第六章 この先へ進むということ

 魔族領に入って三日が過ぎた。俺達は——

「アルマ。水作ってくれ」

「魔力は節約しなきゃ。我慢しなさい」

 飢え死にしかけていた。

 魔族領は魔物が跋扈しているものと思っていたが、魔王が復活したからか、魔物一匹見当たらない。

 おまけに、強い魔力の影響で持ってきていた食料が変質、水は腐ってしまった。アルマとヤナが交代で水を作る魔法を使っているから何とかなっているが、魔力が尽きたら終わりだ。

 とはいえ、魔族領では魔力の回復が人属領に比べて著しく速い。加えて、アルマの魔力はかなり多い。当分魔力が尽きる心配はないだろう。

 だが、水は魔法で作れても食料は作れない。神話に出てくる魔法にはパンを作る魔法や、ワインを出す魔法が存在するが、それらは途絶えて久しい。もしくは最初からそんな魔法は存在せず、作り話だという人もいる。

 とはいえ、あれだけ大勢に見送られた手前、おいそれとは帰れないしな。

「アルマ、時間だ」

「はいはい。《探知》」

 アルマには一定時間が経過するたびに《探知》を使わせているが、魔物一匹かからない。

「! いるわ‼」

「⁉」

 俺達は武器を構えた。警戒というよりは、魔物の肉を喰らいたい欲望からだ。

 アルマの案内に従って荒れ果てた道なき道を爆走する。

 魔物の姿が見え始めた時、俺、アルマ、ヤナの三人は魔法を唱える。

「「「《火球》」」」

 向こうがこちらを認識するより先に、特大の一撃を叩き込む。

 それにしても、こうしてみると、魔力量によって魔法の威力が高まることがわかる。俺の《火球》が最も小さく、握り拳大。ヤナの《火球》はそれより少し大きく、林檎くらいの大きさだ。アルマの《火球》は西瓜ぐらいの大きさがある。

「ガアアアアアア⁉」

 三発の《火球》が命中し、魔物が炎に包まれる。やがて煙も晴れ、魔物が姿を現した。勿論煙が晴れるまでの間、俺たちはボーっと見ていたなんてことはなく、正面を俺、右をアルマ、左をヤナ、後ろをミンクが取り囲む。

「ア! ユーシャダ‼」

 魔族領の魔物ともなると、言葉を喋ることができるようだ。俺はその容姿を見る。

 二足歩行で、緑色の肌。頭から生えた二本の角が特徴的だ。手には雑な作りの棍棒。腰には動物から剥ぎ取った皮を巻いている。

「アルマ、あの魔物は?」

「オーガね」

 オーガか、噂では聞いたことがある。人と会話できるだけの知性。盾を一撃で割る攻撃力。剣を通さない防御力が合わさった強力な魔物だ。

 だが、見逃すという選択肢はない。こいつを逃せば次に魔物に遭遇するのは何時になるか。それに、魔族領に出る魔物はこいつみたいな上級の魔物がほとんどだ。こいつ一匹倒せないようでは、この先へはとても進めない。

「はああ‼」

 最大出力で聖力を聖剣に纏わせる。俺のその姿を見て、仲間たちも俺に合わせて動いてくれる。

「《火球》」

 アルマがオーガの顔面に《火球》を喰らわせる。その隙に、ミンクが地面からスライムをオーガの両足に纏わせ、動きを封じる。そこに俺が防御を捨てて懐に入り、聖剣一斬。いつもの勝ちパターンだ。

 だが、今回は違った。オーガは棍棒をぶん回し、防御した。知性のある魔物ならそのくらいはするか。

 それでも、俺は踏み込みんで聖剣を叩き込む。

「? イタイゾ」

 斬れない。胴体を真っ二つにするどころか、皮一枚切れない。勢いが殺されたとはいえ、ワイバーンの首を一撃で落とせた聖剣が、完全に止められるとは。

 そして、俺は懐に入っている。オーガは既に棍棒を振り上げて攻撃態勢だ。

——死ぬ!

