推理と僕

「ええと。まずは小学校二年生の優斗ゆうとくんだっけ。じゅくから帰ってくるところに行き会って、そのときに友達ともだちに話していたんだよね。『いややつが二倍に増えたら皆殺みなごろし』って」

 リサはうなづく。

「それって単なる語呂ごろ合わせみたいなものだと思うよ」

「語呂合わせって?」

「日本語って同じ数字すうじでも読み方がちがうよね。イチとヒトツとか。それで、おぼえやすいように数字に意味いみを持たせるんだ。例えば歴史れきしの話なんだけど、当時とうじ首都しゅと平安京へいあんきょううつしたのは西暦せいれき七九四年で、『794鳴くようぐいす平安京へいいあんきょう』って言ったりする。それで、優斗くんの言葉ことばなんだけど」

 僕はつくえの引き出しから引っ張り出したプリントのうらざんの式を書いてみせた。

 『18782いやなやつ×2=37564みなごろし

 リサは目を見開く。

偶然ぐうぜん計算式けいさんしきの数字が意味いみのある読み方ができるのを教えてもらって得意とくいになってただけじゃないかな」

 小学校二年生でけ算をならいたてだと興奮こうふんする気はよく分かる。僕は謎解なぞときを続けることにした。

「次はおばさんの『半殺はんごろし』だけど、電話口でんわぐちで言ってたんだよね。それってお菓子かし作りの話だと思う。もうすぐお彼岸ひがん季節きせつだから、ぼたもちを作るときのもち米のつぶし具合ぐあい説明せつめいしてたんだよ。ご飯粒はんつぶが半分残った状態じょうたいを半殺しっていう地方があるから」

 お彼岸とかぼた餅の解説かいせつ大変たいへんだった。英語と日本語をまぜこぜにして話をしたら、なんとか分かったようだ。

 リサの尊敬そんけいのまなざしがこそばゆい。

「それで、伯父さんの言葉はどういうことなの?」

 その問いに周りの女子がいきおいづく。

「さっきの二つはうまく説明したつもりだろうけど、在宅勤務ざいたくきんむ中でオンライン会議かいぎしているときに『親を殺す』って言ってたんでしょ。仕事中にそれはないわー」

「それって専門用語せんもんようごというか業界ぎょうかい用語というか、そういうものだと思う」

「リサのおじさんって、ひょっとしてヤバい仕事してんの?」

 僕はあわてて言葉を続けた。

「だから、本当に親の命をうばうって意味いみじゃないんだってば。リサの伯父さんってシステム関係の仕事だよね?」

 リサはこくんと首を振る。

「コンピュータで一連の動作どうさをプロセスって呼ぶらしいんだけど、新しいプロセスを作る側のことを、作られた方をって言うそうなんだ。その親プロセスを強制終了させるのを『親を殺す』って内輪うちわでは表現ひょうげんするらしいよ。僕も兄からの受け売りでそれほどくわしくはないけれど」

「あまり気持きもちのいい言葉じゃないわね」

「僕もそう思う。でも、そういう仲間なかまうちの言葉って、ちょっと他人とはちがった言い方にしてみたくなるんじゃないかな。外の人には分からないようにして、ちょっと優越感ゆうえつかんを感じてみたいって」

 僕は一度言葉を切った。話しぎでかわいた舌を湿しめらす。

「僕の説明どう思う?」

 リサはしばらく下を向いて何かを考えるそぶりをする。顔を上げたときにはすっかりいつもの調子ちょうしを取り戻していた。

 リサはクールにつぶやく。

「That's not bad」

わるくないだって。折角せっかく考えてあげたのにざんねーん」

 周囲が冷やかすのに僕はせいいっぱいなんともないという様子ようすをよそおった。そこへ昼休みのわりをげるチャイムがる。

 五時間目の授業じゅぎょうが始まってもちっとも身が入らない。正直しょうじき、ちょっとがっかりした。僕の推理すいりはいいせんをいっていたと思う。もう少し賞賛しょうさんがあってもいいんじゃないか。

 ぼんやりと教科書きょうかしょを広げていると横からすっと紙片しへんが差し出される。そこには『今日、さっきの映画を一緒いっしょに見に家に来ない?』という文字と共にち合わせ場所ばしょが書いてあった。

 窓の方を向くとリサが横目よこめで僕の返事を待っている。ぎこちなく首をたてに振ると、かすかな笑みをらしてリサは前になおった。


 放課後ほうかごち合わせ場所にすっんで行く。やきもきとしながら待つことしばし。からかわれたのかなと思い始めたところにリサがやってくる。

 走ったのか白いほおがわずかにしゅにそまっていた。

おそくなっちゃってごめんね」

「ううん。僕も来たばかりだから」

 見えすいたうそを言う。リサはみを見せた。

「それじゃ、行こう」

 あるき出したリサについて行く。

「秋人はあれだけの情報じょうほうなぞいちゃうんだもん、すごいね。私おどろいちゃった」

「さっきは、悪くないって言ってなかったっけ?」

 立ち止まってくるりとかえるとリサはペロっとしたを出す。

「ストレートに感心かんしんしたら、あの子たちきっと色々と変なこと言うでしょ。それと、秋人に日本語の面白おもしろ表現ひょうげんを教えてもらったから、英語でお返ししたの」

「どういうこと?」

「イギリス英語でnot badはね、excellent、つまりすごく良いってことなの。日本語は殺すって言っても本当ほんとうは殺さないけど、英語もそのままの意味いみじゃないときがあるの。むずかしいけど面白おもしろいでしょ?」

 京都弁きょうとべんで「ぶぶけどうどすえ?」というのと同じなのかな。

「そうなんだ。僕もまだまだ知らないことがあるんだな。……それで、どうして僕をさそったの?」

「不安を解消かいしょうしてもらったし、いい機会きかいだから私も話題の映画を見ておこうと思って。でも私はこわいのはあまり得意とくいじゃないの。それで、たのもしい秋人くんと一緒いっしょなら平気へいきかなって」

 学校とはちがって生き生きとした表情ひょうじょうを見せるリサは、いきなり僕とうでを組む。

 リサのひとみに近くからのぞきこまれ、僕はホラー映画を苦手にがてとすることを都合つごうよくわすれることにした。

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半殺し、親から殺す、皆殺し(書籍収録時:心配ご無用! 呪いなんてありません) 新巻へもん @shakesama

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