聖剣と聖者の右腕(改)

八月十五

第一章 偽りの勇者

 斧を持っている女が俺の横に立っている。

「準備はいい?」

 そう聞かれると、覚悟していたつもりだったが、それが鈍る。

「いや、ちょっと一回待って――」

「えい♪」

 鈍い音がして、血しぶきで顔が濡れる。鉄のにおいが鼻を刺し、ドクドクと腕から血が出ていくにしたがって、身体から熱が失われていく。

「おい! 待ってくれって言ったろ?」

 麻酔のおかげで痛くはないとはいえ、それでも自分の右腕を切り落とすなんて気分のいいものではない。刃に皮膚を破かれる感覚、筋肉の繊維をブチブチと切られる感覚、骨が砕かれる感覚、全てが不快だ。

「ごめんなさい。一思いに終わらせてあげたほうがいいかなと思って」

 紫の髪を血で染め、片手で斧を持って狂気的な笑みを讃えているこの女はアルマ・ケルスタ。人間の間では魔女の二つ名で通る女だ。一見すると美人だが、このあたりに住む老人から聞いた話では、老人が若かったころから姿が変わっていないらしい。

「まったく、髪が汚れちゃったじゃない」

 その魔女は、ブツブツと文句を言いつつミイラ化した右腕を取り出す。今切り落とされた俺の右腕とは別の、かなり昔の他人の右腕だ。

 それをアルマは俺の右肘に押し付ける。かなり気持ち悪いが、この腕とはこれから長い付き合いになっていくことになる。こんなことで気持ち悪がっている暇はない。

 この腕は俺の先祖であり先代勇者の右腕。人間の間では「聖者の右腕」と呼ばれている聖遺物だ。

「《結合》」

 アルマは魔女の二つ名の通り魔法が使える。おそらくアルマを超える魔法使いは人間にはいないだろう。ゆえにアルマは討伐されずに黙認されているのだ。

 過去には国から大規模な討伐隊も派遣されたらしいが、返り討ちにした挙句、死体や生き残りは実験に使い、わざわざ《転移》で王城にすべて送り返すというイカレっぷり。

 そんなことを考えている間に、聖者の右腕に俺の血が巡り、若々しく蘇る。

「一応成功したわね。しばらくは派手に動かさないようにね。この手術台は一晩貸してあげるわ」

「ああ、助かる。実はかなり眠くてな」

「子守歌でも歌ってあげましょうか?」

「そりゃあいい鎮魂歌になりそうだな」

 アルマは否定せず、ニコリと微笑む。斧を血振りすると、奥の部屋へと引っ込んでいった。

 俺は俺の右肘に新しく付けられた聖者の右腕を天井へ突き出す。

「これで俺は勇者になれる」

 安心したからか、急激な睡魔に襲われた俺は、意識を手放した。


 急激な身体の痒みで目が覚めた。右半身を見ると、血がべったりと張り付いていた上に、固まってカピカピになっていた。手術台から降りて地面を見ると、俺の血で血だまりができていた。

