第10話 ざっけんな!


 一体何が起きたんだ?


 俺の近くに、死を覚悟させたリビングデッド、堕ちた聖騎士こと黄金聖騎士マウロの鎧が無造作に転がっている。


 はて……? 


 思い出せるのは空中から落下して、勢いよくヤツに衝突したところまでだ。


 それからどうなったんだ? 


 衝撃で記憶が飛んでいる様だが……


 しかし偶然だとしても、上級モンスターからの追跡を跳ね除けたのは事実のようだ。


 俺は、ほっと胸を撫で下ろしながら呟いた。


「た、助かった……ん?!」


 瞬間、俺は異様な雰囲気に気がついて。


 優しい眼差しで見つめる、穏やかな雰囲気でうっすらと光を放つ半透明のダンディーな中年男性の姿が目に映る。


 柔らかな微笑を浮かべた、おそらく生前の聖騎士マウロの姿がそこにはあった。


「あ、アンタは……まさか」


 おばけ……と言いかけると、マウロがふわりと俺に歩み寄り、優しげな口調で話しかけてくる。


『ありがとう、貴殿のおかげで私は闇の淵から解放された。なんとお礼を言ったらいいのか……ほんとうにありがとう』


 はぁ、そうですか……俺は体当たりしかしてない気がしますけど。


『まさか貴殿が、神に選ばれし聖なる能力の持ち主だったとは。浄化されゆく中で感じたよ。貴殿のとても、とても深い愛を』


「はぁ……は? 愛?」


『女神の唇に触れたような、そんな心地よさだった。あの感触……幽体になった私にもしっかりと伝わったよ』


 意味不明なことを並べるマウロ。


 何気持ち悪いこと言ってんだこいつ。愛だの感触だの、そんなに体当たりが気持ちよかったのか? ド変態だな。


 うん。まぁよく分からないが、良しとしよう。どうやら彼の殺意は消え去ったみたいだし。


 そして、マウロは続けた。


『ようやく私も天に帰ることができそうだ』


「そ、そうですか。それは良かった」


『しかし、一つだけ気がかりなことがあってな。貴殿を名のある聖騎士と見込んで頼みがある。聞いてくれるか?』


「えっ? 絶対に嫌です」


 全力でお断りだ、ふざけんな早く天に召されてくれよ。アンタが元聖騎士の大先輩だとして、俺が頼みを聞いてやる筋合いはない。


 しかし彼は俺の言葉を無視して言う。


『実は神殿の奥で眠る神聖魔道士エリンの魂を解き放ってほしい』


「いや、話聞いてる?」


『彼女もまた、私同様に魔神ゼリアスの呪いを受けている。彼女に安らぎを……頼んだぞ』


「ちょっと待て。俺、嫌だって言ってるよね?」


『エリン……先に行ってるぞ』


「お、おい、ざっけんなよ! 勝手に話進めるなっての! ちょ、先に行くなってか、逝くなあああッ」


 消えかかるマウロに俺は手を伸ばす。


 ダメだこいつ、話を聞かないタイプだ。何勝手に話を進めてるんだ。まるでどこにでもいる迷惑な先輩や職場の上司じゃん!


 元聖騎士マウロはふっと笑みを浮かべて溶けるように消えていく中で、こう付け足した。


『そう悲しまないでくれ。貴殿のような聖騎士が私の最後の相手になったことを誇りに思う。……勇敢なる者よ、どうかエリンに安らぎを──』


 そう言葉を残したマウロは光となって消えていった。



   ◇



 俺は突然の出来事に唖然として突っ立ったまま、先ほどまでのことを頭の中でまとめ始める。


 一つ、最弱な俺がなぜか屈強なリビングデッド上位種を浄化したこと。


 二つ、神殿の奥にいるだろう神聖魔道士エリンの魂を解放すること。(義務ではない)


 三つ、目の前に値打ち物の黄金聖騎士の鎧が転がっており、これはギルドできっと高く売れるだろうこと。


 まず一つ目、これについてはまったく謎だ。


 俺の体当たりによってマウロが浄化されたとは、とても思えない。考えられる答えとしては、無意識のうちに俺の嫌味な能力〝聖なる◯◯◯〟が発動した可能性が高い。


 二つ目、これは別にどうでもいい。

 

 マウロの願いを聞いてやる必要性はまったく無いのだ。奴以上に強いかもしれないモンスターとは戦えないし、戦いたくない。なぜなら〝聖なる◯◯◯〟が次に発動してくれるのかもわからないからだ。


 ゆえに三つ目が重要だ。


 この鎧や剣と盾。戦利品を持ってとっととズラかろう。誰も生きて帰ったことのない場所から生還しただけでも俺はヒーローだし、クリア報酬なんかなくても黄金の鎧を売っぱらえばそれなりの金になるだろう。


 俺は黄金の装備を拾い、とりあえず着てみることにした。ダンジョンや迷宮で手に入れたアイテムは冒険者なら一回は装備したくなるもの。敏捷性や攻撃力、防御力などステータスが上昇する物だってあるからな。


 まずは兜から被ってみるか。


「サイズは合うみたいだが……ちょっと汗くさいな」


 俺は別にそこまで潔癖症ではないが、ちょっと気持ち悪い。年季が入っていて仕方ないのだが、完全におっさんの匂いだ。


 ま、ちょっとやそっとの物理攻撃なら弾き返す優れ物には間違いないのだから我慢はしよう。くせぇけど。


 それに、俺のぼろぼろになったホワイトコートより防御力はあるだろう。この後モンスターと遭遇しない保証はない。


 てなわけで、こんな場所はおさらばだ。鎧の留め金をパチリとはめて、さぁ帰ろうと辺りを見回すと。


「しまった……っ! 俺は今どこにいるんだッッ」


 逃走で無我夢中だったから、どこをどう走り回って今ここにいるかわからないぞ、困った……!

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