第8話 俺が奏でる愛の悲鳴を!
謎に神級のランクを得たものの、俺は冒険者たちに頭を下げ、パーティーに入れてもらうようなことはしなかった。
それは、俺のステータスがざっくりすぎで貧弱すぎるのと、意味不明な能力を他人に晒すのが嫌だったからだ。
もし、聖騎士を解雇された上に女に騙され、イミフな能力を持つ俺なんかを受け入れたらそのパーティーは他の冒険者たちからバカにされるのは確実。
当然、仲間からはそんな俺を罵倒したり、酒の肴にするのは間違いないんだ。
そんな腹立たしい思いをするなんてまっぴらごめんだ。だから俺はソロで活動する以外の選択肢などなかった。
◇
と、いうわけで俺が訪れたのは封魔の神殿。最高難易度の激ヤバクエストだ。
なぜ難易度が優しいクエストにしなかったかって? そりゃあ冒険者たちにバカにされるのが死ぬほど嫌だったからだ。ちなみにメイリーの『ちょっとダメだよ、やめてよヨシュア! いきなり高難易度だなんてダメだったら!』という静止を振り切って、俺が選んだクエストタイトルはこうだ。
『神聖魔導師、死して闇堕ち、封魔の神殿にて呪いの波動を垂れ流す! ~どんなに屈強な冒険者も生きて帰ってこれません。あ、これはヤバいと思ってももう遅い!~〜どなたか呪いの連鎖を断ち切ってください〜』
そして難易度は『★★★★★』五段階評価マックスだ。例えば駆け出し冒険者が挑むクエストは『★☆☆☆☆』と評価されている。
星が塗り潰された数が難易度の高低を示唆しているということだ。
それにしても、なんとも長すぎるクエストタイトル。まあそれは仕方ないのだろう。ここ『ヤーロ王国』ではクエストタイトルが長めにするのが基本的だ。『〇〇を倒せ』とか簡単で短めなのはとにかく不人気で、冒険者たちは見向きもしない。
目を引くタイトルのキャッチーさが冒険者の心を躍らせるのだ。
ゆえにどんなに報酬が低くとも、クエスト依頼を出す者はギルドに『タイトル長めでお願いします』と言うのだとか。まるでヤーロ王国で流行のライトな小説だ。
というわけで、〝神級〟のランクだからとイキってみたはいいものの──
「誰か助けてくぁwせdrftgyふじこlp!!!!」
言葉にならない声を出し、俺は封魔の神殿の中で疾風の如く敗走していた。
『背を向けて逃げる聖騎士がどこにいるのだァアア!! 恥を知るがいい恥をォオ!! 貴様の素っ首切り落としてやるァアアアアアアッッ!!』
と、怒り狂った絶叫をしているのは俺の偉大なパイセンだ。背後を黄金の鎧に身を包んだ、リビングデッドの上位種である『堕ちた聖騎士』が追いかけてくる。左手に大剣を、右手に女神が描かれた大きな盾を装備している。
重たい甲冑を着込みながらその素速さ、さすがと言わざるを得ない。生前はさぞ名のある聖騎士だったのだろう、勉強になります先輩。
俺も聖騎士としてパイセンの動きを見習って──
「──って俺は、元聖騎士だったああああああッッ!! やっぱメイリーの言う通りいきなり高難易度クエスト受けるんじゃあなかったあぁアアアアア!! つーか俺の冒険者ランク〝神級〟ってやっぱ何かの間違いだったんだぁっ!」
泣きながら俺は叫んでいた。回廊に俺の絶叫が反響する。
いくら俺が〝神級〟のランクとはいえ、最弱聖騎士だった俺がソロで攻略できるほど最高難易度のクエストが甘いわけがない。
この封魔の神殿は別名『冒険者殺し』とも揶揄されていて、高ランカーの冒険者が何人もこのクエストで命を落としているんだ。
本来なら勇者様がこのクエストを攻略すべきなんだがなんでも魔王軍との戦いで忙しいらしく、手付かずだったのだ。そこで俺の出番だ! とイキってみたはいいが、この有り様である。くそぅ、承認欲求を満たそうとしたのが運の尽きだぁ!
