第二章 冒険
城門をくぐる前に、ヤナに聞いておいたほうがいいだろう。
「ヤナ。俺は故郷の村を魔王に滅ぼされたから帰る場所はない。アルマは一人暮らしだし、もう何百年も生きてるから、生に執着はない」
「ちょっと」
アルマに突っ込みを受けるが、俺は続ける。
「だが、ヤナ。お前は違う。帰る家が、暮らしが、家族があるはずだ。聖女になった以上、魔王討伐は避けられない」
ヤナは頭にハテナマークが浮かんでいる。俺が言いたいことが分かっていないのだろう。
「家族に別れを言う時間を待ってやることはできる。だから――」
「ああ、そういうことでしたか」
ヤナは合点がいったというように手を叩く。
「ご心配なく。私は浮浪児だったところを教会に拾われましたので、家族はおりません。教会の仲間にも既に別れを済ませてきました。ですから、ご心配なく」
怖。こっわ! アルマの瞳孔が開いたハイライトのない目で見られた瞬間、身体中が総毛だつ。
だが、少しわかった。アルマにとっては、聖勇教の教えが救いで、全てなんだ。幼い頃から刷り込まれていたら、俺だって聖勇教に心酔していたかもしれない。
「そうか、じゃあ進むぞ」
俺は何とかそれだけ言うと、城門をくぐる。
「戦闘になる前に聞いておくが、フォーメーションはどうする?」
パーティーで戦う上ではフォーメーションは重要だ。事前に決めておかなければ仲間の足を引っ張ることになりかねない。
「俺は魔法はからきしだ。剣術も故郷の村で多少習ったことがある程度で、正直そこまで誇れるものじゃない。正直言って聖剣頼みだ」
「それでしたらご心配なく。聖剣に選ばれたものは光魔法を使えるようになりますから」
ヤナが聖剣の解説をしてくれる。
「ってことは、俺は今光魔法使えるってこと?」
「はい」
試しに右手を突き出して、魔法を発動させてみる。
「《光源》」
しかし、光の粒が舞うばかりで魔法は発動しない。
「流石の勇者様でも、そう簡単に魔法は発動できませんよ。私が教えますから、一緒に頑張りましょう!」
「私が教えてあげてもいいのよ?」
アルマが俺の腕に腕を絡ませてくる。アルマは巨乳だから、俺の腕に胸が当たる。
それまではニコニコ顔で俺としゃべっていたヤナの表情が一変する。
「魔女! その脂肪の塊で勇者様を誘惑するのはやめなさい!」
ヤナは慌ててアルマから俺を引き剥がす。ヤナの胸に腕が当たるが、ヤナは胸が寂しいので、肋骨の感触がする。
「じゃあ実力で勝負しましょう。私は六属性全ての魔法が使えるわ。聖女は?」
ヤナは悔しそうに口を閉じるが、やがて渋々口を開く。
「光魔法だけです。でも、回復系の魔法は全属性使えます」
聖女の伝説の関係から、代々聖女は光魔法とは別に、回復魔法に重きを置かれることが多い。
「アルマ。あんまりヤナを刺激するのはやめろ」
ヤナが暴走すると何しでかすかわからないから、とは言わない。
「何よ。レイドも聖女の味方なの?」
俺があえて言わなかったところにアルマはおそらく気付いている。気づいていながら、俺の思惑通りに行かせないのがアルマだ。なぜなら、そのほうが面白いから。性格が悪い。
「大人になれと言ってるんだ。お前のほうが遥かに年上だろう」
「ふんっ」
アルマがそっぽを向く。年増のくせに若者っぽいしぐさをしやがって。
そんなことを言いながら道を歩いていると、一匹の魔物が飛び出してきた。
「おっ」
水色の粘液に包まれた赤い核を持った魔物。スライムだ。
俺は鞘から聖剣を引き抜く。
「ここは俺がやる。スライムに魔法を使うのはもったいない」
スライムは一番弱い魔物だが、人一人ぐらいなら簡単に殺して見せる。
スライムが飛び掛かってきたタイミングで、聖剣で核を斬り付ける。粘液に阻まれることもなく、聖剣の刃はスライムの核を容易く切り裂いた。
「流石勇者様です!」
「おめでとう。レイド」
俺は粘液でベトベトになった聖剣をどうしようか迷っていると、ジュウウという音を立てて、粘液が蒸発していく。
「これは、聖剣の力か?」
俺も旅をしている間にスライムを何匹か狩ったことがあるが、こんな風に自然に蒸発するようなことにはならなかった。
「はい。聖剣は魔物の悪しき力を浄化することができるので、魔物の血や体液では汚れません」
「へえ、便利だな」
今のところ人を斬る予定はないので、メンテナンスをする必要がないことになる。俺は聖剣を鞘にしまいながら、そんなことを思った。
