第四章 特訓
朝起きて朝食を食べるために一階へ向かう。この宿は朝晩は食事を出してくれる。一階に風呂場と受付、食事を食べるためのテーブルと椅子がある。
俺が一階へ降りると、ヤナも含めた全員が降りていた。
「で、ヤナ。これからどうする?」
流石に一日あれば結論も出ただろう。
「私は強くなりたいっす。そのために、皆さんの力をお借りしたいっす」
そう言って、ミンクは椅子から立ち上がると、勢いよく頭を下げた。
「分かった。六日後の決闘に向けて、今から特訓だ」
俺たちは出て来た料理を平らげ、素早く身支度を整えると、ミンクと試験を行ったあの草原に来た。
「アルマとヤナにはやってもらいたいことがある。まずはアルマは、俺に《強化》と《防御》の魔法をかけてくれ」
「はいはい。《強化》《防御》」
俺は拳を振りぬいてちゃんと自分に魔法がかかっていることを確認する。
「よし、じゃあミンクに修行を付けるのは俺がやるから、二人はスライムを生け捕りにしてきてくれ。出来るだけ多くな」
魔物の生け捕りは簡単なことではない。最弱の魔物と言われるスライムでも、攻撃を受け続ければ人は死ぬのだ。だから、この二人にしか頼めない。
「しょうがないわね」
「分かりました」
二人は魔物の領域の奥へと入っていく。
「さて、俺は素手で相手をするから、かかってこい」
「え? でも、師匠は剣士っすよね?」
どうやらミンクは俺の事を師匠と呼ぶ事にしたらしい。まあ、今から鍛えるから間違ってはいないか。俺の気分もいいし。
「アルマの魔法で多少は強化されてるが、おそらくグレンには届かないだろう。俺に勝てないようでは、グレンに勝つなんて夢のまた夢だぞ」
「了解っす!」
ミンクは召喚石を投げ付け、スライムを召喚し、俺に攻撃を仕掛ける。俺はそれを素手で裁く。今まで素手で魔物と戦ったことはなかったが、アルマの魔法のお蔭で何とか戦えているな。
「魔物は消耗品と思え! 情を移していたらきりがないぞ?」
俺の徒手空拳ではスライムも倒せないが、グレンは素手で魔物を倒す本職の格闘家だ。スライムぐらいは文字通り一握りで倒せるだろう。
「戦闘力がないなら頭を使え!」
「はいっす!」
ミンクはスライムを三手に分けた。俺の正面にスライムを集中させ、俺の手を休ませない。その間に俺の後ろに回り込ませたスライムで止めを刺す作戦か。
俺には策が読めても対策出来ないが、一流の格闘家であるグレンなら何か打てる手があるかもしれない。
俺の負けで模擬戦は終わり、ミンクははしゃいでいたが、その頭に俺はゲンコツを落とす。
「俺に勝ったぐらいではしゃぐな。相手は一流の格闘家だ。絶対に一筋縄では行かない」
「はいっす!」
「とは言え、今のは上手かった。お前意外と頭いいんだな」
「ひどいっすよ師匠」
いや、だって今までずっと馬鹿だと思ってたからさ。
「もう少しパターンを考えておくといい」
「はいっす!」
初めての模擬戦であれだけできれば、あと六日もあれば何か良い作戦を思いつく可能性もある。あとは……。
「鞭の練習もしておくか」
「えっでも、この鞭は――」
「お前の親父も、武器として使っていたんだろう? だったら使っても問題ないはずだ。それに、テイマーは自分自身が強い方が安定性も増す」
「はいっす!」
俺は聖剣で木を切って丸太を作り、その上に林檎を置いた。
「あの丸太を倒さずに林檎だけ取るんだ」
「はいっす!」
正直言えば、鞭は実戦的な武器ではない。どちらかというと儀礼的な武器に入るだろう。それでも、鞭で強い冒険者を俺は旅の中で何人も見て来たし、良い武器があるのなら、そこらの鉄剣を買い与えるよりはいいかもしれない。それに、鞭は中距離武器だ。近距離攻撃が主の格闘家とは相性がいい。
とはいっても、俺は鞭を使った経験がないから、こんなことぐらいしかできないが。
丸太の上に置いた林檎を丸太を倒さずに林檎だけを取る修行を日が暮れるまで続けた。
「あ~疲れた~」
「お待たせしました」
夕方になって、背中に籠一杯のスライムを背負ったアルマとヤナが戻って来た。
「二人とも、ありがとう。助かった」
「本当よ。今回だけだからね」
「私たちは仲間なのですから、協力するのは当然です」
真逆のことを言う二人は火花を散らしているが、いつものことなので放っておいて俺はミンクに話しかける。
「ミンク。二人がスライムを生け捕りにしてきてくれた。このスライムたちをテイムして戦力を増強するぞ」
「はいっす!」
ミンクは籠の蓋を開けると、中に躊躇なく手を突っ込んだ。
「おいで」
いつもの元気いっぱいの声ではなく、まるで聖母のような優しい声音でそう告げる。すると、スライムたちに変化があった。
ミンクの手を伝ってミンクの身体へ移動し始めたのだ。
