大傭兵団が生まれた日

SSS(隠れ里)

大傭兵団が生まれた日

 精霊世界リテリュスの母なる海に浮かぶ、最も大きな大陸アンフェール。


 イストワール国王とターブルロンド帝国。


 二つの大国に挟まれた不幸で小さな国がある。


 マーティン公国。


 ディアークが、愛した故郷の名前。中級貴族の嫡男として生を受けた。


 両親は、ターブルロンド帝国との戦争で亡くなって天涯孤独となる。


 英雄に憧れた。寂しさを紛らわしてくれる物語に、詩に、救国の将の背中を夢見たのだ。


 夢で終わらせない。この憧憬を幼子の一過性の思いで終わらせたりしない。


 ディアークは、常々語っていた。公国に住む人々の親になりたい、と。


 マーティン公国を守るため、祖国を守る英雄になるために、ヨーン幼年士官学校へ入学。


 その後、名門マーティン士官学校に進学して卒業。公国軍の伍隊長として騎士伍隊の指揮官となる。


 ターブルロンド帝国の侵略に抵抗するマーティン公国軍人として様々な戦いに従軍。


 ディアークは、戦時とはいえ伍隊長、両隊長、卒隊長、旅団長、師団長。果ては、軍団長にまで出世した。


 マーティン公国は、侵略に耐え抜いて、ターブルロンド帝国を国境近くまで押し戻したのだ。


 

 時は、イストワール国王歴848年。


 マーティン公国軍、七個軍団。8万4500人。


 ターブルロンド帝国、八個軍団。9万人。


 公国防衛の決戦を迎えた。



✢✢✢



「我らの軍団が、一番乗りですね。ディアーク将軍閣下」


 霧深い未明の平原。ディアークは、明け方の爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


 まだ、血の匂いはしない。とても澄んでいて、笑顔になれる自然の匂いである。


「いち早く敵軍の様子を知りたかったからな。それで、先に放っていた草からの報告は?」


 霧が深く前方は見えない。


 事前の情報では、ディアーク軍団の前には、ターブルロンド帝国の二個軍団が、配置されている。


 ディアークの任務は、その二個軍団の行動を抑制するというものだ。


「はい、ディアーク将軍閣下の予測通り。功名の奪い合いや汚名の擦り付け合いなどで、仲違いした軍団が右翼に配置されています」


 情報通りの配置だと、ディアークは安堵する。


 部下は、地図上に駒を置いていった。やはり、この二つの軍団は、少し離れた位置に配置されていた。


「配置を変える時間がなかったか、俺の軍団を甘く見たかだな。それに、敵軍の左翼。ここに仕掛けがあるな……」


 ディアーク将軍は、ターブルロンド帝国が支配する村を指さした。


「はっ、ここの村人を消滅させ、食料を貯蔵しているようですね。村人を消滅させた卒隊が、そのまま配置されているとか……」


 部下の声に、怒気が混じっていることをディアークは、感じた。


 ディアークも同じ気持ちだ。軍人が、騎士が、兵士が、村人を消滅させるなど許されない。


 たとえ、抵抗したとしてもだ。しかし、大国はそれを簡単にやってしまう。


 ディアークは、両親の死に様を聞いていた。村人を守ろうとして死んだのだという……


 しかし、ディアークは将軍だ。私情を捨てねばならないのだ。


「それこそが、敵の狙いだ。食料と憎き敵の二つが、この村にはある。あの単細……いや、へーウィット元帥ならば、ここを攻めると言い出すだろう」


 部下は、大きく頷いた。へーウィット元帥は、件の村を領地の一部とする大貴族だ。


 領民を消滅され、略奪された上に食料庫として使われていることに憤慨していた。


「一応、軍議では罠である可能性を説いてみるつもりだ。俺は、ターブルロンド帝国の右翼を攻撃すべきだと思う」


 ディアークは、ターブルロンド帝国の右翼の二つの軍団のうち、自軍に近い方の駒を倒した。


「こうすれば、国境近くの軍団は、撤退するか漁夫の利を狙う。本隊と協力して一気に潰せば、ターブルロンド帝国の中央の側面も狙える」


 そのために、敵の左翼ではなくへーウィット元帥には、中央を攻撃してもらわなければならない。


 敵の本隊を中央に引き付けて、自軍の二個軍団で、ターブルロンド帝国右翼の一個軍団を攻撃する。


「残った敵右翼の一個軍団が、こちらを攻撃すれば一個軍団で迎え撃つ。他の一個軍団は、敵中央を側面から狙う。右翼の一個軍団が、逃げれば追撃はせずに、そのまま敵中央を狙う」


