夢 三
こんな夢を見た。
夜、布団に寝転がってはいたが、なかなか寝付けなかった。しかたがないから起き上がって、窓を開けてベランダに出た。秋風が薄い寝巻き越しに涼しかった。通りの街灯が眩しかった。都会の夜は明るい。特別夜空が美しいわけでもなかった。中秋の名月。なのに月は見えない。
すると、立ち並ぶマンションの隙間から大きな手が現れた。なぜか、特に驚くことはなかった。何かに納得した記憶がぼんやりと残っている。その手が空中をふわりふわりと舞うようにこっちに向かってきた。目の前でぴたりと止まる。掌を上にして、招くように。そこからだとよく見えないでしょ、おいでよ。
「いいの? わかった」
掌の上に飛び乗ると、途端に視界が上に移っていった。さっきまでいたベランダがどんどん下がっていく。風がびゅうびゅうと服の裾を吹いた。髪を巻き上げた。あたりを見渡すと、思わず感嘆の声が漏れた。遠景に、ビル群がぐるりと一周、地平を成していた。ビルの、格子状に区切られた黄金色が綺麗だった。屋上の赤い光がゆっくりと優しく点滅していた。上空に出なければ見えない景色だった。
それでも。
「街灯が明るくて、やっぱり見えないよ」
見下ろすと、住んでいる街の明かりが痛いくらいに眩しかった。
もう一つ空中から現れた大きな手が、少し指先を振るように動かした。すると、明かり一つ一つが、まるで手の震えに耐えかねた線香花火のように、ぽとぽとと落ちては消えていった。次第にそれは街の端まで広がり、下界は真っ暗になった。遠景のビル群だけはほのかに輝いていた。空を見上げてみると、今度は街明かりが消えたことで、却って星々が明るくなりすぎてしまったようだ。見たこともないような満天の星空が広がっていた。美しかった。でも、今見たいのはこれじゃなかった。
「星が明るくて、やっぱり見えないよ」
大きな手が、ぱたぱたと扇いで風を送った。すると、星々がまるで風に散る金木犀の花びらのようにふわりふわりと舞って消えていった。もう一度、大きな手が、ぱたぱたと扇いで風を送った。すると、僅かにかかっていた薄雲が、風に吹かれた煙のように大気に混ざって消えていった。そして、何かをつまむように親指と人差し指をくっつけたのを、虚空のとある一点に押し付けて、そっと離した。すると、真円の月が夜空に現れた。
一枚の絵のようだった。暗い地面に、遠く離れたビルの夜景と、ただ一つ夜空で輝いているお月様。ぼうっと見つめていると、秋とはいえ、夜風が薄着の体に堪えて少し震えた。ぎゅっと自らの体を抱きしめていると、なんだかうとうと瞼が重たくなっていく。体をのっけてくれている手が、少しずつ指を握るように閉じていった。視界の下半分が隠されていく。それに合わせて、瞼が少しずつ閉じていく。
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