高祖の血
「父上!」
館の庭に出た
退位してから後、劉盆子は妻を娶ろうとはしなかったのである。
先の乱世では、
劉盆子が物心ついた時、前漢王朝は既に
そんな彼が皇帝として擁立されてしまったのは、高祖・劉邦の血を引いている、ただそれだけの理由であった。自身が皇族であるなどという自覚もなければ実感も無いまま冠を被せられたのだ。
例え自分にその気が無くとも、そうやって争乱に巻き込まれる。劉姓というのはそれだけ重いのである。
自分の子孫にそんな思いはさせたくもないし、また子孫が変な気を起こす可能性とて無いわけではない。
現在の皇帝である
そんな彼だったが、ある時に街道沿いでボロ服を着た幼い少女が倒れているのを見つけ、従者に命じて介抱させた事があった。回復した後に親元に返そうと思ったのであるが、その子は親を知らぬという孤児であった。
いつの時代であっても、そういう子供は珍しくない。だがこのまま放り出してしまう事は劉盆子には出来なかった。かつての自分を重ねてしまっていた。
特に
そうしてその娘を養女として引き取る事にしたのだが、劉姓は与えなかった。それはあまりに重すぎると理解していたから。
彼女自身もまた、周囲から
そこで劉盆子は、
小靑と笑い合いながら、劉盆子は「この子が女児で良かった」と常々思うのだ。自分の家は残さないと決めた以上、滎陽侯の爵位も領地も、自分が死んだ後は国に返上すると決めていた。女児であれば、いずれは他家に嫁入りするであろうが、もし男児であればその点で話が違ってくるからだ。
楽しそうに遊び回る小靑は、始めの頃に纏っていた孤児であった事の卑屈さも抜け、今では年相応の無邪気さを出し始めていた。
とは言え貴族の贅沢さを下手に覚えてしまっては後々に苦労する事になる。その為にも劉盆子自身が徹底して清貧を貫き、それを手本とさせると決めた。
元よりお情けで与えられた領地である以上、贅沢はすまいと決めていた劉盆子であるが、自分一人で貫ききる自信も無かった。己の意志の弱さをよく心得ていた。だが娘の将来の為という理由が出来れば、都度に思い返して己を律する事も出来る。
いつか小靑が成長した後、一方的に恩義を感じているというような事を言ってきた時には、その事も話して聴かせようと思った。
お前のお陰で親として、人として、そして領主として成長できたのだと。
劉盆子は、滎陽へと封じられた後、その後の生涯は史書に記録されていない。
そして後年の記録で滎陽は国の直轄地へと戻っている事から、後継者に引き継がれなかった事が分かる。
乱世の中、ただ劉邦の血を引いているというだけで皇帝にされた貧しい牛飼いの少年としては、自分の名が残る事自体が
ましてや光武帝・劉秀という中国史上に燦然と輝く名君の下、領主としてその統治を支えたのである。例え歴史に名が残っておらずとも、満足した一生を過ごしたであろう。
滎陽の廃帝 水城洋臣 @yankun1984
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