第三章 最果ての町

「「「つっかれた~」」」

 あれから俺たちは五つの町を抜け、人間の領域にある最後の町にやって来ていた。

 魔物の強さは魔王城に近づくほどに強くなる。これ以上先には民間人では勝てない魔物が跋扈しているため、ここが民間人が暮らせる最後の町ということになる。もちろん、こんな危険な街に腕に自信のない民間人が住むはずもなく、元傭兵とか、魔物の領域に出稼ぎに行く冒険者が使うことが一番多いが。

 俺たちはまず、卸売市場へ向かった。前の町からこの町までの間に討伐した魔物の素材を売るためだ。

「それにしても、大変だったな」

「流石に疲れました」

「もうとうぶんワイバーンの肉は食べなくていいわ」

 なぜか俺達が遭遇した魔物はワイバーンばかりだった。まるで「誰かが俺たちを近くにいた強い魔物に襲わせた」んじゃないかと思えるほどだ。

 肉は食べるか、食べきれなかった分は放置したのだが、鱗や骨、牙など、売れそうなものは持てるだけ持ってきた。

 俺達には贔屓にしている商会がない。まあ、魔物の領域への旅でどのルートを使うか事前に決めてなかったからな。

 だから、多少安く買い叩かれてもしょうがないわけだが。

「金貨二〇〇枚ですね」

 商会の係員にそう言われ、俺たちは足止めを食らっていた。

「もうちょっとするだろう? ワイバーンだぞ?」

 俺たちはたくさん狩っているから忘れがちだが、ワイバーンは騎士団が出てきて討伐するような魔物だ。皮や鱗は鎧防具に、牙や骨は武器になるため余す所なく使える。

「王様から貰った支度金より安いじゃない!」

 まあ、王様から貰った支度金も決して安くなかったし、自分で討伐した魔物の素材の売却という贔屓目もあるのかもしれないが、それでも二〇〇枚というのは安い。

 どうしようかと迷っていると、ヤナが前に出た。

「嘘は吐いていませんか?」

「ああ、何だと!」

「私は聖勇教の修道女です。《看破》の魔法が使えます」

 それを聞いて、係員は顔が真っ青になっていく。《看破》の魔法は裁判官などが使う「嘘を見抜く」魔法だ。《看破》の魔法の前ではどんなハッタリも通じない。

「チッ! 金貨五〇〇枚だ」

 係員は自棄になったように麻袋を机に置いた。

 ヤナは係員の顔をじっと見つめ、やがて頷く。

「嘘は吐いていません」

「分かった」

 俺は金貨五〇〇枚が入った麻袋を懐に仕舞い、商会を出る。

 金貨五〇〇枚か~。どうするかな? いい宿に泊まる。いや、この旅の目的は魔王討伐。一時の快楽ではなく、今後の投資に充てるべきだ。となると、防具の新調か。まだ使えないわけではないが、結構傷も増えてきたしな。もしくはーー

「仲間を増やすか……」

 俺が何気なく思った言葉は、そのまま口に出ていた。

 これまでの戦いで、手数の多さが勝利に直結することは理解できた。ならば、人数そのものを増やすのが一番手っ取り早い。

「これからどうするの?」

「とりあえず宿を探すか」

 どの町でも、宿は町の入り口付近にあった。きっとこの町でもそうなのだろう。

 来た道を戻ってみると、大きな冒険者ギルドの隅に、宿屋があった。決してみすぼらしいわけではないのだが、冒険者ギルドが大きすぎてそう見える。

「この町の冒険者ギルドは大きいな」

「それだけ冒険者が集まってくるんじゃないかしら」

 まあ、少し歩けば人間の領域内では出会えない魔物がわんさかいるわけだからな。発展もするか。

「らっしゃい」

 カウンターにいたのは、ガタイのいいおっさんだった。普通受付ぐらいはかわいい女の子を採用すると思うんだが、荒くれ者の多いこの町は違うんだろうか。

「泊まりたいんだが」

「何泊する?」

 そういわれて俺は迷う。防具を新調するにせよ、仲間を増やすにせよ、それなりに時間が必要だろう。もし予定より早く出発することになってもチェックアウトすればいいだけだ。

