第4話 花を論ず
「……秋烟、秋烟?」
気が付けば、朗朗が心配そうな表情で自分を覗き込んでいた。昔のことをあれこれ思い出して手元がお留守となり、目の前の粥もまた半分ほど残っている。
「どうした? ぼうっとして。いくらゆっくり食べようったって限度があるだろ。早く片付けよう」
「ああ、うん」
秋烟はすっかり冷めてしまった粥を平らげ、ぬるい茶をすすった。
――この雨が、昔の僕と朗朗を運んで来たんだな。
二人で朝餉の片付けを済ませたところで、朗朗が「こんな雨だけど、ちょっと宦官長のところへ行ってくるよ」と飛び出して行った。
秋烟は微笑を浮かべ、ばしゃばしゃと水をはねながら遠ざかる友人の足音に耳を澄ませていたが、やがて
彼も朗朗も多忙な日々の合間、ほんのわずかでも時間があれば、小説の執筆に向かうのが常だった。
「……
秋烟は筆を走らせながら、知らず知らずのうちに優しさと悲しみが入り混じったような顔つきになっている。
いま二人が書いているのは才子佳人が繰り広げる続きものの純愛物語で、後宮ではなかなかの人気を博しており、宦官たちや女官たちに回し読みされているのであった。
朗朗に自分の気持ちを悟られてはならないと心に決めている秋烟は、やはり想う相手に叶わぬ愛を捧げる女主人公の愛麗が自分のように思えていとしく、また哀れでならなかったが、小説を書いていると、自分の感情が整理され、昇華されていくのもまた感じていた。
――こうしているだけでいい。今のまま、朗朗と一緒にいつまでもいられたら、他には何もいらない。
そうこうするうち、再び足音が聞こえてきたかと思うと、朗朗が帰ってきた。
「やれやれ! すっかり濡れちゃったな。でも、空が明るくなってきたよ。雨も小降りになってきたし、昼までには……いや、もっと早く止むかもな」
朗朗は髪や顎からしずくを滴らせながら、秋烟に笑いかけた。
「確かにね。雨が上がったら、鈴玉と
「うん、彼女たちにはとびきりいい枝を持って帰ってもらおう。王妃さまもきっとお喜びになるよ」
秋烟もまた晴れやかな笑みで答え、朗朗と並んで窓から顔を出し、遠くの紫陽花を眺めた。
「紫陽花もさ、青いのと赤紫のがあるじゃない? 朗朗はどっちが好き?」
「俺は赤紫かな。女官たちの制服の
「ふふふ、それこそ
――花は色を変え、やがて枯れてしまうけれども、やはり花は花。その美しさは僕の心にいつまでも残る。そう、僕も年齢を重ね、やがてこの世から消えてしまうけれど、人知れぬ彼への想いは、きっと残り続けるだろう。
「ほら、鳥たちがもう
「うん、朗朗」
二人の宦官は互いに微笑みを交わし、出かける用意に取り掛かる。
【 了 】
花の色は移ろっても、なお花なり ~『王妃さまのご衣裳係』シリーズ外伝~ 結城かおる @blueonion
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