さらにしばらく進むと、崖の下に洞穴を見つけた。
「そろそろ日も傾いてくるし、ここで野宿するか」
「そうですね。夜行性の魔物もいますし」
「じゃああの洞穴に魔物がいないか魔法で探ってくれ、アルマ」
「《探知》……いるわね」
魔法で探ったアルマが、神妙そうに言う。
「俺たちがここでとれる選択肢は二つだ。討伐か、放置か」
俺の発言を聞いて、ヤナは信じられないという顔をして俺を見る。
「私たちは勇者パーティーですよ? 見つけた魔物は見逃さずに狩るべきでしょう!」
ヤナは俺たちのことを正義の味方とでも思っているようだが、違う。
「俺たちの目的は魔王討伐であって、魔物の一掃じゃない」
ヤナは納得いかなそうに俯いた。俺としては放置したいところだ。だが、この場所は城門から近い。よく言えば討伐隊や冒険者の目に留まる可能性が高い。悪く言えば王都を目指してやってきた商人や旅人が襲われる可能性が高い。
リスクとリターン。ヤナとのこれからの関係を頭の中の算盤で計算する。最後にアルマに視線を移す。アルマは力強く頷いた。これは多分、俺に任せてくれるということなんだろう。
「ヤナはどうしたい?」
ヤナは俯いた顔を力強く上げて言う。
「魔物を倒したいです! 魔物のせいで不幸になる人が少しでも減ってほしいから!」
ヤナは純粋だ。純粋すぎる。だが、その純粋さが汚れ切った俺には眩しく見える。
「分かった。今回は仲間としてヤナの意思を尊重しよう」
ヤナは顔をほころばせて喜んだ。今までは狂信者という印象しか浮かばなかったが、こうしてみると人族のことをちゃんと考えて、世のため人のために頑張っているようだ。湯者の墓を荒らして右腕を付けた俺なんかよりよほど人間らしい。
「アルマもそれでいいか?」
「ええ。研究に使える素材が手に入るかもしれないし」
魔物の素材を買うには、魔物を冒険者たちが倒す必要がある。もちろんアルマほどの強者なら、自分で赴いて倒すという選択肢もあるのだろうが、研究のためにいちいちそんなことはしていられないだろう。
だが、正直言って冒険者は弱い。田舎で棒切れを振って遊んでいただけのガキが成人して冒険者になるなんてケースがほとんどだ。
まあ、俺も似たり寄ったりだから人のことは言えないが。
「じゃあ、行くぞ。ヤナは明かり。アルマは魔法の準備だ」
「《光球》」
ヤナが魔法を唱え、杖の周りに光球が浮かぶ。俺は聖剣を抜き、盾を構えて一番に洞穴に入っていく。
明かりでバレたのか、臭いか、それとも何か仕掛けられていたのかは分からないが、足音がこちらに近づいてくる。俺たち外敵のテリトリーへの侵入がバレたと見て問題ないだろう。
暗がりから現れたのは、子供のような背丈、緑の肌に、凶悪そうな顔を持った魔物。
「ゴブリンか」
そこまで強い魔物ではない。一匹では。ゴブリンの脅威はその数だ。いい巣穴を見つければすぐ増える。そして、ゴブリンは人間とも交わることができる。そして、生まれてくる子供は必ずゴブリンだ。これによって、女性冒険者には嫌悪の対象となっている。実際、ヤナはアルマに向ける以上の嫌悪感をあらわにしている。アルマはいつも通りの余裕の表情だが。
俺は近づいてくるゴブリンたちに向かって斬りかかる。聖剣から伝わる違和感。浅い。その正体はゴブリンの身体をよく観察してみるとわかる。
「鎧……か?」
ボロボロで、大人用のサイズなので子供のような背丈のゴブリンにはブカブカだが、確かにそれは人間の作った鎧だった。
ゴブリンは人間を襲った後、その人間の持ち物を戦利品として身に着けることがある。襲われたのが商人であれば金品で済むが、それが冒険者だった場合、人間の作った上等な武器や鎧がゴブリンに流出することになる。
「面倒な」
聖剣は魔物、魔王に対して特攻だ。人間や武器、武具といった装備品に関しては普通の剣と変わらない。そもそも、人間の武器を流用する魔物はゴブリンくらいだ。
俺は斬る攻撃から、鎧の間を縫うように突く攻撃に移行した。今度はあっさりと刃が通る。そのままゴブリンの死体を蹴り、聖剣を引き抜く。ゴブリンの体液が付着していたが、ジュウウと音を立てて蒸発していく。
今度は剣を持って襲い掛かってくるゴブリンを盾で受けて、その隙に突き刺す。
だが、何回繰り返してもきりがない。数が多すぎる。だが、俺たちはまだ切り札を切っていない。
