カナヘビの墓

DITinoue(上楽竜文)

カナヘビの墓

 あの、21世紀から時は過ぎた。俺は、神尾涼風かなおりょうふう。今は、この世の中にもかかわらず、必死に街の中でコオロギやミミズ、クモを探す時間だ。


 今の時代に、自然というワードは消えてしまいつつある。もはや、地球は人類のものになっていた。当然、21世紀にやっと地球は人類が支配するもんじゃないということになっていた。でも、時の流れは残酷だった。ロボット、AIの開発が進み、人間と対等な立場を作ると、地球どころか宇宙も人間が支配するものというようなものになった。そんなわけで、月、火星はすでに荒れ果て、宇宙船で遠い宇宙までワープし、宇宙人の友達と会うことが最近の流行りだ。


 一年前、街中で弱っていたカナヘビを見つけた。

 急激に自然が消えたもんだから、様々な生き物が絶滅していった。メジャーだった、ライオンとかトラとか、ゾウとかカバとか……他にも、ウナギとかマグロなどなど……都市になじめる生き物だけが生き残った。

 カナヘビはまだ生きていたが、絶滅の崖っぷちだった。実物は初めてみたが、生き物が大好きだった俺には、見逃すことができない。すぐに、拾って水槽に入れて、調べる。そして、飼い始めた。名前は――ピオ。




 何とか、エサを確保して家に帰る。

 神尾家は、大きな大きなマンションに住んでいる。家に帰ると、AIが自動で電気をつけて、冷房もかけて、テレビもつけて……全てをやってくれる。

 玄関の奥に進むと、大きな水槽がたくさん並んでいる。魚や哺乳類、鳥……様々な生き物が並んでいるが、真ん中に堂々といるのがカナヘビのピオだった。


「ただいま。ピオ、お腹空いてるか?」

 俺が、水槽に文が表示される。

『おなかすいてたヨ。なにをもってきてくれたの?はやくはやく』

 これは、生き物が言いたいことが液晶ディスプレイ内蔵の水槽に映し出されるシステムだ。

 ピオは、サササッと、水槽の壁に寄って来る。

「分かった分かった。かわいいやつだ」

 そう言って、俺はピオにクモを放った。

『やたー。りょうふう、ありがと。まてー、クモ』

 液晶にはそう表示された。ピオは、素早い動きで、突然の水槽に戸惑っているクモを仕留めた。




 次の日、学校を終えると、家にクラスメイトが訪ねてきた。

「よお、涼風。お前、相変わらずだな。ほら、お前の席、カナヘビの写真でいっぱいじゃねぇか。ツチノコでいいのによ。なぁ、ペロ」

 そう言ってきたのは、同級生で、最大のライバルの、高居龍鳳たかいりゅうほうだ。学校は、もうない。完全通信制で、バーチャル教師が、一斉に生徒に授業するのだ。そのための部屋は、ピオやほかの子たちの写真で飾られている。

「何だよペロ。お腹空いたのか?」

 ペロとは、龍鳳が飼っている、ツチノコだ。当然、本物ではなく、ロボットだ。

『おなかすいた。おさとうちょうだい』

「分かった、ペロ。ちょっと借りるぜ」

 龍鳳は、俺の家の厨房で、砂糖を取り、ペロに与えた。

『さんきゅ』

 ペロはかわいく言った。


「なあ、涼風。お前が飼ってるカナヘビだが、最近よく野外に話しているらしいな。近所迷惑らしいぜ」

「あっそ」

 俺にはそんなもん興味ない。生き物たちを追いやったのは人類だ。人類に追いやられた生き物は、仕方なく人の影で暮らすが、よく気持ち悪いと近所迷惑が来るのだ。

「まあ、これまでもお前のカワイ子ちゃんたちが色々やったらしいな。会長が動き出したぜ」

 会長とは――龍鳳の父で、このビルの長、高居覚真たかいかくしんのことだ。

「んだと? まあ、気にしねぇよ、別に」

 そう言ったのが、甘かった。当然、そんなことは俺も、ピオも知らない。




 翌日、ピオと一緒に散歩していると、ロボットがやってきた。

『ジャマモノハッケン。ハイジョシマス』

 藪から棒に、そう言ってきたロボット。どうやら、覚真の手のものらしい。

 ヴィィィィン

 四方から、ロボットがやってきた。ピオと一緒に散歩していた、ヒガシニホントカゲのカナオは、危機を察知し、すぐに足の上に登ってきた。

 パンパン!!

