第五章 決闘と敵襲
そして、グレンとの約束の日がついにやってきた。
俺達はいつもの草原に移動し、グレンを待っていた。
「いいか。兎に角勝負を焦るな。向こうは完全にお前を下に見てる。そこに勝機がある。どれだけスライムが殺されても動じずに、確実に切り札を当てるんだ」
「はい、師匠!」
俺がミンクに最後の指導をしていると、向こうから人影がやってきた。
「よう、待たせたな」
グレンだ。
「いや、時間通りだ。ところで、その人達は?」
「勝負をうやむやにされたら困るからな。冒険者ギルドで声をかけて、暇な連中を連れてきてやったのよ」
なるほど。見届け人というわけか。
「双方、準備は?」
グレンは手をコキコキと回して具合を確かめる。「ああ、いつでもいいぜ」
「私もいつでも大丈夫っす」
俺は深呼吸をして、合図を出す。
「それではよーい――始め!」
俺の合図と同時に、二人は行動を開始した。グレンは距離を詰める。遠距離攻撃が苦手な武闘家であれば当然の選択だ。
そして、ミンクは後退しながら召喚石から十匹のスライムを召喚。と見せかけて、背後に隠してさらに二体。合計十二体のスライムを召喚した。 グレンが近づき、ミンクが遠のいた事で、今二人の距離は中距離だ。
そして、この距離はちょうど鞭の距離だ。
ミンクは鞭を使い、中距離からグレンにダメージを与えている。
「へっ。そんな攻撃じゃ、俺に掠り傷一つ付けられないぜ?」
武闘家はその身体が武器だ。故に、防御力もかなり高い。
「そうっすね。自分じゃ、グレンさんには傷一つ付けられないっす」
ミンクの合図と同時に、草陰に隠れて近づいていた二匹のスライムがグレンに飛びかかる。攻撃するというよりは、動きを封じる動きのため、足を狙ったようだ。
だが、グレンはそれを飛んで躱した。
「スライムなんて、動きも遅いし、知能も低い。殺傷能力が低い魔物しかテイムできないお前は、俺には勝てない!」
空中で勝ち誇るグレンに対し、ミンクは冷静に次の行動に移った。
鞭の先端にスライムをしがみつかせ、グレンに向かって飛ばす。
「ごぱっ⁉」
飛んだスライムはグレンの顔面に直撃した。
これがミンクの切り札だ。
スライムはそもそも、相手の顔に飛びついて、粘液で呼吸を塞ぎ、窒息させて殺すのが勝ちパターンだ。
ミンクはそれを最大限やりやすくしてやればいい。
「絶滅していない以上、どんな生き物にでも、特技の一つぐらいあるもんっすよ」
グレンは暫く顔にへばりついたスライムを引き剥がそうともがいていたが、やがて息が切れたのか、気絶して倒れた。
もちろんその間にミンクは召喚していた十匹のスライムでグレンの周囲を囲み、騙し討ちに備えている。
「勝負あり! 勝者――ミンク・アレステル!」 俺は審判として勝者の名を告げる。周りの冒険者達は呆然としていて、事態について行けないようだ。
「う、うそだろ……」
「あのミンクが……」
俺は拍手をして皆の視線を集めながら、ミンクに近づく。
「おめでとう、ミンク。これで君も晴れて正式に勇者パーティーの一員だ」
俺がそう言って手を差し出すと、ミンクは目元を涙で滲ませながら、俺の手を取る。そこまで感動されると、逆に申し訳なくなってくるな。
カーン! カーン!