「アルマ! 頼む!」
「了解。みんな、洞穴から出て」
アルマの指示に従い、洞穴の中を出口に向かって全力疾走する。
「きゃっ!」
途中でヤナが躓いて転びかけるが、俺が左手で抱え上げる。盾が当たって痛いかもしれないが、出口までもう少しだし、我慢してもらおう。
俺とヤナが洞穴から出ると、アルマは既に魔法を放つ体制に入っていた。俺は魔法が真っ直ぐ飛ぶと予想して、横に避ける。
「《火球》」
アルマの杖の先端から、拳より二回り大きいぐらいの火の玉が飛び出した。洞穴の入り口に向かって高速で飛んで行く。しばらくの間、静寂が辺りを支配する。
「てっきり大爆発すると――」
大爆発した。俺はもう遅いと知りながらも、慌てて耳を塞ぐ。洞穴が焼け落ち、出口から数匹のゴブリンが逃げ延びる。
「レイド。逃げ延びたゴブリンを倒して」
「分かった」
俺は逃げようとするゴブリンに向かって聖剣を振り下ろす。洞穴の外で数匹のゴブリンを殺すのには、五分もかからなかった。
「ゴブリンは、人族から奪った宝や女の人を巣に貯め込むんですよね?」
「ああ、そうだ」
「だったら、巣の中に被害者がいるかもしれません、助けに行きましょう!」
そう言ってヤナは指さす。アルマの《火球》を正面から受けて崩れた洞穴を。
「ヤナ、まさかとは思うが――」
「掘り起こしましょう!」
ええ~。嘘でしょ~。俺は偽りとはいえ勇者ではあるが、聖人ではない。まあ、ヤナは聖女だからどっちかというと聖人よりかもしれないが。
そんなことを考えている間にも、ヤナは瓦礫を撤去し始めている。そんなヤナの肩を俺は掴む。
俺にはわからない。手伝うべきなのか、見捨てるべきなのか。手伝えば確かに捕らわれている女や宝は手に入る。だがもし、宝なんて貯めていなかったら? 女なんて捕えていなかったら? そもそも、女を救出したところで、どうやって次の町まで届ける? 王都に戻るわけにもいかない。
俺が迷っていると、隣にアルマが来る。
「なんで中に人がいるかもしれないのに洞穴を壊した?」
「そのほうが効率的でしょ?」
効率……。人って、効率で殺して良いものだっけ?
「でも、埋まったゴブリンの死体は欲しいし、聖女が頭を下げるなら、助けてあげないこともないわよ?」
ヤナに聞こえるようにわざと大声で言う。
ヤナはそれを聞くと、鬼の形相でアルマのほうへ向かってきた。
「お、おい……」
俺は喧嘩にならないように間を取り持とうとするが、次の瞬間ヤナがしたのは俺が予想だにしない行動だった。
「お願いします。中にいる人たちを助けてください」
ヤナは頭を下げた。これには流石にアルマも驚きを隠せないのか、目を大きく見開いてヤナを見る。だが、次第に冷静になってきたのか、崩れた洞穴に向けて杖を振り上げた。
「《修復》」
洞穴が元通りになるが、ゴブリンたちは蘇らない。アルマの魔法の技量が優れている証拠だ。
「さ、行きましょ。お宝?お宝?♪」
アルマは一早く洞穴に入っていく。
「ヤナ、良かったのか?」
確かに、ヤナの判断は正しい。もしも洞穴の中に被害者がいた場合、自分のプライド一つで済むのならそのほうがいいと誰もが思うだろう。だが、今回は被害者がいない可能性もあった。それでもなお、アルマに頭を下げたヤナは間違いなく聖女だ。
俺は勝手に、聖女というのはプライドの高いものだと考えていた。たとえヤナが最初は浮浪児だったとしても、聖勇教の重要人物として暮らす間に、プライドが高くなっていると思っていた。
「ヤナ、すまなかった」
俺はヤナに頭を下げる。
「何がですか?」
「俺はヤナのことを偏見で見ていたらしい」
ヤナは笑って言う。
「気にしないでください。それより、被害者がいた場合は保護してくださいますか?」
正直言えば面倒だ。ここで食料を余分に消費するのも勿体無いとも思う。だが、ここで渋れば、ヤナの信頼を失ってしまうだろう。結局合理的な判断しかできない自分に嫌気がする。
「ああ」
ヤナは満面の笑みを浮かべて洞穴の先へ進んでいく。
洞穴の中は迷路のように枝分かれしていた。本来なら、こういう場合は挟撃や罠に気を付けて進むのがセオリーなのだが、ゴブリンが全滅し、罠があったとしても洞穴が崩れた時に解除されている物も多い。
というわけで、俺たちは現在陣形も組まず、洞穴の中を進んでいた。二手に分かれている場所などには目印をつけたり、地図を作ったりしている。