 ディアークには、ターブルロンド帝国の右翼にいる二個軍団が、共闘することはないと確信していた。


 何故なら、事前の工作で仲違いの傷跡に、さらなる風穴をあけていたからだ。


 それは、小さな陰口だ。お互いの軍団長が、お互いの陰口を言っているといった単純なものだ。


 大げさなものは、見抜かれやすい。現実的な陰口ならば、疑いもなく信じるだろう。


「ディアーク将軍閣下、酔っぱらいの農夫を捕まえました。こいつ、軍旗に嘔吐をしてたのです」


 縄で縛られた農夫が、顔をあざだらけにして、兵士から足蹴りをされていた。


「……ターブルロンド帝国の草か!? いや……」


 農夫は、かなりの酩酊状態だ。マーティン公国では、平民の飲酒は許されていた。


 ただし、一日に一合だけだ。これは、明らかにそれ以上は飲んでいる。


 その酔いっぷりは、ターブルロンド帝国の草とは、考えにくい。


 ディアークは、怪しげな農夫を尋問することにした。





 農夫は、妻と子供がいることが分かった。しかも、へーウィット元帥の領地の村出身であった。


 ディアークは、その農夫をへーウィット元帥に引き渡すことに決めたのである。


 へーウィット元帥の本陣では、最後の軍議が開かれた。無論、ディアークも参加する。


 互いの軍は、それぞれの配置についたようだ。決戦は、霧が完全に晴れてからになるだろう。


 軍議は、ディアークの予想通り、へーウィット元帥の怒りからはじまった。


「ターブルロンド帝国の奴らめ。我が領地の村で略奪をした挙げ句、そこを食料庫にした。我が領地から集めた食料を貯蔵しておるわ!!」


 へーウィット元帥は、テーブルを叩きつける。衝撃で地図上に置かれた駒は、飛び散った。


 他の将軍たちは、口を強くつぐんで俯いていた。


「まずは、我が直率の二個軍団でこの村を攻める。その後、転進して敵中央を攻める。他の軍団は、おのおの待機しておれ。命令を下した軍団から、敵本陣に突撃する」


 へーウィット元帥の考えだと、こちらの本陣の守りは、一軍団と一個親衛卒隊のみとなる。


 ディアークは、将軍の中でも一番若い。


 それ故、ターブルロンド帝国の右翼を監視するという重要度の低い任務を与えられていた。


 これ以上、活躍ができないようにである。軍議では、他の将軍たちは何も言わない。


「へーウィット元帥閣下。ディアークが具申いたします。敵左翼の食料庫は、罠です。そんな大事な場所をわざわざ目立つ場所におきますまい。それよりも、右翼を攻めましょう。調略も既にできています。敵右翼の二個軍団は、お互いに……」


 へーウィット元帥の顔が真っ赤になる。他の将軍は、軍議の終わりを宣言した。


「これは、貴族の名誉をかけた戦争だ。野戦任官の若造は、黙って敵右翼の監視でもしておれ。これ以上、何かを喚くなら、貴様は囮伍隊の兵卒にする」


 へーウィット元帥は、ディアークの顔すら見なかった。他の将軍は、引きつった表情で笑っている。


 ここで、将軍の地位を失うわけには行かない。ディアークは、頭を下げた。


「へーウィット元帥閣下。ヨーン大将が申し上げます。若いものは、血気盛んです。そして、無礼です。私から教育しておきますので……何卒ご容赦を」


 へーウィット元帥の右腕と言われ、ここに集まった将軍の中では、一番の年上であるヨーン大将。


「あぁ。血気も忠誠のうちだな。ヨーン、お前ならばいい。任せたぞ」


 へーウィット元帥は、椅子を蹴飛ばして軍議の場から去っていった。


 他の将軍たちも、急いで立ち上がる。ヘラヘラとした顔で、へーウィット元帥の後に続いていった。


「ディアーク。自重せよ。英雄になりたいのなら、我慢を覚えないとな。全体の作戦は、元帥がお決めになる。ここは、元帥のお言葉を拝聴するだけの場所。自分の陣に戻って監視任務を続けよ。最後の突撃に参加できるように、元帥には話しておこう……」