「ミンク!」
スライムの攻撃力は低いが、鼻と口を覆って窒息死を狙ってくるのは厄介だ。そして、スライムが冒険者を倒すほぼ全ての例がそれだ。スライムの勝ちパターンと言ってもいい。
俺は聖剣の柄に手をかけた。せっかく生け捕りにしておいてもらって悪いが、ミンクの、仲間の命には代えられない。
「待ってくださいっす!」
俺が聖剣を抜き放とうとしたところで、ミンクから待ったがかかった。よく見ると、スライムの動き方が妙だ。普通は鼻と口を一目散に覆うはずなのに、今回はそこへは向かわず、身体や頭へ移動している。
「テイムは成功したっす。この子たちはじゃれてるだけっす!」
「じゃれる?」
俺はテイマーじゃないから、テイムした後の魔物のことなんて分からない。
「とにかく、危険はないんだな?」
「はいっす!」
なあ、ならいいだろう。と思っていたが、スライムの粘液まみれになったミンクの姿を見て、早々に止めればよかったと後悔するのだった。
「どうするんだ?こんな格好じゃ町中をうろつけないぞ」
ミンクは服も肌も粘液でベトベトだ。泊まっている宿が城壁を越えてすぐだということを考慮しても、こんな姿で歩いていれば変質者として捕まるだろう。
「そういえば、アルマとヤナは粘液塗れにならなかったんだな?」
「なあに? 期待してたの?」
軽口を叩くアルマにヤナがチョップを入れ、会話を遮る。
「粘液塗れにはなりましたが、私は《浄化》の魔法。魔女は《洗浄》の魔法で綺麗にしました」
魔法使いならそういうこともできるか。
「じゃあヤナ。悪いがミンクにも《浄化》をかけてやってくれないか」
「分かりました。《浄化》」
聖なる光に包まれ、ミンクの服や身体からスライムの粘液がジュウウと音を立てて消滅していく。
ヤナはアルマよりも先に自分が頼られたのが嬉しかったのか、ウキウキだ。まあ、本当はアルマにお願いすると対価が怖かっただけなんだけど。その点、ヤナは対価なしでも喜んで言うことを聞いてくれるんだから、まさに聖女だ。
「よし、じゃあ宿に帰って、風呂にでも入るか」
魔物の血や体液は《浄化》の魔法でもきれいさっぱり消えるが、やっぱり風呂に入った方がさっぱりするだろう。
「はいっす! お背中流させていただきますっす!」
何か勘違いしたようで、ミンクは俺と一緒に入るつもりのようだ。
「いや、そういう意味じゃ――」
「はあ? 何を言っているのですか?」
そうだヤナ。聖女らしく、ビシッと否定してくれ。
「勇者様のお背中をお流しするのは聖女たる私の役目です!」
駄目だった。とんだ淫乱聖女だ。
「だから――」
「私が流してあげてもいいのよ?」
アルマが俺の腕に胸を押し当てて言ってくる。分かってるよな。絶対面白がってるよな。
「勇者様――」
「レイド――」
「師匠――」
それぞれがセクシーポーズで俺を悩殺しようとしているのだろう……多分。
確かに三人とも中々に魅力的だ。アルマはその胸を強調し、ヤナは性的な知識がない事が丸わかりで初心だ。ミンクは元気いっぱいで無邪気さが溢れている。が、俺は結婚するつもりはない。
俺は魔王を討伐し終えるまで聖者の右腕を隠し通せるとは思っていない。いつかばれるだろう。そうなれば、俺は王国へ帰り次第、処刑されるだろう。魔王討伐の報酬と相殺になるかもしれないなんていう甘い夢は見ていない。
俺はパンパンと手を叩く。
「冗談はその辺にして、帰るぞ~」
俺は手早く片づけをして、帰路についた。
三人を風呂に行かせた俺は、古本屋に来ていた。本は高級品なので、王侯貴族が売った中古品を買うしかない。まあ、中古品でも中々高いのだが。
古本屋の店主に欲しい本の種類を告げ、そのジャンルの本を用意してもらう。どうやら何種類かあるようなので、パラパラと本をめくり、この中で最も良さそうなものを選び、一冊購入する。
宿に戻り、部屋に入ると、ヤナ、アルマ、ミンクの三人が寛いでいた。俺の部屋で。
「三人とも、自分の部屋があるだろう」
「いいじゃない。集まってた方が何かと都合がいいし」
「この魔女より先に帰れば、勇者様と魔女の間に子供が出来てしまうかもしれません」
「私は師匠のお世話をしようと思って」
俺は溜め息を吐きつつも、こういうパーティーもありなんじゃないかと思っていた。故郷の村を離れて王都に辿り着くまでに、何度かパーティーに入れてもらったことはあったが、いつも俺は途中から入る上に、すぐに抜ける。そんな人間を仲間とは呼べないだろう。
だから、たとえ偽りの勇者の偽りのパーティーでも、この仲間同士でワイワイと軽口を叩き合う関係は、俺にとっては得難いものだった。
「何を買ってきたの? 本?」
「ああ、戦術の本だ」
俺は本をアルマに渡す。ペラペラとページをめくるが、すぐに興味を失くしてヤナに押し付けた。