といっても、無警戒なわけではない。俺は殺気を探り、耳を鋭敏にしながら進んでいるし、ヤナもアルマもいつでも魔術を発動できる準備をしている。
しかし、警戒する必要もなく、俺たちは洞穴の最奥に辿り着いた。その部屋にだけ、粗末ではあるが扉がついていて、丈夫な構造になっている。ゴブリンたちが重要視していたのが分かるというものだ。
「ここだな」
俺達のパーティーには斥候がいない。つまり、この先に罠があっても踏み込むしかない。
「行くぞ」
俺は右足で扉を蹴破る。その先にあったのは、宝でも、被害者の女達でもなかった。
「子供の……ゴブリン……」
ゴブリンは雄しかいない。故に、増えるには人族か魔族の雌の子宮を使うしかない。そして、ここはまだ人族の領域だ。魔族はいない。つまり、このゴブリンたちは――。
「うっ」
俺と同じ考えに至ったのか、ヤナが口を押える。
俺は黙って腰の鞘から聖剣を引き抜く。子供だから見逃してやろうという者は、ここにはいなかった。
「ヤナ、残念だったな」
俺はヤナの肩に手を乗せる。一応励ましているつもりだが、女を泣かせたことはあっても、励ましたことなんてないので、やり方が分からない。
「いいえ。こういう可能性もあると分かっていて、私は魔女に頭を下げたのです」
先程までの吐き気を堪えていた表情とは違い、今は凛とした表情をしている。
「そうか」
もう大丈夫だろうと、俺はヤナの肩から手を離した。
「ねえ、いくつか実験用のサンプルを取っておきたいんだけど?」
一方のアルマは、殺した子供のゴブリンたちを解体している。
「魔女! 魔物とはいえ生き物、それも子供ですよ。あなたはなんて非道な考えをするのですか?」
ヤナが叱るが、アルマは飄々としている。
「でも、彼らの尊い犠牲のおかげで、新しい薬が作られたり、私たちの暮らしが豊かになるのよ?」
「どうせろくでもない研究に使うつもりでしょう!」
さすがにカチンと来たのか、アルマも解体の手を止め、ヤナを見る。
「失礼ね。この研究が実れば、一人を複製することができるようになるのよ?」
「ろくでもない研究じゃないですか」
この話を放置しておくと平行線になりそうなので、ここらへんで割って入る。
「ヤナ、その辺にしておいてくれ。アルマ、サンプルをとるのはいいが、自分で持っていける分だけにしておけよ」
ヤナも諦めたのか、それ以上突っかかる気はないようだ。アルマは皮膚や体液を少量試験管に入れている。
さて、この戦いももう終わりだ。俺たちはそう思い、洞穴から出ると、そこには巨大な影が待っていた。
「ワイバーン!」
その影を見ただけで、ヤナはその存在の名前を言い当てた。いつも余裕を崩さないアルマも、今回ばかりは唇を引き結ぶ。
そもそも魔物との連戦は危険だ。魔力も消耗品も補充しなければいけない。
そして、ワイバーンは、強い。魔物の強さでいえば上の下程度の強さでしかないが、それでもこんな人族の領域で出会う魔物ではない。
少なくとも、現時点の俺たちが敵う魔物ではない。
「アルマ!」
俺たちのパーティーの中で最強の存在に頼る。
「《雷球》」
アルマは素早く魔法を発動させる。俺から見ればまさしく電光石火の一撃だったが、ワイバーンには躱される。
「さすがに手ごわいわね……」
俺の魔法の知識なんて齧った程度だが、たぶんあれはアルマの使える魔法の中でも、かなりスピードに特化した魔法だ。魔法名が《雷球》で雷が入ってるってことは、光属性の魔法のはずだし、たぶん間違いない。
ワイバーンはそれを軽々と避けて見せた。これは俺の勘だが、たぶん単純なスピードでは《雷球》の方が速かったと思う。それでも避けられたってことは、ワイバーンはアルマの魔法を発動する予備動作を見て避けたんじゃないだろうか。
そんなことを考えている間に。ワイバーンの口から炎が溢れ出す。ブレスを吐く準備だ。この狭い洞窟内では躱せない。
「ヤナ、壁!」
俺は素早く指示を出す。ヤナも俺の意図を素早く組取った。ヤナは先頭に立つと、杖を地面に突き立て、魔法を発動させる。
「《聖壁》」
