我楽多骨董の不思議な常連客

寿美見さくら

古びた金庫と、桜の花びら


「すみませーん!こちら倉庫までお願いします!」


 ここは浪漫漂う骨董店、「我楽多骨董がらくたこっとう」。骨董の販売の他に、客からの買い取り販売も行っている店だ。今週は年度末……ということもあり、いつもは閑古鳥が鳴いているこの店も思わぬ客の来訪に忙しくしている。

 この店の店員の一人、山田妙子やまだたえこは重い壺を抱えながら奥の倉庫へと入っていった。

「ふう、これでさっきのお客さんのは全部かしら」

 壺を棚の上にそっと置いて、1つ、2つ、3つと今までに運んだ荷物を数えていく。

「……良かった、全部ありそうね」

すると、倉庫の入り口付近に置いてあった古びた金庫に目が留まった。

「これは……?」

「ああ、その金庫のこと?」

「……尾崎店長!」

 さっきまでレジで応対していたこの店の店長、尾崎おざきもみじが倉庫を覗きながら声をかけた。

「昨日、閉店間際に声をかけてくれたお客様のよ。それにしてもずいぶん古い金庫ね、何か入ってそうなんだけど鍵がかかってて……」

 金庫の大きさは大体4〜50センチくらいだろうか。ゆっくり持ち上げてみると、中で何か紙のようなものがカサカサと揺れる音がした。もし中に何か物が入っていたら、中身を取り出して持ち主に返す必要があるだろう。しかしその金庫は、鍵がかかっていて到底開きそうにない。いや、もしかすると「あの人」だったら開けられるだろうか。陽だまりのような香りと和服を纏った、あの人なら……


 ガラッと入り口の扉が開いた。チリン、と扉についた鈴の音が響く。

「……長谷川さん!」

 肩くらいの長さの焦げ茶色の髪に丸眼鏡、書生風のシャツに千草色の羽織をなびかせ、海松色の帽子を被った青年が入ってきた。彼は長谷川育人はせがわいくと。この店の常連客だ。

「こんにちは。今日はいつもより忙しそうですね」

「いつもこの季節はお客さんが多いんです。おかげさまで私たちも、大忙しですよ」

 尾崎はカウンターの上に置いてあった鍵を片付けながら、長谷川の応対をした。当の長谷川は開いたままになっていた倉庫を遠くから覗き込むような仕草をしている。そんな長谷川の視線に気づいた山田は、長谷川に声をかけた。

「長谷川さん、何か用ですか?」

「今日はどんな品がこちらへ足を運んでいるのだろうと思うと、楽しみで楽しみで」

 長谷川はいつも、この店に来ても何も買わず骨董を見て帰るだけである。不思議な人だ。そんな彼を山田は奥へと案内した。

「最近入ったのはこの辺ですね。壺と、お皿と……それから金庫」

「この金庫……ちょっと気になりますね」

 そんな長谷川の一言を聞いて、山田は一か八かと思い口を開いた。

「こういうお願いをするのはちょっと……なんですけど、開けてみることってできますか?長谷川さん、こういうの詳しそうですし……」

「上手く開けられるか自信はありませんが、できる範囲でやってみますね」

 そう言うと、長谷川は古びたダイヤルに手をかけた。細く長い指がダイヤルに触れる。手に伝わるわずかな感触を頼りに、少しずつ、くるくると回していく。時折長い髪が彼の丸眼鏡にかかってきては頬をくすぐる。その度に彼はそっと髪を払い、耳にかけるのだった。山田はそんな彼の一挙一動に釘付けになっていた。