「アルマには、この本を写してもらいたい」
「え~。面倒臭い。自分でやれば?」
「そういう魔法はないのか?」
「あるにはあるけど、魔力の消費が大きいから疲れるのよ」
「そうか、無理なら仕方ない。この一冊をミンクと共有で見るか」
「え?」
「え?」
ここで声を上げたのはミンクとヤナだ。
「元々ミンクに戦術の勉強をさせるために買ったんだが、パーティーのリーダーとして俺も勉強しておこうかと思ってな。と言うわけでミンク、今晩俺の部屋に来てくれるか?」
「え、え~と……」
あからさまにミンクが狼狽している中、ヤナが俺の腕の中にあった本を奪い去った。
「どうした? ヤナ」
「私が写します」
「だが、ヤナは《複写》の魔法が使えるのか?」
「手で写せばいいだけの話です」
そう言うと、ヤナは本を持って自分の部屋に戻ってしまった。
「あの本、結構ぶ厚かったと思うんすけど……」
こうなる事を期待していたとはいえ、ヤナには貧乏くじを引かせてしまった。何か穴埋めが必要だろう。
どちらにせよ、今日中には終わらないだろう。
「ミンク、なぜ俺がお前に戦術を教えようと思ったのかという事を説明しておくぞ」
「はいっす!」
「まず、テイマーは個にして群だ。一人で沢山の魔物の指揮をとる必要がある。魔物と人間では勝手が違うかもしれないが、知っているのと知らないのでは差が出るだろう。一応、覚えておけ」
「はいっす!」
と言っても、原本もここにないので実際に戦術を勉強するのはヤナが写本を作ってからだが。
その後、皆で一階に降りて食事が始まったのだが、ヤナは降りてこなかった。真面目なヤナのことだ。きっとまだ写本を作っているのだろう。
「あとで俺が飯を持っていくよ」
「それがいいっす。ヤナ先輩は師匠の事が大好きっすから!」
料理長にお願いして軽食を包んでもらう。一応女性の部屋という事もあるのでしっかりとノックをする。
しかし、返事がない。
「ヤナ、入るぞ~」
片手で軽食の乗ったお盆を持ち、片手でドアを開ける。
ヤナは机にへばりつき、カリカリと羽ペンを持って羊皮紙に文字を書き続けていた。
「ヤナ。ちょっと休憩したらどうだ?」
俺は机に軽食の乗ったお盆を乗せる。
「いえ、私にできるのはこれぐらいですから」
ヤナは返事をしながらも、筆を休ませることはなかった。
「せめてちゃんと寝てくれ。明日も予定がある。お前がいないとパーティーが回らない」
「魔法使いであれば魔女がいます。頭数が足りないのであれば一日だけ冒険者ギルドからスカウトするという手もあります」
どうやら、ヤナは何か思うところがあるらしい。
「悪かった。ヤナのやさしさにつけこんで雑用をさせたことは謝る。だからそう怒らないでくれ」
最初、俺はヤナが怒っているのだと思った。怒った理由はこれしかないだろうと思い、正直に誤った。俺には心理戦は出来ないし、これからの事も考えれば正直に謝るのが一番だと思ったからだ。
「いえ、勇者様のせいではありません。これは、雑用しか任せてもらえない私のせいです」
「どういうことだ?」
「私は力不足です。魔術では魔女に劣っています。魔女の代わりはいませんが、私の代わりは高名な魔法使いであれば可能です。だから、私は自分が代えられることが無いように、雑用でもなんでもしないといけません」
ヤナは怒っていたのではない。焦っていたのだ。自分の居場所を守るために。
確かに、俺はヤナに対してよそよそしく接してきた。聖者の右腕の事がばれれば、確実にヤナは俺を殺すだろうから。
今でもそう思うから、ミンクのように秘密を明かして胸襟を開く事は出来ない。それでも、こんな関係ではこのパーティーが長続きしないであろうことは確実だ。
俺は後ろからヤナを抱きしめた。ヤナは無言だが、羽ペンの動きが止まり、肩がビクリと震えたのが分かる。
「ヤナ、俺はヤナに明かせない秘密がある」
「なぜ、それを私に明かせないんですか?」
「言えばきっと、ヤナは俺達と敵対するだろうから」
「その秘密を、魔女とミンクさんは知っているんですか?」
「ああ」
ヤナの肩がビクリと震える。自分だけ蚊帳の外だったと知れば、そりゃあショックだろう。
「魔王を討伐したら、本当のことを話す。だから、それまでは何も言わずに着いて来てくれないか?」
秘密がある事だけを暴露し、その内容は言えない。それでも自分に着いて来て欲しいと言う。我ながら都合のいい話だと思う。
だが、これが俺にできる精一杯だ。
ヤナの肩が小刻みに震えだす。きっと泣いているのだろう。俺の対応は間違いだったのかもしれない。
「私、何を思いあがっていたんでしょう」
「思い上がり?」
「私は聖女です。ただ聖勇教の為に、勇者様の為に尽くすことだけが生きがいだというのに、勇者様に不満を持ったりして……」