ワイバーンがブレスを吐くのと、ヤナの魔法が発動するのはほぼ同時だった。俺たちはもう洞穴の入り口付近まで来ていたので、アルマが《火球》を使った時のような間はなく、ギリギリで《聖壁》が間に合う。聖壁によってブレスは防がれたというのにも関わらず、肌がジリジリと焼け、目が乾燥で痛い。身体中の水分が蒸発する感覚。それが長い間続く。おそらく実際は数秒間の出来事なのだろうが、俺にとっては数時間のようにも数十時間のようにも感じた。
こんな危機的状況でも、ヤナの《聖壁》は揺らがない。ヤナの精神力の高さに舌を巻きながら、俺はブレスが収まるのを待つ。やがて、ブレスが収まってくると、俺は聖剣を抜いて飛び出した。
「ヤナ、解除!」
ヤナは俺の短い単語でちゃんと俺の意図を察してくれた。《聖壁》が解除され、俺とワイバーンの間を遮るものは何もなくなる。
だが、ワイバーンは魔物の中ではかなり知能が高い。俺が何をしようとしているのかちゃんと理解している。
ワイバーンは俺たちの攻撃が届かない上空へ舞い上がろうとする。刃が届くにはギリギリ足りない。
だから、俺は聖剣を投げ付けた。本物の勇者であれば、そんなことはしないだろう。聖剣とは勇者の象徴だ。聖剣のない勇者なんて、勇者ではない。
だが、俺は偽物の勇者だから、こういうこともできる。
「アルマ、《必中》!」
俺はアルマが使える魔法を全部知ってるわけじゃない。だが、何百年も魔法の研究をしてきたアルマなら、俺が知っている魔法ぐらいは使えるだろう。
「《必中》」
期待通り、アルマは《必中》の魔法を使えた。
ワイバーンは聖剣を軽々と避けるが、アルマが聖剣にかけた《必中》の魔法によって、再びワイバーンに切っ先を向け、ありえない軌道で飛んでいく。
聖剣は、俺がやろうとしていたこと――ワイバーンの皮膜を容易く切り裂く。ワイバーンは叫び声をあげながら地面に墜落する。
そこに《必中》で俺の元に帰ってきた聖剣を空中で手に取り、ワイバーンの首を切り伏せる。
ちゃんと死を確認したうえで、聖剣を血振りして鞘に納める。魔物の中にはアンデットやゾンビなどのように、首を切り落としても死なないような奴もいるので油断ならない。まあ、俺の知る限りワイバーンはそんな特徴を持った個体は確認されていないから、大丈夫だとは思うが、念のためだ。
しばらく待っていると、洞穴からヤナとアルマが出てきた。
「勇者様、お話があります」
ヤナの目から光が消えている。こういう時は聖勇教に関することを話す時だと、まだ出会って半日しか経っていないにも関わらず、俺は分かるようになってしまった。
「いくら何でも聖剣を投げるのは、勇者様とはいえ許される行為ではありません」
「そうよ」
お? ヤナはともかく、アルマも言ってくるとは意外だな。てっきりバラバラに分解して研究したいとか思ってると思ってたわ。
「私が研究する前に壊れたらどうするの」
やっぱりそんな理由か。いや、分かってたけどね。
「あなたはまたそんなことを! 聖剣は神から賜った神聖なものです。研究などしていいはずがないでしょう!」
そんで、アルマの発言にやっぱりヤナは突っかかると。もはやこれがこのパーティーの日常になりつつあるな。
「分かった。以後気を付ける」
ヤナの矛先が俺からアルマに変わった隙に謝って逃げる。正直、パーティーの仲間にそんなことをするのは可哀想だが、本当のことを話したら、ヤナは俺を殺そうとするだろう。このまま何事もなく魔王討伐の旅を終えるのがお互いにとって最もベストだ。それに今は重要な問題がある。
「もう大分日が傾いているな……」
俺のこの言葉には流石に言い争っていた二人もハッとして太陽を見る。もう夕焼けだ。日没まであと何時間もないだろう。
「今日寝る場所、どうする?」
そもそも俺たちは、日が傾いてきたから野宿する場所を探していてこの場所にたどり着いたのだ。それにワイバーン戦も加わって、更に長い時間が経過してしまっている。
「ここで寝て、もしこの洞穴に住んでいたゴブリンの生き残りがいた場合、襲われないか?」
洞穴の中にいたゴブリンは俺たちが皆殺しにしたが、それ以前に出て行ったゴブリンが洞穴に帰ってくる可能性もある。
「その可能性はあるけど、何もないところで寝るほうが危険よ?」
勿論だが、夜行性の魔物もいる。下手に草原で野宿しようものなら、寝ている間に夜行性の魔物たちに囲まれかねない。
かといって木の下で寝るのもそれはそれで危険だ。木の上に生息する魔物もいるため、もしも寝ている木の上に魔物がいれば寝ている間に一撃入れられて終わりだ。