「おはよう。生きてる?」

 アルマが俺の起きるタイミングを見計らったように出てきた。

「起きたら冷たくなってるかと思ったが、存外生きてるよ」

 聖者の右腕を指、手、手首と動かしていく。中々スムーズに動く。

「じゃあこれ、朝食」

 アルマは林檎を投げてくる。俺はあえて右手でキャッチした。距離感も問題ない。俺はほくそ笑みながら林檎にかぶりつく。血の臭いで食えたもんじゃなかった。

「さて、じゃあ私はこの部屋を掃除するから、血を落としてきて」

 林檎を全て喉の奥に押し込み、返事をする。

「いや、俺が散らかしたんだ。掃除くらいは俺が――」

 俺がそう言おうとしたのをアルマが制し、得意げに胸の谷間から煙管を取り出した。

「《洗浄》」

 煙管から水が放たれ、固まった血を洗い流す。しかし、部屋は辺り一面水浸しになってしまった。

「《乾燥》」

 アルマがそう唱えると、まるで一瞬で数日の時が経ったかのように水が引いていく。

「魔法ってやつは何でもできるんだな」

 てっきりアルマは得意げな顔をすると思っていたが、冷静に答える。

「何でもはできないわよ」

 確か、魔法には魔力という謎の力が必要なんだったか。この王都に来る前に旅の魔法使いに聞いた話では、魔法使いはみんな魔力を使って魔法を発動し、魔力が切れれば何もできなくなるのだと言っていた。きっとそのことを言っているのだろう。

「さて、じゃあ部屋の掃除は済んだから、身体を洗ってらっしゃい」

 俺はさっきの魔法をもろに食らっていた。だからもう固まった血は付いていない。

「あなた何日も身体洗ってないでしょ? まだ臭いわよ」

 確かに俺は辺境の村からこの王都に来るまでは野宿生活だったから、しばらく身体を洗っていない。これからまたしばらく旅に出るのだから、このあたりで身体を洗っておいたほうがいいだろう。

「分かった。じゃあ布と桶を貸してくれ」

 アルマはニヤリと笑うと、俺の背を押して歩き出した。どういうわけか、家の奥へと入っていく。

 この世界では、井戸で桶に水を貯め、布を濡らして身体を拭くのが一般的な身体の洗い方だ。そして、家内に井戸があるとは考えにくい。

「まさか、あるのか……?」

「見てのお楽しみよ」

 ガチャリとドアを開けると、そこに広がっていたのは浴室だ。

「うおおおおおお??」

 浴室は王侯貴族か豪商ぐらいしか使えない高級品だ。浴室なんて、金がかかるし、水をためるのも火を見るのも人が必要なので、金に余裕がある者の家にしかないものだ。

 王侯貴族や豪商の家にある浴室はきっと広々としたものなのだろう。見たことがないから分からないが。

 一方で、アルマの家にある浴室はこじんまりとしたものだった。おそらく一人暮らしだから、そこまで大きい浴室は無駄なのだろう。

「じゃあ、いただきます」

 俺はいそいそと血まみれの服を脱ぎ捨て、湯につかる。泡が身体にこびりついた固まった血を洗い流してくれて気持ちがいい。

「じゃあ私も」

 何が? と思ってドアの方を見ると、アルマが服を脱いで浴室に入ってくるところだった。

「おいいいいいい?」

 俺は慌てて立ち上がろうとするが、このまま立ち上がれば、今は湯と泡で隠れている俺の男性器が見られてしまう。アルマ相手とは言え、流石にそれは恥ずかしい。

「なんで一緒に入るんだよ。後で一人でゆっくり入ればいいだろ?」

 アルマがこちらに向かって歩いてくる。服の上からでも大きいとは思っていたが、やはり巨乳だ。

「あなたの準備が終わったらどうせすぐに魔王討伐の旅に出るでしょ? せっかくだから、私もその前に一っ風呂浴びておこうかなと思って」

 確かにアルマの言う通り、俺は準備が整い次第魔王討伐の旅に出るつもりだったが。

 アルマが湯につかる。大きいと浮くというのは本当だったらしい。あまり見るのも紳士らしくないと思って、反対を向いて体を縮ませていたら、アルマは湯の中で足を伸ばしてくつろぎ始めた。

「おまえ羞恥心とかないのか?」

「私が何百年生きていると思っているの? こんな婆に欲情する男なんてもういないわよ」

 違うんだよ! アルマ、おまえ実年齢は百歳越えの婆でも見た目は二〇~三〇代じゃないか。たとえ魔法で保っているとしても、それでも若くてピチピチで大人の色気もあってスタイル抜群で――あれ? これ俺もうアルマに惚れてね? もう結婚してハッピーエンドで良くね?