ヤナは聖女は勇者に、聖勇教に尽くして当然だと思っているようだが、それは違う。
そもそも、孤児だったヤナは聖勇教に拾われたと言っていた。おそらく、そこで教育と言う名の洗脳を受けたのだろう。
だが、俺はそう言わない。その方が俺にとって都合がいいから。
「とにかく、これを食べて、ゆっくり休め。複写はこの町に文字の読み書きができる者がいれば、そいつに依頼しよう」
「はい」
雰囲気が悪くなったので、俺はヤナの部屋を出て、自分の部屋に入る。そこにはベッドに腰かけたアルマが待っていた。
「話は聞かせてもらったわ」
「魔法か?」
「ええ」
魔法は万能ではない。だが、人間が魔物と戦うために何千年と研究してきたのだ。戦闘に特化しているとはいえ《盗聴》の魔法ぐらいはあるだろう。
「レイド、あなた魔王を討伐したら全て話すと言っていたけど、どうするつもり?」
アルマは俺がヤナに全て話すと言いつつ、嘘を吐くことを期待しているのだろう。
「言ったとおりだ。全て話すさ」
だが、俺はアルマの期待には応えられない。
「あなた、殺されるわよ」
ヤナは敬虔な聖勇教徒だ。聖者の右腕の件を知ったら、間違いなく俺を殺す。もしヤナが殺さなくても、他の聖勇教徒にばれた時点で俺は終わりだ。リスクは少しでも低い方がいい。
「アルマ。お前には悪いが、俺は魔王が倒せればそれでいいんだ」
俺は家族の仇さえ取れればそれでいい。そもそもこれだけの事をしておいて、のうのうと生き続けられるとは思っていない。
アルマは溜め息を吐いて肩を落とした。
「あなたの人生だから、そこまで覚悟が決まっているならどうこう言う事は私にはできないけれど、聖者の右腕とあなたの死体は有効活用させてもらうわよ?」
「ああ、それでいい」
アルマの研究に協力する約束だ。本当は家族と一緒の墓に入りたかったが、それは欲張り過ぎだろう。
「それならいいわ」
アルマはそれだけ言い残すと、俺の部屋から出て行った。
俺は鳴り響く鐘の音で目が覚めた。時計は貴重品で王侯貴族しか持っていないので、町には必ず時計台がある。そこで決まった時間になると鐘を鳴らすのだ。鳴らす時間は町ごとに違いがあったりもするが、朝、昼、晩となるので、鳴ったら食事にする者が殆どだ。それに、もしいざというとき。例えば、人族同士の戦争や、魔物が攻めて来た時、大規模な自然災害などに町が襲われ、民間人が非難しなければならない時などにも鳴る。
そのため、必ずと言っていいほど町には時計台がある。
俺はベッドから起き、着替える。着替えると言っても、一応鎧を着て、剣を装備するだけだ。町の中は一応兵士が巡回しているが、意外と犯罪は多い。物を取られるだけならまだ良いが、女子供は人攫いや強姦など、色々と危険も多いので、兵士や冒険者以外の村人の女子供でもナイフを持っていたりする。逆に王侯貴族は「自分で武装するのはカッコ悪い」という風潮がある。屋敷には警備兵に守らせ、出かけるときは護衛を付けるのが王侯貴族の常識なのだ。そのくせ剣術は学ぶというのだから、王侯貴族は無駄な金の出費をしているなと思う。まあ、余るほど持っているからいいのだろうが。
そんなことを考えながら、身支度を整え、部屋を出る。ちゃんと鍵をかけて、一階の食堂へ降りる。
食堂には、既に俺以外の三人の姿があった。
「おはようございます、師匠!」
一番に俺に挨拶してきたのはミンクだ。朝からいつも通り元気いっぱいだった。勢いよく頭を下げて挨拶してくる。
「おはようございます。勇者様」
次に挨拶してきたのはヤナだ。聖勇教の印を結びながら挨拶してきた。
「おはよう、レイド」
最後に挨拶してきたのはアルマだ。相変わらず気さくに話しかけてくる。軽く手を振って挨拶してきた。
「悪い。遅くなってしまったな。じゃあ、朝食を食べながら今日の予定について話したいんだが、良いか?」
「大丈夫っす!」
「構いません」
「良いわよ」
三人に返事をもらったので、俺はメニューを見る。この町に来て初めての食事だ。ウキウキしながらメニューを隅々まで見まわしたが、特にこの町でしか食べられない特産品のようなものはないようだ。
そこでふと気が付いた。ミンクはこの町の出身なのだから、ミンクに聞けばいいじゃないかと。
「ミンク。この町で有名な食べ物とか、特産品とかはないのか?」
「ん~そうっすね。やっぱり肉っすかね」
魔物の領域に近い町では、そこでよく出現する魔物が食べられていたりする。この町は人続最端の町なのだから、魔物の肉も普及しているのだろう。ちなみに、王侯貴族は魔物の肉を「汚らわしい」として食べたがらない。わざわざ少ない人の領域で牛や豚、鶏を飼い、それを食べているのだ。