焚火をすれば大体の魔物は寄ってこないだろうが、知能の高い魔物は火を恐れない。
つまるところ、野宿である時点で安全な場所などどこにもないのだ。
「じゃあ、この洞穴で寝て、交代で番をするか」
「賛成です」
「それがいいと思うわ。二~三匹ならあなた達でも対処できるでしょうし」
上から目線のアルマの言葉に、ヤナは睨みつけるが、アルマは全く気にせず洞穴の中で横になる。まずは自分が休むということだろう。まあ、俺はそれでも構わない。実際、年功主義でも、実力主義でも、アイウエオ順でも、一番に来るのはアルマだ。そんなアルマが最初に休むのは、ある意味当然と言えた。
「最初は俺が見張りをするよ。一度寝たら起きられないから。アルマはいつがいい?」
「最後でいいわ。早起きや徹夜には慣れてるから」
「ヤナは二番目になるが、構わないか?」
「……構いません」
ヤナの心情としては、なぜアルマ優先なのか、なぜ自分に聞くのはアルマの後なのかとか思っているんだろうが、そこは我慢してもらおう。
はっきり言って、ヤナがいなくても魔王討伐できるだろうが、アルマがいなければ魔王討伐できない。
魔王討伐できなければ俺の呪いは解けない。いや、そんなことはいい。それよりも、村のみんなの仇が討てない。
太陽の方を見る。日没まであと何時間もないが、逆に言えば日没まではまだ時間があるということだ。
「少し辺りを見てくる。何かあったら叫んでくれ」
「分かりました」
ヤナは返事をしたが、アルマは手をひらひらと振っただけだ。まあ、何かあってもアルマなら解決するだろう。逆にアルマが解決できないことを俺が解決する自信がない。
ゴブリンの足跡がないか探しながら歩いていくと、水の流れる音が聞こえてきた。しばらく歩くと、小川があった。小さな川だが、水は澄んでいる。
野宿には変わりないが、身体ぐらいは洗えそうだな。
このパーティーには女性が多い。男の俺はしばらく身体を洗わなくても気にならないが、女性は奇麗好きが多い。特に、アルマは屋敷に風呂を持っていたし、ヤナは聖女の肩書を持つ。風呂に入れないというのは、実は死活問題なんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、洞穴の前にやってきた。
「近くに小川があった。水浴びができるぞ」
「本当ですか!」
ヤナは目に見えて喜んでいるが、アルマは興味がなさそうに寝ている。まあ、アルマは水を自分の魔法で作れるからな。
「では、勇者様が先に水浴びをしてください」
「いや、ここはレディーファーストで――」
「いえ、私たちは勇者パーティーです。何事も勇者様が優先されるべきです」
ここで断るのも失礼に当たるだろう。
「じゃあお言葉に甘えて」
俺は小川に戻り、服を脱ぎ始める。万が一ヤナに聖者の右腕を見られないために、繋ぎ目には包帯を巻いておく。
小川の幅は狭い。水に浸かるのは無理そうだが、水自体は綺麗だ。綺麗な手拭いを水に浸し、絞って身体を拭く。
「勇者様、お背中をお流ししに来ました!」
案の定というか、何かしてくるとは思っていたが、思っていたよりも直球で来たな。そんなことを思っている間に、ヤナは俺の手から手拭いをひったくり、俺を座らせて背中を拭く。
「普通こういうときは「キャー」とか叫びながら目を瞑るとかないのか?」
「聖女だからといって男の裸を見たことがないと思ったら大間違いですよ。睾丸を潰された人に《回復》をかけたこともありますし」
聖職者が清らかだというのはただの幻想らしい。
「それにしても……」
ヤナが神妙そうな目で俺の身体にを近づける。
「気になるか?」
「ええ、こんなに禍々しいのは初めて見ました」
ヤナの目は俺の全身に入ったタトゥーに釘付けだった。
「冒険者の人や盗賊にはタトゥーを入れている人も多いですが……いえ、これは――」
「気づいたか」
俺の全身にのたうつ蛇のように入れられたタトゥーは、呪いだ。
「聖剣に選ばれるような方には、凄まじい過去があるものだと思っていましたが、まさか呪われているとは……」
「パーティーの仲間になったとはいえ、あまり過去の詮索はしないでくれよ?」
ヤナは聞きたそうにしていたが、俺が予め釘を刺したことで踏み込んでは来なかった。
「その右腕も呪いの影響ですか?」
おいいいいいい? 一番踏み込んできて欲しくないところに土足で踏み込んでくるじゃねえか?