 色欲丸出しになってきた俺の身体に、ズキンと痛みが走る。正確には、聖者の右腕に。

 俺は聖者の右腕を湯の中から出し、眺める。俺の肌より若干色が濃いので、繋ぎ目が分かってしまう。そうだ、俺は何のために右腕まで切り落とした? 家族の仇を、村のみんなの仇を討つために。俺の呪いを解くために。生き残るためにここまで来た。聖者の右腕はそれを思い出させてくれたのかもしれない。

「アルマ。もう綺麗になっただろ? 出るぞ」

 アルマはクスリと笑う。

「覚悟は決まったみたいね」

 なるほど。俺はアルマにも試されていたわけか。

「ああ、俺が魔王を倒す」

 颯爽と風呂から出て、服を着なおそうと思ったところでアルマから待ったがかかった。

「あなたの服、平民の使い古しのそれだし、血まみれじゃない。洗っても落ちないだろうから、新調してあげるわ」

 言いながらアルマは身体をタオルで拭いて服を着なおす。

「さっきみたいに《乾燥》の魔法で乾かせばいいだろう?」

「急に乾かしたら肌が痛むじゃない」

 なるほど。これがさっきアルマが言っていた魔法でできないことか。

 アルマに連れられて、また別の部屋に通される。ちなみにその間、俺は全裸だ。他人の家で全裸。新しい性癖に目覚めそうだぜ。

 連れてこられたのは、裁縫室だ。足踏みミシンもあるから間違いない。

「それで、糸もないのにどうやって服を作るんだ?」

 そう、この部屋には裁縫をするうえでなくてはならないもの、糸玉がないのだ。

「ちょっと待ってね。ああ、この子よこの子」

 アルマが壁に張り付いていた蜘蛛に指を向ける。蜘蛛は逃げることなくアルマの指を伝ってアルマの手に平に収まる。

「綺麗好きなお前にしては珍しいな、家の中に益虫とはいえ虫がいるなんて」

「この子は特別なのよ」

 アルマは指を蜘蛛の尻につけると、ゆっくりと指を離す。すると、糸が指についてそのまま伸びた。

「その糸で俺の服を作ってくれるって?」

「そうよ」

 アルマが冗談を言うのは別段珍しくないが、今回は真面目そうだ。

「蜘蛛の糸っていうのは細い割には強度が高いのよ。これをこよって糸を作ってあなたの服を作ってあげるわ」

「期待せずに待ってるよ」

 全裸にも慣れてきた俺は、床に寝そべる。

「できたわよ」

 いびきをかいて寝ていた俺をアルマが起こす。

「もうできたのか?」

「ええ」

 アルマがシャツとズボンを広げる。

「採寸はどうした?」

「あなたが寝ている間に済ませたわ」

「俺のスリーサイズはトップシークレットなんだが?」

 アルマの手からシャツとズボンをひったくり、着る。

「どう?」

「中々いい着心地だ」

 見た目は普通の服と変わらないが、伸縮性抜群だし、光沢があって高級感が出ている。

「さて、じゃあ準備も整ったし、行くか」


 俺たちはその足で聖剣広場に向かった。聖剣広場は、先代勇者が聖剣を突き立て、魔物が入ってこられない結界の中心にした場所だ。そのため、王城を差し置いてこの国の中心となり、国民の憩いの場となっている。

 今もその場所に聖剣は突き立てられており、この聖剣を引き抜いた者が新たな勇者となる仕来りだ。

「挑戦したいんだが?」

 俺は聖剣の番兵兼未届け人に声をかける。

「どうぞ」

「挑戦料は?」

「挑戦料?」

 アルマが言った聞き覚えのない言葉に俺は首を傾げる。

「ああ、昔は聖剣に挑戦するにはお金が必要だったんですがね。誰も引き抜けないんで、詐欺だと叩かれまして。そっからは無料になったんです」

 番兵兼未届け人が親切に教えてくれる。だが、今回もどうせ引き抜けないと思っているのか、番兵兼未届け人は欠伸をしながらベンチに腰かけたままだ。

「大変だな」

「いいえ。暇な仕事なんで、上を目指すもんには地獄かもしれませんが、私みたいなのんびり屋には天国です」

「じゃあ初仕事になるわね」

「え?」

 アルマの一言に、番兵兼未届け人は目を丸くして答える。

 俺は試しに、聖剣を聖者の右腕とは反対の手、左手で握ってみる。

――バチィ!