「一週間頼む」

「部屋数は?」

 ここまで別々のテントとはいえ野宿してきたんだから、経費削減のために一部屋でもいいような気がしたが、まあ、女たらしと思われるのも嫌だしな。それにヤナはアルマと一緒の部屋なんてまっぴらごめんだろうし。

「三部屋」

「金貨二十一枚だ」

 俺は言われた通りに麻袋から金貨を出す。おっさんは金貨の枚数を数えると、壁にかけてある鍵束から三つをカウンターに置く。

「二〇一、二〇二、二〇三の部屋を使ってくれ」

「ああ、ありがと」

「おーい! お客様を案内してくるから受付変わってくれ!」

「了解です店長」

 あのおっさん店長だったのか。そして奥から出てきたのはまたしてもムキムキのおっさん。なんなんだここは? 男色専門の宿か?

「じゃあ、案内するぜ」

 俺たちは店長の案内に従い、階段を上り、二階の角部屋に来ていた。

「ここの三つの部屋を使ってくれ」

「分かった」

 店長は俺にカギを三つ渡し、一階へ戻っていった。

 一応三部屋全て開けてみたが、間取りも広さも同じだ。

「だれがどの部屋を使う?」

「適当でいいんじゃない?」

「いえ、勇者様は二〇二を使って下さい」

「何か理由があるのか?」

「真ん中に勇者様の部屋があったほうが、何かあった場合に駆け付けやすいですし」

 確かに一理ある。俺の部屋に集まるのが決定してしまっているが、俺も女子の部屋に入るのは気まずいし、しょうがないか。

「分かった。そうしよう」

 俺は二〇二号室に入った。中は質素なものだ。ベッドとクローゼット、後はベッドの近くにある小さな机くらいしか家具はない。まあ、それでも俺の故郷の寒村では家具は木を切って知り合いの木工職人に頼んで作ってもらってたから、それよりはいい家具かもしれない。

 荷物を置き、装備を解除してからベッドに寝転ぶ。俺の故郷の寒村では藁を布に詰めただけの布団だったから、それに比べたらいいベッドだ。中身は綿かな? 気になるが、まさか分解するわけにもいかないし、想像の範疇にとどめておく。

 二人を呼んで今後の予定を相談するべきか迷ったが、男の俺でさえようやく一息ついている最中なのだ。女の着替えには時間がかかるというし、もしかしたら装備を解除するのにも時間がかかるかもしれない。

 考えた末、俺は装備のメンテナンスをすることにした。メンテナンスといっても、鍛冶師や武器商人ではない俺にできるのは、盾を磨いたり、皮鎧の金属部分に油をさすことぐらいだ。聖剣は魔物の血や体液では汚れないのでメンテナンスは必要ない。必要ないが、一応奇麗な布で拭いておく。こういうのは気分の問題だ。

 メンテナンスが終わったので、俺はまずはアルマの部屋へ向かう。

「アルマ~居るか?」

 ドンドンと扉を叩き、アルマを呼ぶ。

「いるわよ、何?」

 ガチャリとドアが開き、アルマが姿を現す。

「三人で会議をするから、俺の部屋に来てくれ」

「分かったわ」

 そう言ってアルマは廊下に出てドアを閉める。

「俺はアルマを読んでくるから、先に待っててくれ、鍵は開いてるから。俺はヤナを読んでくる」

 俺はそのまま自分の部屋を通り過ぎ、ヤナの部屋へ向かう。

 軽くノックする。

「はいは~い。あ、勇者様、どうされました?」

 ヤナは俺だと知らずにドアを開けたらしい。不用心ではある。が、ヤナは聖女。聖勇教最高の回復魔法の使い手だ。ちゃんと戦闘もできるし、心配しすぎかもしれないが、一応言っておく。

