第155話 その後
広大なホールを擁する場所だった。
そこには武装をした様々な種族が存在をし、受付だけでも数十か所もあり、壁と言う壁に様々な依頼が張り出される。
そう、冒険者ギルドと呼ばれる場所である。
そんな場所の一番隅っこにある受付は、新人が加入する為の場所であり。
そこでは毎日の様に新たな冒険者が生まれている。
……。
……。
「では人族のレオンさん、これが冒険者カードと成ります」
そう言って、冒険者ギルドの受付嬢が差し出したのは、木のカードに何やら番号や名前を焼きつけた代物だ。
レオンと呼ばれ、それを受け取った10代半ばに見える男性は。
「ありがとうお姉さん、そうだ、この冒険者ギルドでは新人への救済措置として、格安で教育を受ける事が出来るって聞いたんだけど」
「ええ、ダンジョンへの無謀な挑戦で亡くなる新人が多いので、ランクの高い冒険者に教育をお願いする制度ですね」
受付嬢は受付台に何やら書類を出しながら、レオンと呼ばれた男性に説明をしていく。
レオンはその書類を読みながら。
「へぇ……職人ギルドの徒弟制度に似てるのかな? 相手との契約内容によっては衣食住まで面倒を? ふむ……これだと教える側の上級冒険者のメリットが無くないですか?」
「新人への教育依頼は、ギルドへの貢献度が高く設定されているんですよ、なのでギルドランクを上げたいベテランさんが受けてくれるし、有望な新人なら囲い込みにも使えるからね」
レオンは成程と頷きながら、さらに書類を読み込んでいく。
「ふむふむ、細かい規約もあるし、ベテランが新人を食い物に出来ない様になってるんだね……それじゃ俺もこの救済措置に応募を――」
それまでも様々な人々の会話でザワザワとした喧噪だった一階のホールに、一際大きな歓声があがる。
レオンと受付嬢はその大きな歓声に驚き、それが起こった入口付近の方を二人して見る。
そこには冒険者達が押しかけており、レオンからだと人々の背中の壁しか見えないので何が起きたのか良く判らない。
なので彼は受付嬢さんの方へと向き直り。
「あの騒ぎはなんでしょ?」
「ん? ああ、『冷静沈着』って言葉が聞こえて来るし、Sランク冒険者のクリスティアルさんが来たんじゃないかな? このオークダンジョン側の冒険者ギルドでは一番上のランクだからねぇ、その二つ名の通りクールで人気あるのよ彼女は」
「……クール? ぶはっ……く……冷静? ……くっくく……沈着? 駄目だ……くく……腹いてぇ……」
レオンと呼ばれている男は、受付台の前でお腹と口を押えて何かを必死にこらえている。
受付嬢はそんな男の様子に困惑をし。
「どうしたの? お腹痛いの?」
「ぷっ……はぁはあ……すいません……ちょっと驚いた事があって我慢するのが大変で、あ、受付嬢さん、この新人教育って教える人を指名する事が出来るんですよね?」
「指名というかお願いをする事は出来るわ、だけど受けるかどうかは相手次第だけどね、有望な新人であれば育てたついでに自分のパーティに誘ったりとかする事もあるけど……誰かお願いしたい人でもいるの?」
レオンは入口付近の喧噪を指さしながら。
「『冷静沈着のクリス』さんにお願いしたいんですけど」
そう、何かを堪えながら言う男だったが、それを聞いた受付嬢は慌てた様子で。
「彼女は自分の名前の愛称を親しくない人に呼ばれるのを酷く嫌うのよ! クリスティアルさんって呼びなさい! 前にそれでナンパな冒険者が精霊魔法で吹き飛ばされたんだからね?」
受付嬢は焦った様に小さな声で忠告をしている。
レオンはそれを聞くと、何かを思い出す様な表情をし。
「……ああそういやそうだった……まぁお願いしておいて下さい」
「いいけど、たぶん断られるわよ? クリスティアルさんがその手の依頼を受けた事なんて無いんだから、そうなったら諦めてギルドから推薦された人に教わりなさいね? ……まぁ、英雄に憧れる貴方みたいな人も多いのよね……一応規則だから頼むだけ頼んであげるけど期待しないでね、じゃぁその書類に必要事項の記入お願い」
「お願いする時にこう言って下さい受付嬢さん、『貴方の母親と御婆さんの名を継いだ者からのお願いです』って、書類にも今言ったセリフを書いておくんでよろしく~」
「母? お婆さん? 何それ? ……まぁいいけど……あ、書くならそこの欄外にお願いね」
受付嬢は不思議そうに顔を傾けながら、書類記入の場所に文句をつけていた。
……。
……。
――
オークダンジョンの側にある都市、オークシティにある超高級宿屋の一室である。
そこに、新人冒険者に成りたてのレオンと呼ばれる男が呼び出されていた。
50畳は超える広さの部屋で、入口の近くに置かれているソファーに、テーブルを挟んで対面状態に座っているのは、レオンと金髪が美しい一人の女性エルフだった。