 左手に鋭い痛みが走るとともに、青白い火花が出て、柄に触れることすら出来なかった。

「お姉さんには悪いけど、結局いつもと同じ結果になったね」

 番兵兼未届け人が失望のまなざしで俺を見る中、俺は今度は聖者の右腕で聖剣を握る。問題なく柄を握ることができた。

 俺が問題なく柄を握ることができたのを見て、今まで見向きもしなかった民衆たちがざわめきだす。

 民衆の注目を一身に受けて、俺は聖剣を引き抜いた。眩い光が溢れ、台座から切っ先が離れる。

「ぬ、抜けたぞ!」

「もう何百年も抜けてなかったのに!」

「ねえそこの彼女、俺とデートしない?」

 アルマはナンパ男を無視して俺のもとへやってくる。

「レイド、名乗りを上げて」

「なんで俺がそんな恥ずかしいことをしなくちゃならん。第一――」

 「俺は目立ちたくない」という続きの言葉を、アイコンタクトで伝える。

「ここで名前を覚えておいてもらった方が、武器や装備を買う時に割引してくれたりして、何かと便利なのよ」

 まあ、アルマが言うのならその通りなのだろう。俺は聖剣を天高く掲げ、名乗りを上げる。

「我が名はレイド・マーシャル! 新たな勇者である?」

『うおおおおおお?』

 民衆は諸手を挙げて歓声を上げる。

「それで、俺はこれからどうすればいい?」

 俺は番兵兼未届け人に今後のことを聞く。番兵兼未届け人の「聖剣が盗まれないための要人」以外のもう一つの役目に「新たな勇者への案内」というものがあるはずだ。

「あ、え、ええと……」

 番兵兼未届け人はあたふたしていて会話にならない。

「若いのに大変だな」

「違うわよレイド。今までは楽な仕事だったのに、あなたが大変にしたの」

 言われてみればそうだ。俺が聖剣を引き抜かなければ今まで通りの暇な仕事ができていた。俺は色々な人の平穏を踏み躙っている。だが、それは承知の上。それでも俺はやらなければならない。

「と、とりあえず、王城にいらしてください。私は一足先に王城へ伝令に向かいます」

 そういうと、番兵兼未届け人は走り去っていった。

「ねえお姉さん、ダメかな? ちょっとでいいんだけど?」

 相変わらずアルマはナンパ男に絡まれている。

「悪いが、こいつは俺と王城まで行かなきゃならないんだ」

 そう言うと、ナンパ男は馬鹿にした様子で俺を見る。

「ああ、勇者だろ? いいよな~たまたま聖剣引き抜けただけで王様から大金もらって、聖女様も着いてきて来て。俺にも一人くらい分けてくれよ~」

 こいつ、俺がどんな思いで聖者の右腕をくっ付けたと思ってる……?

「おいアルマ、お前の客だろ? さっさと追っ払えよ」

 その時俺は、聖剣広場に来て初めてアルマの名を呼んだことに気が付いた。

「あ、アルマ? アルマってまさか、魔女アルマ・ケルスタ?」

 ナンパ男はその名を聞いたとたんにガクガクと震えだし、腰抜けになった。無理もない。今までは聖剣で魔物からは守られていたから、民衆の魔物への危機感は薄いが、アルマは王国が討伐隊を出しても軽々と返り討ちにできる。そして、聖剣の結界はアルマには効かない。言わばアルマは民衆にとっては魔物よりも恐ろしい災害そのものだ。