「ああ、この右腕を見たやつはきっと不幸になるぜ」
俺はそれらしいセリフで誤魔化しておいた。ヤナも気を使ったのか、それ以上は踏み込んでこなかった。
「終わりました」
「ああ、ありがと」
アルマの家で入った浴室には負けるが、それでも村で生活していた時は、水で濡らした手拭いで身体を拭けるのは雨が降った時くらいだった。
これから俺たちは魔王城に向かって長く険しい旅をすることになる。贅沢になれるのはよくない。
俺は乾いた手拭いで身体を拭き、手拭いを腰に巻く。服や装備は身体が完全には乾ききっていないので、持っていく。
「そういえば、アルマはどうした?」
「放置してきました」
まあ、アルマなら寝ていても魔物が寄って来なさそうな気もするし、寝てても何とかしそうな気もするが、そういう問題ではない。
「ヤナがアルマを嫌っているのは知っているし、仲良くしろというつもりはないが、パーティーとして最低限の関係はあるだろう」
ヤナは聖女だったから、冒険するのは初めてだろうが、冒険には最低限のルールというものがある。
それを破れば、パーティーとして成り立たなくなる。ヤナは今、それを破った。
「も、申し訳ありません……」
俺が少し強めに言ったからか、ヤナはショックを受けたようだ。
「まあ、これからは気を付けてくれ」
「はい」
俺はそのままアルマのいる洞穴へと向かった。
「すぅすぅ」
予想通り、アルマは魔物に襲われることもなく、寝息を立てていた。見ると、洞穴の入り口付近には木の枝が集められている。日を見ると、もう沈みかけていた。焚火の用意だろう。アルマがやったのではないだろう。アルマは強いし偉いから、こういう下働きのような役割は嫌う。実際、アルマなら近くの木を倒して枝を集め、火を点けることぐらいは簡単にできる。
「少し言い過ぎたかな……」
ヤナはちゃんとパーティーのために自分が何ができるのか考え、動いていたのだ。俺が水浴びをしている間に。
そういえば、手拭いで身体を拭いてきたとはいえ、風も冷たくなってきたし、身体も冷えてきた。
「ありがたく使わせてもらうか」
俺は装備の中から一振りのナイフを取り出した。故郷の村から王都までの道中でも役に立った品で、片刃だが、反対側に火起こし器が付いているのだ。
俺は辺りをを見渡し、ヤナが戻ってきていないことを確認する。ヤナが戻ってきていたらこんなことはできないだろうからな。
俺は聖剣を抜き、火起こし器に添わせる。火起こし器は金属と擦り合わせることで火花を木の枝に移して着火させる。つまり、何をするかというと――。
「ただいま戻りまし――ってきゃあああああああ?」
「おうわあああああああ?」
そのタイミングでヤナが戻ってきた。しかも薄布一枚で。そのおかげで、思いっきり火起こし器を滑らせてしまった。ギャリリリリリィと聖剣の刃から火花が散る。
「もう、うるさいわね……」
俺たちの叫び声に、さすがのアルマも起きた。
「それで、聖剣で火起こししようとしたと?」
「はい」
ヤナは薄布一枚の姿のまま、腕を組み、仁王立ちで俺を見上げていた。なぜヤナより背の高い俺が見上げられているのかというと、俺が地面に正座させられているからだ。腰布一枚のままで。
「私は怒っています。こちらを見て話を聞いてください」
俺はなるべく地面を見るように努める。ヤナの羽織っている布は薄いので、乳首が透けて見えそうなのだ。
「その……恥ずかしくないのか?」
「私たちは魔王城までの旅をしなければなりません。その道中、裸を見られるぐらいは覚悟していました」
ヤナは俺が思っていたよりもかなり覚悟を固めてきていたらしい。
俺が感心していると、ヤナはモジモジと股を擦り合わせ始めた。
「それに、もし間違いが起こってしまった場合は、勇者様に娶ってもらえばいいだけの話です」
別にヤナのことが嫌いなわけじゃない。今までの道中で、ヤナが真面目で優しい、聖女と呼ばれるに相応しい人格者なのは分かっている。
だが、俺には聖者の右腕がある。これを見られれば、おそらくヤナは俺を殺そうとするだろう。憎悪のこもった眼で。
「俺はそのつもりはない」
ヤナは固まっていた。ショックを受けているのかもしれない。だが、それでいい。
俺たちは、このままのほうがいい。
「まずは俺が見張りをする。ヤナは眠ってくれ」
「はい……」
俺は、ヤナの目尻に涙が溜まっているのを見逃さなかった。
「朝よ。起きて」
優しい声で目が覚める。目を開けると、アルマの顔が目の前にあった。アルマに膝枕されているのだ。
「お寝坊さんね」
そのままアルマの顔が近づいてくる。唇と唇が触れ合い――。
「ちょっと待ったあ!」
アルマの顔が突然遠くなった。目を凝らすと、アルマの服の襟をヤナが引っ張っていた。
「何するのよ、聖女」
「ふう、危うく勇者様が魔女の毒牙にかかってしまうところでした」
ヤナは一仕事終えた時のように額の汗を拭う。
俺もさすがに目が覚めたので、アルマの膝から起き上がる。
「もう一回やってあげましょうか?」
アルマは舌で自分の唇ををペロリと嘗め回す。色っぽい動作だが、アルマが百歳越えの婆だと知っている身としては断らざるを得ない。
「いや、やめておくよ」
俺が断ると、アルマは頬を膨らまし、プイッとそっぽを向いた。
「これだから童貞は」
「うおい!」
なぜ俺が童貞だと知っている?