鐘を叩く音が辺りに木霊した。俺の村にもこういう仕組みがあった。だから、この鐘の意味が分かってしまう。
「おい、これってまさか――」
「魔物の襲撃っす!」
俺は聖剣を抜き、勇者として指示を出す。
「俺達は冒険者ギルドへ行き、現状を報告して貰う。ここにいる冒険者諸君も今から冒険者ギルドへ赴き、そこで正しい情報を得た後、魔物の対処に当たってくれ」
彼らは腐っても冒険者だ。この最端の町で魔物の警鐘が鳴るということが何を意味するのか。それが分からない者はいなかった。
俺達は城壁を越え、町の中に入った。警備兵もこの緊急事態に悠長に身分証明や荷物の確認はしないらしく、俺達のことを簡単に通してくれた。 城壁を抜けた俺達は冒険者ギルドに入る。
「おお、お待ちしていました!」
俺達が冒険者ギルドに入ると、老人が俺達を待っていた。
「あなたは?」
「この町の冒険者ギルドのギルドマスターをやっている者です。どうかこの町と市民の安全のために力を貸して頂きたく……」
今まで挨拶に来なかったのに、こういう時だけ使うのかという気持ちもあったが、別に「冒険者ギルドのギルドマスターは勇者に挨拶に来なきゃいけない」なんて決まりはないし、元々協力するつもりだったのだ。ここは快諾しておいた方がいいだろう。
「ええ、喜んで」
俺はペコペコと頭を下げるギルドマスターの手を握り、握手をした。
俺達は応接室に移動し、現状を聞いた。
「今この町の付近に巨大なスライムのような魔物が迫っておりまして。それとは反対側にも魔物の大群が……」
なるほど、挟み撃ちか。ギルドは冒険者を二分しなければならないが、そうすると戦力は半減する。
「アルマ。巨大なスライムについて何か知っているか?」
「ちょっと待ってね。《鑑定》」
アルマは窓から顔を出すと、ここからでも見えるようになった粘液の山に鑑定をかける。
「名前はカイザースライムね。特別な能力はないけど……」
ギルドマスターの秘書らしき人物が、ギルドが集めた魔物の情報が載った本に新しく「カイザースライム」の名前を書き足している。つまり、カイザースライムは冒険者ギルドの長い歴史でも初めて出会う、未知の魔物ということだ。
キングスライムという魔物がいる。これはスライム種最強の魔物で、特別な能力はないが、身体が大きいのが特徴だ。身体が大きくなったことで、スライムの弱点である核が狙いにくくなり、攻撃力も防御力も上がっているという、中々厄介な魔物だ。
そのキングスライムが城のような大きさだったのに対し、カイザースライムは山のようだ。一回り近く大きい。
「カイザースライムとは別に、もう一つ魔物の大群が近づいているという話でしたが、そちらには強力な魔物は?」
ギルドマスターは冷や汗をハンカチで拭いながら答える。
「はい。幸いそちらは下級の魔物ばかりで、強力な魔物は確認されておりません」
魔物の大群は兵力を分散させるための死兵。ということは、あのカイザースライムとかいうのが一匹で冒険者ギルドの半分の戦力を壊滅させられるだけの強さがあると指揮官は見ている訳か。
「カイザースライムには俺達が当たる。冒険者は全員魔物の大群に回してくれ」
ギルド長が助かったとばかりに俺の手を取る。
「たった四人で最大の脅威に立ち向かうとは! 流石勇者様ですな!」
俺はソファから立ち上がり、聖剣を肩に担いで応接室を出る。
俺達四人での初の冒険は、とんだ大物喰らいになった。
俺達は町とカイザースライムの中間地点にやってきた。
「アルマは強化魔法。ヤナは回復魔法の準備。ミンクは……取り敢えずスライムを可能な限り召喚しておいてくれ」
正直、ミンクとパーティーとして連携するのは初めてなので、何をさせたらいいか分からない。
「アルマ、とりあえず高火力の攻撃をしてくれ。スライムは水属性だろうから、雷系で」
「了解。《雷球》」
アルマの杖の先端に光の玉が出現する。これだけなら光球と変わらないが、これは雷球だ。バチバチと耳障りな音がし,
プラズマが周囲に発生している。
そして、俺もこの一週間、ミンクのお守だけをしていたわけではない。両手を突き出し、魔法の言葉を唱える。
「《火球》」
俺は初心者なので、アルマの様に一瞬で魔法が完成するわけではない。両手から魔力が少しずつ炎に変換されて手の間に集まり、やがて人の頭位の火球へと育つ。