「ヤナ。知り合いだと分かるまでドアは開けない方が良いぞ」

「あ、はい。すいません」

 ヤナは小さく謝って廊下に出てドアを閉める。

「これから会議をする。俺の部屋に来てくれ」

「分かりました」

 ヤナを伴って俺の部屋に入ると、アルマがベッドに腰掛けていた。

「魔女! 何故勇者様のベッドに腰掛けているのです?」

「だって、椅子がないもの」

 アルマはわざとらしくベッドのシーツをなじる。

 確かに、ベッドの隅にある小さな机も、ベッドに腰掛けて使うものであるため、この部屋にベッド以外に座れそうな場所はない。

「だったら床に座ればいいでしょう!」

「服が汚れるじゃない」

「今まで散々野宿したくせに、何を今更?」

 アルマは綺麗好きではあったが、野宿は割り切っていたはずだ。それに、ヤナは聖女だ。きっと床に膝をついて祈ることもあったかもしれない。故に、床に座るということの抵抗感が薄いのかもしれない。

「俺が床に座る。アルマとヤナは二人でベッドに腰掛けてくれ」

「ありがとうございます、勇者様。さ、聞いていたでしょう? 空けて下さい」

「仕方ないわねぇ」

 アルマは渋々と言った様子で、ベッドの下半分を譲る。ヤナはそこにちょこんと座り、俺は床に胡坐をかいた。

「俺たちはこれから魔物の領域に入る。その前に相談なんだが――」

「何ですか?」

「なあに?」

 俺は生唾を飲み込み、意を決して言う。

「仲間を増やそうと思う」

 二人の表情を窺う。二人ともポカンとしている。気まずい沈黙の中、最初に口を開いたのはヤナだった。

「いいんじゃないですか。確かに三人というのは歴代の勇者パーティーの中でも少ない方です」

「普通は何人ぐらいなんだ?」

「例題勇者パーティーは四人から六人。多くても十人程度です」

 歴代勇者パーティーは、総じてそこまで多くない。その理由は、聖剣が魔王城の結界を開ける鍵だからだ。

 最大人数が何人なのかは分からないが、余りに多すぎると聖剣が勇者パーティーとして認識してくれないらしい。

 実際に、過去には千人規模の軍隊を用意した勇者もいたらしいが、魔王城に着くまでに百人程度まで数を減らし、実際に魔王城に入れたのは十人程度だと言われている。

「ま、いいんじゃない。私がいれば十分だとは思うけど」

 アルマも渋々ながら了承してくれた。

「それで、誰を仲間に引き入れるかなんだが。冒険者を雇おうと思う」

「この町ならそれが妥当だと思います」

「っていうか、ここまで来たらそれしかないでしょ」

 冒険者とは、魔物を殺して生計を立てる人間の総称だ。そして、この町には魔物の領域まで遠征できるような凄腕の冒険者が集まっている。金を積めば、魔王城まで一緒に行ってくれる猛者も見つかるだろう。