「えっと、ここに呼ばれたという事は、新人教育の依頼を受けて頂けるという事で良いのかな?」
「……」
金髪碧眼の美人エルフはレオンと呼ばれる男を、じっと見つめたまま何も答えない。
「もしもし? クリスさん? 会話くらいしようよ」
「私をクリスと呼ぶな、そう呼んでいいのは家族だけだ」
「じゃぁクリスティアルさん」
「……レオンと言ったか、私に依頼をする時の伝言……あれはどういった意味か聞かせてくれ」
「意味も何もそのままだよ」
「……お前は……いや……何処であのネタを知った?」
そのセリフを吐いた金髪エルフから殺気が漏れ出し、部屋の中の空気の流れが変わる。
それに気付いたレオンは悲し気に言葉を紡ぐ。
「なんか、怖い人になったねぇクリス……それが君の成りたかった冒険者の在り方なのかな? ……Sランクだっけ? 確かにすごい存在になったみたいだけど……ちょっと俺は悲しいね」
「私をクリスと呼んでいいのは家族だけだと言ったはずだ! 私の名前を略すな!」
「そうだったね……じゃぁ改めて……、クリスティアル・フィオレア・オルネラ・アントネッラ・クララ……そういやこの先は結局聞かなかったっけか」
その瞬間、部屋から殺気が消え、圧迫感のあった空気の流れも元に戻った。
エルフの女性は呆気に取られた表情をし、口をパクパクとさせている。
「お、風の精霊を引っ込めてくれたんだね、部屋の中でもあれだけの圧力を出せるなんて……クリスティアル・フィオレア・オルネラ・アントネッラ・クララさんってば前より力が強くなってない?」
「……ふぃお? いや……そんな馬鹿な……フィオはダンジョンで……」
「あー、あの時はごめんね? 中ボス後のお宝タイムで油断して邪神の罠にかかるとか最低だったよね……あの後クリスティアル・フィオレア・オルネラ・アントネッラ・クララさんが、どうなったか心配だったから見に来たんだけど……笑わなくなってるね……クリスティアル・フィオレア・オルネラ・アントネッラ・クララさん……」
金髪碧眼の美人エルフであるクリスは、呆気に取られていた表情を無表情へと変化させる。
「……」
「……」
「どうしたの? クリスティアル・フィオレア・オルネラ・アントネッラ・クララさん」
「……フィオだろ?」
「ん?」
「依頼の伝言にあった母と祖母の名前のくだりは、フィオだけしか知らない事だ、それに、私のフルネームを途中で切る場所もフィオとの出会いでしかやり取りをしていない、しかも! それをネタとして揶揄って来るそのやり方はフィオでしかない! ……なぜ人間の男の姿をしているのかは知らないけど……フィオルネ……なのだろう?」
断定をしつつもクリスは目に涙を浮かべ、レオンに向けてそう問うて来る。
「そうだね、俺の前世は妖精のフィオルネだ、といっても証明する方法は無いんだけど……あそうだ、『冷静沈着のクリス』さんに、クリスがエルフの郷から外に出るまでに怖気づいた話とか、初めての宿屋で緊張しすぎて支払いの時に手が震えていた話とか、ケンタウロス族の主婦相手の商売で泣きそうになっていた話とかをすれば、信じてくれるかな?」
「やめてくれ! その『冷静沈着』なんてのは周りが勝手に言い出した事だ! というかやはりフィオか? ……精霊がお前に対して攻撃体勢を取る事を躊躇した時点で気付くべきだったのだ……」
「わぉ、俺がフィオルネだった事が判るとか精霊さんすげーな……魂的な物を感知する力が精霊に? ……興味深いねぇ……」
そんなレオンの呟きを聞いた瞬間、クリスはテーブルを乗り越えレオンに抱き着いていく。
ソファーに座ったレオンの膝に乗り、対面で抱きしめ、自分の胸にレオンの顔を埋めるように、きつく、そして強く抱きしめていく。
「もご、ちょ、クリス、顔が幸せすぎるから! てか前よりここもちょっと育った? ふぎゅ……ちょっと力がつよ……落ち着いてくれ!」
「フィオフィオフィオフィオフィオフィオ、なんで私を置いて逝ってしまったのだ! フィオフィオフィオフィオフィオ、ずっと一緒に居ると約束したでは無いか、ふぃおふぃおふぃおふぃお」
同じ名を繰り返す様になったクリスの声が、泣き声になったあたりから、レオンは一切反抗せずに、されるがままで抱きしめられている。
その広い部屋の中にしばしの間、女性の泣き声が響き渡り、時間が過ぎていく。
……。
……。
――
一つのソファーに横並びで座っているクリスとレオン、目の前のテーブルにはお茶のカップが出されていて、それはすでに飲み干されている。
「すまん、ちょっと取り乱してしまった……」
「いいよ、俺も顔が幸せだったしな」
そんなレオンのセリフに、クリスはレオンの腕を抓りながら。