「いっけえ!」
勢いよく発射されるが、カイザースライムの粘液に触れると、「ジュワッ」という音を立てて蒸発してしまった。
「レイド、無駄に魔力を消費するんじゃないわよ」
アルマからお説教が飛んでくる。だって、せっかく魔法を覚えたんだから、使ってみたいじゃないか。
そんなことを思っている間に、アルマの雷球が発射される。
「ピギイイイイイイ⁉」
カイザースライムが痛がっているのだろう。だが、身体から煙が上がるだけで、特に縮んだり、消えたりはしなかった。
アルマの魔法でも効いてないか。これは骨が折れそうだ。
「アルマ、俺に援護。突っ込む!」
アルマは俺の少ない指示で最適な魔法を選択し、俺にかける。
「《強化》、《刺突》」
俺は聖剣に魔力を込める。俺の魔力が聖力に変換され、聖剣が対魔物最強の武器となり、光を帯びる。
「ピギイ!」
カイザースライムが警戒するのが分かった。その上で、俺は踏み込み、全力疾走する。
「喰らいやがれ!」
俺は地面を蹴ってカイザースライムの核と同じ高さまで飛び上がり、粘液の中に突っ込んだ。
聖剣に纏わせた聖力とアルマの刺突の魔法の御陰で前に進めている。
しかし、粘液の海を半ばまで進んだところで、息が詰まった。ここまでかと思い、戻ろうとするが、粘液に阻まれて戻れない。
不味い! このままでは窒息死する!! 俺が慌て始めたその時、光の鞭が粘液の外から伸びてきて、俺の胴に絡まった。何だ? と思った瞬間、凄い勢いで後ろに引っ張られる。その力に耐えているうちに、ズポッっと音がしてカイザースライムの粘液の海から脱出した。
「ガハッ、ゴホッ!」
咳き込むと、喉の奥から粘液の塊が出てきた。スライムの粘液には毒はない。だが、カイザースライムは未知だ。毒があってもおかしくない。
「魔法も物理も駄目。どうする気? レイド」
正直、一番通用したのは聖力だが、今の俺の最大出力では貫けない。俺が偽りの勇者だから。
いつか限界が来ると思っていたが、こんなにも早く、あっけないとは。
「私に任せて欲しいっす!」
「ミンク?」
正直、ミンクの最大の武器は数だ。そして、圧倒的な個の前では、その数さえも無意味に等しい。この場面でミンクにできることはない。
「もし、私がスライムしかテイムできないんじゃなく、どんなスライムでもテイムできるんだとしたら」
確かにテイムや魔法、武器には向き不向きがある。だが、そんなものを当てにするのは賭けですらない。自殺行為だ。
俺はミンクを止めようと手を伸ばすが、それより先にミンクがカイザースライムの前に立ちはだかる。
ミンクは両手を突き出し、身体でカイザースライムを受け止めた。
瞬間、眩い光が走る。俺は目をつぶってしまったが、それが何なのかはよく分かった。
成功したんだな、ミンク。俺はそのまま気を失った。
「んぅ……?」
目が覚めた俺は、揺られていることに気付いた。
「あ、目が覚めたっすか」
「ミンクか?」
立ち上がろうとした俺は、地面が柔らかいことに気付いた。
「あ、まだ寝てた方が良いっすよ。今、もう一方の魔物の大群の方に向かってるんで」
俺は這いずって状況を確認する。俺は、いや、俺たちはミンクがテイムしたカイザースライムの上に乗っていたのだ。
「こりゃ壮観だな」
このままでは町に入れないと判断したようで、町を迂回して向かっているらしい。スライムは這いずって移動するため、二足歩行の魔物や、足の速い魔物、空を飛ぶ魔物には負けるが、カイザースライムはそもそもが巨体だ。そのため移動速度もかなりのものになる。少なくとも、俺たちが全力疾走するよりは早く着くだろう。
「未知の魔物に触れられるなんて、魔女冥利に尽きるわね」
見ると、アルマはメモ帳を取り出して何か書き物をしている。ヤナは高いところが怖いのか、カイザースライムが怖いのか、隅の方でガタガタ震えていた。
「魔物の大群の方にはこの町の全ての冒険者が当たっていたはずだが?」
「そうっす。でも、こっちが片付いたから、応援に行った方がいいと思ったっす」
確かに、合理的に考えればそうだろう。だが――
「ちょっと待っ――」
俺が言い終わる前に、事態が動いた。
「カイザースライムだ!」
「ま、まさか勇者様が負けた⁉」
やはり、カイザースライムがこちらに来たということは、俺たちが負けたのだと考えるのが普通だ。