 アルマが優雅に煙管で煙草を一服し、息をナンパ男に吹きかける。

「な、なんだ? ひい、やめろ、やめてくれ~?」

 すると、ナンパ男は極度に怯え始め、最後には目を回してしまった。

「なにしたんだよ?」

 アルマは得意げに煙管をトントンと叩いて灰を出す。

「幻覚作用のある煙よ」

「そんなの吸ってお前は大丈夫なのかよ」

「私は毒にも幻覚にも耐性があるもの」

 そんなことを言っている間に、民衆はアルマが本物の魔女だと気が付いたらしい。

「ま、魔女だ!」

「魔女アルマだ!」

「逃げろ、食い殺されるぞ!」

 みんなアルマを中心に我先にと逃げていく。

「おい、どうすんだこれ。悪評が立つだろ」

「私が同行してあげるんだから、多少の悪評は我慢しなきゃね」

 俺はため息をつきながら、王城へと向かう。


 しばらく歩くと、煉瓦の上から漆喰の塗られた、白亜の城にたどり着いた。

「新たなる勇者、レイド・マーシャル様ですね?」

「ああ」

 一応国には身分証の制度もあるが、聖剣を持てるのは勇者だけなので、聖剣を持ってさえいれば、その必要もない。

 門兵が門を開けると、道の端に騎士が二列に並んでいた。

「勇者様に、捧げ剣!」

 騎士たちが作った道を通って、俺たちは王城へ入った。

「勇者様、どうぞこちらへ」

 使用人に促され、俺たちは待合室の一つに通される。

「アルマ、盗聴はされてないか?」

 アルマはキョロキョロと辺りを見回した後、耳を済ませる。

「大丈夫ね。本職の仕事だったら見つけられないかもしれないけど」

 ここは王城だ。金も持っているはずだから、一流の本職に仕事を任せることもできるだろう。それに、王城はというものは情報戦における戦場だ。全ての会話を聞かれていると思った方がいい。

「音を遮断してくれ」

「《防音》」

 アルマが魔法を発動させ、魔力の領域が部屋内に広がるのを確認してから、俺は本題に入る。

「この聖剣、内包している力が強大な割に、聖力が低い」

 聖力というのは、聖剣が持っている力の種類だ。魔力が人間や魔物の持つ力ならば、聖力は神や神聖なものが持つ力だ。

 聖剣の内包している聖力が強大なのは、引き抜いた瞬間に漏れ出た聖力で感じていた。だが、今の聖剣は当初感じたものに比べれば、著しく弱々しい。

「ちょっと調べてくれ」

 俺は聖剣を机に置き、アルマに調べさせる。

「あ?……」

 アルマは何か気づいたようだ。言いづらそうに口を開いた。

「右腕だけしか勇者じゃないって見抜かれてるわね」

 それはつまり、俺が聖者の右腕を身体にくっつけただけの、偽りの勇者だと聖剣に見抜かれているということだ。

「そのせいで聖力が落ちていると?」

「ええ」

「解決策は?」

「わからないわ」

「おい!」

 聖者の右腕を俺の右肘に結合することを提案したのはアルマだ。故にこれはアルマの責任と言える。

「ふむふむ、なるほどね」

 当のアルマはメモ帳に何か書き込んでいる。おそらく、聖剣についての今回の収穫でもメモしているのだろう。

「まあでも、一番簡単な方法は、あなたが勇者として認められることだと思うわよ」

 アルマがさりげなく言うが、俺はそれができなかったから聖者の右腕をくっつけ、偽りの勇者になったんだ。

 アルマに懇願するような目を向け、続きを促す。

「まあでも、そんなに心配しなくても、時間が経てば身体になじむだろうし、そうすれば聖力も上がると思うわよ?」

 アルマは気軽に言う。俺を安心させるためだと分かってはいるが、それでも不安は拭えない。

「だといいんだが……」

 その時、コンコンと扉がノックされた。《防音》は内部から外部への音は遮断するが、外部から内部への音は遮断されない。

 アルマが慌てて《防音》を解除する。

「どうぞ」

 やってきたのは一人のメイドだった。

「勇者様、国王陛下の準備が整いました」

 本来、国王への謁見はかなりの時間待たされることが常だ。だが、勇者は全てにおいて優先される。本当なら、今日も国王はこれから沢山の謁見や執務があったはずなのだが、それを全てキャンセルして勇者である俺との謁見を優先させたのだろう。