「それで、どうしてそんな姿になっているのだフィオ」
「いたた、腕を抓らなくても……ん? あー俺が特殊個体だって話はしてたよね?」
「ああ、前世の記憶を継いだ妖精と言っていたな」
「あの継承される記憶って奴はさ、妖精の記憶じゃなくて様々な種族の記憶なんだよ、ある時は騎士な人間に、またある時は柔らかい尻を狙う獣人に、そしてまたある時はエルフと旅をする妖精にってな」
レオンの告白にクリスは驚きの表情を隠せず。
「それで今は人の姿に……あれ? だが妖精の時のフィオは確か……前世の記憶は本を読むがごとしで共感や実感は伴わないという話をしていなかったか? だが今のフィオからはそんな感じを受けないのだが」
「ん? あー、今までの転生……生まれ変わりは、亡くなってから一年以内に誰かから生まれたり、それか何処かに放り出されるのが普通だったんだけどさ、今回は……」
「フィオがダンジョンのトラップで亡くなってから50年以上たっているな……他の人生を挟んでいるという事か?」
「いや、一個前の人生は妖精のフィオルネだ」
「ふむ……」
「クリス、今の俺は何の種族に見える?」
「そりゃ……人族だろう? 耳も尖ってないし、毛深くないし……尻尾やらも無さそうだし」
「……今の俺は……神族見習いでな、エルフ並みの寿命を持っていると思ってくれ」
「はあ? フィオよ、それはどういう事なのだ?」
「実はな、この領域を管理する神様が変わったっぽくてなぁ」
「神が変わる? そんな馬鹿な……」
「まぁ最後まで聞いてくれよ、そんで妖精としての生が終わった俺に、新たな神……美人な女神様と会話をするに至ってさ、俺の今までに稼いだ神力やらが多かったり、邪神の使徒を討伐する助力を色々やっていたり、文明を育てた事や何かで……昇神する事が決定してさ」
「は? フィオが神に至る……?」
クリスがまた呆気に取られた表情をする。
「そそ、んで研修期間って事で、この姿で数十年間神界で色々と修行をしてから、妖精の時の記憶を保持したまま……というか一個前からの精神と記憶が継続したままと言った方がいいかな? まぁ地上に降ろされたんだけど……この体は神族見習いって事ですっごい寿命が長いのよね、そんでその長い寿命を使って、地上で女神様の依頼なんかを熟しながら過ごす事が神へと至る道なんだとさ」
「いや……急にそんな話をされても…… 」
「混乱する気持ちは良く判るよ、でもなクリス、これならまたずっと一緒に居られるんだけど……どうかな?」
「……あ、エルフ並みの寿命で……ずっと一緒に? ……ではフィオは……いや、今はレオンと名乗っていたのだったか」
「どっちでもいいけど、まぁせっかくクリスに貰った名前だからね、これからはレオン・フィオルネとでも名乗る事にするよ」
「それは……それはすごくいいな……では、これからもフィオと呼んでも?」
「勿論いいさ、親族の名を貰うのなら……結婚をした様なものだろ? クリス?」
「いやそれは! ……フィオは今……男の体なのだよな?」
「そうだね」
「……その……神族の体だと……子は……出来るのか?」
「可能だよ、というか女神様にエルフとの間でも子供が出来る事はしっかり確認して来たよ」
「え!? そ! それは……その……えっと……ちょっと待ってくれ……頭が混乱していてな……」
「……また一緒に居れて嬉しいよクリス」
「……うむ……」
ソファーに横並びで座っていた二人、レオンがクリスの手をそっと握ると、クリスは特に抵抗をする事も無くそれを受け入れた。
……。
……。
――
――
その昔オーク帝国の首都があったとされる場所に、オークダンジョンと呼ばれる物がある。
ダンジョンは異なる神からの攻撃だとも言われるが、そこでは様々な物資が取れる為に冒険者で溢れている。
そんなオークシティと呼ばれるオークダンジョン側の都市に、『冷静沈着のクリスティアル』と呼ばれているSランク冒険者が住んで居た。
そんな誰もが憧れるクールビューティな美人エルフに、いつからか恋人が出来たという噂が流れ。
そして……。
その仲睦まじい姿と、二人のやり取りを見た住人達は……。
かのSランク冒険者の事を『冷静沈着』と呼ばなくなっていった。
――◇◇◇――
お読み頂きありがとうございました
この作品は以上を持ちまして完結となります
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――◇◇◇――
繰り返す転生、神が運営しているだろう転生ガチャが神運営じゃ無いお話。 戸川 八雲 @yakumo77
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