「この辺は強い魔物も多いんで、ワイバーンの肉とかが有名っすかね」
その言葉に、俺達は肩を落とした。ミンク以外の俺達三人は王都からこの町に来るまでの間、散々ワイバーンと戦い、その肉を喰らってきたために、若干マンネリ化しているのだ。
「そうか。まあ今日は無難な料理にするか」
俺は店員を呼び、オーダーを言う。
「魔物肉の香草焼き、パン、煮豆のスープ、サラダ、果実水、以上で。皆は?」
「私はそれでいいです」
「私も」
「私も大丈夫っす」
全員が頷いたため、それを四人分とることになった。
「お前らは、食にあんまり興味がないのか?」
冒険中は保存食ばかりだったため、気にしなかったが、流石に全員同じメニューにする必要はない。
「出された食事に文句を言うのは聖女に相応しくないと思いますので」
「この世の美味珍味は食べ尽したから、不味くなければいいわ」
「普段宿屋のメニューなんか食べないから新鮮っす」
まあ、無理やり俺に合わせているのでなければいいか。
しばらく他愛のない話をしていると、料理が運ばれてきた。
アルマはナイフとフォークを使って無言で食べ始める。
「「この食事にありつけたことを――」」
ヤナとミンクは祈りを捧げてから食べ始める。聖勇教の教えが普及している国では、食前には祈りを捧げるのが常識だ。
「いただきます」
だが、聖勇教は勇者と聖剣を祀る宗教であり、俺達勇者の末裔がするのもおかしな話だという事で、故郷の村ではこの挨拶が主流になっていた。
ナイフとフォークを手に取って、まずサラダから食べ始める。
「皆さん野菜が好きなんすね」
ふと見ると、アルマとヤナもサラダから食べ始めている。
「長旅だと口にできる野菜はドライフルーツかピクルスぐらいだ。瑞々しい新鮮な野菜は貴重なんだ。ミンクも、旅が始まったらしばらく食えなくなるから、見るのも嫌になるぐらいに食っておけ」
「はいっす!」
ミンクもサラダに手を付け始める。
この宿の食事は中々美味かった。パンも柔らかかったし、スープも具だくさんだった。何より香草焼だ。肉の臭みを香草が上手く消してくれて食べやすかった。
俺達は夢中になって食べていた為、食事をしながら話すはずだった今日の予定は食後のお茶を飲みながら話すことになった。
「今日は冒険者ギルドの依頼、ゴブリン討伐を受けようと思う」
アルマもヤナもミンクも分かっていなさそうな顔だ。まあ、昨日はミンクの特訓をしたのに、今日はゴブリン討伐じゃ、なんでってなるのも仕方がない。
それに、ゴブリンはスライムに次ぐ弱い魔物の定番だ。わざわざ俺達勇者パーティーが挑む相手じゃない。
「理由は、ゴブリンをテイムできないか試す」
ミンクはスライムしかテイムできない。でもそれがもし勘違い、あるいは弱い魔物ならばテイム可能だとしたら。戦略の幅は広がる。
「それに、ミンクに実戦を積ませたい。ゴブリンなら丁度いいだろう」
実戦を積むことが成長への近道だ。俺達もいるし、ゴブリン位の魔物なら、多少数がいても問題ない。
「いいんじゃない」
「私も構いません」
「いや~、私の為に申し訳ないっす」
ミンクは俺達に深々と頭を下げた。
「気にすんな。お前に強くなってもらわないと先に進めないからな」
俺は椅子から立ち上がり、冒険者ギルドへ向かう。三人も話の流れから分かったのか、後をついてくる。
阿吽の呼吸。まるで本物の勇者になったみたいだ。
冒険者ギルドに着くと、まずは依頼を張り出している掲示板に向かう。ゴブリン退治の依頼があると確認してきたわけではないが、ゴブリンなんてすぐに沸くもんだ。ほらあった。
「ほお、勇者様はゴブリン退治ですか?」
俺が手に取った依頼書を覗き込んできたのはグレンだ。
「そんな足手纏いに合わせて大変ですねえ。それとも勇者様もその程度なのかな?」
「そういうそっちは何の依頼だ?」
俺が涼しい顔して流したのをよく思わなかったのか、グレンは舌打ちしつつ依頼書を見せびらかしてきた。
「アーマーリザードか」
アーマーリザードは、硬い鱗を持つ大蜥蜴だ。ちなみに、姿はそっくりだが、龍や竜とは全く違う魔物らしい。
「確かに、硬い鱗には舞踏家の貫通技が効くな」
舞踏家は武器を持たない代わりに特殊な技で闘う。その中に鎧を貫通させて本体にダメージを与えるという物があるのだ。
ちなみに、アーマーリザードは中堅ぐらいの強さの魔物だ。だが、それは四~六人のパーティーを組んだ場合だ。それを一人で受けるとは。凄い自信だな。
俺の答えが面白くなかったのか、グレンは受付に向かって依頼書を出しに行った。
「俺達も行くか」
グレンが終わり、冒険者ギルドを出て行ったところで、俺達の番になった。
ミンクがギルドカードを見せ、依頼を受注する。
