第11話 君に捧げる愛のキス
封魔の神殿は迷宮のように入り組んでおり、帰りの道筋を失った俺は迷いながらヨタヨタと歩いていた。進めど進めど出口から遠ざかる気がしてならない。
不幸中の幸いだったのが神殿内部のモンスターが俺を避けていること。黄金の鎧を着ていることで、どうやら俺のことをリビングデッドの落ちた聖騎士、黄金聖騎士マウロと勘違いしているようだった。
今も『あ、マウロさんおつかれっス!』『今日もエリン様の元へ向かうんですかい?』と、二体のフランクなウォーキングゾンビに話しかけられたばかりだった。
違う、俺が探してるのは出口だ。
しかし、アンデッドに日の光は大敵。日の光が差し込む出口を俺が探してる、と言ったら速攻で彼らに疑われてしまう。
「コホン! あ、あぁ。エリンの顔を見ないと生きた心地がしないからな」
『かっかっか! ワシらもう死んでますけどネ!』
咳払いを一つして俺が言うと、口の骨が剥き出しで、お調子者なゾンビが歯をカタカタと鳴らせて笑いながら言った。
「と、ところでエリンはどこにいるんだっけ?」
『? 何を言ってるんですかい? 封魔の間で今も眠ってるでやんすよ』
「そ、そうか。そうだよな」
『おいたわしやエリン様。魔神ゼリアスを倒し、ヤツの呪いを一身に引き受けるなど、あの方こそ我らの主でさぁ』
『まぁ、呪いの瘴気が酷すぎてオレらもアンデッドになっちまいましたがねぇ、かっかっか!』
と、しばらくゾンビと会話する俺。
するとわかったことがある。エリンは何百年も前に命がけで魔神ゼリアスを倒したこと。しかし魔神は死ぬ間際に人類を消滅させるほどの呪いを放ち、それを死してなお彼女が受け止めていること。その呪いを周囲に撒き散らすことがないよう、結界としてこの神殿がある……ということ。
さらに話を深めると、この神殿は神聖魔道士エリンの墓でもあり、この神殿にいるモンスターらは彼女に仕えていた聖騎士や神官たちの成れの果てということだった。
そんな彼らからしたら、冒険者たちは墓荒らしだそうだ。そりゃそうだよな、人類を守ってくれた人の墓からアイテムだのなんだの持ち去ろうだなんて不敬極まる。
なるほど、だからマウロは俺に『立ち去れ』と言ったのかもしれない。
◇
──俺は結局、神聖魔道士エリンが眠る封魔の間に行くことになってしまった。
「最近記憶が飛ぶんだよネ」と適当な言い訳をして、俺は神聖魔道士エリンの眠る封魔の間までウォーキングゾンビに途中まで案内してもらう。
なんでも、彼らは扉に近づきすぎると瘴気に耐えられず溶けてしまうんだとか。もうすでに溶けてるくせに意味わからんヤツらだ。
しばらく歩くと銀細工が施されたなんとも豪華な扉が姿を現す。煌びやかではあるが、素人目にもわかる禍々しい黒い瘴気が漏れていた。
俺は恐る恐る扉の取手に手を伸ばし、嫌々ながら開くことにした。ギギ……と太い音を立てた扉に隠れて顔だけ少し出し、向こうを覗き込む。
するとそこに広がるのは、真四角の殺風景な部屋。
床には六芒星の魔法陣が引かれ、その中央に横たわる白骨化した神聖魔道士エリンの姿があった。美しい女性だった……のかもしれない。
時を経ても尚、美しい金髪だった。魔法陣から湧き出る瘴気が彼女に注がれている……が、吸収しきれていない。黒い瘴気が魔法陣から漏れ出している。
「この人が神聖魔道士……エリンか……ん?」
冒険者が誰も到達したことのない部屋。実に数百年ぶりに部外者がこの部屋に入ったはずなのに……
「……んんん??」
俺はもう一人、魔法陣の側で白骨化した人物を見つける。仰向けに倒れているその人物は生前は女性だったのだろうか。銀色の長髪と女性物の白い法衣とヴェール……彼女と共に魔神ゼリアスと戦った聖女といったところか。
しかし不思議だな、彼女の衣類は擦り切れても色褪せてもいない。まるでつい最近まで生きていたような──そんな気さえする。
その時だった。
魔法陣に横たわる女性から声が聞こえてくる。
『……マウロ、もうここには来ないでって言ったでしょう……? わたしのせいで……マウロが闇に堕ち、魔物になってしまうのが怖いの……それに、変わり果てていくわたしの姿を貴方に見られたくないの……嬉しいけどどうか……お願いだから……』
切なげな声、それは彼女の骸が口にしているわけではなさそうだ。口元は動いてないし、魂が直接語りかけているのかもしれない。
あのさ、そいつ既に魔物になってましたけど? エリン、貴女はもはや骨なんですが?
まぁいい、俺のことをマウロと勘違いしているのはラッキーだ。適当にごまかして、出口への道筋を聞きだしたらとっとと退散しよう。
それにしても。
言葉から察するに、彼女とマウロは両想いの恋仲だったのかもしれないな。腹立つわー、リア充死すべし……ってもう死んでるのか。
ともあれ、なりきりマウロな俺は魔法陣に横たわる女性に話しかけた。
「何を言ってるんだいエリン。君はいつまで経っても美しいままだよ」
『……まぁ、今日は随分と情熱的なのね……』
「私が闇堕ちしようとも、君がどんな姿になろうとも私の気持ちは変わらないさ」
『まぁ……嬉しいわ』
歯が浮いてしまうような、あまーいセリフが飛び出してくる。それというのも俺の恋愛バイブル、ラブロマンスの〝悪役令嬢、情熱王子に溺愛される・全二巻〟を読んでいたおかげだ。
しかし。
『うふふ……マウロったら急にどうしちゃったのかしら……頑なに手すら繋いでくれなかった貴方が……』
「あははは。……は??」
両想いの恋仲じゃなかったのか?! マウロは奥手だったのか?!
落ち着け、慌てちゃいけない。いつだってクールに決めるのが元聖騎士ってもんだ、そしてどうにか出口を聞きだすんだ!
俺は声を落ちつかせて言った。
「自分の気持ちに嘘はつけないと悟ったのさ。……エリン、心から愛しているよ」
『……嬉しい……マウロ、私もよ。ね……マウロ、お願いがあるのだけど聞いてくれるかしら……?』
「ふっ、もちろんだ。君の願いを叶えるためならば、私は世界の果てからでも駆けつけるさ」
『あぁ、マウロ……。じゃあ恥ずかしいけど言わせてもらうわ……ねぇ、キス……して……?』
……マジか。
と、その言葉に俺は一歩後ずさりする。
俺の大事なファーストキスを白骨化した死体に捧げろって……? ぷにぷにの唇じゃなくてカルシウムの塊に……?
大ピンチ! イミフ能力『聖なる◯◯◯』のせいで、大聖女様がストーカーになるわ、勇者様はBL化するわで俺の貞操はもうダメかもしれない 愛善楽笑 @sibayou
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