ヴィシュヌ
ヴィシュヌ。インド神話における、なんか主人公っぽい神様なのだが、なんかこう、結構やばい。何がやばいって色々である。
Wikipediaでの説明にはこうある。
ヴィシュヌは形の無い
※ 形而上……世界の成り立ちや人間の存在意味など、感覚を超越したものの事。形而上学→そういった物事を考える学問。
……なんか「ふんわり」している。ヒンドゥー教ヴィシュヌ派の人には申し訳ないが、あちらこちらに「ええ格好」しようとしたせいでコンセプトがブレて、なんかいまいちピンとこないというか……何なんでしょうか、コレ?
ヴィシュヌは実は古い神様である。インド神話創世期から登場している……らしい。
紀元前2000年頃の『リグ・ヴェーダ』に含まれる1028の賛歌の内、ヴィシュヌに捧げられたものは5つにとどまる、とある。
リグ・ヴェーダは「賛歌」、まぁ詩のようなもので、5/1028なので205分の1位という事だ。古代インド神話においてはモブであった事は否めない。さらに、具体的に何の神様であったのかもぼんやりとしている。
初期はこんな程度であったが、中期以降にヴィシュヌは頭角を表していく。
後期の叙事詩・ラーマーヤナに至っては全編ヴィシュヌ推しといっても過言ではない。正確には英雄ラーマ王子の物語で、ラーマはヴィシュヌの化身なのである。
……その、それだ。化身。コレがヴィシュヌの存在感をあやふやにしている原因であろうと思う。なんでいちいち化身すんの? 普通にそのままの体(?)で世界救ったらええやん。
ハヌマーンでも書いたけどラーマの弟のラクシュマナもヴィシュヌの化身だそうだ。
でもって、ヴィシュヌのアヴァターラ(化身)は沢山あるけど「重要な」化身は10だそうだ。ラクシュマナの名前はこの10の中にはない。
さらにさらに、ヴィシュヌには彼を讃える1000の名前があるらしい。
「ヴィシュヌ・サハスラナーマ」というという、ヴィシュヌの1000の名前を唱えるスートラ(平たくいうとお経みたいなもの)が存在し、『マハーバーラタ』ではビーシュマ(マハーバーラタの登場人物。クル族の王シャーンタヌとガンガー女神の8番目の息子。半神ってこと?)がクリシュナの前でこれを暗唱し、ヴィシュヌを最高神として称えたそうだ。ちなみにクリシュナは、もちろんヴィシュヌの化身である。面と向かってたたえさせるって……それどういうプレイなんですか?
wikipedia「ヴィシュヌ・サハスラナーマ(英語版)」には、マジで1000の名前が掲載されている。
正直に言うと、これを見た時に筆者は戦慄を覚えた。常軌を逸しているというか狂気すら感じる。偏執的というか何というか。「推しは絶対正義」的な狂信的なオタクで、推しが汚されると刺しに行くんじゃないか? という危うさすら感じる。
最初はモブだった神様が何でここまで……?
これは、ここまでにたびたび書いてきた「インド神話の成り立ち」、逆輸入、支配者と抵抗勢力的な部分が関わっているのでは……無いだろうか。
インド神話、ヒンドゥー教は古代インドの西部で発祥し、ヨーロッパまで渡っていって戻ってきて逆輸入され、今日まで伝わったものだ。
それは文明の勢力争いでもあり、当時は政治と宗教は一体だった。ヨーロッパ(方面)からやってきた支配者が、自らの正当性を説明する為に宗教(神話)を利用したのだ。
神話(神)はこうなっている。
支配者(王)は神の子(子孫)である。
だから偉い。この地を支配する権利がある。
という流れだ。これは日本でも同じである。天皇は天照大神の子孫という事になっている。
ただ、大陸では多くの文化と民族が隣り合っていたので、民族間紛争が頻繁に発生する。例えばAという民族とBという民族がいて、それぞれに神話がある。ABが対立して戦争になり、Aが勝利した。AはBを支配するわけだが、Bの一般人は当然抵抗する。
A(の支配者層)は「神話」をいじる。Aの神がBの神をやっつけた的な神話を捏造する。時にはBの神を「鬼」とか「悪魔」などと詐称する。
そんなの通用するのか? と現代日本人は思うかもしれないが、コレを200年とか500年の規模でやるんだよ? Bの当代は信じないだろうが、孫の代は「そう」教えられるとあっさり信じてしまう。ネットはおろか、書物も少なく識字率も低い時代の話だ。
近代であっても、100年も経ってない戦争の話ですら捻じ曲げられて伝わっているのだから、2000年以上昔のことなど推して知るべし。
……つまり、ヴィシュヌって……先の例で言う「A」が推したてた神……なのでは無いだろうか。
正確には……ヴィシュヌってさ、化身するんだよ? え、ラーマって王子がいてすげー活躍した? あ、実はそれヴィシュヌの化身ね。
クリシュナという人気のある神様がいてね……あ、それヴィシュヌの化身ね。
ブッダっていう「仏教」という宗教作った人がいて…… あ、それヴィシュヌの化身ね。つか仏教なんてヒンドゥーの下部宗派の一つやん。
みたいな。
節操なくエスカレートしていった挙句、いい加減すぎる事に自ら気付いたので「重要な」アヴァターラは10ね、とか言い出したのではなかろうか。
旧来のインド神話の神(B)を厚く信奉する層も多くいた。彼らの信仰はルドラが姿を変えたシヴァに収束する。支配者層はこれに待ったをかけなければならない。
そこで持ち上げたのがヴィシュヌだ。シヴァよりなんか新しいっぽい。
前回、ブラフマーでも書いたが、三神一体「トリムールティ」という概念は、もしやシヴァに対するヴィシュヌを盛り上げる為の「策」だったのでは……?