「申し訳ありませんが、ギルドメンバー以外のクエストへの参加は、ギルドメンバー+一人とさていただいております」
受付嬢がそういって頭を下げる。つまり、今ギルドメンバーなのはミンクだけだから、ミンクともう一人しか受けれない訳か。
ちなみに俺は冒険者ギルドのメンバーではないので、ギルドカードは持っていない。おそらく、聖勇教の聖女であるヤナも持っていないだろう。
可能性があるとしたら……
「アルマ、勿体ぶってないで早く出せ」
「もう、何で分かったの?」
「お前なら、こういう面白そうなところには顔を出してると思ってさ」
アルマはギルドカードを受付に提出した。
「はい、アル・ケルトリスさん。Sランクとは凄いですね!」
冒険者はE~Sまでランクが付けられている。ちなみにミンクのギルドカードはDランクだ。これは新人卒業程度の実力。対して、アルマのSランクは国で抱えるレベル。それこそドラゴン退治とかを頼むレベルだ。まあ、俺達はワイバーンを倒しているし、実力には見合っている。国にもある意味目を付けられているわけだが。
無事クエストを受注し、冒険者ギルドを出てから、アルマに問いかける。
「アル・ケルトリスって?」
「私が本名で冒険者登録できるわけないでしょ」 まあ、それもそうか。王都ほどではないとは言え、ここにもアルマを憎む者は少なからずいるはずだ。憎しみというのは以外と受け継がれるものだ。勇者と魔王のように。
「後は本の写しを作ってくれる人を探さないとな」
とはいえ、こういう時何処に行けば良いのか分からない。やっぱり買った本屋に持って行くのが確実だろうか。本屋をやっているならほぼ間違いなく読み書きができるだろうし。
「とりあえず本屋に行けばいいか」
「そうね」
「他に宛てもありませんし」
「冒険者ギルドに依頼を出すって手もありますよ」
ミンクが言った言葉に、俺は疑問を覚えた。冒険者ギルドは魔物を討伐するのが主な仕事だ。まあ、戦闘が出来る集団ということで、盗賊の討伐などもすることがあるが、それでも武力の必要ないことを冒険者ギルドに持って行くのは何か違う気がする。
「持って行ったとして、門前払いされるんじゃないか?」
ミンクは俺の問いに対して「ああ~なるほど」みたいな顔をして、続きを話した。
「まあ、一昔前の冒険者ギルドだったら門前払いかもしれないっすけど、平和な昨今は冒険者ギルドはなんでも屋みたいなこともやってるんすよ」 魔王が復活して、世界が再び戦乱の世になったのはほんの数年前だ。それまでは、まおうはおらず、平和な世界だった。
そんな中、財政難になった冒険者ギルドは「なんでも屋」的なポジションになることで存続したのだという。
「でも、グレンもいるし、ここはとりあえず本屋に行こうと思う」
もし冒険者ギルドに持って行って、グレンやその仲間に妨害されれば色々と面倒だ。
「師匠の判断なら、きっとそれが正しいと思うっす」
ミンクの了承も得たので、俺達は本屋に向かった。
「すまない、先日ここで本を買った者だが、この本の写しを作って欲しい」
本屋の年老いた店主は、白い眉を寄せ、いかにも嫌そうに返答した。
「紙束で良ければ金貨一枚。きちんと製本するなら金貨三枚だ」
本というのは高級品だ。貴族の中には、家に何冊本があるかをステータスにして、興味がなくても本を買って書庫を持っている人も多い。平民は国営の図書館で本を借りるか、自営の貸本屋で借りるか、古本屋で買うかしかない。
その古本でさえ、かなりの高額だ。だから、この値段も大概吹っ掛けられた訳ではない。
とはいえ、わざわざ大金叩いて製本してもらう必要はない。原本の方をミンクに貸して、俺が写本してもらった紙束を読めば良いだけだ。
「製本してちょうだい」
そう思っていたら、アルマが口を開いた。
「読み終わったら私にも貸して。興味があるわ」
まあいいか。アルマのお眼鏡にもかなったということは良い本なのだろうし。
俺は布袋から金貨三枚を机に出す。
「毎度あり。五日ぐらいもらってもいいか?」
「五日か……」
正直、長い。グレンとの決闘まであと六日。ミンクがこの本を読んで学べるのは一日だけということになる。
「急ぎなら金貨二枚だ」
このジジイ、中々したたかじゃねえか。
俺は布袋から金貨二枚を掴み、机に叩き付ける。「超特急だ。三日以内に仕上げろ」
「毎度あり」
店主はニヤリと笑って答えた。
店主に本を渡した後、俺達は城壁を越え、魔物の領域に踏み込んでいた。
ゴブリン討伐でまずやるべき事は、依頼を出した村に行き、村長に話を聞くことだ。
情報を貰い、装備を確認し、戦力を確認する。 だが、俺達には時間がない。加えて、このメンツならば万に一つもゴブリンに負けることはないだろう。
故に、俺達はギルドの情報を元にゴブリンの巣穴を探して魔物の領域を彷徨っていた。