「そうと決まれば、早速募集用紙を用意しよう」

 俺は鞄の中からインク壺と羽ペンと羊皮紙を用意した。

「俺は字が汚いから、誰か代わりに書いてくれ」

 故郷の寒村で一応字は習ったが、勉強は苦手だったからなあ。

「しょうがないわね。私が書いてあげるわ」

 アルマは机に向かうと、サラサラと羊皮紙の上を羽ペンが滑る。

「できたわよ」

 自信満々に見せてきた羊皮紙の文字を、俺は読むことができなかった。

「何語だ? これ」

 アルマは不思議そうに自分が書いた羊皮紙を確認する。

「あら、ごめんなさい。これは古代語。初代勇者の時代に使われていた文字よ」

「羊皮紙もタダじゃないんだ。無駄遣いはやめてくれ」

 俺はもう一枚鞄から羊皮紙を取り出す。

「アルマは当てにならないから、ヤナ、頼めるか?」

「ーーはい!」

 アルマよりも頼られて嬉しかったのか、ヤナは満面の笑みで机に向かう。もちろん、その時にアルマを押し退けることも忘れない。

 サラサラと羊皮紙に羽ペンを走らせる。

「できました」

 今度はちゃんと読める。人間語だ。

「ありがとう。やっぱり読み書きは教会で習ったのか?」

「はい。修道女になったときに習いました」

 教会は炊き出しだけでなく、読み書きも教えていた。その方が人を集めやすいし、あくまで善意でやっていると言い張れるからだ。

 実際は、炊き出しや読み書きを教える中で、聖女は修道女の候補を見つけ出し、スカウトしているのだ。

「じゃあ、早速冒険者ギルドに張り出してくる」

 俺は部屋を出て、階段を降り、宿を出て、隣の冒険者ギルドに入る。

 ドアを開けると、チリンと音がする。ドアの上部を見ると、ベルが吊り下げられていたから、その音だろう。

 殺気を感じ取りブルリと身震いしつつ身構える。冒険者ギルド内にいる人の目が全てこちらを見ていた。

 やがて興味をなくしたようにチラホラと視線は外れていく。ようやく俺も構えを解き、カウンターへ歩を進めると同時に冒険者たちの顔を見る。みんな顔に傷があったり、タトゥーを入れていたりする。一言でいうと厳つい。

「ようこそ冒険者ギルドへ。どういった御用でしょう?」

 受付嬢が訪ねてきたので、俺はヤナに書いてもらったパーティー募集用紙をカウンターの上に置く。

「これをギルドの掲示板に張り出してもらいたい」

「確認いたします」

 受付嬢はパーティー募集用紙を目を素早く左右に動かしながら見ていく。

「はい。確認しましたが不備はありません。では依頼料として、銀貨三枚を頂戴いたします」

 俺は財布から銀貨三枚を取り出し、受付嬢に支払う。受付嬢は一枚の銀貨を手に取ると、隅を指でなぞる。これは、偽物の銀貨ではないことを確認するためだ。貨幣は国の科学力の結晶だ。常に最新の技術が使われている。故に、僅かな歪みでも疑惑の対象となる。もちろん、本物の貨幣が後で歪んだということもあるかもしれないが。