 ディアークは、ヨーン大将に頭を下げた。蹴飛ばされ、役目を果たせなくなった椅子をもとに戻して。


 こうして、決戦がはじまった。



 へーウィット元帥の領地にして、ターブルロンド帝国に食料庫とされた村。


 そこには、一個卒隊ではなく三個軍団が、潜んでいた。彼らは、近くの森や坑道に隠れていたのだ。


 マーティン公国、へーウィット元帥の右翼にいる軍団は、元帥の救援に割かれた。


 ターブルロンド帝国の中央二個軍団は、本陣を守るヨーン大将率いる一個軍団を攻撃。


 ヨーン大将は、自身の軍団とへーウィット元帥の親衛卒隊とともにこれを迎え討った。


 一方、ディアークは……


「ディアーク将軍閣下。予想以上に敵中央が突出しましたね。ターブルロンド帝国の奴ら、罠にはまったへーウィット元帥を仕留めるつもりですね」


 ディアークは、地図を見る。いまだに敵右翼に動きはない。自身が仕掛けた調略は、効いている。


 今は、ターブルロンド帝国の本陣を守るのは、一個軍団程だろう。


 この戦場で、自由に動けるのはディアークのみだ。部下たちは、皆。


 ディアークの決断を待っている。その目を見れば、それが分かる。


「……命令違反になる。責任は、全て俺が取る。このまま、敵右翼の一個軍団を攻撃する。一人、二つの旗を持て。それから、草の者にこの密書を持たせて敵軍がいる場所をうろつかせろ」


 ディアークは、剣の柄を握る。勢いよく剣を抜いて天に掲げた。


「今こそ、マーティン公国に平和をもたらすときだ。今だけは、恨みを胸に懐いて殺された同胞のために戦うのだ。進めっ!!」


 彼らの軍団は、ターブルロンド帝国右翼の前方の軍団に襲いかかった。


 このとき、ターブルロンド帝国側は、二個軍団以上の兵力が襲いかかってきたと思い込んだ。


 彼らが、二つの旗を持っていたからだ。その光景を見た右翼後方の一個軍団は、撤退した。


 仲違いしていたこともある。


 しかし、一番の理由はイストワール国王が、漁夫の利を狙って攻めてくる。


 という内容の密書を手に入れたからだ。


 それを持って、戦場を離脱するという大義名分ができたからである。


 ディアークは、そのままの勢いで敵の本陣を攻め落とした。


 しかし、敵の総大将は、すでに逃亡していた。


 ディアークは、ターブルロンド帝国本陣の旗や幕を焼き払った。


 次いで、勝どきの太鼓や楽器を鳴らしたのだ。


 祖国の興亡をかけた決戦は、約5000人の戦死者を出したが、マーティン公国の勝利で終わった。


 ターブルロンド帝国側は、約4000人の戦死者と、数え切れないくらいの捕虜を出した。


 総大将は、逃げる途中に農夫の落ち武者狩りによって殺されたのである。


 ディアークは、国民に讃えられた。彼とその軍団は、マーティン公国の救国の英雄となったのだ。


 子供の頃からの夢は叶った。これからは、孤児たちの父親として生きていこう。


 彼の願いだった……


 しかし、ディアークは、不名誉除隊となる。命令違反の罪を問われたのだ。


 ディアークは、国民の反発を期待したが、平和になった国に、英雄は必要とされなかった。


 その代わりに、国民の目を引いたのは、一人の農夫であった。


 落ち武者狩りの農夫である。


 ターブルロンド帝国側の総大将は、皇帝の従兄弟であったことが判明したのだ。


 ディアークの成し遂げた戦果など、霧のようなものになったのである。


 彼は、大将首をあげていないのだから……


 このことは、へーウィット元帥のお膳立てもあったのだ。


 落ち武者狩りの農夫は、あの酔っぱらいの農夫だったからだ。


 へーウィット元帥の領民が、へーウィット元帥の危機を救う。


 そして、ターブルロンド帝国皇帝の従兄弟の首を取った。


 これに叶う功績はない。ディアークは、ヨーン大将の計らいもあって国外追放となる。


 失意のディアークは、イストワール国王の招きに応じて、亡命をした。


 イストワール国王の武官が、この決戦を観戦していて、ディアークを欲したのである。


 後に、ディアークは『ファミーリエ傭兵団』の団長として、大傭兵団伝説を作るのだが……


 【大傭兵団の種】完。

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