独り
眠れる気がしなくて外着に着替え、玄関を出た。この時間帯に外に出たことはなかった。しかしこの時間帯に起きているのはいつものことであった。倫理観による束縛があった。夜は寝るものだ、という価値観が己の行動を抑制していたが、抑制という解決手段は新しいものを生まない。むしろ積極的な行動で解決した方がいい気がしたからだった。
雨が落ちた道路、信号、街路樹が、夏の夜の蒸し暑さを増してしまうかと思ったが、思いの外すっきりとした気分だった。街灯や信号機の色が差す濡れたアスファルトが光っている。
少し歩くと、土の地面があるところに、握りこぶしほどの大きさの影が見えた。なんだろうと思って顔を近づけてみると、大きなカエルだった。思わずびっくりして身を引くと、広がった視界に他のカエルが何匹も入った。こんなにいるものなんだ、と、むしろおもしろくなって、その場に座り込んで眺めていた。
少し歩くと、両側に背の高いマンションが建つ細い道に出た。道の延長線上、その建物の間にすっぽりと満月が挟まっていた。つめていた息をゆっくりと吐いてから顔を下げると、道の向こうに真っ黒な猫が見えた。街灯と月の光を帯びた両目がじっとこちらを見つめていた。
雨の中傘もささずに踊っていてもいい、それが自由ということだと云うのなら、夜の中眠りもせずに踊っていてもいいはずだ。広い通りに出た。それでも車は走っていないし、歩いている人もいない。街灯は完全に自分一人のためについているのだから、ステージでスポットライトを浴びているようなものだった。道を歩きながら合間合間に、先週のバレエのレッスンである程度身につけたところを復習もかねてなぞる。足先がついた地面は何にも阻まれずにトンっと音を鳴らす。小さな水たまりを踏めばぴちゃりと鳴った。すべてがただ自分のためだけに答えてくれる。
自分一人しかいないはずなのに、不思議と寂しさはなかった。誰にも阻まれないというのは今までに一度もなかったから、こういう感覚なのかと感動さえ覚えた。夢を見たような気分だった。
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