 三枚の銀貨全てを確認し、レジに入れる。

「ギルド掲示板の好きな場所にお貼りください」

 許可をもらったので、俺はできるだけ目立ちそうな真ん中辺りにパーティー募集用紙を貼って、ギルドを出ようと出口へ向かう。

「へぇ、あんた、パーティーメンバーを探しているのかい?」

 声がしたので、振り向く。声音通り、若い女性だ。ジャケットを着て、腰に鞭を下げているところを見ると鞭使い、カウガール、テイマーの可能性もあるか。

「そうだが、受けてくれるのか?」

「ああ、受けてやろうじゃないか」

 ニヤリと笑って鞭使いの女は言う。どうやら自信満々のようだ。

「準備は?」

 冒険者だからといって、すぐに冒険で出られるわけではない。冒険者には準備が必要だ。例えば弓を使う場合、矢を買わなければ何もできない。

「万端さ」

 ここまで言い切られれば、言い返す言葉もない。

「じゃあ、俺の仲間に紹介してから、試験を受けてもらう」

「望むところさ」

 俺たちはギルドを出て、宿屋に戻り、俺の部屋に入ってヤナとアルマに声をかける。

「ヤナ、アルマ。帰ったぞ~」

 ドアを開けると、ヤナとアルマは俺のベッドで何やら俺の枕を取り合っていた。

「何やってるんだ? お前ら」

 俺が声をかけると、ヤナとアルマは慌てて居住まいを正す。俺の後ろから部屋に入って来た鞭使いの女に視線を向ける。

「その人は、新しいパーティーメンバーですか?」

「もう見つかったの?」

「まだ候補だ。これから試験を行う。まずは面接だ」

 俺、ヤナ、アルマはベッドに腰掛け、鞭使いの女は床に座る。

「何だい、客人を床に座らせるなんて、礼儀がなってないねぇ」

「それはそうなんだが、狭い部屋なんで我慢してくれ」

 俺たちは面接を始めた。

「まず、名前は?」

「ミンク・アレステル」

 ヤナは羊皮紙に羽ペンで質疑応答をメモしていく。所謂書記だ。アルマには秘密裏に《看破》を使ってもらい、ミンクの回答に嘘偽りがないか常にチェックしてもらっている。

 年齢を聞くのはマナー違反か。

「職業は?」

 俺がそれを聞くと、待ってましたとばかりに得意げに言う。

「テイマーさ!」

 テイマーは魔物を使役し、それを使って攻撃、防御などを行う職業だ。ミンクの自信満々の表情を見るに、相当強い魔物を使役しているらしい。

「腰の鞭は?」

 テイマーなら、武器は必要ないはずだ。魔物を封じ込めておくのに使う召喚石だけでいい。

「これは親父の形見さ。親父は一流の鞭使いだったんだ」

 形見ということは、ミンクの親父さんはもうこの世にはいないのだろう。

「凄かったんだぜ、私の親父は! この鞭だって、使役して死んだ竜の皮から作られたんだ?」

 基本的に、竜というのは魔物の中でも上位に位置している。ちなみにワイバーンは竜と他の魔物の雑種だ。

「竜の皮? ワイバーンか?」

 ワイバーンなら王国の騎士団くらいが出張ってくれば討伐可能だ。ミンクの親父さんが騎士団所属だったか、一個騎士団並みの魔物をテイムできていたなら、可能かもしれない。まあ、一人で一個騎士団並みの戦力というのもあり得ない話だが。

「ワイバーンなんて雑種じゃないよ。古龍さ?」

「古龍?」

 古龍というのは、竜の上位種の龍。その中でも、長く生き続け、高い知性を手にしたもののことを言う。

 だが、古龍なんていうのは、一匹で一国どころか、一大陸を滅ぼせる様な存在だ。そして、テイムするには魔物と心を通わせる必要がある。

 古龍なんて会うだけでも危険な存在だ。そんなのと心を通わせるなんて、嘘八百以外の何物でもない。

 アルマの方に視線を向けるとフルフルと首を横に振る。

 事前に決めておいた合図を間違えていなければ、これは「相手は嘘を吐いていない」ということだ。

 ミンクは自分の親父が、本当に古龍をテイムしたと思っているのだろう。

「その鞭、鑑定させてもらってもいいかしら?」

 アルマが立ち上がる。古龍の皮で作られた素材ということで、流石のアルマも興味を持ったらしい。

「いいよ」

ミンクは自分の腰から鞭を外す。アルマはそれを受け取ると、魔法を使う。

「《鑑定》」

 アルマは口を開かない。

「魔女、鑑定結果は?」

 結果を待ちわびていたのは俺だけではなかったらしい。ヤナも結果を催促する。

「古龍の皮で間違いないわね」

 俺もヤナも息を呑んだ。対してミンクは信じていたのか、当然だとばかりに鼻を鳴らす。

「ね、言ったとおりだったでしょ?」

 アルマは古龍の皮で出来た鞭を手放したがらなかったが、ミンクが強引に取り戻す。

「アルマ、諦めろ」

 俺は、尚も食い下がろうとするアルマを止め、ミンクを座らせる。

「面接はこんなもんでいいだろう。次は実技試験だ」

「何だ、まだあるのかい」

「戦闘できなければ話にならないからな」

 俺、ヤナ、アルマ、ミンクは武器を装備し、部屋を出る。誰もいなくなるので、鍵をかけることも忘れない。

 俺たちは近くの城壁を越え、町を出て街道を離れ、何もない草原に来ていた。

「これだけ街道から離れていれば通行人の邪魔になることもないと思うが、一応ヤナとアルマは注意しといてくれ」

「はい」

「分かったわ」

 俺は対峙しているミンクに向き直る。

「じゃあ、行くぞ」

「いつでもかかってきな」

 俺は聖剣構える。殺すわけにはいかないし、聖剣の刃先を潰すわけにはいかないし、この為だけに新しい剣を買うのも勿体なかったので、鞘を被せたままだ。まあ、この鞘も聖剣専用に王国一番の細工師が作り上げた品らしいので、傷を付けるのは勿体ないのだが。

「来な、私の家族たち!」

 ミンクが召喚石を地面に投げ付ける。召喚石が砕け、眩い光と共に、そこに封じ込まれていた魔物が姿を見せる。

「……スライム?」

 そこにいたのは一匹の青い粘液の塊。どう見てもスライムだ。何だ? 様子見で弱い魔物を出してきてるのか。

「見くびられたもんだ」

 飛びかかってきたスライムを鞘付きの聖剣で叩く。スライムは弱い魔物なので、聖剣なら一撃、普通の鉄剣でも核を狙えば一撃だが、粘液系の魔物は基本的に打撃に強い。だが、強いとはいっても所詮はスライム。二、三発も入れてやれば直ぐに死ぬ。