腹立たしい冒険者どもを、俺を不当解雇したミリエラを、俺のいたいけなハートを弄んだアリシアの鼻をあかしてやろうじゃないか……! と思っていたのは、少し前のことだった。
時は少し遡り、神殿内部にてーー
『ここから立ち去れ、小僧。ここは神聖魔道士エリンの眠る、禁じられし領域……! 貴様のような輩が立ち入る資格などない』
と、神殿の暗い回廊の奥からこもった声が聞こえる。
ガシャリ……ガシャリと金属の音がゆっくりと近づいて来たかと思うと、姿を現したのはアンデッド系の魔物、リビングデッドだった。
しかもリビングデッドの上位種、『堕ちた聖騎士』なのは間違いない。
というのも、黄金の鎧を身に纏う騎士というのは何百年も前の聖騎士のスタイルであり、かつての団長クラスのみ許されていたという。
今は俺の着ているスタイリッシュなホワイトコート(今はズタボロだけども)が基本。
つまり、目の前にいるのはかつての聖騎士ではあるが、アンデッドモンスターでもあるのだ。
俺は聖騎士らしく、剣を構える。
当方、落ちぶれても元聖騎士。かつての大先輩が相手だとは相手にとって不足はない。なんせ俺は冒険者ランク最高峰の神級なんだぜ?
「小僧って、俺のことかい元聖騎士のおっさん。はっ! ゴーストになってまで聖騎士を貫こうとするなんてアンタ、聖騎士の鏡だな」
『ふん、威勢がいいな。……ほう? その構え、よもや貴様も聖騎士か? ならば最後の警告だ。早々にここを立ち去れ、命が惜しくばな……!』
「立ち去れ、だって? どうぞお通りくださいの間違いだろ?」
『生意気な……! 後悔するぞ小僧ッッ。良かろう、ならば我が剣技で絶望の果てにその命、散らすがいいッッ!!』
フルフェイスの兜を被っているからわからないが、睨みを効かせたように思えた。堕ちた聖騎士は一直線に飛びかかるやいなや、大きく振りかぶった大剣を振り下ろす。
舐めるなよ? 落ちぶれても元聖騎士の俺がアンデッドに遅れをとるわけがないのだ。
俺にとって唯一誇れる経歴……聖騎士として修羅場を潜り抜けた経験が俺を陶酔させる。
とはいえ、実際は助けられてばかりの最弱聖騎士だったけど、堕ちた聖騎士から『貴様も聖騎士か』と言われてつい、調子に乗ってしまったのだ。
おかげで俺は忘れてしまっていたのだ。
――――――――――――
ヨシュア・マーフリー
23歳 男性
職種 無職
ランク 神級
攻撃力 20.5
防御力 微妙
魔力 少し
素速さ 時と場合による
愛力 神と同等
性力 人類最強
幸運 大聖女レベル
能力 聖なる◯◯◯格種
――――――――――――
ランクだけ神級、それ以外微妙すぎるステータスだということを。
◇
薙ぎ払われ、振り下ろされ、縦横無尽に繰り出される『堕ちた聖騎士』の斬撃。
俺は躱すので精一杯だ
何しろかつての聖騎士団長クラス。いくらアンデッドに堕ちたとはいえ、その実力は折り紙付きだ。
その上、黄金の鎧と大きな盾も厄介だ。
聖騎士時代に支給されたロングソードの攻撃はことごとく弾き返されて。
なんてこった。アンデッドにはいくらなんでも負けないだろうと、僅かな可能性を信じた俺がバカだった。
攻撃力がたった20.5の俺にはいくら全力で攻撃をしても決定的なダメージを与えることができない。
そりゃそうだよな。よく考えたら最弱聖騎士だったから俺はクビにされたんだから。
いくら俺が冒険者ランク『神級』だとしても、ステータスがゴミなんだから良い結果が生まれるはずがない。
繰り返される斬撃の中で、堕ちた聖騎士の声が響く。
『どうした小僧、貴様の力はその程度か!』
そうです、その程度なんです……!
