第七章 魔王
それからの冒険は、本気のアルマの魔法のおかげで順調に進んだ。
「アルマ。俺を魔王城に行かせていいのか?」
俺は夜営の見張りの際、アルマにこっそりと聞いてみた。
もう魔王城半日も歩けば魔王城だ。このままいけば、俺は魔王と戦う。そうなって、もし負ければ、聖者の右腕は失われてしまうだろう。
「私は負けたんだもの。勝者に従うのは当然でしょ」
まあ、確かにアルマがそれでも止めていたら、俺は脅迫していたかもしれない。
「それに、あなたは私が守るわ」
アルマは俺の肩をポンと叩く。
「頼りにしてるぜ」
俺もアルマの肩をポンと叩き返した。
俺たちはついに魔王城にたどり着いた。
「どうやって入るんだろうな」
大きな扉があったが、門兵もいない。聖剣で叩き切ろうかとも思ったが、待ったがかかった。
「その必要はないよ」
独りでに門が開き、中から人が現れた。白い肌、白い髪、頭からは日本の角が生えている。オーガと違い、ちゃんとした、まるで王侯貴族が着るような上等な服を着ている。
「人型の……魔物?」
その人型の魔物は、ペコリと頭を下げ、奇麗なお辞儀をした。
「初めまして、勇者諸君。僕の名前はムクロ・ダークロード。今代の魔王だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺たちはそれぞれが取るべき行動をした。
俺は丸盾を構え、聖剣を抜いて前へ、アルマは右、ヤナは左でそれぞれ魔法の準備をする。ミンクは後ろでスライムを召喚する準備。
だが、俺達の臨戦態勢を見ても、ムクロは落ち着いた態度を崩さなかった。
「まあ、君達の気持ちもわかるよ。でも、この戦いでどちらかが死ぬ。ならば、これが人と言葉を交わす最後の機会だ。少し話をしてみないかい?」
前の俺なら、復讐に捕らわれていた頃の俺ならば、構わず斬り付けていただろう。だが、俺はこの旅を経て成長した。だから、クロムの言い分も理解できてしまう。
少し悩んだ末、俺は聖剣を鞘に納めた。
「レイド⁉」
「勇者様⁉」
「師匠⁉」
三人とも驚いていたが、俺は知りたかった。なぜ村の皆が死ななければならなかったのかを。
「着いておいで、おもてなししよう」
ムクロの後に続いて、魔王城に入る。
魔王城には魔物は一匹もおらず、鎧が飾られていたり、攻撃力の低いアンデッドが掃除をしていたりした。
しばらく歩いて着いたのは、大きな扉だった。また扉か。
ムクロが扉を潜ると、そこには玉座があった。
「差し詰め魔王の間ってとこか……」
勇者と魔王の物語はたくさん出ているが、勇者と魔王が相対するのは常にここだ。そう思うと、城の外まで出迎えに来たムクロはかなり異端な魔王といえる。
「お前、変わった奴だな」
俺がそういうと、ムクロはクスリと笑った。
「よく言われるよ」
ムクロは玉座に座ると、足を組んで俺たちを見下ろす。アンデッドがムクロにワインを運んできた。
「君達が僕を信じてくれるなら、食事を用意させるけど?」
それはつまり「毒が入っていないと信じるなら」ということだろう。《解毒》や《耐毒》、食べる前なら《鑑定》の魔法で毒が入っているかわかるが、もうすぐ魔王と戦うのに食事に魔法を使うのも馬鹿馬鹿しい。
「食事はいらない。お前の提案を聞いたのは、なんで俺の故郷を滅ぼしたのか聞くためだ」
ムクロはつまらなさそうに言う。
「勇者の末裔なら、あのぐらいは耐えて欲しいものだね」
俺はイラっとしたが、ムクロはまだ話すことがあるようだったので、我慢する。
「あれは試験だよ。どうせ戦うことになるのなら、強い奴と戦いたいだろう? 僕の呪いに耐えられる勇者を選別したんだよ」
聞きたいことは聞いた。もう用はない。
「残念だったな。俺は最弱の勇者だ」
俺は聖剣を引き抜く。
「もういいのね? レイド」
アルマが杖を構え、魔法の準備をする。
「聖戦の始まりです」
ヤナも杖を構え、神に祈る。
「待ちくたびれたっす」
ミンクは鞭を取り、スライム召喚の準備をする。
「そうだね。そろそろ始めようか」
ムクロはワインを一気に煽ると、玉座から立ち上がる。
「勇者と魔王。勝つのはどちらかだよ」
ムクロは武器を持つでも魔法を唱えるでもなく、ただ腕を広げる。
「さあ、かかっておいで。ハンデをあげるよ、最弱の勇者君」
「なら遠慮なく!」
俺は聖力を最大出力で聖剣に纏わせ、ムクロの頭目掛けて振り下ろした。
眩い光が周囲を包み込み、目が眩む。光が収まったとき、ムクロは無傷でその場に立っていた。
「本当に最弱なんだね。いや、勇者としては落第点レベルだ。よくそれで聖剣に選ばれたね」
本当は選ばれてないがな! と思いながら、俺は距離を取る。
「アルマ! ヤナ!」
アルマとヤナの魔法によるクロスファイアが炸裂する。俺が接近するのに合わせて、アルマとヤナには魔法の詠唱を始めさせておいた。
爆炎が晴れたそこには、片手を突き出した状態でムクロが立っていた。
「アルマさんはやるね。人族とは思えないよ。ヤナさんも、若い人族にしては良い線いってるね」
その二人の攻撃を片手で防ぐムクロは一体何なんだ。まあ、魔法で防いだのなら身動きせずに防げてもおかしくはないけど。
「アルマ、付与。ヤナ、待機」