 それから数十分。しばらくダイヤルと向き合っていた長谷川が、金色の瞳を輝かせながら眼鏡をくいと上げた。

「──開きました」

「すごい!さすが長谷川さん!」

 中を見ると、何か冊子のようなものと認め印が入っていた。山田は店の引き出しから白い手袋を取り出し、冊子の中身を開いた。

「これは……家系図?」

 そこには一族の家系図がびっしりと書かれていた。これは客の家系のルーツをたどることができる貴重な資料だろう。

「こんな凄いものが入っていたなんて!持ち主さんに返さないと!」

 山田は尾崎さんから自転車の鍵を受け取り、店の外へ出た。

「大変そうでしたら、僕も同行しますよ」

「ありがとうございます!」

 長谷川と二人がかりで金庫を自転車の後ろに取り付け、金庫を売った客のもとへと自転車を押した。


 川辺に咲いた桜は満開で、花はゆらゆらと春風に揺れていた。風に乗って花びらが舞い、そのうちの一枚が自転車の前かごに入った。それを見た長谷川は

「風に舞う桜の花びらを掴めたら、願いが叶うらしいですよ」

 と呟いた。

「でも流石に前かごは……違いますよね、あはは」

 山田は頬を赤らめて笑った。

「そういえば長谷川さん、長谷川さんってよく陽だまりみたいな香りっていうか、なんか草原の匂いみたいな……そんな匂いがする印象があるんですけど、動物とか飼ってるんですか?」

「い、いいえ!飼ってないですよ。フェロモンとか……そういうのですかね?」

「そうなんですね!良い匂いだな~って思ってたんです」

 そんなことを話しているうちに、客の家に着いた。二人は出てきた家の主とおぼしき老人に、これまでの顛末を説明した。中から出てきた家系図を見て老人は大いに喜び、金庫は再び彼のもとへと戻ることとなった。

「何はともあれ、解決してよかったですね。これも長谷川さんのおかげです」

「ありがとうございます。僕の家はこの辺りなので、このまま帰ってよろしいですか?」

「大丈夫ですよ、というかこんなに付き合わせてしまって申し訳ないです」

「では山田さん、お気をつけて」

「長谷川さんも、気をつけてお帰り下さい」

 長谷川は十字路を右へ曲がっていった。その姿が小さくなって見えなくなるまで、山田は見送っていた。


「桜の花びら……か、私の願いも、叶えば良いのにな」

 そう言って、前かごに落ちたままの桜の花びらに手を伸ばす。自転車のペダルをぐっと踏み込み、骨董店へと続くゆるやかな下り坂をまっすぐ降りていく。心地よい春風が、励ますように頬をそっと伝った。






「ただいま」

 古びたアパートの階段を登り長谷川は自宅に入ると、帽子を外し、帽子の下にあった大きな葉っぱを取った。

 たちまち服は床に落ち、そこにいたのは丸い耳にずんぐりとした体、ふわふわの尻尾を持ったタヌキ……そう、長谷川の正体だ。この一室は長らく住人のいない空き部屋だ。隠れるにはちょうど良い。

 彼女──山田妙子と初めて出会ったのは、あの骨董店の前を通りかかった時だった。長い黒髪を一つにまとめた女性が、骨董に向き合い真剣な眼差しをしている姿。気づけばその琥珀色の瞳に吸い寄せられていた。一匹のタヌキは、彼女に思わず一目惚れしたのだった。

「一介の動物ごときが人間に思いを寄せるなんて、ね」

 それ以来、彼は人間の青年に化けて度々店を訪れるようになった。古き良き時代を感じるあの店に見合った格好をしようと、古着屋の倉庫から羽織を持ち出したりどこからか眼鏡を拾ってきたりして身につけたりもした。骨董に関する知識を蓄えようと、本屋や図書館で骨董について調べてみたりもした。

 そんなこんなで、タヌキもとい長谷川はすっかり常連客になってしまった。彼女と一緒に骨董の話をしていると、その骨董への熱心な思いがひしひしと伝わってくる。気づけば山田との距離も日に日に近づいていった。自分が来るなりパッと笑顔を浮かべる彼女を見ると、こっちまで幸せな気持ちになる。

「今日はとても幸せな一日だったな。調べた知識も実践できたし、まさか二人っきりでお散歩できるなんて……にしても、匂いの話にはヒヤッとしたけどね」

 そう言って、部屋の隅にある布団の山にひょいと飛び乗った。明日は一人で、あの川辺を散歩してみようか。桜の花びらが掴めるまで。

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我楽多骨董の不思議な常連客 寿美見さくら @sourcherry_66

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