「《障壁》」

 ヤナの魔法のおかげで直撃は免れたが、《障壁》は砕かれ、勢いで俺は吹き飛んだ。

「勇者様!」

 吹き飛んだ俺をヤナが抱き留めてくれた。その間も、俺はオーガから目を離さなかった。いや、目が離せなかった。

 オーガが俺に向かって棍棒を振り上げながら走ってきていたから。

「ユーシャシネ‼」

「勇者様‼」

 ヤナが俺を庇って後ろに隠す。

 ゴアッ‼

「ガハッ⁉」

 一瞬の出来事だった。ヤナに庇われていた俺には見えなかった。気づいた時にはオーガの胸には穴が開いていて。口から血を吐き出して死んでいた。

 ヤナは俺を庇っていた。カイザースライムにこんな攻撃は不可能だ。残る可能性は——。

「……アルマ、なのか?」

 俺は、オーガの背後から杖を突きだしているアルマを見た。きっと、ヤナもミンクもアルマを見ていたと思う。

「レイド、ちょっと話があるわ」

「あ、ああ」

 俺はオーガを手早く聖剣で解体し、アルマの後を追った。

「おいアルマ、どこまで行くんだよ⁉」

「もうすぐよ」

 ヤナやミンクの姿が見えなくなったところで、アルマは歩くのをやめた。

「レイド。聖者の右腕を返してもらうわ」

「は?」

 俺がアルマの言葉を飲み込めずにボケっとしていると、アルマの魔法が俺の右腕を直撃した。

「——ッツ⁉」

 右腕を見ると、皮膚が切れ、血の玉が浮かんでいた。

「もうそこまで癒着しているのね」

「アルマ。なんでこんな……」

「あなたは、この先の戦いに着いていけないわ。聖者の右腕を回収できない可能性もある。だから、確実に回収できる今、返してもらうわ」

 アルマは俺に聖者の右腕をくっ付けた張本人だ。切り離すことも簡単にできるだろう。

「今代の魔王はどうするんだ?」

「あなたは魔王討伐を気にかけているようだけど、私は別にどうでもいいの」

 会話をしながら俺はアルマに勝つ方法を考えていた。だが、思い付かない。希望があるとすれば接近戦か。

「話は終わりね。さよう——」

 会話が終わる前に、俺は駆け出した。アルマは魔法使いだ。逃げても遠距離攻撃で一方的に攻撃される。ならば、いっそ距離を詰めて、俺の間合いにした方が、アルマも魔法を使いにくいはずだ。

 聖剣でアルマの腹部を狙う。魔物相手ではないので、聖力は使わないが、峰打ちしたりはしない。アルマなら、胴体が真っ二つにされようが生き残るような気さえするからな。

 確実に入る。そう確信していた一撃は、アルマの杖に軽々と防がれた。

「馬鹿なっ……⁉」

 聖力は込めていない。それでも、聖剣の切れ味は岩に突き刺さるほどだ。ただの杖に防げるような代物じゃない。さすがアルマ、持ってる杖も逸品なのか。それとも何か魔法が付与してあるのか。