「さて、小手調べは終わりだ。本気で来い」

 俺は鞘を被ったままの聖剣を構えるが、ミンクは次の魔物を召喚する様子はない。

「どうした?」

 近づいてみると、何やらぶつぶつと呟いている。

「……くも……」

「くも?」

「よくも私の仲間をおおおおおお?」

 完全に油断していた俺は、思いっ切り顔面にパンチを喰らう。

「はぁ?」

 地べたに這いつくばる俺にミンクは馬乗りになり、俺の顔面に拳を振り下ろす。

「ちょっ、まっ、ヘルプ!」

 何とか拳を避けながら俺は叫ぶ。慌ててヤナはミンクを後ろから羽交い絞めにする。

「どうしたんですか?」

「ミンクが召喚したスライムを倒したら、微動だにしなくなって、近づいたら、いきなり殴りかかって来た……」

 俺は腫れあがった頬をさすりながら、ヤナに説明する。

「《治療》」

「ありがと」

 頬から痛みが引いていくのを確認しながら、少し大人しくなったミンクに歩み寄る。

「どうしたんだよ急に」

「あの子はな、あたしがやっとの思いで見つけ出して、丹精込めて育てたんだ!」

 確かに、テイムした魔物に情が移るテイマーもいる。だが、解決策はある。

「情が移った魔物は使わなければいいだろう? テイマーの使役できる魔物は何も一匹ってわけじゃない」

 テイマーは、その実力に合わせてテイムできる魔物の数が増えていく。最初は一匹だが、ベテランにもなると五~十匹をテイムしておけるらしい。

「そんなことしてたら戦いに出せる魔物がいなくなるじゃないか!」

「ちなみに、今は何匹の魔物をテイムしているんだ?」

「……五十匹」

 俺は表情には出さなかったつもりだが、正直驚いた。五十匹の魔物をテイムしたテイマーなんて聞いたことがなかったからだ。もちろん、魔物の消費が激しい荒っぽい使い方のテイマーなら話は別だが、ミンクは一匹のスライムにも情が移るような奴だ。他の魔物も大切にしているんだろう。

「で、他にはどんな種類の魔物をテイムしてるんだ?」

 俺の質問に、ミンクはぎこちなく固まった。

「どうした?」

 古龍の鞭なんてたいそうな物を自慢していたから、俺がそのクラスを要求すると思っていたのかもしれないが、そんな伝説的な冒険者なら、王都まで噂が届くはずだし、この町に来て一番に耳に入ってくるはずだ。だが、冒険者ギルドに行ってもミンクの名は聞かなかった。

 つまり、ミンクはこの町の中でさえ埋もれるような冒険者ということだ。

「……けだよ」

「え? なんて?」

「だから、スライムだけだよ!」

 吹っ切れたのか、大声で開き直るミンク。

「畜生!」

 ヤナの羽交い絞めを無理やり振り切って城壁の方へ走って行ってしまった。

「これは、その……」

「戦力にはならなそうね」

 ヤナは言いにくそうにしていたが、答えはアルマと同じだったのだろう。コクコクと頷いている。

 だが俺は、そんなミンクの後ろ姿が気になってしょうがなかった。


 宿に戻って来た俺たちは、再び俺の部屋に集まり、これからのことを話し合った。

「新しいパーティーメンバーのことは、俺に任せて欲しい」

「何か策があるんですか?」

「これといってない。というか、待つかスカウトするかしかないと思ってる」

 パーティーメンバー募集の張り紙を見て、強い冒険者が来るにしろ、俺たちが強い冒険者をスカウトするにしろ、時間が必要だろう。

 それに、俺は個人的にやりたいこともあった。

「まあ、レイドがこのパーティーのリーダーだし、私は構わないわよ」

「私も特に策はないので、待機に賛成です」

 俺たちはしばらくこの町に滞在することにした。


 俺は、包帯を巻いて顔と聖剣を隠し、再び冒険者ギルドに赴いていた。

 ミンクについて気になることがあったからだ。

 普通、冒険者は数人でパーティーを組んでいる場合が多い。だから、他のパーティーに加入する場合、今まで加入していたパーティーを抜ける時には、パーティーメンバーと相談する必要がある。にもかかわらず、ミンクはすぐにやって来た。

