもしれない)
朝目覚めてから夜眠るまで、夢の中でさえ消えない焦がれ。
堂々巡りの日々の裏で密やかに抱く宿望。
あの日、何梅に出会わなければ、こんな運命を負うこともなかった。
ただひたすら
早く、と叫び出しそうなほど待ちきれない。なぜなら自分は折り返し地点をとうに過ぎ、あとは老いさらばえて
早く、この目が見えている間に。この足が立つうちに。どうか。
これは私たちが初めた大業なのだ。結果を見ずして死ねるものか。
王なる母たちが血を
神を
聖胎王母 下 合澤臣 @omimimi
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