 メイドの後に続いて謁見の間に入る。

「勇者様の御成り!」

 シンバルが鳴らされ、扉が開かれて俺たち中に入る。長い廊下に近衛騎士が金属の全身鎧を着こんでズラッと並んでいる。廊下の先には国王が一段高い場所に立派な椅子に座って待っていた。

 しばらく進むと、メイドが突然跪く。

「私の行動を真似してください」

 俺はド田舎出身なので、礼儀作法なんて最低限。それこそナイフとフォークの使い方ぐらいしか習っていない。それを見抜いて、国王は礼儀作法を率先して見せてくれるメイドを付けてくれたのだろう。ありがたい。

 俺はメイドの行動を真似て跪くが、アルマは跪かない。おい~面倒を増やすなよ。

「貴様、なぜ跪かない!」

 近衛騎士が剣の柄に手をかける。

「王様の方が位が下だからよ」

 アルマは手で髪を梳き、優雅に言い放つ。

「貴様ーー」

 近衛騎士達とアルマは一触触発だ。しょうがない、近衛騎士達のために、助け舟を出すか。

「アルマ、その辺にーー」

 俺はあえてアルマの名を出した。

「アルマだと」

「まさかアルマ・ケルスタ??」

「魔女だ??」

 近衛兵達が聖剣広場の巻き戻しのように騒ぎ始める。

「静まれ!」

 王様の一括によって、近衛騎士達は平静を取り戻し、並び直す。だが、その身体はブルブルと震えている。

「アルマ・ケルスタ。久しいな」

「ええ、討伐隊の一件以来ね」

 おそらくアルマがその一件を出したのは挑発だろう。跪いていた俺にも王様の苦虫を噛み潰したような顔がありありと想像できたし、歯が軋むような音が聞こえたような気がする。

「よくもまあ儂の前に顔を出せたな」

「王様なんて恐れるに足らないってことね」

 やめてー! もうやめて? なんかめっちゃギシギシギリギリ聞こえてるから? 俺はアルマのローブの裾を引っ張り懇願する。

 アルマは肩をすくめ、俺の願いを聞いてくれるようだ。

「とはいえ、今の私は勇者の仲間。魔王を倒すまでは力を貸してあげるわ」

 その言葉によって、王様の視線がアルマから俺に移ったのを感じる。

「魔女を味方につけるとは、今代の勇者は頼もしいな」

 王様のアルマとの関係を見ると、素直に喜んでいいのか、皮肉なのかテンで分からない。

「ははあ」

 鳥合図何か答えないと不味いと思って適当に返事を返しておく。

「まあいい。ところで、二人で旅に出るつもりか?」

「ええまあ、ただ聖女様は頂いて行こうかと」

 聖女。それは人類の最大宗教「聖勇教」の女性聖職者のあこがれとも言えるポジションだ。始まりは初代勇者の時代、勇者が一度死んだ際に、自分の命と引き換えに勇者を蘇生させた聖勇教の女性聖職者がいた。その者を聖女と称し、以後、最も優秀な光魔法の使い手かつ、最も聖勇教への信仰が強い女性聖職者に聖女の称号を与え、その代の勇者の仲間に加えるのが習わしとなっている。

