最終話 ヤンデレに殺されたので
本日も天気は快晴。気温も高く、外で過ごすにはちょっと暑すぎるぐらいだった。
7月も中旬に入ろうかと言うところ、この暑さは悪魔的だ。
「今日も屋上か?」
「ああ」
「毎日お熱いことですねぇ〜」
「茶化すなよ、善」
「悪い悪い」
それでも俺は今日の昼休みも暑さを気にすることなく屋上へと向かう。
教室を出て、雑踏とする廊下を早足で通り抜ける。
その最中、通り過ぎる生徒にチラチラと見られるが、俺はそれを気にする事はない。
譎とのやり取りから1週間が経とうとしていた。
あの後俺が目を覚ますと病院のベットだった。医者によると丸2日寝込んでいたらしい。起きた時、妙に体がダルかったのを今でも覚えている。人間、寝すぎても駄目なようだ。
腹を刺された俺は要安静ということで計4日程病院のお世話になり、体にまったく問題がないと分かれば退院になった。
そこからは色々と目まぐるしかった。
腹を刺されて入院したというのはしっかりと学校にも報告されており、そこから様々な事情聴取や証拠提供を経て譎は1ヶ月の停学ということで処分が下された。
譎の父親が弁護士と言うこともあり、さまざまな事を条件にこのような処分が下されたらしい。やはり世のなか金なのだと思った。
勿論、こんな処分で俺達が納得できないだろうと言うことで、もう二度とこんなことがないようにと譎には〈俺たちに二度と危害を加えない〉という契約書を書かせ、気持ち程度の金一封を無理やり持たされた。やはり大人のやり方は汚い。
しかしまあ一応の平穏は約束された。
まあ、完全に安全かと聞かれればそういう訳では無いが、もし次に何かあった時は素早く法的処置を取れる。
一連の事件は瞬く間に学校に広まり、いつの間にか重の噂は無くなった。加えて、嫌がらせも無くなり全ては終わりを告げた。
今はこうして事件の中心人物だったということで周りから奇異の視線を向けられることも多々あるが、それももう少しすれば完全に無くなるだろう。
気にするほどのことではなかった。
昨日までは色々と後処理で慌ただしかったが、終われば呆気ないものだ。
こうしてまたいつも通りの日常が戻りつつあった。
「ほっほっほっ……!」
勢いよく階段を駆け上がり、屋上の扉を開ける。
瞬間、夏の熱気と太陽の眩しい光が出迎えてくれた。
こんな暑い日に外で飯を食うなど馬鹿げてるかもしれないが、それでも俺はここに集まることを選んだ。
それがずっと望んでいたことだから。
辺りを見渡せば人っ子一人いない。みんな冷房の効いた学食や教室で優雅にお昼を食べているのだろう。
「まだ来てないか…………いや、裏か?」
当然ながら重の姿もそこには無く。まだ屋上に来ていないのかと考えるが、直ぐに入口の影になっている日陰へと視線をやる。
気温が馬鹿みたいに暑くなってからと言うもの、バカ正直にお天道様の下で今まで弁当を食べてきたわけじゃない。
人間は考える生き物なのだ。だから俺たちは考えて、一つの答えを出した。
『日陰で弁当を食べれば快適なのでは?』
まあ当然の帰結である。
太陽の光が眩しい、暑いのならばそれを避ければいい。小学生でも分かることである。
重は女の子だ。彼女の綺麗な柔肌を攻撃力マシマシの直射日光の元になど晒せるはずがない。
だから俺たちは夏の間は日陰で弁当を食べることにしている。
少し移動をして裏の方へと向かえばそこには予想通り人がいた。
「悪い、待たせたか?」
「あっ、啓太くん! ううん、大丈夫だよ!」
二つの巾着袋を大事そうに抱えて満面の笑みで重愛が出迎えてくれる。
挨拶も程々に、彼女のすぐ隣へと腰を下ろして一息つく。
「はい、これ今日のお弁当だよ!」
「おう、いつも悪いな。ほい、これさっき自販機で買ってきたんだ。重は緑茶でよかったろ?」
「覚えててくれたんだ……ありがとう!」
「どういたしまして」
何が楽しいのか嬉しそうに笑う重を見ているとこちらも嬉しくなってくる。
お茶を買ってきてよかった。水分補給はこまめに取らないとな。
巾着袋からもう随分と見慣れた弁当箱を取り出して、両手を合わせる。
「いただきます!」
「どうぞ召し上がれ」
食事の挨拶をして、お楽しみの弁当を食べ始める。
今日の弁当も完璧の一言だ。
俺の好物がたくさん入っていながらも、彩り鮮やかで、飽きさせることなく、栄養のバランスも整っている。
本当によく考えて作られた弁当だ。重の努力がそこには詰まっていた。
「うん。今日も上手い!」
「ホント? それなら良かった!」
「ああ、特にこの肉団子なんて絶品だ。紫蘇が練り込んであって、これならいくらでも食べれるな」
「えへへ……それ結構自信作なの。気に入ってくれたみたいで良かった」
柔らかく優しい笑みを浮かべる重を見るために、本当にこの日常を取り戻せてよかったと思う。頑張ってよかったと思う。こんな平和な日々がいつまでも続けばいいと思う。