 見ると、他の冒険者は四~六人のパーティーでテーブルを囲んでいるにもかかわらず、ミンクは一人でギルドの隅にいる。

 ミンクには、仲間がいないのだ。

 まあ、スライムしかテイムしていないテイマーなんて殆ど意味がないからな。

 どうするかと思っていると、ミンクに声をかける男がいた。

「よう、ミンク」

 ミンクは椅子を立ち、ペコペコと頭を下げだした。

「グレンさん。どうも、お疲れ様です」

 グレンと呼ばれた男を確認する。鍛え上げられた肉体に、武器を持っていないのを見ると、どうやら男は格闘家らしい。

「おまえ、勇者パーティーに志願したらしいな」

「はい……」

「スライムしかテイムできない出来損ないのお前が、勇者の仲間になんかなれるわけないだろうが!」

 グレンがバン!とテーブルを叩くと、ミンクはビクリと身体を震わせる。

「まあ、古龍素材の鞭だなんて言い張ってた嘘吐きの娘にしては上出来――」

 今度はミンクがテーブルをバン!と叩いて立ち上がった。

「何だ、ミンク?」

「私の事は何と言ってもいいです。でも、父の事を悪く言うのは許しません!」

 グレンはミンクの言葉にも余裕を崩さない。ミンクではどうやっても自分には勝てないと分かり切っているからだ。

 それを見たとき、俺の心は決まった。顔と聖剣を隠していた包帯を解き、二人の間に割って入る。

「何だテメエは?」

「レイドさん?」

「よう、ミンク。俺達のパーティーに入るってのに何辛気臭い飲み方してんだ。皆でパーっと飲もうぜ。俺達この町の事知らねえからさ、色々教えてくれよ」

 わざと大きい声で、ギルドにいる全員に聞こえるように言う。

「じゃ、行こうぜ」

「え? あ……」

 有無を言わさず手を引いて冒険者ギルドから出ていこうとしたが、待ったがかかった。

「おい、勇者さまよう」

「何だ?」

「そいつぁ不良品だぜ。スライムしかテイム出来ねえんだ。代わりに俺なんてどうだい? そいつの百倍は強いぜ」

「ほう。じゃあこうしないか? 一週間後、ミンクと君が戦い。勝った方をパーティーに加えるというのは」

 グレンは暫くポカンとしていたが、やがて大笑いしだした。

「そいつはいいや。こんなに楽な試験は初めてだ!」

 勇者パーティーに入りたいのにもかかわらず、パーティー募集の張り紙にミンクのように飛びつかなかったということは、グレンには何か後ろめたい事があるのだろう。

「ミンク、行くぞ」

「え、ああ」

 生返事のミンクを有無を言わさず俺の部屋へ連れていく。

 扉を開けるとベッドに腰かけて紙束を読むヤナと、ベッドに寝転ぶアルマの姿があった。

「お前ら、自分の部屋でやれよ」

「この魔女より先に帰るわけにはいきませんので」

「あら、なら私は朝までこの部屋で過ごそうかしら」

 アルマの軽口に、ヤナは顔を赤らめてキーキーと言い返す。

「あら、その子は」

「ミンクさん、でしたね」

 俺は震えているミンクの肩を叩き、安心させるためにも、皆の前で宣言する。

「俺はミンクを、新しいパーティーメンバーとして加える事にした」

「「「ええええええ?」」」

「ミンク、なんでお前まで驚いてんだ? さっき冒険者ギルドで説明しただろ?」

「いや、でもあれは、グレンさんを仲間にするんじゃ?」

「あんな素行の悪そうなやつ、仲間にするわけないだろ。うちには女子が二人もいるんだぞ?」

 まあ、ヤナはともかく、アルマは心配無用か。いや、逆にグレンの心配をするべきかもな。

「で、でも……私じゃグレンさんに勝てないっす」

「それが素か」

 どうもパーティーメンバー募集の時のミンクは、無理に一流冒険者としてふるまっている節があった。多分、今の口調がミンクの素なのだろう。

「そのグレンと言うのが誰かは知らないけど、その子、使い物にならないわよ」

 アルマは強いから、弱い奴が自分の弱さにどれだけ傷ついてるか分からない。だが、アルマのいう事は、お世辞がない分正しい評価だ。