 そんなことを考えていると、アルマは素早く反撃を繰り出してきた。魔法ではなく、杖で。

「なっ……に⁉」

 杖、棒は剣とは違い、両端で攻撃できる。それを利用した巧みな技で、俺は防戦一方になっていた。

「私が魔法だけだと思った? これでも初代勇者に剣を教えてもらったこともあるのよ?」

 初代勇者っていったか、今。

「お前、どんだけ長生きしてるんだよ」

「言ってなかったわね。私は初代勇者のパーティーメンバーだったのよ」

 初代勇者に剣を教えてもらってたって時点でそんな気はしてたが。

「あなたも偽物にしては持った方よ。誇っていいわ」

 確かに、俺にしてはよくやった方だと思う。でも、俺はそれを誇らない。なぜなら——。

「勇者の力ってのはなあ。半分は聖剣の力。もう半分は仲間の力なんだよ」

「っつ……その言葉は……」

 アルマの動きが止まった。そこへ、俺は聖剣で一撃を叩き込む。今度は聖力も使って、本気も本気だ。

 今度は動けず、アルマの腹部に直撃した。

「あぐっ……⁉」

 流石にダメージが入ったらしい。苦しそうに蹲るアルマの喉元に、俺は聖剣の切っ先を向けた。

「俺の勝ちだ」

 アルマは諦めたような目で俺を見た。

「そうね。私の負けね。……最後に教えてくれないかしら」

「なんだ?」

「さっきの台詞、どこで知ったの?」

 勇者の力は~って奴か。何となくそう思っただけなんだけど。

「いや、何となくそう思ったんだ」

「初代勇者もそんなことを言っていたわ」

 アルマは満足そうに微笑むと、目を瞑った。まるで、もう悔いはないとでもいうかのように。

 確かに、アルマは裏切った。だが、アルマの力は強力だ。魔法も、棒術も。アルマの力なしで、俺は魔王を討伐できるのか。

 迷いに迷った挙句、俺は聖剣を鞘に納めた。

「みんなのところに戻るぞ」

「……やっぱり甘いわね」

 アルマはいつもの怪しげな笑みを浮かべたまま、俺の後をついてきた。

 俺たちがみんなのところに戻ると、ヤナとミンクは火を熾していた。

「あ、師匠、アルマさん。どこ行ってたんすか?」

「ちょっと俺の先祖について聞いていた」

「ああ。アルマさん長生きっすもんね」

 ミンクは納得したのか、焚火の方へ戻っていった。

 ヤナはオーガの肉を串に刺していた。

「そろそろ焼き始めますよ」

 肉串を火に近づけると、ジュワッと音を立てて肉汁が垂れてきた。

「美味そう~」

「でもそれ、毒があるわよ」

「「「え?」」」

 アルマ以外の三人が疑問符を浮かべる。

「じゃあなんで調理するときに言わないんですか!」

 ブチギレるヤナをよそに、アルマは落ち着いていた。

「落ち着きなさい。これを食べないと多分私たちは餓死するわ」

 まあ、そんな気はする。そもそも俺たちは食料を求めて魔物を探していたわけだ。これを逃せば、もう俺たちが生きている間には見つけられないだろう。

「でも、どうやって食べるんだ? 毒抜きの方法とか知ってるのか?」

「毒は抜けないけど、こうすれば食べられるでしょ。《耐毒》」

 俺たち三人に《耐毒》の魔法が付与される。

「さ、焼けたわよ」

 オーガの肉はすごく美味そうだ。肉汁が滴り、程よい焼け具合で、脂がのっている。

「いただきます」

 多分、この中で俺が一番最初に食べないと、ヤナもミンクも手を付けないだろう。俺はアルマを信じる。

 肉串にかぶりつく。《耐毒》の効果なのか、舌がジンジンと痺れ、味がよく分からない。

 肉を飲み込む。しばらく待つが、特に何も変化は起きない。

「ね、大丈夫でしょ」

「そうだな。ヤナ、ミンク。大丈夫そうだ」

 俺が食べたからか、ヤナとミンクも恐る恐る肉串に口を付けた。

「美味しくないっす」

「舌がジンジンします」

 やはり絶不評だった。だがまあ、食わなきゃ死ぬのなら嫌いなものでも食べれるというもので、二人とも何とか食べていた。

 ちなみにアルマも自分に《耐毒》をかけてオーガ肉串を食べていた。一切文句を言わずにモグモグと。

「不味くないのか?」

「世界のあらゆる珍味を食べ尽くした私からしたら、まだまだね」

 アルマの魔女っぷりの闇が深すぎる。

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