 俺としては聖者の右腕の件もあるから、できれば仲間に加えたくはないんだけど、アルマにそれだと聖勇教に逆に怪しまれると却下された。

「そうだな。魔女なんぞと聖女を一緒にしておくと穢れが移りそうじゃが、儂としても今代の勇者にだけ聖女を着けない訳にもいかん」

 王様が手を叩くと、扉が開き、桃色の髪に桃色の瞳、白い修道服を着た女性が現れた。

「紹介しよう。今代の聖女、ヤナ・ラーマじゃ」

 そのままヤナは王様の近くまで歩いて行くと、俺たちに向けて頭を下げる。

「ご紹介に預かりました。ヤナ・ラーマです。若輩者ではありますが、全身全霊で勇者様にお仕えいたしますので、何卒よろしくお願いいたします」

 自己紹介をしたヤナは俺の隣に並ぶと、王様に跪いた。

「アルマもおることじゃし、三人いれば十分じゃろう。分かっておると思うが、魔王城には結界が張ってあるため、聖剣を持つものとその仲間しか入れん。よって軍を動かすことはできん。何かあれば仲間を増やし対処するのじゃ。旅支度として聖剣の鞘と金貨三〇〇枚を授けよう」

 王様は勇者に聖剣の鞘と支度金を渡す決まりだが、この時の支度金は王様のさじ加減と、国の裕福さで決まる。先代勇者の時いくらだったのかは知らないが、金貨三〇〇枚と言うのはかなりの大金だ。

 まず、この国には下から銅貨、銀貨、金貨という三種類の通貨が存在する。つまり、金貨と言う時点でかなり価値が高い。次に三〇〇枚という枚数。これは成人男性が一年働いても稼げないだろう。まあ、人族領を越え、魔族領を突き進み、魔王城に行くにはそれだけの金が必要なのは確かだ。

「はは、必ずや魔王を討ち倒してごらんにいれましょう!」

 王様は謁見の間から出て行き、俺たち三人とメイド、近衛兵だけとなった。

「さて、自己紹介だが、俺はレイド・マーシャル。今代の勇者だ、よろしく」

 まずは初対面のヤナに向けて自己紹介をする。

「改めまして、ヤナ・ラーマです。必ずや私が魔王や魔女の脅威から勇者様を守って見せます!」

 ん? 今、魔女の脅威って言ったか?

「ヤナ、アルマは確かに魔女と呼ばれているが、今回に限っては仲間なんだ」

 俺が弁解すると、ヤナは光のない瞳でアルマを見る。

「まさか魔女がここまで勇者様を垂らし込んでいるとは……必ずや私の信仰で正気を取り戻させて見せます!」

 どうやら、ヤナの中ではアルマが仲間なのは俺を誘惑なり洗脳なりしていうことを聞かせているからだということになっているらしい。

 訂正するのも面倒くさいし、ヤナの目が怪しいので、あまり関わりたくない。

「この後どうする?」

 俺はヤナではなく、アルマに意見を聞いた。

「そうね、まずは装備を揃えるのがいいんじゃないかしら?」

 俺は聖剣をメインに使うが、加護の弱い俺には防具がいるだろう。

 加護というのは、聖剣が勇者にもたらす聖力の防御膜だ。かつての勇者の中には加護があるからと腰布一枚で魔王に立ち向かった勇者もいたらしい。

 だが、俺の加護は聖者の右腕にしか備わっていない上、著しく弱い。おそらくこれも俺が本物の勇者ではない弊害だろう。

「そうだな、まずは装備を揃えるか。ヤナもそれでいいか?」

「魔女の提案というのは気に喰わないですが、私もそれが良いと思います」

 満場一致ということで、俺たちは王城を出て、武器屋に行くことにした。武器屋、防具屋、道具屋、冒険者ギルドは町の外れに固まっている。

「この町って何で武器屋と防具屋と道具屋と冒険者ギルドが固まってるんだ?」

「あら、この町だけじゃなくてこの国ではどの町もそうよ。レイドの町には――ああ、なかったかもしれないわね」

 アルマは俺が先代勇者の末裔だけの寒村で暮らしていたことを知っている。察しの通り、できるだけ人と関わらないように過ごしていたから、冒険者ギルドなんてなかったし、武器屋も防具屋も道具屋も知り合いがそれぞれの家で勝手にやっていた。