「破壊神」シヴァ、というすげぇかっけぇのに対抗する為には、コレに匹敵する属性がなければならない。破壊の対極にあるのは創造。でも創造ってそれっぽいのがもういるよな?
ヴィシュヌは……なんか「観察者」的な属性なんだよな。観察……
これを考えついたやつのドヤ顔が思い浮かんでならない。かなりの厨二的な素養を感じる。
ちなみに「維持」なんて属性を持つ神は、私はヴィシュヌしか知らない。ググっても出てこない。
また、Wikipediaの(ヴィシュヌの)説明には(繰り返しになるが)こうある。
ヴィシュヌは世界が悪の脅威にさらされたとき、混沌に陥ったとき、破壊的な力に脅かされたときには「維持者、守護者」として様々なアヴァターラ(化身)を使い分け、地上に現れるとされている。
個人的には「維持」と「守護」は全然別物なのだが。それを無理矢理「破壊」と対立させているあたり、作為を感じてならない。
ブラフマーの扱いも支配者にとっては都合がよかったのだろう。
三神は同一、力関係の上では同等としておけば、人気の勝るシヴァに対して「でも同等だし?」と言い繕うことができるし、ブラフマーはまぁモブだから。いても問題ない。
そういう空気感をヴィシュヌからヒシヒシと感じてしまう。
ヴィシュヌを見てると何となく「表ヅラは優等生だけど裏ではクズ」みたいな印象を受けるのは、こういう事ではないだろうか。
いつも通り、個人的な推察でしかないけど、そんなに的を外してないのでは? と思うのは思い上がりでしょうか……。
※いやだって、維持者とか守護者とか正義面してるけどさ、ジャランダーラのエピソードにもあるように敵(?)の妻をレイプするように持ちかけられて実行するクズなんだぜ、コイツは。
ジャランダーラの物語は短くまとめるとこうなる。
ブラフマー「こいつ(ジャランダーラ)すげぇ。将来はヴィシュヌに勝てる位になる」
ジャランダーラ(天界と戦争になってヴィシュヌをやっつける)
ジャランダーラ「(シヴァに)お前の嫁よこせ」
シヴァ「だが断る」
ジャランダーラ(シヴァの嫁をレイプしようとして失敗する)
ヴィシュヌ(シヴァの嫁に、仕返しにジャランダーラの嫁をレイプするように持ちかけられて実行する)
シヴァ(ジャランダーラの首ちょんぱする)
ジャランダーラはシヴァの「分身」であり「子供」であるわけで
ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァが「同一」であるなら、つまりこうなる。
自分「こいつ(自分)すげぇ。将来は自分に勝てる位になる」
自分(天界と戦争になって自分をやっつける)
自分「(自分に)お前の嫁よこせ」
自分「だが断る」
自分(自分の嫁をレイプしようとして失敗する)
自分(自分の嫁に、仕返しに自分の嫁をレイプするように持ちかけられて実行する)
自分(自分の首ちょんぱする)
……うーん、まさにカオスなインド神話。カオスが過ぎる。
余談
三神一体、ならシヴァはヴィシュヌの化身とも言えるし、ラーマやクリシュナはシヴァと同一とも言えるんじゃ……? そんな風にして混ぜこぜにしてしまうのがインドの文化なのかなぁ?
余談2
ハリハラ、という神がいる。シヴァとヴィシュヌの合体神。別名アイヤッパン。
右半身がシヴァで、左半身がヴィシュヌ。
ハリがヴィシュヌを意味し、ハラがシヴァを意味する。
つまり、創造と破壊を象徴しているのである。
……節操がなさすぎる。あと何で「創造」なん? それならブラフマーとシヴァじゃねーの?
ハリハラ誕生の神話は以下のようなものである。
(略)ヴィシュヌは、アスラ達を惑わすためにモーヒニーという美女の姿になって彼等を魅了し(略)その後、シヴァに一目惚れされ、一夜を共にする事になる。そうしてハリハラが生まれたとされる。
……おい。何でもあり過ぎるだろ、インド神話……。
インド神話のよもやま話 野村カスケ @nomurakasuke
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