「アルマ、策」
俺はこの中で一番の知者であるアルマに、乱暴に丸投げする。
「あなたがここで聖剣を掲げながら、聖力を放ち続ければいいんじゃないかしら?」
なるほど。それなら俺が、勇者がちゃんと健在だとアピールできるな。
俺は聖剣を天高く掲げながら聖力を放った。
「みろ、勇者様だ!」
「じゃあ、あのカイザースライムは?」
冒険者達はとりあえず、カイザースライムを敵ではないと判断したらしい。カイザースライムが通れる道が開かれていく。
「よし、そのまま敵軍に突っ込め!」
「了解っす!」
カイザースライムの巨大な粘液の塊が、魔物の大群を呑み込んでいく。冒険者達は苦戦していたようだが、それはその物量ゆえにだ。逆に言えば、一体一体はその辺の冒険者でも倒せる程度の魔物しかいない。そこからは一方的だった。カイザースライムよりも強い魔物も、速い魔物も、空を飛べる魔物もいなかったようで、カイザースライムが数十分かけて辺りを移動するだけで、魔物の大群は一匹も逃すことなく全滅した。
「レイド、勝鬨を」
正直、恥ずかしい気持ちはある。が、これも代表として必要なことだ。
「うおおおおおお‼」
『わああああああ‼』
魔物が全滅し敵がいなくなったことで、冒険者たちは武器を投げ出し、拳を突き上げ、足を踏み鳴らした。
俺たちの勝利だ。
倒した魔物から素材を剥ぎ取る作業は低ランクの冒険者に任せ、俺たちは一足先に町の中に入った。
「いやー、勝ったっすね」
「ああ、お前のおかげだ」
俺がそういうと、ミンクは頬を赤らめた。照れているのだろう。
「今日はごちそうだな。ミンクの好きなものでいいぞ」
俺は一応財布の中身を確認してから宣言する。今回の報酬は町のお偉いさんたちからたんまりと貰ったのだ。
「いいんすか?」
俺は構わないが、アルマやヤナは不満があるかもしれないと思い、二人のほうに視線を向ける。
「まあ、もうすぐ出発だものね」
「最後くらい、好きなものを食べてください」
俺たちは正式にミンクをパーティーに加え、今回の襲撃があったので、もうしばらくは新たな襲撃もないだろう。
「じゃあ、この町で一番旨い店に案内するっす!」
ミンクの案内を受けて町の中を進むこと十数分、俺たちは町の中心近くにある料理店に来ていた。
どんな町にも言えることだが、町の中心に行けば行くほど、重要な施設が増えていき、家賃も高くなる。そんな中でも営業できているということは、それなりに人気があるということだ。
「こんちわーっす!」
「おお、ミンクちゃんか。久しぶりだねぇ」
人の好さそうな男が一人厨房から出てきた。他に人がいないところを見るに、彼が店主なのだろう。
「お久しぶりっす店長」
どうやら、ミンクと店長は親しい仲らしい。ミンクは慣れた様子で隅のテーブル席に座る。
「店長、オススメを四つ」
「あい、毎度あり」
店長は厨房に引っ込むと、ジュージューと美味しそうな音と匂いが伝わってきた。
「へい、お待ちどうさん」
ミンクの頼んだオススメ料理が四人分運ばれてきた。だが、それを見て俺たちは愕然とした。
「ワイバーンのブラウンシチューっす」
確かに、この町の主食は魔物の肉だと聞いていたし、ワイバーンの肉が有名だとも聞いていた。正直、油断していた。まさか最後の最後になって食べることになろうとは。
愕然としている俺たち三人をよそに、ミンクは祈りを捧げて食べ始めた。
「ん~! いつ食べても、店長のワイバーン料理は絶品っす‼」
ミンクは美味そうに食べている。正直、ワイバーンの肉は不味いわけではない。むしろ、最初の方は、俺たちも美味しく食べていた。だが、長い旅の中でもう食べ飽きたのだ。
まあいいか、正直もう美味いとは思わないだろうが、ミンクに付き合って一食食べるぐらい。
「いただきます」
スプーンを握ってワイバーンのブラウンシチューを見る。茶色のソースの中に、ワイバーンの肉がゴロゴロ入っている。他の材料はソースの中に溶けて見えないが、おそらく原型がなくなるぐらいに煮込んでいるのだろう。
肉の一かけらとソースをスプーンに乗せ、口に運ぶ。
ジューシーな肉汁と、濃厚なソースが口の中で混ざり合い、丁度いい味付けとなる。
「美味い……」
「意外ね……」
「美味しいです……」