「いいかミンク、ゴブリンの巣穴を探すときは痕跡を見つけるんだ。足跡、糞、何かを引き摺った後とかな」
「うっす師匠」
「だが、今回はアルマに魔法でてっとり早く見つけて貰おうと思う」
「まあ時間もないし、しょうがないわね《探知》」
暫く魔法を使うことに集中していたアルマが口を開いた。
「五〇〇メートル先の洞窟に何匹かいるわね」
「そうか」
俺達はアルマの案内でゴブリンのいる洞窟へと向かう。
「ゴブリンって、自分で崖に穴を掘って洞窟を作るんすかね?」
「違う。基本的には冬眠の終わった動物が残した穴とかを使うそうだ。他にも人族が居なくなった村とか、ドワーフが廃棄した鉱山とか、昔人族が住んでいたような場所には簡単に住み着く」
とはいえ、ゴブリンは魔物にしては知能が高く、道具を自分で作ったり、人族が作った道具を使ったり出来る。だから、そういう道具が近くにあれば、穴を掘ることもあるかもしれない。が、ゴブリンは飽きっぽい。自分達が住めるぐらいまで穴を掘り続けられるとは到底思えない。
「今回はミンクの特訓のためのゴブリン退治だ。前回みたいに《火球》を使って洞窟ごと生き埋めにするのはなしだ。分かったな? アルマ」
「まあ、仕方ないわね」
「良いかミンク。俺達はお前がピンチにならない限り手を出さない」
「で、でも! 流石に一人でゴブリン討伐は――」
ゴブリン討伐は初心者向きではある。が「初心者パーティー」向きなのだ。ソロで立ち向かうにはそれこそ英雄や勇者と呼ばれるだけの力が必要だろう。
「まあ、今回はお前が何処までやれるかの確認だ。俺達の手を借りても見捨てたりはしない。それに、テイマーは個にして群だ。やりようによってはなんとかなるかもな」
テイマーは、複数の魔物を使役することが出来る。故に、どちらかと言えば一対多に有利な職業といえるだろう。
「分かりました。私の成長、見てて下さいっす!」
そう言うと、ミンクは召喚石を地面に投げつけ、十二匹のスライムを召喚した。
「まず、四匹はここで入り口を塞ぐっす。ゴブリンが逃げないようにっす」
確かに、逃げ出したゴブリンは知識を蓄え、成長する。二次災害を防ぐに越したことはない。
とはいえ、普通の冒険者は四~六人パーティーだ。これは報酬も等分するということなので、メンバーを必要最低限にしてこれなのだ。そこに入り口で足止めなんていう役目はない。テイマーならではの魔物の使い方と言えるだろう。
「そして、残りの八匹で私を囲んで進むっす!」 テイマーの一番の弱点は自分が戦えないことだ。ミンクは鞭を使えるから戦えないわけではないが、それでもゴブリンと一対一では多分負ける。ゴブリンはスライムに次ぐ弱い魔物であるにもかかわらずだ。
故に、自分の守りに手駒を裂くのは当然であり、重要だ。
スライムに囲まれながら進むミンクの後を、俺達はいつでも救援に入れる間合いを保ちながら進む。
「アルマはいつでも魔法を発動できるように準備しておいてくれ。但し、洞窟ごと壊すような威力の高い奴じゃなくて、ゴブリン一匹倒すような弱い威力の奴をな」
「それだと《気絶》ぐらいしかないんだけど、しょうがないわね」
「ヤナは《聖光》の魔法で照らしてくれ。あと、ミンクが怪我をした場合は《回復》や《治療》を頼む」
「はい。お任せ下さい」
暫くミンクを追って進むと、先頭を行くスライムがゴブリンと戦闘を開始した。その直後、ミンクはスライムを新に三匹呼び出した。
テイマーは呼び出す魔物の量と質によって必要とする魔力が変わる。
ミンクが呼び出しているのはスライムばかりだから「質」で魔力を大量に消費することはない。但し、それは「質」ではどんな魔物にも勝てないと言うことだ。
故に、勝負すべきは「量」だ。先述したように、スライムは最も弱い魔物故に「質」で魔力を大量に消費することはない。だから、大量に呼び出せる。
ミンクは新に呼び出した三匹のうち、一匹を防御に回し、追加した二匹を攻撃に回して三対一の構図を作り上げる。
そして、常にそれを繰り返す。ここは奥行きは何処まで広がっているかは分からないが、横幅は狭い洞窟の中だ。横一列で一斉に襲いかかる事は出来ない。それを利用した上手い地形戦術だ。
暫くその方法で進んでいくと、洞窟の中に比較的大きな空間があった。
「ここがボス部屋ってところか……」
「行きます!」
ミンクが意を決して中に入る。俺達もその後に続いた。中には、通常よりも数倍身体の大きいゴブリンがいた。筋骨隆々としていて、表情も心なしか自信に満ち溢れているように見える。
「ホブゴブリンか」
ホブゴブリンとは、ゴブリンの上位種だ。ゴブリンは元々狭い洞窟ではなく広い平原で生活していて、その先祖返りだという説や、オーガとゴブリンの混血種だという説など、色々と出ているが、詳しいことは分かっていない。