「これは、冒険者っていう武器を持った人たちを町の中心に入れないための措置なのよ」

 確かに、武器を町中で振り回して欲しくない気持ちは分かる。だが、それはお前は犯罪するかもしれないから牢屋で過ごせと言われているのと同じなのではないだろうか。

「冒険者たちは窮屈ではないのか?」

「冒険者たちも頻繁に使う武器、防具、道具をいっぺんに買ってすぐ冒険に出られるからって評判よ」

 まあ、両者が納得しているなら俺が口出しすることじゃないか。そんなことを行っている間に武器屋に到着した。

「勇者様ですね? ご注文は?」

 もう俺が勇者になったことは広まっているらしい。冒険者は情報も重要だから当然か。

「革鎧と丸盾。武器は聖剣を使うからいい」

「勇者様には加護があるから防具は必要ないのでは?」

 案の定ヤナが不思議がっているが、これには言い訳を考えてある。

「確かに、過去には腰布一枚で立ち向かった勇者もいるが、俺は仲間を守らないといけないからな。最低限の装備はしておくべきだろう」

「! 私の為に、ありがとうございます!」

 アルマも仲間に入っているのだが、案の定ヤナの中では仲間は自分だけだと思っているらしい。

「ヤナとアルマは?」

「私は聖女になったときに教会から送られたこの杖があるから大丈夫です」

 ヤナが持つ杖は黄金に輝いている大変美しい逸品だ。教会が聖女に渡すのだからメッキということもないだろう。

「私も杖があるし、煙管でも魔法を発動できるから予備もいいわ」

 アルマの杖は禍々しいオーラを放出している。聞いたところによると自作らしい。材料は何か聞かなかった俺を今は褒めたい。

「でも二人とも防具はいるだろ? 鎖帷子なら服の下からでも着られるし」

「はい。勇者様がそうおっしゃるなら」

 ヤナは素直に鎖帷子を買うと、試着室に入っていく。てっきり魔女とお揃いなんてまっぴらごめんだというかと思ったが、意外だ。いや、アルマに先に買わせないことで、アルマがヤナの真似をしているということにしたのか。意外と策士だ。

 俺も革鎧と丸盾を買って試着室で装備する。出てきたときには既にヤナとアルマは鎖帷子を装備し終えていたが、服の下に着ているので、外から見ても何も分からない。

「似合ってるとか言った方が良いか?」

「! ありがとうございます勇者様!」

「服の下に来てるんだから見た目は何も変わらないでしょ。今のはレイドなりの皮肉よ」

 アルマがヤナに本当のことを教えている。

「これだから魔女は。勇者様がお褒め下さったのだから、素直に喜べばいいものを」

 それをヤナはかわいそうな人を見る目で返す。

 とりあえず、装備はこれで揃ったし、次は道具か。

「何か持っておいた方がいいものはあるか?」

 店主とアルマ、後一応ヤナにも聞いておく。

「そうだな。縄、スコップ、薬草、毒消し草、煙玉、ぐらいか」

「あと、水筒も人数分ね」

「お金に余裕があるのですから、万能薬もいくつか買っておいてもいいと思います」

 俺は長旅をしてこの町まで来た。だから旅に必要なものは分かっているが、やはりそれぞれプロの目を通すと必要なものがわんさか出てくる。

「じゃあそれを全部貰おう」

「毎度あり」

 で、どうなったかというと、女性に荷物を持たせるわけにもいかず、俺が大荷物を運ぶ羽目になった。荷物持ちでも雇おうかな。

 とはいえ、これで冒険の用意は整った。魔王討伐に出発だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る