アルマとヤナの舌にも叶ったらしい。一心不乱にワイバーンのブラウンシチューを食べる俺たちを、満足そうに見ながら、ミンクはスプーンを動かした。
「いやあ、それにしても良かったよ。最後にまたミンクちゃんが来てくれて」
「? 最後?」
不思議がるミンクに、店長は申し訳なさそうな顔をしながら、続きを話した。
「実は、食材のワイバーンが取れなくてね。近々店を畳もうと思ってるんだよ」
「そんなっ!」
俺は小声でアルマとヤナに話しかける。
「なあアルマ、ヤナ」
「ええ」
「はい」
「俺たちがこの町に来るまでにワイバーンを狩りまくったから、この町で取れなくなってるなんてことはないよな?」
アルマとヤナも同じことを思っていたらしい。顔を青ざめさせる。
「あり得ることはあり得るんじゃないかしら」
「そうですね。世界は繋がっていますから」
俺たち三人は冷や汗をかきまくっていた。
「ん? 三人ともどうしたんすか?」
流石にミンクに気付かれた。
「なあ店長」
「なんでしょうか、勇者様」
俺が勇者だというのはこの町の住人に知れ渡っているし、カイザースライムから町を救ったばかりなので、どんな場所でも中々いい待遇をされる。
「俺たちがワイバーンを狩ってきてやるよ」
「いいんすか」
驚いたのはミンクだ。まあ、ミンクのためにこの町に一週間も留まったわけだから、ここからさらに自分の都合で町への滞在を引き延ばすわけにはいかないと思っていたのだろう。が、優しいミンクのことだ。本当は見捨てたくもなかったに違いない。
きっと、ミンクの目には俺たちが聖人に映っていることだろう。俺たちが元凶だなんて、知られるわけにはいかない。
翌日、俺たちは血統をした平原の先にある魔物の領域へ来ていた。
「アルマ、ワイバーンを探してくれ」
「《探知》」
《探知》の魔法は、魔物か人族かの区別はついても、何の魔物かは区別できない。とされている。だが、人族最強の魔法使いであるアルマは、魔物が持つ魔力の大きさから、どんな魔物なのかを大体当てることができた。
「こっちね」
しばらく進むと、アルマが上を指差す。上を向くと、ワイバーンが飛んでいた。
「先制攻撃。ミンク」
「了解っす」
ミンクはスライムを一匹呼び出し、鞭にしがみつかせる。
「《必中》」
そこにアルマが《必中》の魔法を使い、外れないようにする。
「いっけえ!」
ミンクが鞭をしならせ、スライムを飛ばす。スライムは一直線に空を飛び、ワイバーンの顔に「ベチャッ」っと付着した。
「ギャアアアアアアア‼」
ワイバーンといえども生物だ。スライムのような粘液系の魔物以外は呼吸を必要としている。
それを塞いでやれば、パニックを起こす。
パニックを起こしたワイバーンは、地上に不時着した。
「今だ! アルマ、魔法攻撃‼」
「オーケー。《火球》」
炎の玉がアルマの杖の先端に出現し、速度を上げつつワイバーンに向かっていく。
着弾。同時に爆発。ワイバーンが業火に包まれる。
「ギャアアアアアア‼」
アルマの火球はかなりの威力だ。人族の村人どころか、兵士でさえも一瞬で灰塵と化す。だが、それでもワイバーンを倒すには至らない。だが、それでいい。
「ヤナ」
「はい。《耐火》」
ヤナが俺に《耐火》の魔法を付与し、アルマの《火球》で燃え盛っているワイバーンの中へ突撃する。
ヤナの《耐火》がかかっているとはいえ、そこまで長くは持たない。一撃で決める。そのためには首を落とす必要がある。
俺はワイバーンの背中から、聖剣で聖力を最大出力で放出して刃を伸ばし、ワイバーンの首を斬り落とす。
「上手くいったな」
聖剣に聖力を軽く流して血を浄化しつつ、聖剣を鞘に納める。
「私の魔法のおかげね」
「勇者様の勇気と聖剣のおかげです」
「師匠の戦術のおかげっす!」
今回の作戦は俺が考えたものだ。戦術の本に書いてあったことを実践してみたのだが、中々上手くいった。
「ワイバーンは一匹いればいいのか?」
「え~と。一匹でも持っていくのに苦労すると思うっすよ?」
確かに、持って帰るときのことを考えていなかった。
「バラシて、少しずつ持って帰るか」
俺は、聖剣でワイバーンの身体を分解し、少しずつ分けて持ち帰った。四人では運びきれないと思ったので、兵士や騎士、冒険者の中で手が空いている者に頼んで、運ぶのを手伝わせて、手伝ったものには分け前をやったりしていた。こういう時、勇者という肩書と町を救った実績は役に立つ。正直、以前ではここまで集まらなかっただろう。自分がしてきたことの対価がこうやって見えるのはいいことだと思う。
「店長、ワイバーン狩ってきたぞ~」
店にワイバーンの肉や皮、骨を届けると、店長は大層驚いていた。
「ええ! こんなに早く⁉」
「まあ、うちのパーティーは優秀だからな。それより、どこに置けばいい?」
「肉は《冷凍》の魔法をかけて食糧庫に。皮は広げて天日干しに、骨は一旦乾かします」
暇な兵士や騎士、冒険者たちは、もう手伝いを終えたのでそそくさと変える。かと思いきや、肉に《冷凍》の魔法をかけたり、皮を広げて天日干しする作業を手伝ってくれた。
作業が終わった時には日が暮れていた。
「なあ店長、手伝ってくれた皆にお礼をしないとな?」
俺は店長の肩を組んで近くで話しかける。
「そ、そうですね」
店長は苦笑いしていたが、言質はとったので、みんなに伝えてやろう。
「よかったな皆、店長が料理を振舞ってくれるってよ!」
『おお!』
皆喜んで舌鼓を打っていたが、店長は忙しく働いていた。
皆が満腹になって帰っていった頃、俺とミンクは揃って冒険者ギルドに訪れていた。
「師匠」
「なんだ?」
「なんで店長にあんな意地悪みたいなことしたんすか?」
ミンクのことだ。俺はそういう意地悪をするタイプではないと思っている。つまり、何か裏、もしくは訳があると思っているはずだ。
「店長だけが得をするのはいかがなものかと思ってな。それに、こうやって兵士や騎士、冒険者に親切にしておけば、後々店に来てくれるかもしれない」
俺は基本的に一人勝ちをしている奴が嫌いだ。それが仲間であっても、素直に喜べない。いいことも悪いことも、仲間がいるなら分かち合うべきだと思う。
それに、兵士や騎士、冒険者が店の味を覚えてくれれば、後々客が増えるだろう。人が人を呼んで常連客もできるかもしれない。
「お待たせしました」
俺は討伐したワイバーンの身体の中で、料理に必要ない素材、牙や角や鱗や爪なんかを冒険者ギルドへ換金しに来たのだ。
「今回は肉や皮、骨などがないので少々お安くなってしまいました」
「そうか、いくらだ?」
「金貨二〇〇枚でございます」
まあそこそこだな。流石に商売の場にまで勇者の特権や町を救った恩を使う訳にはいかないしな。
町の城壁を超える魔物がいなかったため、町への被害は少ない。しかし、ミンクのカイザースライム蹂躙によって、魔物の素材や肉は余っている。つまり、これから料理屋はしばらく儲からないだろう。旅立つ時に不安がらないようにミンクには伝えなかったが、俺が手伝ってくれた皆に奢らせたのは、そういう意味もあるのだ。
店に帰ってきた俺は、店長に金貨の入った袋を渡す。
「今回、皆に飯を出してくれた代金だ」
金を渡されるとは思っていなかったのか、店長は驚いていた。俺はそんな屑野郎だと思われていたのか。
「い、いえ。このお金はいただけません。今回私は勇者様にワイバーン討伐を依頼しました。本来ならば、私がその代金を払わなければならないのですから」
確かに、冒険者にクエストを依頼する時は、ランク別に依頼額が変わる。Fが一番低く、Sが一番高い。俺は冒険者ではないが、もし、ワイバーン討伐を依頼するとなれば、SとはいかなくともAランクくらいのクエストになるだろう。
少なくとも、一料理屋の店主が払えるような額ではない。
それをワイバーンの素材の換金料で払うわけだ。損はしてないが、流石商売人。中々強かだな~。ちなみにクエストを依頼してワイバーンを討伐した場合、素材は全て依頼主のものとなる。
「そういうことなら、貰っておく」
翌朝、俺たちは宿を出て、魔属領に向けて出発した。
「勇者様」
振り返ると、そこにはこの町の全ての人族が来ているのではないかと思うほど、大勢の人が城壁へ押しかけていた。
「お気をつけて~」
「しっかりやれよ!」
「魔王を倒してくれ!」
みな城壁に登って手を振っている。
「いいものでしょう、レイド」
「ああ」
たとえ偽物の勇者だとしても、この光景には誇れるものがあった。
俺は皆の歓声を背に受けながら、魔族領へと足を踏み出した。
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