「あら、まさか本当にそうなの?」
アルマの視線が、変わった。これまでは誘う視線だったのに対し、今のは狩る視線だ。
慌ててアルマから離れ、寝るときに外した装備を付ける。
「心配いりませんよ勇者様。貞淑は美徳です」
ヤナは真面目そうにそう言った。奴隷制度や盗賊、戦争というものがある以上、弱者の女性は処女を奪われかねない。そういった意味では女性の貞淑は美徳なのかもしれないが、男の童貞なんて捨ててなんぼだと俺は思う。
「飯にするか」
俺は聖剣を腰から引き抜き、ワイバーンの肉を荒く切る。地面に近かった部位は虫が食べ始めているので、できるだけ上の部分を食べる。
「アルマ、焼いて」
俺がアルマのところに骨付き肉を持っていくと、アルマはめんどくさそうに骨付き肉に指をさす。
「《着火》」
ボウッと骨付き肉が炎に包まれる。このままの火力であれば焦げていただろうが、火力が高かったのは一瞬で、すぐにトロトロと弱い火になり、やがて消えた。
骨付き肉に持って来ていた調味料をまぶす。
俺が料理をしているが、それは俺の聖剣でしかワイバーンの肉が削げなかったからで、俺が料理が得意なわけじゃない。
「ヤナは料理経験あるのか?」
「ちょっと、なんで私じゃなくて聖女に聞くのよ」
うわっ。とうとうアルマまでヤナのことをライバル視しだした。これは関係がこじれかねないから仲良くしてほしいんだが。
「いや、教会って炊き出しとかやるだろ? だから料理経験あるんじゃないかなと思って」
決してアルマが料理できなそうとか、生肉をそのままむさぼってそうとか思っているわけではない。
「そうですね。私も修道女になったばかりのころはよくやっていましたが、魔法を覚えてからは魔法を使っての治療が忙しくて、あまり炊き出しには参加できていませんでしたね」
炊き出しは正直料理さえできれば誰でもできる。だが、魔法はそうじゃない。才能、勉強、努力、魔力量。どれを欠かしても習得できない。故に、魔法使いは貴重なのだ。アルマみたいな国にとって有害な魔法使いを生かしているのも何かの時に使えるかもという保険だ。
「よし、飯ができたぞ~」
俺は骨付き肉を焼いて調味料をかけたものを三人分用意した。三人でそれにかぶりつく。ワイバーンの肉なんて、食べたことなかった。ワイバーンを狩る腕も、食堂で出たこともなかったからだ。
「うん……。不味くは、ないな」
「せっかくの食事に文句を言っては罰が当たります」
「いや、不味いでしょ」
俺はそこまで舌が肥えていないからそこまで不味くは感じなかった。ヤナは聖女としてやせ我慢していたが、舌が肥えているであろうアルマははっきりという。
「文句があるなら食べなければいいじゃないですか」
「嫌よ。次いつ食べられるか分からないもの」
一応保存食は持ってきてはいるが、保存食はいざという時のために取っておくべきだ。それにおいしくない。
そのことはアルマもわかっているのか、ワイバーンの肉に嫌々かぶりつく。
ワイバーンの肉で腹を満たした後、ワイバーンの亡骸を見る。半分は肉が残ってしまっている。
「これはしょうがないよな?」
ヤナにお伺いを立てる。
「そうですね。心苦しいですが、野生の魔物に食べてもらうことにしましょう」
「でも、鱗と骨は持って行った方が良いんじゃない?」
ワイバーンは本来、王都の周辺に出るような魔物じゃない。だから、この辺りではワイバーンの鱗や骨はそれなりの値段で売れる。
「運ぶか? 結構な量だぞ?」
「少しだけ持っていけばいいじゃない」
王様に貰ったお金はある。だが、無限じゃない。いずれ底を尽きるだろう。そのために、僅かでも金策をしておくのは悪い手じゃない。
「持つのは俺なんだが……」
まあ、仕方ないか。華奢な女の子に荷物を持たせるわけにはいかない。
俺は、骨と鱗を少しずつ麻袋に入れた。
「私も実験用に少し持っていこっと」
アルマは小さなナイフを懐から取り出し、ワイバーンの骨と鱗を削り取る。ワイバーンは魔物としての強さは下の上程度だが、鱗は鉄よりも硬い。鱗でそれなのだから、骨はもっと硬いだろう。聖剣が容易く切断できるのは分かる。だが、アルマのあんな小さなナイフが同じことをできるとは思えない。
「余程業物のナイフなんだな」
アルマは鱗と骨を麻袋に入れると、俺の質問に答える。
「サウザンドドラゴンの牙から作ったの」
「サウザンドドラゴン? あの千年生きると言われている、伝説の?」
食いついたのはヤナだった。少し意外だ。俺はその名前を知らない。
「知ってるのか?」
「教会の魔物図鑑で読みました」
まあ、サウザンドドラゴンと言うからには、ワイバーンよりも強いのだろう。それだけの魔物の牙が素材なら、あの切れ味も頷ける。
「思い出の品よ」
そう言ってアルマはナイフの腹に口付けする。思い出の品と言うからには、買ったのではなく、自分で倒したのだろう。
だが、アルマ自身の含めた俺たち三人でワイバーンに苦戦していたのだ。サウザンドドラゴンとやらを倒すとなれば、それこそ何千何万という軍隊か、全員がアルマレベルの手練れがいるだろう。
だが、人間という種族全体から嫌われているアルマに、そんな仲間がいたとは思えない。
「アルマにも仲間がいた時期があったんだな」
「私だって最初から嫌われていたわけじゃないわよ」
そう言うと、アルマはナイフを懐に仕舞った。
「じゃあ、残りはここに放置して、旅を続けるか」
「はい!」
「ええ」
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