「言い過ぎな気はしますが、私も魔女と同じ意見です。これから先の旅は危険です。実力が伴っていなければ死にますよ」

 ミンクは先程から肩を震わせていたが、この場にいるのが耐えられなくなったのか、ドアから飛び出そうとする。俺はそれを腕を掴んで止めた。

「離してくださいっす! 私には、皆さんに付いて行くだけの力がないっす?」

 優しい奴ならここで抱きしめたり、同情したりするんだろうが、俺は優しくない。

 パチン! と鋭い音がして、ミンクの頬を俺のビンタが捉える。

「泣き言ばっか言ってんじゃねえ! じゃあ強くなればいいだけの話だろうが?」

 ミンクは泣くのをやめ、座り込んで俺を見上げる。

「少し二人きりにしてくれ」

 アルマとヤナにそう言って部屋から出て行ってもらった。

「くれぐれも手を出しちゃだめよ」

 アルマはそう言って茶化してきたが、別の意味でもう手を出してしまったからな。後には引けない。

「ミンク。今から俺の秘密を全部話す。お前が仲間になるにしろならないにしろ、他言無用だ」

 俺は右腕の包帯を解いた。ミンクは目を見開いて見ている。

「俺は正当な勇者じゃない。死んだ勇者のミイラ化した右腕、聖者の右腕を自分の右腕を切り落としてくっつけた、偽りの勇者だ」

「……なんで、それを私に?」

 ミンクは暫く何も言わなかったが、何とかその言葉だけを紡ぎ出した。

「俺は先代勇者の末裔だ。ずっと勇者の血族だけが暮らす辺境の村で育ってきた」

 俺の一人語りをミンクは静かに聞いていた。

「俺は村の中じゃ一番弱くて、勇者の適性も低かった」

 そうだ。あの村の他の誰かだったら、こんな風に右腕をくっつけなくても、聖剣を抜けたはずだ。でもその誰かはもういない。

「あるとき、魔王が復活して、勇者の末裔の村を奇襲した」

 ミンクは息を飲んだ。俺達は人続のいさかいを避けるために、人里離れた場所で暮らしていた。人里離れた場所は必然的に魔物の領域の近くになる。そして、魔王は魔物の王だ。俺達の情報なんて簡単に手に入ったことだろう。

「勇者の末裔は強かった。けど、流石に魔王も警戒して精鋭を送り込んでいた。それもかなりの数をな」

 俺は上着を脱ぐ。蛇に巻き付かれたかのような趣味の悪いタトゥーが入っている子の身体をミンクの前にさらけ出す。

「生き残ったのは俺だけで、俺もこうして魔王に呪われている」

 言いたいことは言い終わったので、俺は上着を着て、包帯を右腕に巻き付ける。

「諦めようとは、思わなかったんっすか?」

 俺はフッと笑う。諦める。確かに普通の人ならそういう考えもできたのかもしれない。魔王なんてのは自然災害みたいなものだ。自身や台風に普通の人は挑まない。

「悪い意味で俺も勇者の末裔だったんだろう。魔王は倒せるものだと思ってた。それに、家族の仇だ。そう簡単に諦められるハズがない」

「なんでその話を私にしたんすか?」

「お前は自分が馬鹿にされても耐えて、父親が馬鹿にされたときには、どんなに怖い相手であっても言い返した。そういうところが気に入った」

 もしくは、俺自身に重ねていたのかもしれない。

「このことを、アルマさんとヤナさんは知ってるんすか?」

「アルマは知っている。だが、ヤナは知らない」

 言いたいことが言い終わった俺は部屋を出ていく。

「あとはお前次第だ」

 そう言い残してドアを閉めた。

 さて、早速問題が起きた。今日の寝床どうしようかな。ミンクと話していたのは俺の部屋だ。だから、ミンクに出ていくように促せばいいのだが、あれだけシリアスな話をした後にもう一度顔を出すのは避けたい。

 かといって、アルマかヤナの部屋に泊めてもらうというのも、それはそれで後々問題になる。

 俺はなくなくもう一部屋借りた。

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