夢 二

 こんな夢を見た。

 行く果ても見えない、無限に続くように思われる廊下に立たされていた。立っているのではない。立たされていた。歩かなければならないことはわかっていた。でも、左の窓から差し込む斜陽が怖かった。両側に窓のついた、絨毯の敷かれた西洋式の廊下であった。日が斜めに差し込むから場所によって陰になっているためそれが怖い。それでも、歩かなければならない。その義務感は他の存在から押し付けられたものなのか、自己の深奥から、鯨が呼吸をするがごとく浮かび上がってきたものなのかは最早わからなくなっていた。

 ゆっくりと歩を進める。天井と壁と床がゆらゆらと一緒に振り子のように揺れていた。足に変な力の入り方がしている気がして、自分がふらついていたのだとようやく気がついた。パニックを起こしてむせかけた肺をなだめるように、軽く胸を叩いてみた。返ってきた音は、およそ人間の胸を叩いて鳴るようなものではない、ひどく空虚な音であった。向こう側に空洞がなければ鳴らないような、むなしい空っぽな音であった。馬鹿らしくなってきた。怖いんだ。どうしようもなくなってその場にしゃがみこんだ。目をふさいでしまえば現実はなくなるんだから、腕で顔を隠してじっとしていた。それでも焦燥感のようなものが駆り立てて、片目だけ覗いてみた。

 廊下に、奥に奥に向かって壺が並べてあった。その壺にはひまわりが活けてあった。ひまわりほどの大きな花じゃなければ壺には綺麗に収まらないよなと納得した。両腕をほどいて立ち上がった。そのうちの一つに何か惹かれるような気がして、ふらふらと前のめりに歩み寄っていった。手が届く気がした。しかし手が届く前に、中空からにじみ出てきた手がその壺をつかんでしまった。ああ、と、恐ろしい喪失感に襲われてへたり込みそうになった。今度はもう一つ奥の壺に向かって歩いていった。手を伸ばす。そうしたらまた、どこからか手が伸びてきてその壺もつかんでしまった。また、また、三度、四度、と繰り返したあたりでもう嫌になってきた。違うんだ。その花だけ手に入れられればそれでいいんだ。禁断症状に呑まれた薬物中毒者のように必死にあたりを見回してみると、他と違って唯一のものであるように感じられるひまわりがあった。これだ、と確信が持てた。優しく微笑んでいるように見えた。ふらふらと歩み寄る。これだ、これだ。足取りは悪いが、心は非常にすがすがしい気分だった。手を伸ばす。今度はその花に手が届いた。つかんで壺から抜き取る。ああ、これだ。これなんだよ。喜びのあまり涙があふれてきた。ふと残された壺の方を見てみると、すでに相変わらずどこからか伸びてきた手につかまれていた。いや、そっちはどうでもいいんだ。自分に言い聞かせた。でも少し寂しいような気がした。喜びもあった。しかし同時に悲しみもあった。最早どうすればいいのかわからなくなった。気が付けば、自らの足は、いつの間にか開け放たれた窓のさんの上に乗っていた。そうだよな、と納得した。仕方がなかった。もうどうしようもなかった。窓の外には、夕陽と灰色、赤、オレンジのグラデーションに染められた雲で満ちた空だけがあった。これだけじゃ駄目だったんだな。かえって嫌になるだけで。寂しくなって涙が出た。体が傾く。窓の外の夕暮れに向かって落ちていく。

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