「強そうだから、今回は出し惜しみなしっす!」 ミンクは新に三匹のスライムを呼び出し、そのうち一匹を除いた十匹をホブゴブリンに突撃させた。狭い洞窟の中でも、奇襲対策に一匹残しておく辺り、ミンクの用心深さが窺える。
「今回は不味いかもしれないな」
体当たりと窒息しか攻撃手段を持っていないスライムに対して、ホブゴブリンはゴブリンと同じように魔物の中では高い知能、原始的な道具を作り扱う技術、そして、普通のゴブリンにはなかった体格の良さによるパワーとスピードが追加されている。
そして、地の利もある。ミンクが得意とする陽動をして草陰からスライムを忍び寄らせ相手の機動力を奪う戦術が、岩肌むき出しで草木一本生えていないここでは発揮できない。
対して、向こうはここに住んでいる。マップを把握しているだけでなく、隠し通路や罠がある可能性だって否定できない。そういったいざという時の対策のために、スライムを一匹残しておかなければならない。
まあ、スライム一匹の戦力なんて微々たるものだが、ミンクはこれからその微々たる戦力をかき集めて強者に勝たなければならないのだ。いい練習だろう。
「レイド。そろそろ」
アルマが警告すると言うことは、そろそろミンクが限界なのだろう。
「ミンク! もう無理だ、介入する! アルマ、やれ」
「《気絶》」
アルマの杖から放たれた魔力の弾が頭に当たった瞬間、ホブゴブリンは倒れ込んだ。
「凄い……」
ミンクがどんなに頭を捻っても勝てない魔物を、アルマは手加減込みの一撃で倒せる。悲しいが、これが実力の差だ。
「ヤナ、一応ミンクに《回復》と《解毒》を」
「はい」
大きな怪我はなさそうだが、ゴブリンは自分の糞尿や毒草を使った毒武器を使う場合がある。掠り傷でも油断は出来ない。
俺は気絶しているホブゴブリンの首を聖剣でかっ斬った。
ミンクの元に向かうと、ミンクは俯いてヤナの治療を受けていた。
「中々良かったんじゃないか?」
「いえ、ボスを倒せなかったんで、まだまだっす」
ミンクが落ち込んでいる中で悪いが、アルマに目配せしてある物を取ってきて貰う。
「ガウ! ギャウウウ!」
「それは……」
アルマが引き摺って来たのは、四肢を切断されたゴブリンだ。
「こいつをテイムできるか試そう」
「いつの間に……」
ミンクは不思議そうな顔をしていたが、気を取りなおしてゴブリンに手を差し伸べる。
「おいで」
「ギャウ! ガウ!」
ゴブリンは大人しくなるどころか、余計に暴れ出した。ミンクのテイムに抵抗しているのかもしれない。
しばらく待っても変化が現れなかったので、そろそろ潮時かと思った。その時だった。
「痛っ⁉」
ゴブリンは四肢を切断されているにも関わらず、ミンクの手を噛んだ。
流石にもう無理だろう。俺はゴブリンの頸を斬り飛ばす。ゴブリンの頭と身体が分かれ、頭は未だにミンクの手に噛み付いている。
「すまない、俺のミスだ。守ると言ったのに……」「別に気にしないで欲しいっす。この位の怪我、牧場やってた頃も冒険者になってからもよくしてたんで!」
ミンクは何でもないと言いつつゴブリンの顎をこじ開け、手を確認する。
ゴブリンの歯は人間の歯とよく似ており、そこまで鋭くはない。幸い、指が食い千切られるようなことはなかったようだが、手の甲には痛々しい歯形が残っていた。
「ちょっと貸して下さい」
ヤナがミンクの手を取り、魔法で癒やす。
「《回復》」
この短時間で二回もヤナに魔法を使わせてしまった。これはパーティーのリーダーである、俺のミスだ。
魔法使いは貴重だ。魔法が使えれば、就職先には困らない為、冒険者のような、人気とはいえ危険と隣り合わせの職業に就く魔法使いは更に減る。そして、魔法使いが魔法を使うには魔力がいる。 魔力がなくなれば、魔法使いは只の村人と変わらない。
故に、魔法の使用は必要最低限、いざという時だけにするのが常識だ。
勇者パーティーだから、アルマとヤナ。世界最高クラスの魔法使いが二人いるとはいえ、そこは変わらない。
「ミンクの戦いぶりは中々だったな」
ホブゴブリンには勝てなかったとはいえ、入り口にスライムを残しておいたり、隊列を組んで洞窟内を歩いたり、常に三対一で敵に当たったりと、中々スライムの使い方が上手かった。
とはいえ、これでグレンと渡り合えるかと言われると少々難しいかもしれない。
「あと何か一つ、切り札が必要だな」
格上相手でも殺しきれるような、そんな切り札が。
「あ、それなら私やってみたいことがあるんですけど」
どうやら、ミンクには既に何か考えがあるらしい。
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