俺は二人に指示を飛ばす。アルマは俺の聖剣に魔法を付与させ、ヤナはいざという時に備えて魔法の準備をさせたまま待機させる。
「《強化》」
ここで属性魔法を選択しなかったのはナイスチョイスだ。ムクロの得意な属性が分からないこの場面では、魔物には必ず効く聖力を強化した方が効率がいい。
俺は、アルマの魔法によって強化された聖剣で、聖力を最大出力で開放しながらムクロの懐に入った。
普通、敵に懐に入られるのは致命的だ。だが、ムクロは一切抵抗しなかった。
俺はムクロの左胴から右胸にかけて真っ二つにするつもりで斬る。
だが、実際には服すらも切れていない。
「妙だね」
流石にムクロにも俺が普通の勇者ではないことが分かったのか、俺を捕まえようと動いた。俺は全速力で後ろに下がるが、ムクロの方が圧倒的に速い。直ぐに首を掴まれれ動きを封じられる。
「その腕かな?」
ムクロは俺の右腕の包帯を取った。聖者の右腕と俺の地肌の色は僅かだが違う。見る者が見れば他人の右腕をくっつけたと分かるだろう。
「ククッ……アハハハハハハッ‼」
ムクロは俺を離すと、今までのキザっぷりが嘘の様に笑い出した。
「まさか、君は勇者ですらないとはね!」
その言葉にアルマとミンクはしまったと反応したが、もう遅い。
「え? どういうことですか?」
ヤナに聞こえてしまった。
「知らなかったのかい? この男はね、勇者の死体から右腕を切り落とし、自分の右腕と交換することで、聖剣を握れるようにした偽りの勇者なんだよ」
カランとヤナが杖を取り落とす音が響いた。
「知らなかったのは君だけみたいだよ? そこの二人は訳知り顔だ」
それを見て、暫く笑っていたムクロだったが、笑い飽きたのか、急に静かになった。
「《門》」
ムクロが魔法を発動した。ムクロが自発的に動くのはこれが初めてだ。黒く染まった虚空に手を突っ込み、そこから一振りの剣を取り出した。
紫と赤で配色されたそれは、まるで聖剣の色違いの様だ。
「驚いたかい? 僕はね、いづれ来るであろう勇者を満足させるために、色々と研究をしたんだよ。これがその成果、魔剣さ」
確かに、高密度の魔力が剣自体から発生している。
「流石に聖剣と切り結べるほど強力じゃない。けど、偽りの勇者である君の聖剣なら――」
ムクロの姿が掻き消え、次の瞬間には俺の目の前に現れていた。それに反応できた自分を褒めてやりたい。まあ、それはムクロから尋常じゃない殺意が湧き出ていて、それに怯えて聖剣を振っただけだが。
しかし、それが致命的だった。俺の聖剣ではムクロに傷一つ付けられない。つまり、ムクロは避ける必要がない。
ムクロの魔剣が、丁度俺の聖者の右腕の繋ぎ目に入った。狙ったのだろう。俺のか弱い加護は硝子の如く割られ、聖者の右腕が聖剣ごと俺の身体から離れる。
ムクロはそれを片手でキャッチした。
俺は痛みと絶望感でパニックになって膝をついた。
「そうだ、ヤナさん。そこの偽物に止めを刺してよ」
突然、ムクロがそんなことを言った。
「そうしたら、君だけは見逃してあげるよ」
俺は悪寒がした。今まで騙していた相手を殺すなんて容易い事だろうし、俺は聖勇教にとって大罪を犯した。ヤナが俺を殺す動機は十分だ。
俺は、右肘から血が出続けているのも構わず、地面を這いずってヤナから距離を取ろうとした。立ち上がって走らなかったのは、腰が抜けていたからだ。
ヤナはゆっくりと俺に近づいてくる。俺は壁際まで追い詰められ、そこで覚悟を決めた。
そもそも、裁かれる覚悟はあった。聖勇教の象徴たる聖女であるヤナに裁かれるのであれば本望だ。
ヤナは俺に手を翳す。俺は目を閉じてその時を待っていた。
「《再生》」
ヤナの魔法によって、俺の右腕が再生される。先代勇者の右腕である聖者の右腕ではなく、聖者の右腕を着ける為に切り落とした、正真正銘俺の右腕だ。
「やな、どうして……」
「私が勇者様を殺すと思ったんですか?」
ヤナはずいっと顔を近づけて睨み付けてくる。ヤナは怒っているアピールのつもりなのだろうが、可愛らしい顔が近くて、こんな非常事態にもかかわらず照れてしまう。
「いいのかい? 彼は偽物だ。彼を殺せば、君の命は保証するよ?」
ヤナは俺から離れると、両手を広げ、俺を庇うように立ちはだかった。
「私は、この方の今までの偉業を知っております。この方は紛れもなく、勇者に相応しい」
ムクロは不機嫌そうに手の平からバチバチと雷の魔法を発動させる。
「それがあなたの遺言でいいのかな? ヤナさん」
「元より死ぬつもりはありません。勇者様も死なせません」
ムクロの雷の魔法に対して、ヤナは《防壁》を展開する。だが、流石はムクロの本気の魔法ということか、ヤナの防壁が淵から砕け始め、中心にもひびが入る。
「《防壁》」
そこに、アルマが俺の傍に寄り《防壁》を展開した。二重の防壁とアルマの魔力量の乗った防壁は、流石にクロムの魔法も貫くことができなかったようだ。
「ここまで言わせたら、私も覚悟を決めないとね。《門》」
《門》の魔法からアルマが取りだしたのは、剣だ。金と青を基調としたその剣は、装飾こそ違ったが、俺にはそれが聖剣に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます