第9話 俺氏、絶対絶命


 「うぐ……ッ! ずびび、ぐしゅッ」


 涙と鼻水を流星群のように撒き散らす。滝の如く止まらない汁を拭いながら、俺は封魔の神殿を疾走していた。


 かつての大先輩聖騎士であり、現在上位モンスターであらせられる堕ちた聖騎士こと黄金聖騎士マウロから絶賛逃走中。


 元聖騎士ヨシュア、絶対絶命の大ピンチです。


 重たそうな鎧を身につけてるくせに、パイセンは息切れすることなく執拗なまでに追ってくる。そもそもアンデッドだから呼吸はしてないから当然、しかし鎧着込んでその素早さは反則だ。


 本来リビングデッドは足の遅いモンスターだが、さすがは生前元聖騎士団長クラス。


 闇堕ちしても速い速い。どうしたって振り切ることができない。聖騎士ではなく暴走特急地獄騎士というネーミングをパイセンに進呈したい。


 ガシャンガシャンガシャン! と先輩の鎧が音を立てている。まるで死の音色、絶望まっしぐらだ。

 

『覚悟を決めろ小僧!! この聖騎士の面汚しめがッッ!』


 後ろから聞こえる理不尽な声を上げる堕ちた聖騎士に、俺は泣きながら思った。


 いや、死んで闇堕ちされたパイセンに言われたくないんですけど。モンスターに成り下がったのに自分のこと黄金聖騎士とか言ってるじゃん。どんだけ執着してんのよ、マジでイタイんですけど? どちらかと言うとパイセンの方が面汚しなんですけどぉお! と。


 この封魔の神殿はかつてそれはそれは荘厳で神聖な造りだったらしいが、年季も入り、所々崩れているため足場も悪い。禍々しい場所に成り果てた理由はよくわからないが、とにかくこの足場の悪さをものともしないパイセンが憎いです。



『このたわけ者が! 高貴なる聖騎士が土下座などとみっともない真似を晒すとは万死に値するぞ小僧!!』

「ヒイイッ! んなこたないですよッ! 東方の島国では伝統的な謝罪スタイルなんですぅう!!」

『知らんわ! 聖騎士なら意地と根性を見せるのが聖騎士道大原則であろうが! それがなんだ、勝てぬと踏んだら無様な命乞い! 同じ聖騎士として反吐が出るわ!』

「聖騎士じゃないじゃん! あんた今やモンスターじゃん! それにさっき命が惜しくば去れって言ったじゃん! っていうか、俺も既に聖騎士じゃないんですうううッ! クビになったんですよぉオオオオオオッ!!」

『うるさい黙れ! ならば尚のこと貴様の腐りきったその性根を叩き直してくれるわ! さあ、掛かってこい!!』


 根性を叩き直すったって、死んだら終わりじゃないか。結局は殺す気満々じゃないか。


 極めて理不尽、俺は悪態つきつつも、必死に足を動かし走り続ける中でだんだんと腹が立ってきた。


「ちっくしょ……! 言わせておけばズケズケと……!」


 そもそも腐りきって当然。俺は大聖女メルフィラからは使いようのないイミフかつ謎スキルしか授かっていない。それが原因で聖騎士団を解雇されるどころか、ミリエラから切りつけられ、恋人だと思い込んでたアリシアからは金を持ち逃げされたんだ。


 性根が腐ってんのはこいつらじゃん。

 マジでふざけんなよ! あいつら!


 しかし、沸々と沸き上がる怒りとは裏腹に、次第に息も途切れ途切れになってくる。


「はひぃっ、ひふぅっ……! ほへぇっ……も、もうアカン……!!」


 聖騎士として最弱と言われた俺が、いきなりチート級の素早さを発揮するなんて都合の良い展開などない。むしろ時と場合による謎めいた素早さステータスは頑張った方だろう。


 堕ちた聖騎士の攻撃を躱し、瞬殺を免れたのは奇跡的としか言いようがない。


 ……このままだと俺は間違いなく堕ちた聖騎士マウロの大剣に貫かれるのは必至。そして物言わぬ骸になってその辺に転がってる無惨に白骨化した冒険者みたいになっていくんだ。


 そんなことを考えてながら、やがて一欠片の勇気が俺を一変させる。


「あぁ、もう! 逃げて死ぬより戦って死んでやるよこんちくしょうッ! このアンデッドのクソ黄金聖騎士ッ、死んでまで聖騎士として社畜続けてるクソったれがッッ」


 腹をくくった俺は逃げるのをやめ、振り向きざまに黄金聖騎士マウロ口汚くを罵る。

 聖騎士団に在籍中の時は絶対に言わなかった台詞。礼節と言葉遣いを重んじる俺、さようなら。だってもう聖騎士じゃないもんね、こんにちは新しい俺。



 こう見えて元聖騎士、そこら辺で生き絶えてる冒険者より上級職に就いていた俺ならば、一矢報いることができるかもしれない。


 たとえ俺が倒せる相手ではなかったとしても。


『とうとう観念したか小僧!! では貴様の命を刈り取ってやろう! ゼァああああ!』


 黄金聖騎士マウロは一喝すると俺に斬りかかろうと、振り上げた大剣をそのままに、足速に間合いを詰めて。


「うおおォオオオオオオ!!」


 俺は絶叫しながらヤツに立ち向かっていく。もちろん、そんなのは無謀なことは理解してるさ。

 でも俺は、元聖騎士として最後死ぬ時はかっこよくいたいと思ったんだ。


 だが。


 あれ? 冷静に考えたらアンデッド系ゴースト種って物理攻撃ってあまり効果無くね? 聖水とか聖魔法じゃないと効果はいまひとつじゃなかったっけ。リビングデッドはゴースト種で何故か幽体に鎧着てるだけじゃなかった? てことは俺の攻撃は無意味な特攻なのでは?


 脳裏に過ぎる、対アンデッド系モンスターゴースト種との戦い方を思い出した時には既に遅かった。俺には支給されたロングソードしかない。


 すると、あと数歩で黄金聖騎士の間合いに入り死を予感したその瞬間──!


「あれぇえええええええええええッッ?!」


 崩れ落ちて転がっていた瓦礫に蹴躓き、全身を回転させながら高々と跳躍していた。くるくると円を描きながらパイセンへと急降下特攻ダイブ。


 黄金聖騎士マウロが眼前に迫る。


 俺はさながら、まるで二階から『私怖いわ』と、言いながら飛び降りんとする女性ヒロイン。階下で大きく腕を広げて『ボクを信じてこの胸に飛び込んでおいで』と言うイケメン主人公。


 そんな純愛物語のワンシーンが頭をかすめるが。


「俺もヤツも男なんですけどぉおおッッ」


 あぁ、死ぬ前に童貞捨てたかったな。

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