埀飾

   埀飾たれかざり



 何でも路地を歩いてゐた。

 角を曲がるたび四目垣よつめがき生垣いけがき板屛いたべいむかうに、百日紅さるすべりの花があらはれる。氣附きづけば、此處こゝいらは庭と云ふ庭に百日紅さるすべりばかりが植わつてゐる。これ一體いつたいどうした事か、いさゝいぶしく思ひながらも先を急いだ。

 花の多くは淡い紫や桃色の、おだやかなものが大半であつたが、やがて炎のやうな緋色ひいろが燃えあがつたと思つたら、今度は全くてんじて白――その白い花叢はなむらがぱつと目に飛込んだ所、路地はこゝついき、はゞ五閒ごけんばかりのひろい道に出た。


 大通おほどほりに人影は全く見當みあたらない。道の向ひは、長い煉瓦屛れんぐわべいつゞいてゐる所に、白雲木はくうんぼく竝木なみきが冷たい數珠じゆずを下げてならんでゐる。

 へい內側うちがははどうやら瘋癲院ふうてんゐんらしい。


 最后さいごに見た眞白まつしろ百日紅さるすべりの色が、何時迄いつまでまぶたに映つて去らない。それが、愈〻いよ〳〵判然はつきり白〻しろ〴〵と感じられる程に、何だか片附かたづかない心持になつた。


 さうだ。人死ひとじにがあつたのだ。たしかあれは――


 何かを思ひ出さうとするのだが、兩眼りやうがんの奧のあたりでぼんやりとまだらな影がうごめくのみ、どうも焦點せうてんが結ばれない。頭の中を彼是あれこれと探りつゝ蹌踉さうらうとしたを進めてゐると、


「あぶねえ!」


 唐突な怒鳴聲どなりごゑと共に、後から黑い大きなものが橫合よこあひに飛出した。がら〴〵と車の回轉くわいてんし、肩先を掠めて過ぎるのを危ふくける。

 はたと目で追へば、ほろむかう、洋傘パラソルかげから島田がはすに覗き、此方こちらをちらと見返つたと思つたら直ぐに引込ひつこんで、人力車くるまは何事も無かつたかのやうに走去はしりさつて行く。

 その一瞬見えた島田――無論顏も何も判るものではないが、漆黑のまげさつたかんざしの先、埀飾たれかざりがきら〳〵複雜にゆららめくのを認めた。

 その一瞬の炫耀げんえう聯綿れんめんと頭に反芻しながら、土埃つちぼこり纏綿てんめんさせて遠離とほざかる後姿を呆然と見送つた。



 さうだ。人死ひとじにがあつたのだ――







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薄紅 ― うすくれなゐ ― すらかき飄乎 @Surakaki_Hyoko

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