別に力を出し惜しみしてるとか、隠されたチート能力なんてありません。あるとしたら使いようのない〝聖なる◯◯◯〟です。
冒険者ランクが『神級』だから調子乗ってましたぁ!!
そんな俺に、堕ちた聖騎士の容赦ない猛攻は続いていく。
もう勘弁してください、俺がバカでした。
今ならまだ、謝ったら許してくれるかな?
許してくれるよねパイセン。
しかし。
『この黄金聖騎士マウロに戦いを挑んだことを後悔し、朽ち果てるがいい!!』
ダメだこりゃあ!
「くっ! ならば、俺のとるべき行動は、ただ一つ!」
俺は堕ちた聖騎士を睨み上げる。
胸に秘めた確かな決意。
まだ死ぬわけにはいかないんだ。
覚悟を決めろ……!
俺は聖騎士特有の構え、聖剣技奥義の型をとる。
『!!!! ほう、貴様まさか聖剣技奥義の使い手か! 面白い、ならば受けて立ってやろうッッ』
俺は唇を噛み、堕ちた聖騎士を見据えると高々と跳躍し──次の言葉が飛び出した。
「──命ばかりはお助けをッッ!!」
『!?』
ヨシュア式聖剣技奥義、命乞いである。
聖騎士時代、ミリエラに何度も使用したことで洗練された見事なジャンピング土下座をする。
そう、さっきヤツは『早々に立ち去れ』と言ったんだ。
聖騎士として、一度言ったことを覆すというのは恥ずべきこと……つまり、ヤツは俺を許さねばならない。
ふっ……、我ながらゴミだな。
ところで、堕ちた聖騎士は俺が何か能力を使用すると思ったのだろうか。
表情は分からないが、振り下ろそうとした剣がピタリと硬直してるあたり、困惑した様子なのは間違いない。
誇りも何もかなぐり捨てて恥ずかしくないのかって?
そんなもん豚のエサにしてしまえ! クソの役にも立たんッッ!
聖剣技奥義の型? んなもん型だけだ、この俺様が使えるわけないだろ!!
土下座すること数秒が経つと。
『……貴様、この後に及んで命乞いとは恥ずかしくないのか?』
堕ちた聖騎士から冷ややかな声で問いかけられる。
恥ですって? 命を無駄に散らすことこそ恥ずかしいものだ。そうさ、俺は昔、勇者様とお話しさせていただいた時に教わったんだ。
いのちだいじに、と。
勇者様ですら、敵に背を見せたり悔しい思いをしたり、当然恥ずかしい思いをしたりすることはたくさんあったそうだ。
強者に勝てないと踏んだらその時はどうすれば? と質問すると、勇者様は笑って俺にこう答えてくれた。
ガンガン逃げよう、と。
『答えよ……恥ずかしいとは思わないのか?』
「? いや別に? 生きて帰れるならいくらでも頭下げますよ先輩ッ」
『……!? ふむ、私の勘違いであったか。この私に勇敢にもたった一人で挑むとは、只者ではないと感じたのだが。どうやら貴様はゴミ以下だったようだな……! この軟弱者めが!」
そのとおりです、返す言葉もありません。
でもゴミは言い過ぎです、許されざるパワーワードっすよ?
そう考えたのも束の間、びっくりするほど殺意を込めたような、そんなドスの効いた声で堕ちた聖騎士はこう付け加えた。
『軟弱者に生きている資格無し。ここから生きて帰れると思うなよ小僧! 土下座をするとは聖騎士として言語道断、騎士を愚弄するのと同義! その命を持って贖うがいい!』
堕ちた聖騎士は魔力瘴気を帯びた剣をぶん、と一つ振るう。
……別に愚弄してない! やめてくれ! アンタさっき命が惜しければ去れって言ったじゃん! と俺は必死に叫んだが、『問答無用! 聖騎士ならば押し通れ! 生きて帰りたくばな!』と大剣を俺に向けていた。
もうダメだ。
全力で逃げよう──!!
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