そんな事を考えているといつの間にか目の前の弁当箱が空になっていた。
いつもの事ながら美味しすぎて直ぐに食べきってしまった。
名残惜しいが、明日も明後日もこのお弁当は食べられる。そう思えば、少しは我慢もできるものだ。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまです」
再び手を合わせて、重と数々の料理たちに感謝する。
重も少し遅れて弁当を食べ終わり、2人していつものようにのんびりする時間となる。
流石にこの炎天下の中、日向ぼっこをするのは自殺行為なので、場所は変わらず日陰だ。
持参した団扇で自分たちを扇いで、涼しい風を送る。
「涼しいなぁ〜」
「うん。そうだね」
持ってきた団扇は一つしかないので2人同時に風が送れる位置で扇ぐ。一定の時間になれば団扇を扇ぐほうを交代といった形だ。今は俺が団扇を扇いでいる。
「もうすぐ夏休みだな」
「そうだね」
「重はなんか予定とかあるのか?」
「私? 特に用事はないかな。啓太くんは?」
「俺も似たようなもんだ。善とはちょくちょく遊ぶだろうけど」
「そっか」
雲ひとつない空をぼうっと眺めながらお互いに夏休みの予定を話し合う。
残念ながら俺も重も友人はそこまで多くないので、今のところ寂しい夏休みになりそうである。
だがしかし、俺に抜かりはない。寧ろ今予定が決まってないのは今から確認する事のためであって、これから予定が埋まれば全く問題はないのだ。
気を取り直して俺は会話を続ける。
「重は何か夏休みの間にやりたいことはないのか?」
「やりたいこと?」
「ああ。夏休みと言えばイベント目白押しだろ? 何かないのか?」
「う〜ん……」
俺の質問に重は考え込んでしまう。それほど大それた事を聞いたつもりは無かったのだが、重は真面目に捉えすぎてしまった。
「ちなみに俺はあるよ」
「え、そうなの?」
そんな重に苦笑しながら俺が言うと、重は考えるのをやめて興味津々にこちらを見つめてくる。
「別にそんな大した事じゃないけど、とりあえず海は行きたいかな」
「海……」
「そう海。良かったら重も一緒に行かないか?」
「えっ!! いいの!?」
「もちろん。てか、誘うつもりでこの話したしな」
「っ〜〜〜!!」
俺のお誘いがそんなに嬉しかったのか、重は大変嬉しそうなキラキラした瞳で見てくる。
そんな顔をしてくれるなんて誘った甲斐があったというものである。
彼女の反応に、内心嬉しさを噛み締めていると興奮した様子で重が言う。
「あ、あのねあのね! 私、夏祭り行ってみたい!」
「ん? 行ってみたいって、夏祭り行ったことないのか?」
「うん。中学まではそういうのに興味なくて、去年も行けなかったんだ」
「そっか……じゃあそれも一緒に行くか」
「いいのっ!?」
「もちろん。あ、他に行く人とかいたか?」
俺の質問に重は勢いよく首を横に振る。
そんなに全否定せんでも……なんか逆に悲しくなってくるよ。
完全に無意識であろう重の友達居ないアピールになんとも言えない気分になる。
「ふふっ」
すると重は急に声を出して笑う。
それを不思議そうに見ていると重は笑顔を絶やすことなく謝る。
「あ、ごめんね。急に笑ったして」
「いや、別にいいんだけど……なんかおかしいことでもあったか?」
「ううん。そうじゃなくてね───」
俺の質問に少し間を置いて重は答える。
その彼女の表情を俺はいつまでも忘れることは無いだろう。
なぜなら───
「───私、今とっても幸せだなぁ〜って思って」
───それはどんな写真や絵画よりも美しくて、どんな花や宝石とも比べ物にならないほど、とても綺麗だったから。
「っ!!」
大きく胸が高鳴る。
それは今まで感じたことのない高揚感であった。
俺は彼女の今の一言にとても感激してしまった。
それもそのはずだ。
だって俺はずっと彼女のその一言が聞きたくて頑張ってきたのだ。
ようやく彼女を少しでも幸せにできたのだ。嬉しくないはずがない。
「そっか、それなら覚悟しとけよ───」
それでも俺の心は満足することは無い。こんなので満足できるはずなんてなかった。
「───これからもっと重のこと……愛の事を
なぜなら俺の重愛への反撃はまだ始まったばかりなのだから。
これは俺──潔啓太が目の前のヤンデレ女、重愛を
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ヤンデレに殺されたので反撃します
~完~
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ヤンデレに殺されたので反撃します EAT @syokujikun
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