 空気砲が放たれる。それも、だいぶ強力な。

「ぐあっ!」

 俺はほっぺと頭、足、胸を撃たれた。バタリと情けなく倒れる。

『ジャマモノハイジョ。ロウニレンコウ』

 牢に連行——何でそうなる。それより、ピオとカナオは……?

 サササササッ!!!!

 カナオはギリギリのところで、脱出した。さすがだ。ピオは……?

『レンコウ、レンコウ。イッタイヲニガシタ。コウゾクニツイゲキサセル』

 一体逃がした……。それは、カナオのことだろう。なら、ピオは――?それを確認する前に、俺は気を失っていた。


 両親の説得で、牢屋行きは免れたが、ペットの外出禁止を言い渡されてしまった。これはどういうことだ――?なぜ、そんなことをされなければならない?

『ピオ、しんぱいだ』

 ボロボロになって、カナオは帰ってきた。俺の知識を最大限に生かして、必死に治療した結果、今は落ち着いている。

「そうだな、カナオ。俺、ちょっと見てくるわ」




 あの日、散歩していた道へ、俺は行く。ロボットのキャタピラの跡、空気砲の跡……虚しい情景がまだ残っていた。

 そんな時、事件が起こった場所をロボットが囲んでいた。

(まずい)

 幸いなことに、ロボットはしばらくすると撤収していってくれた。

 タッタッタと、ロボットがいたところへ行くと、ピオがいた。

 ――あぁ……ピオ……。

 涙が止まらない。ピオは、タイヤかキャタピラに轢かれたのか、干からびてぺちゃんこになっていた。真っ赤っかになって、目は白く、腹から内臓が出ている。全く、無残だ。

「くそ!!!! 龍鳳!! 覚真!! 絶対許さねぇ!!!!」

 俺は、誓った。自動運転の電気自動車が走る、この道に。


 家の小さな小さな庭に、土を持った。そして、石を敷き、墓石に自分なりに考えた戒名をシールで貼る。

 ピオの遺体を回収して、誰にも気づかれないように持ってきた。そして、せめてそのまま、土に返してやろうと思い、紙で作ったカプセルに入れた。土でつぶれないためにだ。土を埋め、合掌した。




 あの日の夜、俺は必死に技術者の父さんを説得した。戦闘ロボットを引き継ぐためだ。

「頼む!! この通りだ!! 父さんもピオをかわいがってたじゃないか!!」

 折れたのは、父親の方だった。

「分かった。ただ、操縦は父さんがやる。高居がやったことは、確かに許せないからな」

「ありがとう!!!! この恩は一生忘れねぇ!!」

 涙と鼻水と唾で、俺は床と、父さんのジャージを濡らした。


 約束の日がやってきた。ピオの仇を取る。絶対に失敗できない弔い合戦だ。

「よし、行くんだ、モウルム・アダロボ弔い合戦ロボット!」

 ――出陣だ。

 遠隔操作で動く、ロボットの機器ロボ団は、管理室を奇襲した。

「な、なんだぁ……!!」

「父さん!! ヤバいよ、コレ」

「あなた!!」

 親子は青ざめて、両手を挙げた。

 バンバンバンバンバン!

 ひたすら、前よりも強い空気砲を撃つ。これは、戦闘にも使われるものだ。家族は、みんな倒れた。ペロは、破壊しておいた。

「勝ったぞ!」

「……!」

 言葉にできぬ喜びを、俺は一人噛みしめていた。




 でも、すぐに俺たちに追手がやってきた。なんせ、これは殺人未遂と見られたからだ。まあ、そう見てもおかしくないが……。

 父子はIOTになっている手錠を付けられ、署まで連れていかれるのだった。




 父は、亡くなった。俺も、長い座敷牢の生活で、足が死んだ。んで、病に侵され、命が尽きようとしている。

 高居親子は、あの出来事で、数日後に死んだ。そのことは、こんな結果になっても嬉しいことだろう。母は心の病で早世し、ペットは‥…どうなったか分からない。無事を祈るしか、俺にできることはなかった……。

 バタッ

 本当に、臨終おわりみたいだ。最期の瞬間の言葉に、何を言おうか。答えは決まっている。

「これから、自然は人に刃を向ける……」

 これが最後の言葉だったら、俺の人生は意義のあるものだったのだろう。あの復讐は無駄じゃなかったら……緑あふれる生活が見えてきた。座敷牢の景色は、どんどん遠のいていった――。

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